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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
155/180

約束のもの



結果として、テオドア・ハルバートとの会談は悪いものではなかったとイルミナは思う。

確かに、国の使者―しかも王太子―が来ることに対して懸念はあったが、思ったよりかは円満に終えられたような気がする。


「アーサー、グランとヴェルナーを」


「かしこまりました」


念のため、情報の共有はする。

それに、城の中に他国のものが入っている可能性の方が圧倒的に高い。

今ままでは何もなかったから良いものの、国としてはあまりよろしいことではない。

そのことに対する意見も必要だ。


ただ、イルミナ個人としてはテオドアのことは嫌いではなかった。

完全無欠とも言われる彼に、どのようなことを言われるのかと身構えていたが、実際には何も言われなかった。

正直な話、女王としても未熟である自分がハルバートという国にどのような目で見られているのか、まったくもって見当が付かない。

彼の言葉からして、現王がイルミナを憐みないしは似たような感情を抱いているのは理解できた。

だが、それはあくまでもイルミナという個人に対してなだけであって、そこに女王は関係ないだろう。

イルミナは、自分のやっていることに自信と誇りをもって行っている。

ラグゼンファードも、それを認めたからこその手紙だろう。

だが、ハルバートは少々事情が異なりすぎた。

イルミナからすれば、祖母の国。

そしてその祖母は、切っても切れない何かがあると思っている。


言うまでもない、なのか。

言う必要がない、からなのかの判断はつけられないが。

それでも、個人としては久々に好印象の持てる相手だった。


「失礼いたします、陛下。

 お呼びとのことで」


「ヴェルナー、忙しいところにきてもらってすみません」


「いいえ、いつでもお呼びいただいて構いませんよ」


そうして二人で話し込んでいると、グランもそう時間を空けずにやってくる。


「それで、どうだった?」


グランは挨拶をそこそこに、話をすぐさま切り出す。

二人にはすでにテオドアと話すことは伝えてある。

その後に呼び出したとなれば、話の内容は簡単に想像がつくだろう。


「現在、ヴェルムンドとハルバートは先王妃による婚姻で形ばかりの同盟を組んでいます。

 王太子殿は、それを形ばかりのものではなく、実のあるものとしたいようです」


「やはり・・・」


ヴェルナーは想像していたのだろう、その一言だけが漏れる。

イルミナは一つ頷いて話を続けた。


「ハルバートは、ヴェルムンドより北西に位置しており、国土はこちらよりも二回りほど大きいです。

 軍に力を入れていますが、軍事国家というわけではありません。

 資源も豊富ですが、ラグゼンファードには及ばないくらいでしょう」


「陛下はどうお考えで?」


「・・・同盟を強固なものにする、という点では賛成しますね。

 ただ、国交を、となると国の上層部だけの問題ではありませんので。

 関税なども考えなければならないでしょう」


形ばかりの同盟というのは、本当に字面通りだ。

先王妃がやらかしてくれたおかげで、ハルバートはヴェルムンドから来る商人への税を少しではあるものの増やした。

少し、といっても、以前よりかは高い。

それに商人たちの足は遠のく結果となったのだ。

今では細々とした繋がりが表面的にあるだけだ。


「では、式後にその話もしましょう。

 しっかりとした繋がりのある同盟国が増えるのは、良いことも悪いこともありますからね」


「かしこまりました。

 ではそのように話をこちらで進めておきます」


「お願いします」


そしてヴェルナーは仕事がありますので、と言ってた退室した。

部屋に残されたのは、グランとアーサーベルトとイルミナの三人だ。


「・・・それで、君個人としてはどうだった?」


「完全無欠、と言われているようですが、そこまでは判断がつきませんでした。

 でも私個人としてはそこまで嫌悪感や忌避感は持ちませんでしたね。

 彼が次の王となるのであれば、ハルバートは安泰でしょう」


「アーサーベルトはどうだ?」


「・・・そうですね、穏やかな方、と印象を受けました。

 ただ、隙は一切見せませんでしたが」


「そうか。

 イルミナ、君個人としては同盟をどう思う?」


グランの質問に、イルミナは少しだけ考えて口にする。


「・・・正直悪くないとは思っています。

 ただ、すぐには返答しづらいというのはありますね。

