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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
151/180

かのじょのなみだ



あの後、涙をぼろぼろ零すヴェルナーに、何とか水を飲ませて落ち着かせたイルミナは、少し酔いが覚めたヴェルナーに平謝りされた。

それをアーサーベルトは見て爆笑していたが、きっと後で叩かれるのだろうと思う。

目を赤くしたヴェルナーは、部屋に戻って頭を冷やすといい残して、部屋を後にした。

一人で戻らせるのも不安だったので、アーサーベルトに一緒に行くように言う。


「本日はこれで失礼いたしますね。

 警護は他のものに引き継ぎます」


「えぇ、ありがとうございます。

 今日はゆっくり休んでください。

 ヴェルナーもですよ」


「・・・失態をお見せして、大変申し訳ありません」


「何を言っているんですかヴェルナー。

 そんなことを言ったら私だって何度も見せているでしょう」


目を赤くしたヴェルナーは恥ずかしいのか、イルミナの顔を見ないまま一礼して部屋を出ていった。

その様子を見ていたアーサーベルトは、面白そうに笑っている。


「アーサー、笑いすぎですよ」


「くくっ・・・失礼しました。

 では陛下、また明日に」


アーサーベルトは微笑みながら一礼すると、ヴェルナーの後を追うように部屋を退出した。

二人がいなくなったことによって、部屋はしんと元の静けさを取り戻す。

そのことを少しだけ寂しく思いながらも、イルミナは机の上に置かれたプレゼントを見た。


彼らは年頃の女の子が好まないかもしれないと言っていたが、イルミナ自身年頃の女の子が好むものを知らない。

それに、イルミナからすれば彼らが選んでくれたものが一番嬉しいのだ。

それが何であっても、きっと喜んでもらうだろう。


それらを大事そうに持つと、執務室へと足を向ける。

扉繋がりになっているので、ほんの数秒で着く。

机の上には、たくさんの書類がおいてある。

いつもであればそのまま見ているだろうが、今日はそんな気分にはなれなかった。

カタリ、と執務机の上にそれらを置く。


そしてゆっくりと窓へと歩を進めた。

外から、楽しそうな笑い声と音楽が聞こえてくる。

それらは、イルミナを祝ってくれているのだろうと思う。

皆が楽しそうであれば、それが一番だとイルミナは感じる。

今日も警備や仕事をしてくれている人たちに、感謝をしなければ。

イルミナは頭の中で何を贈ればいいだろうかと考えながら、先ほどまで話していた内容を反芻していた。


もう、そんなに経ったのか。


何もなかったイルミナ。

欲しいものが何かすら分からず、闇雲に色々と手を出していた。

そうして気づき、自分の浅ましさに涙を流したことは、今でも忘れていない。

いや、忘れてはならないのだろう。


愛してほしい、居場所が欲しいと泣いたあの小さな自分は、もういない。

ここまで来るのにも、苦労はたくさんあった。

正直、何度かこの世を去る覚悟もした。

それでも、今こうしていられるのは彼らが自分を育ててくれたおかげなのだとイルミナは思っている。


「―――綺麗」


窓から遠くを見れば、城下は夕焼けに赤く染まっていた。

太陽が、沈み始める。

きっと何度この景色を見ても、イルミナは素直に綺麗だと思うのだろう。

自分を育み、成長させてくれたこの国が、大好きだ。

例え辛いことがあったとしても、それ以上に嬉しいことや幸せを感じることがあった。

いや、辛いことがあったからこそ、幸せを感じることが出来るのだろうとイルミナは思う。


一人ぼんやりとしていると、扉が叩かれる音ではっとする。


「陛下、いらっしゃいますか」


「―――なんでしょう」


「お食事の用意が出来ました」


もう、そんな時間かとイルミナは思う。

思っていたよりも長い時間、ぼんやりとしていたらしい。

外を見れば、夜の帳が落ち始めていた。


「わかりました、今行きます」


イルミナは返事をし、もう一度だけ夜に染まっていく街を見ると、その景色を背にした。







***************






夕食は、豪勢なものだった。

料理人が腕によりをかけてくれたのだろう、イルミナの好物ばかりのそれは、とても美味しかった。

てっきりグランも一緒かと思いきや、何やら用事がまだ終わっていないようでイルミナは一人テーブルにつく。

それでも、周りにはたくさんのメイドや給仕係、そしてイルミナの反応を目の前で見たいとごり押しした料理長がいた。

静かな食事よりも、話しながらの食事を好むイルミナは、料理の説明を料理長に求め、作り方や特に気にしていることなどを詳しく聞いた。

料理長もそれが嬉しいのか、熱が入った説明をしてくれる。

そのおかげもあってか、晩餐室は笑いと暖かさに溢れていた。


