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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
152/180

ウェデングドレス




言葉に出来ないほどの幸せがあるだなんて、知らなかった。

涙が零れて止まらないほどの喜びがあるなんて、知らなかった。

嬉しすぎて、胸が詰まって。

言葉にしたいのにそれすらもうまくいかない。

それでも、自分が世界で一番幸せなのだと、イルミナは思えた。


きっと、今までの全ての苦労は、この日の為にあったのだとそう思ってしまうほどに、イルミナは幸せだった。

愛しい人に愛してもらえる幸せ。

それはきっと奇跡だ。

それを返せない辛さを、返してもらえない辛さを、イルミナは知っている。

どんなに想ってくれていても、返せない。

どんなに想っていても、返してもらえない。

それは、言葉に形容できないほど、悲しくて辛い。


だからこそ、奇跡だと思った。


返すことが出来なかった人に、申し訳ない気持ちはもちろんある。

でも、どうしても無理だった。

目の前の、この人でなければ駄目なのだ。

いなくなることなんて、想像でもしたくないくらい。


好きだなんて、足りない。

愛している、でも伝えきれない。

こんな想いがあることを知ったことを、これ以上ない幸せだと感じた。

そしてそれと同時に、喪う恐ろしさも。

でも。


もう、いいのだ。

父や母に愛されなかった過去は、もういい。

愛されたいと切望した日々は、無駄ではないものの、もう固執する必要はない。

だって、彼がいるから。

家族になろうと、そう言ってくれたから。

家族は、愛情で繋がっているものだと、そう教えてくれたから。


イルミナはそうしてようやく、愛されなかった過去を過去とすることができた。

今なら、はっきりと幼い自分に言うことが出来る。

自分を愛してくれる人が、未来に待っているのだと。

そんなに絶望しなくてもいいのだと。

苦しさを、悲しさを知った分だけ、貴女の幸せは未来にあるのだと。

貴女のこれから選ぶ道の先には、確かに幸せを感じる時がたくさんあるのだと。


イルミナは止まらない涙をどうすることも出来なかった。

でも、あの時(・・・)とは違う。

自分の涙を、拭ってくれる人がいる。

愛していると言葉を言ってくれる人がいる。



―――こころのどこかで降り続いていた雨が、止んだような気がした。







***************







「陛下ー!」


「!!

 る、ルミエールですか」


イルミナが応接室で休憩をしていると、勢いよく扉が開かれ、そこには仁王立ちしたルミエールがいた。

目の下の隈、おざなりに整えられた髪に服。

そして爛々と輝く目をしたその人は、満面の笑みでそこにいた。


「出来たわ!!!!

 お針子総動員で、ようやく出来たわよ!!」


その様子に、イルミナはドレスが出来上がったことを理解した。

無理をさせてしまったことに対して申し訳なく思うが、やはり彼らに頼んで良かったとも思う。


「旦那さまは何処?

 折角だから一緒に見てもらいたいのだけど」


きょろきょろと辺りを見回すルミエールだがそこにグランの姿はない。


「あぁ、グランは別件で仕事をしています。

 すぐに呼びますから、どうぞ座って待っていてください」


「ほんと?

 感謝するわ、陛下。

 さすがにちょーっとだけ、疲れたわ・・・」


イルミナの言葉に一瞬でぐたりとするルミエールを、ビアンカが叱咤する。


「ルミエール、さすがにそれは駄目よ?

 陛下、あたくしたちはドレスを準備してまいりますから、お気になさらず。

 可能であれば、陛下の衣裳部屋でお願いしたいのですけれど」


ぱしり、とルミエールの頭を軽く叩くビアンカに、イルミナは頷いてメイドに視線をやる。


「案内をお願いできますか?」


「もちろんです、

 ロッソ様、アランゾ様、どうぞこちらへ」


「えええ、少しくらいいいじゃないのぉ」


「駄目よ」


スパンと切り捨てるビアンカに、イルミナは声をかける。


「時間がかかるかもしれませんから、飲み物と軽食を持って行くよう手配しておきますので」


「ありがとうございますわ、陛下。

 ルミエール、行くわよ」


「はぁい・・・、では陛下、また後程!」


そうして嵐のように来た二人(ルミエールが主だが)はすぐさま応接室を後にする。

そして部屋の隅に待機している別のメイドにグランを呼ぶよう指示した。






「待たせてすまなかったな」


「いいえ、こちらも出来てすぐに飛んで来てしまいましたから」


イルミナは切りの良いところまで執務を終え、そして自分の衣裳部屋に行くと丁度グランも来たのか、ビアンカと話をしていた。

その横では、ルミエールがイルミナの姿を見つけ、駆け寄るようにしてやってくる。


「陛下!