 正直、なぜ彼らが今になって強固にしたいと考えたのか・・・。

 私が即位したときにはそのような話は一切出ていませんでしたからね」


「それもそうだな」


「ラグゼンファードはハーヴェイ殿の件があるので少なくとも想像は出来ますが。

 まぁ、最終的には議題にあげてからの対応になるでしょうね。

 もし強固にするにしてもしないにしても、忙しくなるのは目に見えていますから」


やることがたくさんだとイルミナは内心で思う。

でも、良いことだ、とも。

やることがたくさんあるということは、国はもっと豊かになる証だ。

向上心を持ち、それを精査しながら実行するということは上に立つ者の当然の義務だとも思っている。


「わかった。

 では私もそのように行動しよう」


「お願いします」




それからのイルミナは、式に参列してくれるために王都入りした貴族たちの対応に追われた。

結婚を機に、グランは一代限りの爵位が授けられる。

ブランと同じく公爵となり、イルミナを支えるのだ。


謁見の合間にも、執務をこなさなくてはならない。

通常のものから、結婚に対する祝いの言葉を込めた手紙への返信。

やることは山のようにある。


ただ、その日を待つだけでは駄目なのだ。

謁見しながら、その領地の状況をそれとなく聞き、それを纏めることもしなくてはならない。

治水や教育に興味のある人たちには、それとなくそれを実施するような言葉を送る。

それによって、一部の文官は対応に追われ続けることになる。


たくさんの貴賓や貴族が登城していることから、警備体制は厳戒に敷かれる。

ほぼ二週間にわたり、一部の騎士団も城を警備することになるのだ。

何かあれば団長であるキリクに話がゆき、それを場合によってはアーサーベルトに報告される。

今のところ、大きな問題は出ていないが、何があるかわからない。

隣国の王太子が来ていることもあって、誰もが緊張感をもってして警護に当たるのだ。


どこぞの戦闘国家への監視も厳しく行わなくてはならない。

万が一にでも攻め込まれないよう、国境に配備した騎士団は、精鋭を送り込んでいる。

何も起こらず、このまま穏やかに結婚式を迎えれればとイルミナは考えながら手紙に目を通した。






夜も更けた時間帯、イルミナはそろそろ休もうかと思いながら一人、執務室にいた。

明後日には、ついに結婚式が行われる。

早く寝て、肌の調子を整えなくてはと思うのに、気分が高揚してなかなか眠れそうにない。

緊張、とは違うような気がする。

しかしそれを形容する言葉が見つからないまま、イルミナは時間を有効活用しようと思い、一人執務室にいた。

警備態勢に問題は、なし。

滞在中の人たちからも、特に何も言われていない。

飾りつけもほぼ終わっており、城下を回る際に使用する馬車も、もう一度点検をするだけのようだ。

サロンを開放しているため、そこでは各貴族や貴賓たちがお茶会という名の情報収集をしているらしい。


そんな時。


「陛下、卿がお見えになられておりますが」


「・・・グランが?」


連絡もなしに来ることなんて、珍しい。

いつもであれば、伺いの連絡が来てからの来訪なのに。

何かあったのか、とイルミナは一瞬で緊張感を漂わせる。


「通してください」


「はっ」


そうして現れたグランは、いつもと変りないように見えた。


「どうかしましたか、何か問題でも?」


入室したとたん、少しだけ不安を滲ませた瞳で問うイルミナに、グランは苦笑を零した。


「まだ、寝ていないようだったからな。

 少し顔を見に来ただけだ」


「・・・本当に?」


訝し気に聞くイルミナに、グランは一瞬だけ眉尻を下げた。


「何かあったのでしょう?

 どうしたのです?」


矢継ぎ早に聞く。

しかしグランは少しだけばつの悪そうな表情を浮かべた。


「いや、そのだな。

 渡したいものがあったから」


「・・・渡したいもの?」


グランの予想外の言葉に、イルミナは一瞬だけ呆ける。

もう、彼からはたくさんのものを貰っているというのに、さらに渡そうというのだろうか。


「・・・忘れているようだな」


グランは胸元のポケットから紙を取り出した。


「・・・それは?」


思い当たることがないイルミナは素直に聞く。

何かの書類だろうか。

だとしても、それにしてはグランから緊急性は感じられない。


「・・・欲しいと、言っていただろう」


完全に覚えていないイルミナに対し、グランは呆れたように笑う。

欲しい?

自分が何か欲しいと彼に言っただろうか。


思い出せずにいると、グランはその紙、というより封筒をイルミナに差し出した。


「これは・・・?」


「君が、私からの手紙を欲しいと言ったんだろう?

