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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
164/180

アウベールの一日



「あぁ・・・いい天気だな・・・」


グイードは頬に当たる日の温かさと、少しだけ冷たく感じる風を身に受けながら呟いた。




アウベールは、秋を迎えようとしていた。

日中の日差しは暖かいが、やはり風は冷たく夜ともなれば冷え込み始めるようになった。

今年は例年に比べて豊作になりそうで、村の人たちは今から収穫する日を楽しみにしている。

見込んだ収穫量であれば、今年の冬は安心できる、と。


グイードは王都から村に戻ってからというもの、毎日を多忙に過ごしていた。

治水の件に関してはタジールが本腰を入れる代わりに、グイードを村長として指名してきたのだ。

本来であれば、父であるバルバスが村長になるのが順当だ。

だがその当の本人が学び舎関連で多忙を極めているらしく、村のことまで手が回らないと言い放ったため、グイードにその話が回ってきたのだ。


本音を言えば、自信がない、というのがグイードの気持ちだ。

確かに、村からでなければできない経験を多数した。

だが、それでも完璧にやり遂げられるかと問われれば沈黙せざるを得ない。

自分より年上の人たちをまとめ上げることができるとは、到底思えないのだ。


祖父に言われ、それから悶々としているのを見つけた祖母が、ある日自分を村の集会会場へと連れ出した。

そしてそこには、自分が世話になっている村の人たちが大勢いた。

そしてそこで祖母に問われた。

グイードは、村から離れるつもりなのか、と。

予想外の問いに、グイードはつい大声をあげてしまった。

そしてどうしてそのように考えたのだ、とも。


村の人たちは優しかった。

グイードは若く、未来もある。

王都で貴族相手に発表できるようであれば、選択肢は広がるだろうと。

確かに、アウベールはこれからさらに発展する。

だが、それには時間がかかる。

そんな村に、グイードのような若者を留めておくのがいいことなのかわからない、と。


小さな村、それは確かだ。

でも、グイードたちは誇りを持って生きている。

だからこその言葉であるとグイードは気づいた。


「・・・俺は、この村から出るつもりなんてない。

 ここが、俺のいるべき場所だ」


「そう・・・、なら村長になるのね!?」


「あぁ・・・え!?」


「よかったわ!

 なら宴を開かないとね!」


あれよあれよという間に、グイードは次期長として認められ、そのまま忙しくすることとなった。

グイードは気づいていないが、アウベールに住まう者たちでグイードを認めていないものはいない。

タジールとともにではあるものの、権力を持つ者たちにしっかりと話ができているのだ。

それは、認めるには十分なものだった。


学び舎に通う子供たちは、勉強するのが楽しいのか毎日生き生きとしている。

得たばかりの知識を披露したいのだろう、グイードを見つけては突撃してしたり顔で話をしてくるのだ。

そして驚くことに、グイードも知らないような知識を披露してくる。

そのことを知った子供たちは、満足げな顔でこんなことも知らないのかよーと言ってくる。

しかしその顔は興奮で真っ赤になっているが。


・・・そして、突撃をかましてくるのは子供たちだけではなかった。



「グイード!

 こんなところにいた!」


「・・・ルウ」


イルミナが最後に視察をしに来て以来というもの、ルウは常にグイードに付きまとった。

その押しの強さにグイードのほうが引いてしまうくらいに。

妹のように可愛がっていた子が、自分のことを好きだという。

初めて言われた時、グイードの思考は完全に停止した。

兄として慕われているとばかり思いこんでいたからだ。


「もう、タジールさんが探していたわよ!

 何してたの?」


「じじぃが?

