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梔子のなみだ  作者: 水無月
番外編
163/180

エドガーの一日

すみません、直しましたがエルとダレンは三つ差に直しています。


ご意見を頂き、修正させていただきました!



僕の父さまと、母さまは、とても仲が良い。

いつもいつも一緒にいる。

僕から見て、父さまがいつも母さまの後について行っているような気がする。


父さまは、母さまが大好きだ。

それは、父さまがいつも僕たちに言っている。

母さまは、父さまをとても深く愛しているのだと。

正直、すごく大人気ないと思った。


僕が幼かった時は、駄々をこねていた。

僕だって、母さまを独占したかったし、僕を一番に見てほしかった。

けれど、エルが生まれて、その三年後にダレンが生まれてからは、一番なんてものはないのだと知った。

アーサーとかヴェルナーは大人ですね、って言うけど、仕方ないじゃないか。

だって、父さまが母さまを大好きなように、母さまも父さまが大好きなのだから。


それに、父さまと母さまが僕たちを愛していないわけではないことも知っている。

それはエルもだ。

ダレンはまだ小さいからわからないかもしれないけど、いつか分かるのだろう。

父さまにとっての唯一が母さまで、母さまにとっての唯一が父さまだと理解したのはいつだろうか。

僕たちのことも、もちろん愛している。

でも、言葉にできない何かが二人にはあるのだと知ったのだ。


僕たち兄弟は仲良しだ。

二個下のエルとはよく一緒にいる。

ダレンは小さいからあまり一緒に遊べるものは少ないけど、大きくなったら庭でアーサーの稽古を一緒に受けると勝手に思っている。


「お兄さま」


「エル、どうしたの?」


一人で本を読んでいると、エルリアがメイドと共にやってきた。

その顔は少しだけ怖い。

怒っているのだろうか。


「もう、お父さまってば、エルとの約束お忘れだったの!」


「約束?」


ぷんぷん、としながらエルは僕の隣に座る。

金色のふわふわとした髪からいい香りがした。

きっと母さまのお気に入りの香水を使ったのだろう。


「そう!

 今日は一緒にお散歩してくれるって、言っていたのに!

 お母さまがお仕事で忙しいから後で、って言われたの!」


「・・・エル、それは仕方ないんじゃないかな・・・」


父さまは、どんなときでも母さまを優先する。

母さまがとても忙しいから、それを助けなきゃいけないんだと言っていた。


「でもでも!!

 エルは一緒に行きたかったのに!」


ふくりと頬を膨らませるエルに、僕は苦笑を浮かべた。

そして指で膨らんだ頬を押す。

ぷしゅう、と空気が抜けるのが分かる。


「エル、父さまは後で、と言ったんでしょ?

 父さまが約束を破ったことある?」


「・・・」


「エル」


「・・・ない」


「ね?」


僕たちの会話を、メイドは微笑ましそうに見ている。


父さまも、母さまも、絶対に約束を破ることはしない。

もしそうなっても、必ず後で、とか何日後、とか言ってくれるのだ。

出来ないときは必ず教えてくれるようにしてくれている。

だから、その約束は必ず守られる。

でもその約束を守るために無理をしていることを知っているから、僕はあまり二人と約束をしない。


「エル、後でヴェルナーのところで勉強するけど、一緒に行こう?

 その前にダレンに会いに行って」


「・・・お勉強、や」


「エル、きっと頑張ったら母さまも父さまも褒めてくれるよ?

 それにダレンもお姉さまが頑張っている姿、見たいと思うんだけどな」


「むー・・・」


もう一押しか、と考える。


「終わったら、エルの好きなことしよう?ね?」


「・・・わかったわ。

 なら!

 おやつはクッキーがいい!ケーキも!」


「メリルローズ、お願いできる?」


「もちろんです、殿下。

 料理長にはとびきり美味しいのを作ってもらえるよう伝えておきますわ」


「ありがとう」


エルリアは、とびきり美味しいの、と聞いて目を輝かせた。

そしてぴょん、と椅子から飛び降りると僕の手を引っ張る。


「お兄さま!お兄さま!

