村人と護衛騎士
「今回は本当にお世話になりました」
イルミナは予定通りの視察の日程を終え、今日ついに村を発つことになった。
あの後も、非常に興味深いことを聞き続け、イルミナは満足感と軽い疲労を覚えながらタジールたちに挨拶をした。
程よい疲れが、イルミナの全身を包む。
でも、それ以上に今回の視察には収穫があった。
ミスリルの採掘状況も確認し、治水に関することも視察できた。
そしてなにより、村の教育というものを知れたことはイルミナにとって非常に大きな収穫であった。
「なんじゃ、もう帰ってしまうのか」
タジールは少しだけ寂しそうに微笑む。
たった数日の滞在であったが、イルミナの存在は村の人たちにとっても大きなものとなっていた。
始めの頃は遠巻きにされていたが、今となってはイルミナとの別れのために何人もの村人たちが集まり始めるほどだ。
「今回の視察は本当に有意義なものとなりました。
これを持ち帰って国の発展に役立てたいと思います」
イルミナは、うっすらと微笑みながらタジールに返す。
「殿下、これ私が作ったんですけど宜しければ召し上がって下さいな」
アイリーンはそういい、バスケットをイルミナに渡す。
「アイリーンさん、ありがとうございます」
「いいのよう、それにしても!
グイードのおバカさんはどこに行ったのかしら!」
アイリーンは腰に手を当てながらため息をつく。
今朝から、グイードはその姿を見せていなかった。
イルミナは、ここ数日間ずっと案内をしてくれた彼にお礼を言いたいが、見当たらないのであれば仕方がない。
探しに行きたい気持ちもあるが、そろそろ戻らねばならない。
「グイード殿にも本当にお世話になりました。
また来た際はよろしくお願いしますとお伝えいただければ」
「わかりましたわ、殿下。
道中お気をつけてくださいね」
アイリーンは、微笑みながらイルミナに言う。
すると、リタとこどもたちがやってくるのが見える。
「なぁんだい、あんた、もういっちまうのかい」
「リタ!
口が悪いわよ!」
「ねーねー、おひめさま、もう行っちゃうの?
もうあそべないの?」
「なーなー、今度剣教えてくれよー」
わいわいと囲む皆に、イルミナは驚きを隠せない。
今まで、このように囲まれたことなど一度もないから。
「ほら、あんたたち!
殿下が驚いてるだろう!」
アイリーンが一声言うと、みんなが次々に文句を言う。
「だって!!
村長はいいじゃないか!ずっと泊まってたんだから!
あたしらだってお話ししたいのに!!」
そーだそーだ、と他の村人も声を上げる。
そんな彼らに、イルミナはどうするのが正解なのか分からない。
でも、正直に嬉しいと思った。
リリアナがいないからこうなっているだけなのかもしれないか、それでも。
今は皆、イルミナという存在を認めてくれているような気がして。
「ま、また、今度来るので」
「ほんとー!!」
「次はおれたちと遊んでなーー!」
喜びで跳ね回る子供たちに、イルミナは頬を緩ませた。
「殿下、気にされなくていいんですからね、
お忙しいの分かっていますから」
「いいえ、アイリーンさん。
私の方がここに来たいと思っているのです」
イルミナのその言葉に、村人たちはほっこりする。
最初は、王族なんて碌なものじゃないだろうとほとんどの者が思っていた。
しかし実際に会ってみたら想像とかけ離れた人だった。
傲慢にしているわけでもなく、ただただ知識を求める。
その為に礼をいうことを欠かさないその姿は、村人たちには非常に良く映った。
そんなわいわいとみんなで騒ぐ姿を、遠くから見ている人物がいた。
「――――、あれが、第一王女・・・?」
男は食い入るようにその姿を見ている。
彼女があのように笑う姿など、一度として見たことがなかったぶん、今の彼女の姿は驚きを禁じ得なかった。
「そうだよ、あれが、あんたたちのオヒメサマの一人だよ」
その男を責めるように言葉を放ったのは、グイードだ。
本音を言えば、グイードはハザが気に入らない。
いや、本音じゃなくとも気に入らない。
彼女の傍にいて、守ることが出来るのにそれをしない彼が、嫌いだった。
「あの方は、何をしようとしているのだ」
ハザのその言葉に、グイードは失笑を禁じえなかった。
「本当に、お前なんも知らないのな」
グイードにそう返され、ハザの頬に熱が上がる。
騎士である自分が、ただの村人にそのようなことを言われるなど。
憤慨し、激高しそうになった瞬間、イルミナを囲む村人の歓声が聞こえた。
今まで、あの第一王女が歓声を浴びる場面など、見たことがあっただろうか。
いや、とハザは考える。
そもそも、なぜ、彼女が歓声を浴びているのかすら、ハザは知らない。
・・・いや、何も知ろうとしていなかったのだ。
「イルミナは、国を変えようとしてんだよ。
いい方向にな」
「国を、変える・・・?」
「そ。
そのために、色んな勉強して、国の小さな村のことも知ろうとしてる。
知って、それで良くすることが王族のやらなきゃなんないことだって知ってんだよ。
見た感じ、他の王族はやってないみたいだしな」
「それは不敬ととるぞ」
「ちげーよ、お前頭悪いんだな。
別に今のオウサマたちが悪いなんて言ってねーよ。
でもな、こんなちっさな村じゃ王が誰かなんてどうでもいいんだよ」
その言葉は、ハザにとって衝撃を与えるものでしかなかった。
誰が王でも構わない?
「当たり前だろ?
オウサマは、俺たちに何をしてくれたんだよ?
見たこともねーのに、なんで信じられてるって、崇拝されてるなんて考えられるんだ?
オウサマたちだって、俺達のことを何も知らなくて、替えの利く存在だって思っているだろ?」
ハザは反論の言葉が出なかった。
城に勤め、日々王族や国のために勤務しているハザからすれば、王の存在は必要不可欠と思っている。
しかし、村人たちはどうだろうか。
話したことはおろか、顔も見たことがない。
なら、いてもいなくてもいい存在だと言っているようなものだ。
そして、それは町村では事実でもあった。
あの城にいて、この村のことなど知らない者のほうが多い。
この村だけでない。
紙の上で、数字としてしか記されていない。
城では、村に住んでいる人は人ではなく、数字として数えられているのだ。
そこに生きている人のことなど、城にいるものは誰一人として何も知らない・・・いや、知ろうともしないのだ。
「だから、イルミナは名を残す偉大な人になるってじじぃが言っていただろう。
あいつは、きっと人を人として見てくれるんだよ」
それが、どれだけ難しいことか、お前にはわからないだろうとグイードは言った。
「わ、わたし、は・・・」
戸惑うハザに、グイードは首を横に振る。
「ま、お前は今回の事踏まえてイルミナにしっかりと話を聞いた方がいいぜ。
今回の視察で何を見つけたかとかさ」
「な、んで・・・わたしに・・・?」
グイードは、その言葉を聞いた瞬間初めて怒りを露わにした。
「俺は、お前たちが嫌いだ」
「!?」
「アイツが剣を握らなきゃいけない場所に置く、お前たちが、嫌いだ」
そしてぎりりと歯を食いしばった。
「なにより、あいつを守れる立場にいない俺が大っ嫌いだ」
そういい捨てると、グイードはその場を離れた。
本当は、殴ってやりたい。
なんでと、どうしてなんだと、詰め寄ってしまいたい。
でもそれをすれば、きっとこの先自分はイルミナの傍にいることができなくなってしまうだろう。
だから、しない。
「・・・アーサーベルト様・・・」
残されたハザは、迷子のように崇拝する上司の名を口にした。