 や、ぼーっとしていただけだ」


グイードはおろしていた腰を上げると、そのまま祖父のもとへと行こうと足を向ける。

ルウは当然のようについてきた。

本人曰く、告白した相手と一緒にいたいのは当然とのことだ。

思考の停止したグイードを迎えたのは、あらやっとと言わんばかりの祖父母だったことを、グイードは今でも鮮明に覚えている。

自分は知らなかったが、村ではルウがグイードに思いを寄せていることなんて周知の事実だったらしい。

今ではいつグイードが落ちるか、賭けすら行われていると聞いてグイードは脱力した。

村の娯楽で、そういったものが多いのは知っていたが、まさか自分が対象になるとは。


グイードはちらりと隣を歩くルウを盗み見る。

自分より頭一つ分以上低い。

赤毛がふわふわと風になびいている。

きっと、自分はルウと結婚するのだろうとも思っている。

イルミナへの恋心が嘘なわけではないが、現実的ではない。

ある意味、収まるべきところ、といったところだろうか。

理性では理解している。

だからこそ、グイードはルウの気持ちを受け入れることができなかった。


ルウに対しての気持ちは、イルミナに感じたようなものではない。

どちらかといえば、家族愛だ。

だがルウは違う。

彼女は自分を男として、さらには愛するものとして見ていることくらい、グイードでも気づけた。

だからこそ、傷つけるのではないかと思ってしまうのだ。


「くしゅんっ」


「・・・もう秋になるんだ、ちゃんと暖かくしろよな」


そういいながら、自分の上着を肩にかけてやる。


「あ・・・ありがと・・・」


そうすると、ルウの顔は真っ赤になった。


「っ・・・ほら、さっさと行くぞ」


「あ、ま、待ってよ・・・!」


グイードは速足で歩き始めた。

自分の頬が、耳が熱いのは気のせいだ、と言い聞かせながら。








*********







「意外と長かったわ」


「何が?」


ルウの言葉に、グイードははてと思いながら問いかけた。

しかしルウはグイードの問いにギロリと睨むだけで答えを口にしない。


「なんだよ、ルウ。

 言いたいことあるんならはっきりと言えよ」


つん、と顔を反らすルウにグイードは詰め寄る。

村長となるのと同時に、グイードはルウの気持ちを受け入れた。

そして就任式と同じくして、結婚式を挙げたのだ。

村中が祭り騒ぎとなったそれは、盛大で素晴らしいものだった。


「何でもないわ!」


ふいと可愛くない態度をとるルウに、グイードは苦笑を浮かべる。

ルウが、弱音を祖母に吐いていたことは聞いていた。

結婚自体、仕方なくのものではないのだろうか、本当に自分でいいのか、といつにない弱気で零していたらしい。

確かに、一度はイルミナという女性に心を奪われた。

燃えるような恋で、そして叶うはずのないものだった。

きっと、一生に一度の恋というものがあれなのかもしれない、とすら思う時がある。


だが、それとルウに対する思いは全く違う。

イルミナとは、未来を想像できなかった。

ただ好きだ、それしか考えられず彼女の立場やその他のものを見ようとすらしていなかった。


ルウは、一生隣にいるのが普通なのだ。

いて、当たり前というのだろうか。

ルウとならば、どんなことでも乗り越えられるだろうと思える。

それを本人に話したことはないが。

それも悪いのだろうということは理解している。

だが、どうしてもここぞという時に口が塞がってしまうのだ。


「なぁ、ルウ・・・、

 今度の休みなんだが」


「?

 休み?」


「あぁ、最近忙しかっただろう?

 休みを取るためだったんだ。

 それで二人でゆっくりしないかと思ったんだが」


グイードの言葉に、ルウの瞳がぱっと輝く。

先ほどまでの不機嫌さは一瞬で掻き消えた。


「する!!

 ずっとグイードってば仕事ばかりだったんだもん!!

 ・・・嬉しい・・・!」


「すまなかったな」


くしゃりと赤毛に手を置く。

ふわふわとした感触は彼女とは違うものだ。

でも、今ではこちらのほうが普通だ。


「本当、アイリーンおば様に相談したらいわれたのよ」


「なんて?」


「そんな仕事ばかりのグイードにこう言ってやりなさい、仕事とあたし、どっちが大事なの!?って」


「うっ・・・」


グイードは、その言葉に聞き覚えがありすぎた。

というより、じじぃが言われていた言葉だ。

言われたじじぃは、流石にからかうわけにはいかないほど落ち込んでいたのだ。

たじろぐグイードに、ルウは笑みを零した。

その笑みが、いつになく大人びて見えて、グイードの心臓は高まる。


「あたしは言わないわよ、思うかもしれないけど。

 でも、グイードが頑張っているの、知っているし」


「―――っ」


「まぁ、出来ればもうちょっと帰ってくるの早いといいなとは思うけど・・・。

 でもグイードが頼られてるのも嬉しいしね」


くしゃりとした笑顔に、グイードの胸は詰まった。

そしてその衝動のままルウを抱きしめる。


「ぐ、グイード!?」


あまりない抱擁に驚いたのか、ルウは裏返った声でグイードの名を呼んだ。

しかし、それ以上に抱きしめる腕は強まる。


「・・・ルウ」


「な、なに・・・?