 早く行きましょ!」


「え、エル、そんなに急いでもおやつの時間は変わらないよ」


「いいの!

 いっぱいお勉強して、お腹をすかせなきゃ!」


くるくると表情の変わるエルリアを見て、僕は笑った。


妹のエルリアは、母さまの妹に似ているらしい。

僕は肖像画でしか見たことがないけれど、確かに母さまよりかは叔母さまに似ている。

ヴェルナーやアーサーベルトに聞いたとき、少しだけ悲しそうな表情になっていたけれど、二人は教えてくれた。

リリアナ叔母さま。

僕が生まれて幼い時にお亡くなりになった、妖精姫と呼ばれた人。

おじいさまの具合がよくなくて、一緒にエルムストという場所に行ったらしい。

そして病に倒れてしまわれたのだと。


リリアナ叔母さまは、妖精姫の名の通り、とても綺麗で明るかったらしい。

綺麗なものが大好きだったそうだ。

確かに、エルリアに似ているかもしれない。

でも、エルリアの方が行動的だとアーサーベルトは笑っていたけど。


二人に母さまや父さまには聞かないように、といわれた。

どうして、と聞くと、二人は変な顔をしていた。

そして、いつか陛下から話を聞くことになりましょう、とも。


あまり気にしていなかったけど、きっと母さまはおじいさまたちと仲が良くないのだと思った。

だって、父さまのほうの叔父さまは、僕やエル、そしてダレンが生まれたときに会いにきてくれたけど、母さまのおじいさまたちは一度も会いに来てくれたことがない。

それを僕は悲しいとは思わないけれど。

だって、僕には父さまと母さまがいて、エルとダレンがいて、城のみんながいる。


「お兄さま、早く行きましょう!」


「待って、エル。

 そんなに急ぐと転ぶよ」


ふわりと桃色のドレスをはためかせながらエルリアが廊下を駆けていく。

それに慌ててついていくメリルローズ。

そんな僕たちを、近衛兵たちは顔を緩ませながら見ていた。







「でね、ヴェル。

 わたしにもお母さまにとってのお父さまのような運命の人がいると思うの」


「は、はぁ・・・」


「わかりますぞ、エルリア様!」


「アーサーは分かってくれるのね!

 もう、ヴェルってばオンナゴコロがわからないの!

 そんなでは奥さまに怒られちゃうわよ」


「・・・」


「そうだぞ、ヴェルナー。

 たまには言葉にしなければ、愛想を尽かされるぞ」


「アイソ、って何?」


「それはですね・・・」


「おい、アーサー!

 殿下に変な言葉を教えるな!!」


「ヴェルってば怒りんぼ!けちんぼ!

 ヴェルの奥さまに言っちゃうもんね!」


「で、殿下・・・!」


「・・・」


エドガーは、勉強しに来たはずなのにどうしてこうなっているのかいまいち分からず、そしてその光景をそのままずっと意識の外に外した。

ああなってはヴェルナーも使い物にならないだろう。

エルは可愛いが、どうしてもませた部分がある。

そして色恋にとても興味を示すのだ。

そして質の悪いことに、アーサーベルトもそういった話が大好きだということ。

人は見た目によらないということを、アーサーベルトで初めて知った。


「・・・え、エドガー殿下・・・!!」


どうにもならなくなったのか、ヴェルナーがこちらに助けを求めるように見ている。

正直、子供に助けを求めるのもどうかと思わなくも無い。

が、いつまでも自分の勉強を見てもらえないのはよろしくない。

ヴェルナーだって、宰相としてとても忙しいのに、わざわざ時間を割いてくれているのだから。


「エル、アーサー。

 これ以上僕の邪魔をするなら怒るよ?

 エル、勉強しないならおやつは無しになるけど」


「!!」


「やだ!

 ごめんなさい、お兄さま!