 本当に忘れているのか」


「あ・・・」


それでようやく思い出した。

そうだ、自分は誕生日に彼からの手紙を欲しいと言っていたのだった。

指輪とプロポーズで、完全に忘れ去っていた。

そんなイルミナに気づいたのか、グランはまたも笑う。


「書き上げるのに時間がかかってな・・・。

 遅れてしまって済まない」


「いえっ・・・!

 そんな、忘れていた私が悪いのです・・・!」


イルミナは震えそうになる手でそれを受け取る。

真っ白な封筒だ。


「・・・み、見ても・・・?」


グランから、初めて手渡されるそれに、イルミナの声は自然と震えた。

ばくばくと心臓が脈打つ。

グランは、恥ずかしそうにしていた。


「・・・出来るなら、私が出てからにしてほしいな・・・。

 この年で恋文を目の前で読まれるのには・・・」


恋文


「―――っ」


人生で初めてもらう、恋文だ。

イルミナの頬は一瞬で赤くなった。


そんなイルミナを見て、グランは蕩けるような笑みを見せる。


「書きたいことが多すぎてな・・・。

 イルミナの望むような形ではないかもしれないが、私の気持ちを書いた」


あまりの嬉しさに、イルミナは首振り人形のようにこくこくと頷いた。

どうしよう、嬉しすぎて、言葉が出てこない。

内容がどんなものであれ、これはイルミナの宝になる。

欲しいと言ったのは自分だが、完全に忘れていた分貰えた喜びは言葉に表わせないほどだ。

感極まって、微動だにしないイルミナを、グランは愛おしそうに抱き寄せた。


「・・・あと、少しだな」


そう、あと数日で、自分と彼は、一生一緒にいる。

それこそ、死がふたりを分かつまで。


「・・・そろそろ休んだほうが良い。

 また、明日に来る」


グランはそれだけ言うと、部屋を出ていった。

本当に手紙を渡すためだけに来てくれたらしい。

イルミナは、その手紙を大事そうに持って自室へと向かった。

執務室で読むより、部屋でゆっくりと読みたい。

どんな内容であっても、彼の想いが書いてあるのだ。


早く戻りたいがゆえに、近衛兵にすぐさま戻ると伝える。

駆けてしまいたいのを、何とか堪え、自室に戻る。

メイドたちが自分の世話の為に待機してくれていたのは知っているが、一人にしてほしいとだけ言う。

本当なら、肌の手入れなどをしてもらうのだが、今のイルミナにはそんな余裕は欠片もない。


早く、早く―――


急く気持ちを堪える。

早く、この手紙を読たい。

一人でいたのであれば、あの場であまりの歓喜からくるくると踊っていたかもしれない。

顔が勝手に、笑みを作る。


イルミナは蝋燭の光の下、ゆっくりとその封筒を開いた。

ふわり、と梔子の香りがする。

手の込んだそれに、イルミナの気持ちはさらに上向いた。


取り出された用紙は、そんなに多くはなかった。

たくさん書きたいことがあると言っていたので、相当数あるかと思いきや、数枚しかなかった。

それでもいい、嬉しいと思ったイルミナは、読み終えて自分の考えが間違っていたことを知る。

用紙が少ない、ということは、その分密度があるということ。


「~~~っ」


読み終えたイルミナは、そのままベッドへと飛び込んで悶えた。

はしたないと知りつつも、足をばたつかせたくなる。

声にならない悲鳴を上げながらも、その手から手紙が離されることはない。


内容は、言葉に出来ないほど、愛に溢れたものだった。

正直、ここまでのことを書くのか、と聞きたくなるほどの。

恥ずかしさから悶えたくなる、なんて初めての経験をしたイルミナは、熱くなってしまう頬をどうしようもできない。

嬉しい。

ただ、ひたすら。

恥ずかしい、でも、やっぱり。


数分にわたってベッドで転がりながら悶えに悶えたイルミナは、熱い頬をそのままに窓辺へと寄る。

窓から伝わる冷気が、心地よかった。

あぁ、あんなにも不安に思っていた結婚式が、こんなに楽しみになるなんて。

大変なことばかりだろう。

きっと、女王になったことを後悔する夜も、無いとは言い切れないだろう。

でも、独りじゃないというだけで、きっと頑張れる。


自分の涙を、拭ってくれる人が、傍にいるのだ。



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