 どうかしたの、大丈夫?」


グイードの掠れた声を心配したのかルウの声音に真剣さが宿る。

そうだ、いつだって彼女は自分のことだけを見てくれていたではないか。

妹のようだ、なんて、どうして思えたのだろうか。

抱き寄せた体は、こんなにも細くて柔らかいのに。


「遅くなって、すまない。

 俺は、ちゃんとお前のことを愛しているよ」


「―――・・・」


グイードの言葉に、ルウはびくりと体をさせると、そのまま停止した。

微かにだが、震えているのが、分かった。


「・・・ルウ」


グイードは抱きしめていた手を優しくほどくと、ルウの顔を見た。

そして、ぼろぼろと涙を流すルウを見て、愛おしさから苦笑を浮かべた。


「っひ、っく・・・っ、

 ほ・・・ほん、と・・・っ?」


「あぁ・・・本当だ」


ルウの縋るような手を、グイードは両手で優しく包み込む。

震えは、まだ収まらない。


「で、でも・・・!!

 だ、って・・・あの、ひとっ・・・!」


その言葉に、自分がどれほどルウに対して酷いことをしてきたのか、グイードは再確認する。

どれほど、辛かったのだろうか。


「違う、あの人は、過去だ。

 今、俺が愛してるのはルウ、お前だよ」


「~~~っ、し、しんじて、いいの・・・?

 もう、えんりょ、しなくてっ・・・いぃの・・・?」


「悪かった、ここまで我慢させて」


グイードの言葉に、ルウの目からは滂沱たる涙が流れ落ちてゆく。


「ず・・・と、グイードは、

 あたしを、みて、くれないかと・・・おもってた・・・!!」


ルウの本音に、グイードの胸は刺されたように痛んだ。

だが、それ以上に辛い思いをさせたのだと思うと、甘んじて受けるべきだ、とも。

きっと、自分の知らないところで、ルウは何度も泣いたのだろう。


「ごめん、ごめんな、ルウ・・・。

 妹としてじゃなくて、ちゃんとお前を愛しているよ」


そういってグイードはルウの涙を唇で吸い取る。

夫婦になった二人は、初夜はしっかりと行ったがそれ以降触れ合いはほぼなかった。

だからだろう、驚いたルウが目をまん丸にして真っ赤になっているのは。

そんな表情ですら可愛らしく見えて、どうしようもなくなったグイードは、そのまま唇を降らせる。


「ちょ、ぐいーど、なんかっ、へん・・・!」


「んー」


切っ掛け、という切っ掛けはなかった。

ただ、自分の知らぬうちに育っていたのだ。

そしてそれを自覚するのが遅かっただけ。

それを祖母に言えば殴られるだろうが。


「・・・なぁ、ルウ」


「な、なに!?」


顔を真っ赤にしながら威嚇するように、それでも逃げようとしないルウを見て、グイードは薄く笑った。


「子供、欲しくないか?」


「・・・へ?」


グイードはルウを抱き上げると、そのまま寝室へ向かうために階段に足をかける。


「ちょ、まって、まだご飯とか・・・!」


「後で、な」


ルウはどうしていいのかわからないようで、顔を真っ赤にして涙目でグイードを睨んだ。

そうだ、そのことも教えてやらなくては。

ルウに睨まれても、怖くないどころか興奮してしまう、と。


「や、やだ、グイードっ・・・!」


「・・・嫌なのか?」


グイードは足を止めてルウを見る。

縋るような眼をしているのは仕方ないだろう。

だが、ルウには効果的だった。


「~~~っ、や、じゃ、ないっ、けど・・・!」


にまり、とグイードは心の中で笑む。

これからは、今まで以上に甘やかして愛そうと誓う。

自分のせいで、もう涙を流させないように。

もう二度と、疑うことがないように。


「・・・なら、いいだろ」


ギシリ、と木の床が鳴る。

それすらも恥ずかしいのか、ルウはグイードの胸元に顔を埋めた。


「・・・愛してるよ、ルウ」










そんなに時を置かず、アウベール村長の妻に子供ができたとの朗報が村中を流れるようになる。

それを知った村長は、抱き上げた妻を喜びのままに抱き上げてくるくると回り、祖母に頭をはたかれるという場面も見られた。


村長は妻には頭が上がらず、基本的に尻にしかれているという状態だが、いざという時にはしっかりやる男として、村の誰からも頼りにされた。


学び舎の聖地として名高かったアウベールは、その後鉱石の発掘量が緩やかに下がり始めるも、それに左右されずに安定した生活を送る。

村長の父、バルバスの名は学び舎の創立の立役者として名を掘られるほどには有名となった。


治水で精力的に働き続けた先代村長、タジールは無念にもその夢半ばで病に倒れる。

技術は、学び舎などでも共有され、今なおさらなる改善を図ろうとするものは多い。



そうしてアウベールは、ヴェルムンドの歴史に名を刻んだ村となった。





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