ダレンの旅 上
「・・・本当に行くのか」
「あぁ!
兄上がいるし、父上と母上には許可は頂いた!
それにキリクもついてきてくれる!」
「・・・ついて、じゃなくて無理やりだろう・・・」
「そうだったっけ~?」
ある春の、よく晴れたその日に。
ヴェルムンド第二王子であるダレン・ヴェルムンドは城を旅立つこととなった。
供は前・騎士団長のキリク・マルベールただ一人だ。
王子ともなればそんな少人数ではありえない。
だが、ダレンはどうしてもと駄々を捏ねた。
「まさか、アーサーの試練を合格するとは思ってもみなかった」
に、と笑うダレンに、第一王子であるエドガーは呆れたように苦笑した。
ダレンが、一人だけ連れて行くと決めた時点で、母であるイルミナ女王は彼に一つだけ条件を出した。
これを超えられないようであれば、到底出すことはできない、と。
それが、アーサーベルトとヴェルナーの出す試練に合格する、というものだった。
「いや、俺も死んだかも、って何回か思ったけどね?」
飄々と話してるが、実際に死にそうだったとダレンは思っている。
少なくともアーサーベルトの試験は死んでもおかしくなかった。
物理的に。
「でもえげつないのはヴェルナーだな・・・。
見ている私ですら・・・言葉にできなかったぞ・・・」
「あぁ・・・うん・・・」
王子二人は遠い目をしながら空を見上げる。
目に痛いほどの青い空は、きっとダレンを祝福しているのだと思うことにした。
アーサーベルトはもちろん防御力はじめとする剣技、そして体術。
ヴェルナー・クライスは土地ごとの危険なもの、現地に住まう人たちの風習、そして貴族たちと民の生活などをびっしりと書いた紙(いや、あれは本だ、とダレンが言う)を渡され、後日テストをしたのだ。
何回やってもいいとイルミナが言ったので、ダレンはめげることなく二人に立ち向かっていった。
それこそ、父母と兄が驚くほどに。
残念なことに、姉であるエルリアは外交に行っているため、話は知っていても実際には知らない。
戻ってきたときにダレンがいなくなって激怒する姿が二人の脳裏に浮かぶ。
「・・・姉上のこと、頼みます・・・」
「あぁ、まぁ、何とかしよう・・・」
エルリアは、見た目妖精にも拘らずものすごい行動力と意外性を発揮する王女となっていた。
外交だって、自分の見た目がいいのであれば活用できるでしょうと、勝手について行ってしまったのだ。
それを知った母上は、めまいをさせながらもアーサーベルトにすぐ誰か追いかけるよう指示を出していた。
それがあまりにも手馴れているような感じがして、うちの姫はじゃじゃ馬だと二人の王子は思ったものだ。
「殿下、準備が整いました」
「あ、手伝わなくてごめん、キリク!」
「いえ、これからは思う存分手伝っていただくので」
「マルベール、弟を頼む・・・。
ハルバートに行く予定はあるのか?」
「わからない。
取り合えず適当に国を見てみようと思ってさ」
「国境越えの際は必ず一報だぞ、忘れるなよ」
「エドガー殿下、私がいますから、ご安心を」
男三人で話していると、見送りに来たらしい父母の姿が城から出てきた。
「母上、父上」
「ダレン、エドもいたのね」
ふわりと花のように微笑む母に、ダレンもくしゃりと笑った。
兄弟の中で、自分だけが母と同じ色を持っていることに、ダレンは微かに優越感を感じていた。
「ダレン、よくやったな」
「父上・・・」
父のその誇らしげな表情に、ダレンの顔も緩んだ。
「気を付けていくのよ、ダレン。
キリクが供にいるとはいえ、自分の身は自分で守れるようになったのだから」
「はい、母上」
「ダレン、お前が机上で知った情報と、世界は違うのだということを学びなさい。
だが、どこにいてもお前は私たちの愛する息子だということを忘れずにな」
「はい、父上」
二人から激励の言葉をもらい、ダレンもぴしりと挨拶を返す。
「キリク、大変だとは思いますが、頼みました」
「はっ、陛下!
必ずやお守りしてみせます!」
キリクへの激励の言葉も続き、そして二人は用意された馬に乗った。
黒毛がダレンの、そして栗毛がキリクの馬だ。
ダレンは、その馬にひらりと飛び乗ると、颯爽と城門を潜った。
一度だけ、ちらりと背後を見ると、そこには少しだけ悲しそうにほほ笑む母の姿と、その母の肩を抱く父。
そして苦笑いを浮かべている兄の姿があった。
**********
「―――殿下、そろそろ戻りませんか・・・?」
「いやだ!
なんでキリクはいつも戻ろうとするんだ?
