エピローグ
「―――ナ・・・」
「ィ・・・」
「イルミナ」
「!?」
呼ばれたイルミナは、飛び跳ねるようにして起きた。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。
慌てて身を起こすと、そこには最愛の人がくすくすと笑っている。
「・・・グラン?」
「ん?
どうかしたか?」
イルミナは、まじまじとグランを見る。
目じりの皺に、白が目立つようになってきた髪。
それらが、不思議と新鮮に思えた。
「イルミナ?
大丈夫か?」
「え、えぇ・・・」
少しだけぼんやりする頭を振りながらイルミナは座りなおした。
そうだ、ここは四阿だ。
執務の合間の休憩がてら、来ていたのだ。
日差しが心地よく、うとうとしたと思ったらそのまま寝てしまったのか。
イルミナはずっと隣で支えてくれたグランを見ながら、ぼんやりと話し始める。
「ゆめを、みたの」
「夢?
いったいどんな?」
グランはイルミナの隣に腰掛け、肩を引き寄せてくる。
いつになっても、彼はそうしてイルミナを愛していると行動で示してくれる。
「昔の、夢よ・・・。
私たちが会ったころとか、グイードのこととか・・・」
「グイードか、懐かしいな。
もう二人子供が生まれたと聞いたのが最後だったか?」
「あぁ、あの女の子が奥さんになったのだったわね。
懐かしい・・・私、あの子に睨まれたことあったわ」
懐かしい思い出に浸るように、二人は寄り添いながらぽつりぽつりと話をする。
「・・・なんだか、あっという間だった気がするわ」
即位してから毎日が目の回るような忙しさだった。
ハルバートとの国交は思ったよりも話が進まず、時間がかかってしまった。
一度細くなってしまったラインを戻すのは、そう簡単なことではない。
足が遠のいてしまった商人たちは、また同じことが起こるのではないかと危惧して、どうしてもこちらが思うようには進んでくれない。
それでも最近になってようやく良くなってきたのはよかった。
「そういえば、エドガーは?」
イルミナは、グランが愛息子の姿と一緒で無いことに気づく。
あの子が生まれたあの日、イルミナは長時間の陣痛と戦った。
そして生まれたわが子は、何よりも大切で愛しい存在となっている。
「エドはアーサーと一緒だ。
アーサーも可愛がっているからな」
「そう、なら安心ね」
するり、と二人の手が繋がれる。
イルミナは、自分より大きな手を眺めながら、いつもこの手に助けられたなと思った。
そして、すこしだけ張りのなくなった自分の手を見る。
グランが年を重ねたように、イルミナも年を重ねた。
大人びた、と表現されていた少女は、すでに大人となって、母となり女王となった。
今では誰一人として、イルミナを暗いなどとは言わない。
自分ではよく分からないが、グランと結婚してから色気というものが出ているらしい。
ちなみにジョアンナとロッソの二人の情報だ。
「・・・みんな、元気にしているかしら」
イルミナの始まりの場所、アウベールは学び屋の始まりの地としてその知名度を上げている。
グイードが村長となっていることを手紙で聞いた。
タジールは、その後病に罹り儚くなっていた。
出来ることなら別れを告げに行きたかったが、イルミナの立場がそれを許さなかった。
そのことに涙したが、グイードはイルミナの気持ちはよく分かっている、じじぃもだ、と言ってくれた。
ラグゼンファードからは定期的に手紙が送られてくる。
最も、最近では弟であるハーヴェイが結婚しないことへの愚痴ばかりになっているが。
ハルバートとも、定期的な手紙のやり取りを交わしている。
エドガーが生まれたことを知り、テオドアとその弟がやってきた日には驚きのあまり気を失いかけた。
仲が悪いといわれている二人だったが、実は弟は兄大好きっこで、天邪鬼ゆえに出てくる言葉が攻撃的だという意外な一面を知った。
「ふふ・・・、
ヴェルナーの結婚式も、良かったわ」
驚きといえば、あのヴェルナーが結婚したくらいだろう。
いつぞやの時、ヴェルナーが女性に対する免疫がなさ過ぎてアーサーベルトに揶揄われた過去を思い出す。
ご令嬢とそこそこに逢瀬を交わし、結果として婚姻に至ったのだという。
しかもプロポーズはご令嬢からだときた。
でも、きっと彼女でなければヴェルナーを射止めることはできなかっただろうとイルミナは思っている。
ヴェルナーが必死になって隠そうとしているが、すでにアーサーベルトとイルミナ、そしてグランにはばれているのだが。
「あぁ・・・、
面白かった」
イルミナとグランは、肩を寄せ合ってくすくすと笑う。
そしてイルミナは唐突に思った。
あぁ・・・これが、しあわせなのだ、と。
ずっと、ずっとほしかった、わたしのいばしょ
あいしてほしくて
みとめてほしくて
がんばっても、えられないとあきらめかけた、いばしょ
「―――グラン」
「ん?」
イルミナは溢れる思いのまま、その頬に口付けをする。
「っ・・・イルミナ?」
少しだけ頬を赤くする彼が、何より愛おしい。
「―――愛しているわ、私の幸せを運ぶ人」
イルミナの言葉に、グランは破顔した。
「私もだよ、私の喜びを運ぶ、愛しい人」
もう、わたしの涙は、孤独に流れない
これにて、梔子のなみだを完結とさせていただきます。
メッセージを下さった皆様方、本当にありがとうございました。
色々とあった話ですが、書ききれたのは皆さまのおかげです。
本当に感謝しかありません、ありがとうございます。
今後ですが、番外編をいくつか書いておりますので順次上げていきます。
ないとは思いますが、リクエストがございましたらご連絡いただければ頑張ります。
後日、裏話を活動報告にあげる予定です。
長々とお付き合いいただきありがとうございました。