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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
157/180

結婚式




その日、ヴェルムンドは湧き上がった。

まるで天までもが祝福するかのように、暖かな日差しが降り注ぐ中、女王イルミナの結婚式は行われた。





厳かな雰囲気の中、イルミナは一人でヴァージンロードを歩く。

他の人の結婚とは違い、王族の結婚には本来であれば王がその宣誓を受理する必要がある。

なので、基本的には王位に就く前に結婚、あるいは婚約するものが常だ。

しかしもちろん例外もあって、先代や王族の血を引くものがそれを受理することも出来る。


だが、イルミナはさらにその特例の上を行く。

先王は病に臥して王都には来られず、その先王には兄弟がいない。

その為、イルミナは自身の結婚の宣誓を受理することとなったのだ。

特例すぎるそれだが、先王を無理矢理呼び戻すことは女王であるイルミナが断固たる決意で拒否をしたため、そのような特例の措置と相成った。


真っ赤なヴァージンロードを、イルミナは真っ白なウェディングドレスを着て歩く。

準備の段階で、メイドたちはその美しさに息を呑んでいたことを、イルミナは知らない。

ジョアンナが号泣していたことも。

ロッソの二人も朝早くから登城し、イルミナのドレスの最終確認を行っていた。

誰もが、イルミナの結婚式を最高のものにすべく、奮迅していた。

そのことを、イルミナはありがたく思う。


伏せられた紫紺の瞳は、潤んでいるせいかきらきらと輝き。

薄めの唇はほのかな桃色、そして頬は微かに赤くなっていた。

重苦しいといわれた真っ黒な髪は、丁寧に梳られて結い上げられている。

長いヴェールの上には、王たる証の王冠が燦然と輝いていた。


式に参加した者たちは、美しいイルミナを見て、感嘆のため息を零す。

始めは妹姫の陰に隠れるぱっとしない姫だと思われていたが、磨けばなんと光るものか。

磨けば光る、宝石の原石であったことに気づかなかったものたちは、悔しさから唇を噛むものすらいた。


イルミナが玉座に腰をかけると、参加者は全員膝を折る。


「面を上げよ、

 今日は私の式への参加、誠に感謝する」


イルミナはそういうと、正装したヴェルナーに視線をやる。

こくりと頷いたヴェルナーは、扉付近の近衛兵に合図を送りながらよく響く声で、グランの入場を告げた。



グランは、真っ白なフロックコートを着ていた。

イルミナと揃うように作ってくれたのだろう、イルミナのドレスと同じように白い刺繍が品良くある。

胸元に飾られた花は、イルミナの瞳の色を意識してものなのだろう、濃い紫だ。

そしてその表情を見たイルミナは、鼓動が早く打つのが分かった。

まるで、この世で一番幸せだといわんばかりの蕩ける笑みは、参列者からも吐息が零れるほどだ。


グランは、玉座の前まで来ると膝をついて頭を垂れた。


「―――グラン・ライゼルト」


「は」


「本日をもってして、ヴェルムンド女王である私の伴侶として、国に献身を求めます。

 いついかなるときも、民を思い、民の為に生きることを誓えますか」


「誓います」


「では、貴方にはロンチェスター公爵位を授けます。

 今日より、グラン・ロンチェスターと名乗り、常に私の隣で、国の繁栄に尽くしなさい」


「仰せのままに、我が女王陛下」


イルミナは控えていたヴェルナーを見る。

ヴェルナーは恭しく紋章冠を持ってきた。

イルミナはそれを受け取ると、グランに近くによるよう言う。

そしてその胸元に、紋章冠をつけた。


「―――今をもってして、グラン・ライゼルトはグラン・ロンチェスター公爵となり、そしてヴェルムンド女王である、イルミナの伴侶であることを宣誓する」


その瞬間、大広間の上階から数え切れないほどの花びらが舞った。

それに合わせるように、参列者からの拍手が鳴り始める。


「ご成婚、おめでとうございます!」

「イルミナ女王陛下、万歳!」

「ヴェルムンド国、万歳!」


次々に祝いの言葉が送られてくる。

グランはイルミナの隣に立つと、その腰に手を当て引き寄せた。


「これで、ようやく、だな・・・」


感慨深そうに言うグランに、イルミナは笑みを浮かべる。


「これから、ですよ」


「それもそうだな」


くすくすと笑いあう二人を見て、誰もがこの国は大丈夫だと安堵する。

あのように、幸せそうに笑う二人であれば、きっと国を良くするために尽力してくれるだろう、と。

不意に、イルミナがヴェルナーとアーサーベルトのほうを向くと、二人は目を真っ赤にして拍手をしていた。

というより、アーサーベルトは男泣きをしている。


その様子に、イルミナは苦笑を零した。

彼らが自分を育ててくれたおかげで、今日があるといっても過言ではない。

イルミナとグラン、そしてヴェルナーたちはそのままバルコニーへと向かうさなか、二人に声をかけた。


「ヴェルナー、アーサー・・・。

 貴方たちがいなければ、今日という日を迎えることは叶わなかったでしょう。

 本当にありがとう」


「!!