「陛下、グラン様からこれをお預かりしております」


食事も終わり、というところで、一人のメイドが紙を渡してきた。

封筒には、とても綺麗な花が描かれている。


「・・・?」


白抜きで描かれているそれに、見覚えがあるような気がしたイルミナだが、思い出せずにいたのでそのまま中の手紙を取り出す。


―――イルミナへ

  夕食後、温室にて待っている

      グラン


たった一言。

流麗な文字で書かれたそれは、イルミナの鼓動を早くさせた。


「・・・ありがとう」


手紙を渡したメイドに礼を言うと、彼女はにこりと微笑んだ。


デザートまで楽しみ、食後酒まで飲み干すと、イルミナはそのまま温室へと足を向けた。

少しだけ酔っているのだろうか、頭がふわふわとしている。

走り出したいような、そんな気持ち。

一歩一歩近づく温室に、イルミナの心臓は早く脈打ち始めた。


目の前まで来ると、背後にいた近衛兵が自分はこちらでお待ちしておりますね、と声をかけてくる。

そのことにありがとうと言うと、イルミナはキィ、と扉を開けた。


「・・・グラン?」


満月なのか、月明かりが花々を照らしている。

夜に来るのもいいものだとイルミナが考えていると、不意に甘い香りが鼻を擽った。


「―――これ、は・・・」


「梔子、だよ、イルミナ」


「グラン!」


いつの間にいたのだろうか、グランがイルミナの背後に立っていた。

グリーンの瞳が、優し気に細められている。


「・・・おいで」


グランはそのままイルミナの手を取ると、目的地があるようでそのまま足を進める。

ふわり、と花の香りが強くなっているようにイルミナは感じながら、グランにエスコートされるままついて行く。


「少し足場が悪いから、しっかり捕まって」


グランはそう言うと、舗装された道から少しだけ外れ木々の間を潜っていった。

そして開けた場所には。


「―――」


イルミナは、言葉を失った。


「こ、れは・・・」


そこには、囲まれるように梔子の花が咲き誇っていた。


「な、ぜ・・・、

 季節じゃ、ないはず・・・」


イルミナが覚えている限りで、梔子はたしか六月あたりに咲く花だったと記憶している。

それは四阿でもそうだった。

すでにその花は散っていたはずだ。


「庭師に頼んでな。

 どうしても、今日までに咲くようにしてほしいと。

 一番最初に言うのも悪くはなかったんだがな、できれば最後に言いたいと思って。

 ―――君が生まれたこの日を、私は感謝している。

 おめでとう」


「あ・・・りがとう、ございます」


予想だにしていない贈り物に、イルミナは茫然としてしまう。

季節ではない花を咲かせるのに、どれだけの労力がかかったのだろうか、と無粋にも考えてしまう。

そしてそれ以上に、とても嬉しかった。


真っ白い花弁が、月明かりにほんのりと輝いているように見えた。

イルミナは、そのままグランに手を引かれて円形になっているその真中へと連れていかれる。

その光景に、イルミナは自分が夢を見ているような気持ちにすらなった。

だって、なんて非現実的な世界なのだろう。

聞こえてくるのは、自分とグランの息遣い、そしてたまに囁くように聞こえる葉擦れの音だけだ。

まるで、二人だけの世界。

イルミナが何も考えられずにいると、いつの間にかグランが目の前に立っていた。


「―――イルミナ、梔子の花言葉を知っているか?」


「・・・?」


イルミナの表情から、知らないことを読み取ったグランは、その美貌に深い笑みをのせる。


「これを最初に送ったのがラグゼンだということには、少しだけ妬けるがね。

 でも意味を知らなければ数えなくてもいいだろう」


どういう意味だろうか。

ラグゼン、と聞いて思い出すのは、香水だろうか。


「イルミナ、花言葉はね。

 ”私は幸せ者””幸せを運ぶ”・・・そして”とても幸せです”というものがあるんだ」


名に反したそれらに、イルミナは目を見開く。

そんなイルミナを前に、グランは片膝をついた。

汚れてしまう、なんて。

思いつきもしなかった。


「それと、この花はね、イルミナ。

 愛しい人に、贈るものでも、あるんだよ」


「―――っ」


もう、イルミナには堪えることができなかった。

ぼろぼろと、意思せぬ涙が両の目から零れ落ちる。


「イルミナ、私にとって幸せを運ぶ人・・・そして、私を幸せにしてくれる人。

 愛している。

 私と、一生を共にし、家族になってはくれないか」


グランはそう言いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。

ぱかりと開かれたそこには、息をのむほど美しい指輪が、鎮座されていた。

シンプルでありながらも、意匠によって作られたとわかるそれに、イルミナはついしゃがみ込んでしまった。


「~~~っ」


