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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
150/180

誕生日




誕生日当日、イルミナは朝から忙しかった。

いくら簡単にするといっても、城下や城は賑わってるのだ。

そんな彼らに姿を見せなくてはならない。


その為、イルミナは朝早くに起きて湯あみをし、そしてこの日の為にといってロッソの二人が作ってくれたドレスに袖を通す。

午前中に、バルコニーから民に顔を見せるのだ。

城下に住まいを持つ民たちは、一目女王を見ようと城へと詰めかける。

その為、警備体制なども厳戒態勢が敷かれる。


長時間ではないにしろ、イルミナは微笑みを浮かべたまま民へ手を振る。

そしてそのあと、城内で働く人たちからの祝いを受けるのだ。

来たい貴族たちは、挨拶がてらくることもあるが全員ではない。

贈り物とカードだけで済ませる貴族ももちろんいる。

全ては、二か月後に行われる結婚式のことを考えての緊急措置だった。





「「「「陛下!!誠におめでとうございます!!」」」」


「ありがとう」


玉座に座り、イルミナは代わる代わる贈られる言葉ににこやかな対応をする。

正直なところ、少しだけ疲れているがそれを見せるわけにもいかない。

だが、終わりの見えそうにないそれに、疲労は溜まっていった。


「大丈夫ですか、陛下」


背後からこそりと、アーサーベルトが声をかけてくる。


「大丈夫ですよ」


イルミナは何とかそう返すが、内心では顔面が筋肉痛になりそうだと思った。

軽い微笑みを浮かべるだけであれば、ヴェルナーとの特訓で出来るようになっているが、このような場でそれは似つかわしくないだろう。

それ以前に、祝われること自体は素直に嬉しいのだ。

ただ、限度というものがあるだけの話であって。


「陛下。

 そろそろ」


イルミナの疲れ具合を把握したのか、ヴェルナーがそう声をかけてくる。

そのことに感謝しながらも、イルミナは玉座を立った。


「皆、今日は私を祝うために来てくれたこと、感謝します。

 私は席を外しますが、どうぞ楽しんで」


イルミナはそう言うと、アーサーベルトとヴェルナー、そしてグランを連れてその場を後にした。

時間を確認すれば、すでに昼を過ぎている。

朝に軽く食事をとっただけで、そのあとは忙しくて何も口にしていないイルミナの腹が、空腹を訴えた。

くぅ、と可愛らしく音を奏でたイルミナに、ヴェルナーは近くにいたメイドに食事を頼む。

今がっつり食べたら、夕食が入らなくなってしまうだろうから、軽めにだが。

晩餐会なども考えたが、イルミナはいつもと変わらない誕生日を望んだ。


成人となるイルミナの誕生日であれば、本来であればもっと盛大に行われるべきなのだろうが、それをイルミナが拒否した。

女王という立場にありながら、それは褒められたことではなかったが、結婚式を盛大にするためだとイルミナは言い張り、何とか回避したのだ。


「それにしても陛下・・・。

 よく他のものを説得しましたね」


ヴェルナーは呆れたような表情を浮かべながらイルミナに言った。

そのことに、イルミナは苦笑いを浮かべながら頷く。


「まぁ・・・、今後は盛大に行う予定ですからね。

 今回だけの特別措置ということで納得してもらいましたよ」


本当に骨が折れたが、イルミナは何とか自分の意志を通した。

今までろくに祝われてこなかったため、今日だけでもイルミナ的には十分だったのだ。

いずれは盛大な催しにも慣れていかなくてはならないが、今回だけは質素にさせてほしい。

今までのように、とまではいかずとも。


イルミナは、変わっていく日常を、受け入れなければいけない。

かつてのように、一人で行動することも許されない日常。

視察も簡単に行けなくなり、城に留まる。

誕生日や建国祭、舞踏会などを自分が表立って行わなくてはならない。

今までのように、少し出て終わりというわけにはいかない。


女王たる毅然とした態度で、常に皆を導く。

国の繁栄の為に、これから生まれてくる子たちの為に、イルミナは頑張らなければならない。

この国を好きだと、一番だと皆が胸を張って言える国づくりは、簡単なものではない。

それでも、諦めてはならないのだ。

諦めたら、緩やかな終焉だけが待ち構えているのだから。


「とりあえず、部屋に戻ります。

 贈られたものの確認は?」


「はい、我々のほうで行っております。

 今のところ不審なものはありませんね。

 手紙は後程お持ちしますので、御目通しと返事の確認をお願いします」


「わかりました。

 ・・・誕生日って、こんなに大変なものだったのですね」


イルミナはふぅとついため息を漏らしてしまう。


「そうですなぁ。

 適度に休憩を取りながら行いましょうね、陛下」


「頼むぞアーサー。

 陛下をちゃんと見張っておいてくれ」


「もちろんだ」


背後で交わされるアーサーベルトとヴェルナーの会話に、イルミナは少しだけ肩身が狭くなる思いをする。

今までよりちゃんと休憩は取っているはずだが、二人からすればまだまだらしい。

二人からすれば、目を離せば無茶をしかねないという意味だったが、それをイルミナは読み取れなかった。


「ではイルミナ、私は別件で用があるからあとで」


「?