 待っていたのよ!

 さぁさぁ!早くこちらに!!」


ぐいぐいと腕を引っ張られながら、ルミエールについて行く。

その後ろを苦笑を浮かべたグランとビアンカがついてくる。

そして用意されたそのウエディングドレスを見て、イルミナは言葉を失った。


作り自体は、とてもシンプルだった。

大きな飾りなどは一切ついていない。

だが、それでも言葉を失うほどの美しさだった。


スクエアカットされた胸元、肩からは総レースでそのまま腕へと広がるようにしてある。

体の正面部分には刺繍など一切ないが、その分生地の良さが目に見える。

腰から広がる裾は、足元の部分から真っ白な糸で刺繍が施されている。

時折光っているのは、ダイヤモンドだろうか。

光の当たる角度によって、キラキラとその存在を主張している。

後ろの裾は長くとられていた。

ヴェールは総レースだろう、どれほどの時間がかかったのか、想像もつかなかった。


そしてその隣には、グランの婚礼衣装がある。

同じように真っ白なそれ。

ただ、イルミナほど刺繍は施されていない。

中のベスト、だろうか、それは薄いグレーだ。

光沢があり、とても品よく見える。

どちらとも、まさしく一級品と呼んでおかしくない出来だった。


「あぁ・・・素晴らしい出来だな」


グランも感嘆の言葉を零す。


「それはそうよぉ・・・、

 ロッソの総力を挙げてのドレスよ?

 それに女王陛下のウエディングドレスだもの、一切の手抜きはさせないし、しないわ」


「陛下、微細な調整を行いたいので一度袖を通していただけますか?」


「わかりました、では御二人には・・・」


「わかったわ、陛下!

 出来たらすぐに声をかけてね!」」


ルミエールがグランを連れて部屋を出る。

そしてビアンカと二人になったイルミナはドレスに袖を通すため、メイドに声をかけた。






ほう、とため息がどこからともなく漏れた。

そこには、純白のドレスを纏ったイルミナが凛と立っている。

ため息を零したのはメイドか、ビアンカか。

イルミナは判断しないまま、大きな鏡に映る自分を見た。


「・・・お、お美しいですわ・・・、陛下」


それしか言えないとでも言うように、メイドが茫然としながら零す。

それにビアンカも同意した。


「陛下の為に作りましたドレスですけど、想像以上にお美しいですわ・・・。

 ルミエールの目に間違えはなかったようですわね」


感嘆の言葉を零す二人を他所に、イルミナは鏡に映る自分を凝視する。

本当に、これが自分なのだろうか、と。

ドレス一枚で女性の印象が変わることは幾度となく教えられていたが、自分までもがこうも変わるとは思ってもみなかった。


「陛下、ルミエールは呼びますけど、グラン様はいかがされますか?

 結婚式当日のお楽しみっていうこともできますけれど」


ビアンカの言葉に、イルミナは意識を現実に戻す。


「そ、うですね・・・、

 本人の意思に任せますが、見せないほうがいいのでしょうか?」


「そんなことはありませんわよ、

 人によっては自分よりも先に見た人に嫉妬される御方もいらっしゃいますわ」


「そうですか・・・、では聞いてきてもらってもいいでしょうか?」


イルミナはメイドに視線をやりながら頼む。

メイドは一礼すると、軽く紅潮した頬をそのままに別室で待機しているであろう二人の元へと向かった。


「二人が来る前に少しだけ失礼いたしますわね、陛下」


ビアンカはそう言いながらイルミナの背後に回り、裾や腰、腕回りなどを確認している。


「・・・前よりお食事をおとりになられているようですわね。

 いいことですわ、痩せすぎては女性の魅力は発揮しませんもの」


「そ、そうですか?」


基本コルセットなどを使用しないため、肉がついたと言われてもイルミナには実感が沸かない。


「えぇ!

 陛下の場合ですと少し痩せすぎでしたもの!

 もう少しついてもいいくらいですわね・・・だとすると・・・」


ビアンカはそう言いながら紙に何かを記入していく。

そうこうしているうちに、メイドが二人を連れてきたのだろう、扉の外から話し声が聞こえた。


「―――陛下、ライゼルト様、アランゾ様をお連れいたしました」


どうやら見ることをグランは決めたらしい。


「どうぞ」


衝立があるため、どちらが最初に入ってきているかイルミナにはわからない。

ビアンカがそこからひょこりと向こう側を見た。


「あ、いらっしゃいましたのね!

 ルミエールは後で!