 そ、そのようなことはありませんぞ!陛下!!

 貴女様の頑張りがあったからこそです・・・!!」


「そうです、陛下。

 臣下のものにそのように軽々しく礼など言わないでください。

 我々は、貴女が頑張ると決めたから、微力ながらお手伝いをしただけです」


二人の言葉に、イルミナは首を横に振る。


「いいえ、あの時、アーサーが私に稽古を付けてくれなければ、ヴェルナーが教えてくれなければ、今の私はいなかったでしょう」


イルミナの言葉に、アーサーベルトはむせび泣き、ヴェルナーはぐっとその秀麗な顔を歪ませた。


「さぁ、イルミナ。

 そろそろ行かないと、皆が待っている」


グランはイルミナの手を取ると、そのままエスコートする。

その力強い腕に、イルミナは安心して自分を任せることができた。




わああああああ


イルミナたちがバルコニーから顔を出すと、そこには数え切れないほどの人がイルミナとグランの結婚を喜んでいた。


「おめでとうございます!」

「イルミナ女王陛下ばんざーい!!」

「グラン様、ばんざーい!!」


城の上階から同じように花びらがばらまかれている。

冬も近いというのに、城のものは相当頑張ってくれたようだ。

イルミナはグランに寄り添いながら、民へと手を振る。

それによって、民は更に熱狂的にイルミナへの祝福の言葉を叫んだ。



その後、イルミナとグランは王族専用の馬車に乗り城下を一周した。

行く先々で誰もがイルミナたちを祝福する。

そのことに、イルミナは心が満たされていくような、そんな気がした。

こんな光景を見れるとは、幼い頃には想像もしていなかった。


あの頃は、毎日が必死だった。

自分を認めてほしくて。

ただ、愛されたくて。

必要とされるために、色々なことに手を出した。


行ったこと全てが、国の、民のためといいながら自分の心を満たすための手段だったと知ったとき、絶望すらした。

なんて汚い欲望を持った人間なのだろうと、自分自身を嫌悪した夜もあった。

どうして自分ばかり、こんな目に遭うのだろうと運命を憎みすらもした。


でも、全ては必要なことだったのだ。

イルミナは、自分が清廉潔白な女王ではないのを知っている。

だからこそ、間違いがあると思って疑りながら物事を進めようとする。

それは結果として、より良い道を模索する手段となるのだ。


窓から見える民の表情を、出来る限り見る。

この笑顔を、自分が守るのだ。

イルミナが決意を新たにしていると、グランがその手をぎゅ、と握り締めた。


「グラン・・・?」


イルミナは隣にいるグランを見上げる。


「大丈夫だ、イルミナ。

 これからは、一緒に頑張ろう」


「―――はい」


そう、もう自分は一人ではない。

一緒に、隣にたってくれる人がいる。

自分を、愛してくれる人がいる。



その夜、城では盛大な晩餐会が催された。

参列者たちは料理人たちが腕によりをかけた食事を楽しみ、この日の為に特別に用意された葡萄酒を楽しむ。

幸せそうに微笑む女王夫妻の姿も、酒が進む一つだ。


「陛下、ロンチェスター卿。

 ご成婚、誠におめでとうございます」


「ブラン、アリバルそれにライゼルト」


イルミナとグランは、見慣れた面々からの祝辞に礼を言う。


「色々とありましたが、これで少しは安心できますね」


「えぇ、まだ始まったばかりですが」


「それはもちろん。

 陛下にはお健やかな子を授かって頂き、そしてそのためにもより良い国づくりを目指して頂かなくては」


結婚式という日ですら容赦の無いアリバルにイルミナは苦笑を零す。


「それくらいにしておけ、リチャード」


「おめでとうございます、陛下。

 それに兄上」


「ありがとう、ライゼルト伯。

 領地はどうですか?」


「問題ありませんよ。

 領民もお二人のご成婚を喜んでおりましたし」


「そうか。

 奥方はどうした?」


「申し訳ありません、悪阻が酷くて連れてきませんでした」


「子ができたのか」


「はい」


淡々とした兄弟の会話を、イルミナは物珍しそうに見る。


「今度祝いの品を贈る」


「ありがとうございます」


ヴァンは淡々と返すと、他の方に挨拶しに行ってきますと言い置いてその場を後にした。


「・・・お前の弟は相変わらずだな」


ブランも面識があったのか、ぽつりと零した。

それにアリバルも頷く。


「さて、我々も他の面々に挨拶をしに行くとしよう。

 リチャードはどうする?」


「私も行きます。

 では陛下、卿、また後日に」


「えぇ、ありがとう」


「あぁ」


そうしてたくさんの祝辞を受けていたら、気がつけば結構いい時間となっていた。


「陛下、そろそろ・・・」