 何か急ぎのものでもありましたか?」


「いや、私個人のものだ。

 そんなに時間はかからないと思うがな。

 また後でそちらに行く」


「?

 ・・・わかりました、ではまたあとで」


グランはイルミナに甘い笑みを見せると、その場を後にした。

その後姿を、三人は見送る。


「それでは参りましょうか、陛下」


「―――えぇ」








「・・・陛下」


「何でしょうか、ヴェルナー」


イルミナたち三人は、イルミナの私室の応接室にいた。

今日だけは執務もお休みで、緊急事態用に何人かしか仕事をしていない。

そしてそれはイルミナも同じはずだとヴェルナーとアーサーベルトは思っていた。

彼女の見ている、その書類の束を見なければ。


「本日はお休みのはずですが」


「えぇ。

 だから休んでいるわ」


「ではその御手にお持ちになられている書類は何でしょうか」


ヴェルナーの厳しい目が、イルミナを射抜く。

しかしイルミナも慣れているのか、肩を竦めるだけだ。


「試験制度に対する考察です。

 仕事ではありません、読書の一環です」


「読み物、という点はそうかもしれませんが、お仕事ですよね?それ」


「そんなことは」


「あります。

 今日くらい、のんびりとされたらどうです?」


「そうですとも、陛下。

 せっかくですからお茶会でもしませんか?」


ヴェルナーとアーサーベルトの言葉に、イルミナは拗ねたように唇を尖らせた。

本人は仕事をしている自覚がないのだろうか。


「・・・仕事ではありませんよ」


「それは御手に持たれている書類を置いてから言ってください。

 第一陛下がお仕事をされていると、我々もしなければと思ってしまいます」


「そうですとも、陛下。

 折角の誕生日なのです。

 祝酒でも頼みましょうか」


ヴェルナーの言葉に、イルミナはようやく書類を机の上に置く。

それを見たアーサーベルトがメイドに酒の準備を頼んだ。


「仕事をしない王も困りますが、仕事のし過ぎも困りものですよ、陛下。

 貴女が積極的に休まなければ、休めない人もいるのですからね?」


「・・・わかりました」


本当に渋々といった様子の彼女は、自分の言っている意味を本当に理解しているのだろうかとヴェルナーは不安になる。


「まぁまぁヴェルナー。

 そこまでにしておけ。

 陛下、久々に三人でゆっくりできるのですから、昔ばなしでもしましょう?」


まるで緩和剤のような仕事をするアーサーベルトに、ヴェルナーは心の中で礼を言う。

どうしても自分が言うと、責めるような言い方になってしまう。

そうこうしているうちに、メイドがお酒と軽食を乗せた台を持って入室してきた。


「・・・二人の言うこともその通りですね。

 いつもの御礼も兼ねて、私に注がせてください」


メイドは慌てたように自分がやりますよと言ったが、イルミナはいいのととでも言うように首を横に振った。。


「君、陛下がやられると仰られているから気にしなくていい。

 用があったら呼ぶ」


ヴェルナーの言葉に、メイドは恐縮しながらも、では隣に待機しておりますのでと言って扉の向こうへと姿を消した。


「ふふ・・・、

 こうして三人で話をするのなんて、いつぶりでしょうか」


イルミナは楽しそうにお酒と軽食の準備をしている。


「そうですなぁ。

 陛下になられてから、みんな忙しくしておりましたからね」


アーサーベルトの言葉に、ヴェルナーは頷いた。

そうだ、昔はよくこうして三人でお茶会をしていた。

あの小さな四阿で、よく。


「どうぞ」


目の前に置かれるグラスを、ヴェルナーとアーサーベルトは礼を言いながら手に取る。


「―――おめでとうございます、陛下。

 これからも健やかであられますことを祈って」


―――乾杯。

チンとグラス同士が軽く合わさる。

用意された葡萄酒は、喉越しがよく、するりとヴェルナーの喉を滑り落ちていった。


「それにしても、あの幼かった陛下がここまで成長されるのを見ると、感無量ですな」


「あぁ、アーサーと陛下が稽古をし始めたのはいくつだったか?」


「私が十の頃です。

 懐かしいですね、あの時のアーサーは鬼教官だと思いましたよ」


くすくすと、イルミナが笑う。


「いえいえ、それに食らいついた陛下を、なんて根性のある王女なのだろうと私は思いましたがね。

 ヴェルナーは陛下がおいくつの時だ?」


「十四です」


「あぁ、懐かしいですね。

 今よりもう少し背が小さかった」


それでも十分に高かったが、それにしても本当に成長した。


「ヴェルナーなんて、酷いんですよ。

 褒めてくれることなんてほとんどなくて」


「はは!