せっかく楽しい旅なのに!」
「・・・殿下、もう三年、お戻りになられておりませんが」
そう、あの後。
ダレンは国の端から端までを見て回ることにしていた。
しかし、好奇心に負けてハルバートの国境をいつの間にか超えていたり(もちろん兄上から読みたくなくなるほどの手紙を頂戴した)。
たまたま行った先で、療養中のラグゼンファード王たちに会ってしまったり(王弟殿はなぜか苦笑していた)。
ダレン的には国内だけを回っているつもりなのだが、キリクに言わせてみればダレンは酷い方向音痴だというだろう。
いくら強くなり、たくさんの知識を得てもそもそもがダメだった。
星を見ればわかるでしょうと、どんなにキリクが言っても、ダレンは興味本位で道を決めてしまう悪癖があるのだ。
「仕方ないな・・・。
キリクはいつもわがままばかりだ!」
「おっ・・・!!
んん!!失礼しました。
では、戻りましょう?ここからであれば王都はそう遠くありませんから!」
「そうだね。
最後に一か所だけ、寄りたいところがあるんだけど」
「駄目です!!
そう何回仰られたか、忘れたとは言わせませんぞ!!」
いつものことだろうと思い込んだキリクに反対され、ダレンは一瞬だけ悲しげに目を伏せる。
うっ、とキリクがたじろいだのがわかった。
ダレンは知っていた。
自分の色が母に似ていること、そして、キリクが母に剣を捧げようとしていたことを。
―――つまるところ、キリクが母に似た自分に甘い、ということだ。
「・・・・・・・・・ほんっとーーーーに、最後ですよ?」
自分の勝利に、ダレンはにこりと笑った。
「―――殿下」
「駄目だよ、キリク。
最後のお願いを聞いてくれるって言ったろう?」
キリクはそんなこと言ったか、と自分に問いながらも首をぶんぶんと横に振る。
もし万が一そうだとしても、ここだけは駄目だ。
「・・・お母上が知られれば、悲しまれますぞ。
それに、許可とて頂いておられないでしょう」
「・・・それでも、行かなきゃならないんだ」
いつになく真剣な表情のダレンに、キリクも息をのんだ。
いつも飄々としている姿とは程遠いそれに、ダレンが本気なのだと知る。
「・・・どうして、そこまでして・・・」
キリクの言葉に、ダレンは淡く微笑んだ。
それが、酷く女王陛下に似ていることに、彼は気づいているのだろうか。
「・・・兄上と、姉上との約束なんだ」
「エドガー殿下と、エルリア殿下との・・・?」
「うん。
どうして、母上はおじい様たちにお会いになられないのか。
どうして、エルムストという土地は、城の中で禁句に等しい扱いなのか。
俺たちはずっと気になっていた。
アーサーも、ヴェルナーも教えてはくれない。
いつか、母上が話してくれるまで待てと言われた。
でも、俺はもう待てない。
なら、聞いたほうがいいと思った」
「・・・そのことを、お二人もご存じなのですね」
「もちろん。
だから兄上は俺の旅を許してくれた」
王位継承権第二位であるダレンが、こうも簡単に出られるはずはないと思っていたが、エドガー殿下が関わっていたのであればそれも理解できた。
「キリク。
俺たちは、知りたいんだ。
母上と、おじい様たちの間に何があったのか。
亡きリリアナ様と、母上の間に何があったのか」
ダレンの真摯な言葉に、キリクは言葉を詰まらせた。
それを知ることは、きっとかの方の子供である彼らには辛いことだ。
自分たちの母が、血縁者である祖父や妹に蔑ろにされ続け、奪われ続けたことを知れば。
大好きな母のことだからこそ、なおのこと傷つくのだろう。
「・・・きっと、殿下が傷つかれますよ」
「それでも・・・。
それでも、俺たちは知ることを選んだんだ」
「―――・・・」
キリクは、悩みに悩んだ。
ダレンを、エルムストに―――先王の住む屋敷に―――本当に連れて行っていいのか、ということ。
きっと、女王陛下はそれを喜ばないだろう。
でも、子供たちといっても彼らも自分の意志意見をしっかりと持つ個人だ。
「・・・一つだけ、私から助言を。
これから知ることは、きっと陛下への印象を変えられることになるでしょう。
殿下たちが知る以上に、陛下は清廉潔白ではありません。
それでも、知りたいと思われますか」
キリクの力を込めた言葉に、ダレンは少しだけ逡巡して、そしてこくりと頷いた。
「それでも、知りたい」
ダレンの言葉に、キリクは諦めたように息を吐いた。
怒られるだろう。
絶対に。
でも。
「・・・わかりました。
では、最後の地は、エルムストにある先王陛下、そして先王妃様のお住まいである屋敷です。
そうしましたら、王都に戻ります、いいですね?」
「!!」
ダレンは、キリクの言葉にぱぁっと顔を輝かせた。
「ありがとう!キリク!!」
華やいだ笑みを見せるダレンに、キリクは仕方ないとでも言うように乾いた笑みを浮かべた。