 ちゃんとやるから怒らないで!」


エドガーの静かな怒りを感じ取ったのか、二人は慌てて謝罪を口にする。


「わかったのであればいいよ。

 ヴェルナー、お願いします」


ぺこり、と頭を下げるその姿だけを見れば、礼儀正しい男の子にしか見えない。

しかしヴェルナーとアーサーベルトの二人は、グランの血を確実に継いでいると思った。





「すまないな、エル。

 待たせてしまった・・・、今から散歩しよう。

 エドも一緒に」


ヴェルナーとの勉強を終え、そろそろおやつの時間という頃にグランは時間が取れた。

急いで向うと、そこにはエドガーとエルリアがダレンをあやしている。


「お父さま!

 もう!遅いわ!」


頬を膨らませて怒る娘に、グランは相好を崩しそうになる。


「すまない、どうしても忙しくてな」


「母さまは?」


「後で来るといっていたよ。

 あと少しだけ処理を終えてから来るはずだ」


息子は、少しだけ寂しそうにしながらも気丈に分かったという。

それが分かったので、エドガーを抱き上げる。


「イルミナもお前たちと遊びたいと言っていた。

 今は忙しいが、そのうちまとまった休みが取れるだろう」


「ああー!

 お兄さまだけずるい!

 エルも!!」


グランは一生懸命手を伸ばしてくるエルリアも抱き上げる。

今は抱き上げられるが、いつかはそれもできなくなるのだろうと思うと、今のうちにいっぱいしておかなくてはとも思う。


「・・・あまり、無理はしないでね」


小さく聞こえたそれに、なんと優しい息子なのだろうと思う。


「もちろんだ。

 さぁ、庭へ行こうか」


グランは二人を下ろすと、ダレンを抱き上げる。

ふにゃふにゃと言いながらも泣きもせずに腕に収まることに、みんな大人しいな、と思った。

エドガーも、エルリアも。

子供たち三人は想像以上に手がかからなかった。

それを考えれば、ウィリアムの方がよっぽど手がかかったようにすら思う。


「行こう、お父さま!

 お庭でおやつがしたいわ!」


「あぁ、いいな。

 メリルローズ、頼めるか?」


「もちろんにございます。

 手配はお任せください」


「ありがとう。

 エル、走ったら危ないぞ。

 エドと手を繋ぎなさい」


「はぁーい」


小さな後姿を見ながら、グランもそのあとを追う。

正直、またこうして子を抱きしめることができるとは思わなかった。

ロゼリアに先立たれたとき、彼女だけを想って一生を終えようとしていたのが、まるで嘘のようだ。

まだ幼い彼らには、異母兄弟がいることは伝えていない。

もしかしたら、伝えずに終わるのかもしれない。

だが、いつかは伝えたいとグランは考えている。


「父さま、早くー!」


陽だまりの中、愛しい子供たちがはじけるような笑みを浮かべている。

まるで、一枚の絵画のようだ。


ウィリアムとは、定期的に手紙のやり取りをしている。

いくら馬鹿なまねをしたとはいえ、可愛い息子には変わらない。

リリアナが自らの命を絶った際には、心配でエルムストに赴こうかとすら聞いた。

しかしそれをウィリアムは拒否した。

いや、というよりグランとイルミナを思っての言葉だったのだろう。


「―――今行く。

 そう慌てるな」


グランは笑みを浮かべ、子供たちの方へと足を進める。

これが、自分が望んだ景色なのだ。

これが、自分の居たい世界なのだ。

それを壊そうとするものは、誰であろうとも許しはしない。


「あ・・・!

 母さま!」


物思いにふけりながら子供たちが遊ぶ光景を見ていると、イルミナが仕事を終えてやってくる。

すらりとした背。

豊な黒髪。

そしてその顔は、優しく微笑みで彩られている。


その姿を見て、グランの心臓は大きく打つ。

あぁ、きっと、何度でもこうして心打たれて、恋をするのだろう。


「エド、エル、グラン。

 待たせたわね。

 ダレンは寝ているの?」


「あぁ。

 さっきまで起きていたんだがな」


「そのまま寝かせてあげたほうがいいわね。

 エド、エル、今日は何をしていたの?」


「えっとねー!」


「今日は―――」



「―――」


優しい風景。

愛しい世界。

何にも変えがたい、平穏な日々。





グランはその幸せが一生続くように、一人天に祈った。



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