 ヴェルナーはそうでしょうなぁ。

 コイツは自分にも他人にも厳しいですから」


「・・・少しは優しくしましたよ」


「あれで!?」


ころころと笑うイルミナを見て、ヴェルナーはもう過去が語れるほどの付き合いなのだと今更ながらに思い出した。


「最初の頃の陛下は、いつも悲壮な感じがしましたね。

 もっと堂々とすればいいのにと何度思ったことか・・・」


「言い過ぎだろう、ヴェルナー。

 そんなことはありませんよ、陛下。

 私はとても気丈で、心優しい御方だと思っていました」


「アーサー、自分だけ株を上げるつもりか」


「そんなことは」


「ふふっ・・・、こんなやり取りも懐かしいですね。

 グランと会うって決まったときの二人ときたら、まるでこの世の終わりのような顔をして」


「「そんな顔はしてません!」」


言葉が被った二人を、イルミナは楽しそうに見て笑った。

それは、かつて暗いと言われ続けた彼女から程遠かった。

そのことに、ヴェルナーは感慨深い気持ちになる。


「・・・本当に、色々ありましたね」


イルミナがひとしきり笑い終わると、ぽつりと零した。


「えぇ・・・」


「本当にそうですな・・・」


視察をし、裏切られ、宰相に攫われ薬漬けにされ。

王と対面で戦い、そして王位に就いた。

毒を盛られながらも、一部の貴族を一網打尽にし、そしてラグゼンファードの王弟とも色々とあった。


「私に教えを乞うてから、もう八年も経ったのですね」


アーサーベルトの言葉は、色々な感情が籠っているようにヴェルナーは感じ取れた。

そしてそれは、自分もそうだ、とも。

あの幼く、泣くことすら我慢しそうな女の子が。

そう思ったヴェルナーの目から、涙がほろりと落ちた。


「ヴぇ、ヴェルナー!?」


イルミナが慌てたようにヴェルナーに声をかけるが、ヴェルナーはグラスを呷るように飲むと涙を流したままぽろぽろと話し始めた。


「あ、あの・・・小さかった、へいかが・・・!

 こんな、こんなに、りっぱに、なられるなんて・・・!」


イルミナはおろおろとしているが、視界の端でアーサーベルトが笑っているのが見える。


「わ、わたしは・・・!なんどか、へいかに厳しくしすぎたと、こうかい、しました・・・!でも、ついてきてくださるへーかをみて・・・!!」


「あ、アーサー!?」


「ははは!!

 大丈夫ですよ、陛下。

 きっと箍が緩んだのでしょう」


「うるさいぞ、あーさー!」




イルミナは、この混沌とし始めた状況を理解しようと努め、諦めた。

ヴェルナーは酒を飲んで泣きながら怒っているし、アーサーベルトはアーサーベルトでヴェルナーをあやすように言葉をかけながらも笑い続けている。

最初はどうにかしたほうがいいのかと考えていたが、途中から楽しそうだからいいか、と思ってしまった。


二人が、最初だった。

二人だけが、自分を見てくれた。

いつだって、二人はイルミナの傍にいて、守ってくれていた。

厳しかったこともあったし、怖いと思ったことなんて数えきれない。

それでも、それ以上に感謝をしているのだ。


「あ、陛下!

 こちらをお渡しするのを忘れるところでした!」


素面だろうアーサーベルトが、どこから出したのか分からないが手のひらほどの包みを渡してきた。


「ずるいぞ!

 へいか!わたしも!」


それに対抗するようにヴェルナーも包みを渡してくる。


「あ、ありがとうございます・・・」


そういえば、二人が大切な人の誕生日に贈り物をする、ということを教えてくれたのだとイルミナは思い出す。

イルミナは今回はなんだろうと弾む胸を押さえながらそっとそれらの包みを開いた。


「―――ありがとうございます、とても、とても、嬉しい・・・」


アーサーベルトからは、小瓶に入った飴だった。

色とりどりのそれはとても可愛らしく、瓶にも細かい細工が施されている。

ヴェルナーからの包みを開くと、そこには硝子でできたペンと数種類のインクがあった。

実用的なものが、ヴェルナーらしい。


「少し子供っぽいですかな・・・」


アーサーベルトは少しだけ情けなさそうな表情を浮かべながら言う。


「・・・おんなのこが好きそうなものじゃ、ありませんよね・・・」


ヴェルナーはヴェルナーで、しゅんと肩を落としてすらいる。


「何を言っているんですか!

 私は、二人が選んでくれたものであれば、どんなものでも嬉しいんです。

 今までいただいたどれもが、私にとっては宝物ですよ」


そう、玩具でも、細工物でも、なんでも。

彼らが、イルミナのことを思って選んでくれたものに、何一つとして駄目なものなどない。

それが年頃の女の子向けでなかったとしても、そんな些細なことは一切気にならないほど、嬉しいのだ。


「大切にします」


満面の笑みを浮かべるイルミナの本気を、二人は安心したように見る。

色々と簡単に熟すことのできる二人の、こんな表情を見れるのは、きっと今のところイルミナだけだろう。

優越感とも似た思いが生まれるのを、イルミナは止められなかった。


「―――本当に、私は幸せです」


心からの言葉に、二人はふにゃりと嬉しそうに笑った。





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