 ささ、どうぞこちらに!」


ビアンカはそのままさっさと衝立の向こう側へと姿を消す。

そしてその代わりに、グランがやってきた。


「―――」


グランは、イルミナの姿を視界に収めた瞬間、目を見開いていた。

微かに開かれた唇が、衝撃を物語っているような気がするのは、イルミナの気のせいだろうか。


「あ・・・の・・・?」


あまりにも何も言ってくれないので、イルミナはグランに何かあったのかと不安に思いつい声をかける。


「―――っ!!」


イルミナの声によって、グランがびくりと反応する。

それにもイルミナは驚いた。

彼が、ここまで驚くようなこと、今までにあっただろうか。

と記憶をさらい、グランのこんな姿は初めてだと認識する。


「ぐ、グラン・・・?」


グランはイルミナの声に反応するように、ふらふらとしながらイルミナの前へとやってきた。

今までに見たことがない様子のグランに、イルミナは微かながらにも不安に駆られる。

似合っていない、というわけではないとは思う。

だが、グランの様子を見ると何かおかしなところでもあるのだろうか。


「―――きれいだ」


「!!」


絞りだされるような、掠れた声にイルミナは一瞬思考が停止する。


「なんて、なんて美しい・・・あぁ、言葉に出来ない自分が恨めしい・・・」


グランは言葉少なにそう言うと、イルミナの正面に立ち、頬に手を添える。

イルミナがグランの顔を見ると、その瞳には何かが燃えているようにすら見えた。


「誰にも見せたくない、私だけのものであってほしいな・・・あぁ、私の為の・・・」


うっとりと蕩けた瞳で零すグランの言葉の意味が、イルミナには届かない。

その瞳を、その表情を見ただけで、全てが捕らわれてしまったかのように指一つ動かせない。


「はーーーーい!!!

 そこまでよ!!」


と、二人の世界にルミエールが速攻で待ったをかけた。


「あ!馬鹿!

 折角良いところだって言うのに!!」


「何言ってるのビアンカ!

 まだ完成じゃないし!それに旦那様の発言結構やばいわよ!?」


ルミエールが割り込んできたことで、グランははっと意識を取り戻す。

そしてやってしまったと言わんばかりに苦笑を浮かべた。


「すまない、あまりに綺麗だったものだから・・・。

 とても良く似合っているよ、イルミナ」


「あ、りがとう、ございます」


先ほどまでのグランの愛おしいという視線と、ビアンカたちに見られていた、あるいは聞かれていただろう羞恥心から、イルミナの熱は首筋まで広がる。

そんなイルミナを、ビアンカとグランは微笑ましい視線で見る。


「ほらほら陛下!

 微調整させて頂戴!」


ルミエールはルミエールのままで、早速ドレスを細かく確認し始めた。


「うん、やっぱりこの形が陛下には一番お似合いよね!

 私の目に狂いはなかったわ!!」


「あぁ、アランゾ、素晴らしいよ。

 任せて良かった」


「そうでしょうそうでしょう!!

 これからも御贔屓に~」


ルミエールとビアンカは、ドレスの微調整をするとのことでドレスを別室へと運んだ。

ほぼ完成しているといっても、やはり職人からすると気になる箇所があるらしい。

イルミナはその別室をドレスの為に使用して構わないと伝えた。


「当日にはもっと完璧になっているから、楽しみにしていてね陛下!」


ルミエールはさらに熱が入ったのか、来た時よりも目を輝かせながらその場を後にする。


「では陛下、定期的にサイズなどを図りながら、当日には最高のものをご用意いたしますわね」


「頼みますね、ビアンカ」


「もちろんですわ」


ビアンカはにこりと微笑むと、ルミエールの後に続くようにして部屋を出ていく。

そして衣裳部屋には、イルミナとグランの二人だけになった。


「・・・あんなに美しくて、ドレスに負けてしまいませんかね・・・?」


イルミナはぽつりと零す。

たくさんの人に綺麗だ、美しいと言われても、イルミナはいまいち自分の容姿に自信を持てない。

やはり国一番と謳われた妹を身近にしていたから、なおのことそう感じてしまうのだ。


「大丈夫だ、とても素晴らしかったよ。

 何より、イルミナの為だけに作られたドレスだ。

 君以上に似合う人もいないだろう」


「!!

 あ、ありがとうございます・・・」


自信はすぐに持てるわけではないが、それでもグランが言ってくれるだけで、本当にそうなのかもと思ってしまう自分は、簡単なのだろうか。

それでもいい、と今は少しだけ思える。

それに、彼の言うことは信じたい。

誰より、何より自分を想ってくれる人だと思っているから。


結婚式まで、あと少しだと、イルミナは思った。





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