言葉が、出てこない。

溢れる涙が、止まらない。

嬉しいと、こちらこそお願いしたいと、そう言いたいのに。

何一つ、言葉が出てこない。


「―――っく、ひっく・・・」


そんなイルミナを、グランは喜色満面で優しく抱きしめた。


「泣かないでくれ、とは言えないな・・・、君のその涙は、正直に言ってとても嬉しい。

 ・・・ちゃんとした言葉で、プロポーズをしていなかっただろう。

 いつ言おうか、迷っていたんだ・・・」


イルミナは口元を抑えながら何度も頷いた。

はい、その一言を言いたいのに。

喉がひくついてまともに話せそうにもない。

人は嬉しすぎると、言葉すらまともに話せなくなるのだと、イルミナは知った。


そんなイルミナの状況を理解してくれたのか、グランは口元を抑えているイルミナの手を優しく取る。

そして涙に塗れた頬を、指で拭った。



「愛している、私の愛しいイルミナ。

 私のこの先の人生を全て、捧げたいと思うほどに」



「―――っ!!

 わ、わた、しっ・・・も!!

 ぐ、らん、あなたを、こころからっ・・・あいして、います・・・!」


イルミナはグランの首に手を回し、抱きついた。

言葉に出来ない想いが、ここまで言葉を少なくさせるなんて、思いもしなかった。

言葉を重ねてくれるその人に、もっと伝えたい想いはあるのに、何一つ言えない。

胸が、詰まる。

愛しすぎて、息すら詰まりそうだ。


こんなにも、幸せな日があっていいのだろうか。

こんなにも、嬉しい日があっていいのだろうか。


イルミナは言葉に出来ない代わりに、自分からする初めての口づけで、想いよ伝わって欲しいと切に願った。






―――何が何でも、離すことはない。

グランはイルミナの涙を見ながらそう思った。

こんなにも言葉を詰まらせ、全身で愛を訴える彼女を。

どうして、手放せると思うのだろうか。


初めは、ただ単に哀れな娘だと思った。

自分の娘と言ってもおかしくない年の差だ。

彼女がこれから出会う人は、自分よりももっと多いだろう。


それでも、愛しいと一度思ってしまったら、止められなかった。

指輪なんてものを贈って、自分に縛り付けなければ安心できないほどに。

いや、それでも安心できないというのが本音だ。

イルミナは気づいていないが、彼女はとても魅力的だ。

それはグイードしかり、ヴェルナー、そしてラグゼンも証明している。

いくらそれを言っても、彼女は理解してくれないのが、少しだけ辛い。


泣いている彼女の左手を、震えそうになる手で取る。

出来るなら、彼女に緊張していることはバレたくない。

でも、愛しい人に想いを告げ、指輪を贈るときに緊張しない男なんているのだろうか。

もしいるとすれば、絶対的な想いを確信している人くらいだろうとグランは思う。


贈られた口づけに、熱くなりそうになる自身の体を何とか抑え込む。

イルミナは恥ずかしがり屋なのか、あまり行動でも言葉でも示してはくれない。

その彼女が贈ってくれた口づけに、熱くならない男はいないと、グランは本気で思っている。


「ずっと、一緒にいてくれ、イルミナ」


自分の弱さを吐露するように言うと、イルミナは言葉なくただひたすらに頷く。

涙は未だ、止まらない。

それが愛情のように見えて、グランはそれを唇で吸った。

何一つとして、取りこぼしたくない。

自分を想ってのものは、特に。


あと少しで、自分の思いの丈を伝える術が一つ増える。

俗物と罵られても構わないが、グランとて必死に我慢しているのだ。

こんなにも愛おしくて、無自覚に煽ってくる女性を、グランは知らない。


小さな声で、好きだと。

愛しているのだと言ってくる彼女は、自分がどれほどの我慢を強いられているのか、知らないのだろう。

これ以上は止めてほしいとも思うが、それ以上に彼女からの愛の言葉を聞きたいという気持ちが勝ってしまう自分もいけないのかもしれない。

もう二度と、誰からも梔子由来のものを受け取らないだろうと、不思議な確信が、グランの中で生まれる。


甘い、花の香りが漂う。


今なら、以前の王が王妃の為にわざわざこの花をラグゼンファードから取り寄せた意味が分かる。

薔薇の花も悪くはないが、それよりもこちらの花のほうが、好みだし、なにより愛しい人へ贈る言葉としてこれ以上ないくらいの花だとグランは思っている。

庭師には、特別手当を出さねばならないだろう。

こんなにも、彼女が喜んでくれるのあれば、いくら出したとて惜しくはない。


腕の中にいるイルミナの涙は、今も止まらない。

泣きすぎて、体の水分がなくなってしまうのではと少しだけ心配になる。

だが、自分の為に流されるのであれば、いい。


これから先も、このような涙を流させるのは自分だけでありたいと、グランはそう思った。



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