ひっそりと佇むようにしていたメイドから声がかかる。

その言葉に、イルミナの心臓は一気に早まりだした。

そうだ。

自分とグランは結婚し、夫婦となった。

そして待っているのは。


「あ・・・わ、わかりました・・・。

 アーサーとヴェルナーは・・・」


きょろりと視線を広間に移すと、そこには男泣きをしているアーサーベルトとほんのりと頬を赤くしたヴェルナーが色々な人と話しているのが見えた。

これでは声をかけられない。

イルミナは楽しんでいる二人の邪魔をするなんて無粋なことはせず、グランにひそりと声をかけた。


「グラン、私は先に退席します」


「!

 わかった。では後ほど」


グランはイルミナの退席理由に思い当たったのか、はては楽しみにしていたのかまではわからないが満面の笑みを浮かべる。

そのことにも、イルミナの頬は赤くなった。


いそいそとメイドに連れられ、イルミナは自室へと向かう。

衣裳部屋で一度ドレスを脱ぎ、そしてそのまま湯殿へと連れて行かれる。

昨日と同じようにメイドたちが磨こうと待ち構えていたが、昨日よりかはお手柔らかにしてくれた。

正直、疲れもあったので何度か寝落ちしかけたが、準備が整うのを自覚し始めると不思議と目は冴えていき、用意されたネグリジェを見たときには緊張からか手足が冷たくなっていた。


戻ってきた部屋の光源は燭台の淡い光だけとなっており、イルミナの緊張を更に高める。


「では陛下。

 私たちはこれで」


「・・・ぁりがとう」


緊張しすぎて、声が裏返る。

このままでは駄目だと思い、用意してもらっていた葡萄酒を口にする。

一番いいものを用意してもらっているはずなのに、味が全く分からなかった。

そわそわと、無駄に部屋を歩き回り始めていると。


「イルミナ、いいか?」


「!!!!」


グランが、入室の伺いを立ててきた。

イルミナは慌ててソファーに腰掛ける。


「ど、どうぞ・・・!」


心臓が脈打つのを、イルミナは否応なしに自覚していた。

目が勝手に潤み、手が微かに震えている。

今までにも緊張する場面は多数あったが、そのどれとも違う緊張感をイルミナは漂わせていた。


「―――イルミナ」


「っ・・・」


やってきたグランは、いつも以上に簡単な装いをしていた。

そのことにも、これから起こることを予感させているようで体温が上がっていく。

そんなイルミナを、グランは微笑みながら見つめた。


「・・・折角だ、少し飲もうか」


「・・・はい」


緊張している自分を慮ってくれているのだろう。

グランはそう切り出した。

用意された葡萄酒を、二人は隣同士で座りながら楽しむ。

もっとも、イルミナは楽しむ余裕なんてこれっぽっちもないが。


「いい結婚式だったな」


「本当に・・・」


「とても緊張したよ」


「グランが、ですか・・・?」


そんな風には見えなかったイルミナは、目を大きくして問う。


「あぁ、それはもちろん」


グランはイルミナを抱き寄せながら首肯する。

そんな風には見えなかったが、とイルミナが思うと、グランはイルミナも緊張しているようには見えなかったと話す。

そんなグランに、イルミナは自分だってものすごい緊張していたことを説明する。


「―――なら、一緒だな」


グランはそう言いながら、イルミナの手を自分の心臓の上に置いた。


「っ・・・!!」


いきなりのことで、イルミナは硬直する。

自分の心臓の音が、グランに聞こえてしまうのではないかというくらいに大きく、そして早くなる。

薬指の指輪が、燭台の光を浴びてきらきらと輝いている。

すると、グランの胸にあてた手が、同じようにどくどくといっているのが分かった。

でも、自分のものではない。

それに気付いたとき、イルミナはばっとグランを見た。


少しだけ恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに微笑むグランが、愛おしそうにイルミナを見ている。


「―――いっしょ・・・」


「あぁ」


グランはそのままイルミナを抱き寄せると、薬指に口付けを落とし、そして唇に吸い付いた。

始めは、子供のように合わせるだけ。

そしてそれはどんどん深いものへと変わるのに、そう時間はかからなかった。


「―――っ、ぐら、ん・・・」


グランはイルミナの消えそうな声に気づくと、そのままイルミナを抱き上げる。


「っ!!」


そして優雅さとは程遠い足取りで、寝室を目指すグランにイルミナは顔を真っ赤にした。


「―――今夜は、離してやれない」


蕩けそうな笑みで言うグランに、イルミナはそっと目を閉じた。





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