第一王女と薬師
――――――――だれでも、いいから
――――――――おねがい、
そばにいて
「――――、」
久々に見た夢に、悲鳴をあげそうになって、イルミナは飛び起きた。
ぱきりぱきりと、何かにひびが入っていくような。
胸が締め付けられて、息が出来なくなるような。
そんな夢。
どくどくと脈打つ鼓動を、何とか抑えようとゆっくりと息を吐く。
「―――はぁ―――」
何回か深呼吸をすると、気持ちも落ち着いた。
そしてカーテンを開くためにベッドから降りる。
冬にはまだ早いはずだが、やはり朝は寒い。
手足がじん、と痺れるように冷えていく。
カーテンを開くと、そこはちょうど朝日が昇ってきているところだった。
宵闇に染まった景色が、朱鷺色に染め上げられていく。
その景色を、イルミナはただひっそりと見つめた。
**************
「おはようございます」
「おはようございます、殿下」
階下に降りると、すでにそこにはアイリーンが朝食の準備をしていた。
沸かされるお湯に、何かを炒めているのか、いい香りがする。
アイリーンに何か手伝うことはあるかと確認しようとすると、その背後からタジールが声をかけてきた。
「おお、殿下、お早いですな」
「長殿、おはようございます」
「おはようございます、殿下。
もう少しで準備が出来ますから、もう少しお待ちくださいね」
アイリーンはそう言って、どんどん一人で準備を進めていく。
あまりの手早さに、イルミナは自分が手伝わない方がいいと気付き、大人しく席に着いた。
「殿下はご自身で準備が出来るんですなぁ」
タジールは柔らかい表情でイルミナに言う。
言葉だけを取れば、馬鹿にしているとも取れない内容だが、実際王族で自身の支度が出来るのはイルミナ以外誰もいない。
貴族とて必要最低限の身支度はできる。
まぁ、王族のドレスなどはとても繊細で一人で着つけられるようなものではないのだが。
イルミナは自分のメイドがいないことから、一人で着つけられるような簡素なものを選ぶようになった。
そしてタジールの、まるで孫を見る祖父の様な視線のお陰で不快感など一切わかない。
初めて向けられる視線に、イルミナはこそばゆい気がした。
「はい、それくらいできないと、恥ずかしいですから」
イルミナのそれは本音で、建前だった。
リリアナが生まれてからというもの、イルミナの世話をする人は年々減っていった。
今となってはローテーションで回されるメイドたちだけが、イルミナの面倒を少しだけみる。
毎回誰かに頼むことにも、イルミナにとっては申し訳なさと居心地の悪さを感じさせ、近頃ではそのメイドですらあまり近づけようとはしなかった。
「そうですか、良い事じゃと思いますよ」
それを知ってか知らぬか、タジールは孫を褒めるように言葉を重ねる。
イルミナは、初めてに等しいその言葉に、頬が熱くなるのを感じた。
一人で着替えられるようになっても、誰も褒めることなどしなかった。
むしろそれが当たり前だと言わんばかりだった。
―――――しかし、何より辛かったのは。
一瞬湧いた感情に、イルミナは気付かないふりをした。
「今日は薬草についての講義があるのでしたね。
どちらで行われるのですか?」
「そうじゃった、リタのおばばがやるから・・・。
おばばの家でやるじゃろう、グイードに案内させよう」
「そこまでグイード殿にご迷惑は、」
「なぁに、あいつもいい経験じゃろうて」
タジールは豪快に笑うとグイードを呼び、イルミナをリタと言う女性の元へと案内した。
**************
「おばばー」
「おばばと呼ぶんじゃない!
リタおばさまとお呼び!!」
グイードがドアをノックしないで入ると、中から何かが吹っ飛んできてグイードの頭に当たった。
「いってーー!!」
「ふん、レディの扱いも知らないガキが・・・おや?
そちらのお嬢さんは?」
2人のやり取りを呆然と見ていると、リタが気づいたのかイルミナに声をかける。
「私はイルミナ・ヴェルムンドです。
今日ここでリタさんが、薬草の事を教えられるとの事で見学に来たのですが」
「ヴェルムンド・・・?
王族!?」
リタは目をむくと、慌てて膝を折った。
そんな彼女に驚いたのはイルミナ本人だ。
「そのような礼は結構です、
今日は視察に来ただけですから、普通にして頂けると助かるのですが・・・!」
一緒になって膝を折りそうになるイルミナに、リタは怪訝そうな顔をする。
彼女は、どうやら自分が知る王族とは少し異なるようだとも、判断したのだろうか。
少しだけ警戒しながらもその折りそうになっていた膝をピンと伸ばした。
「・・・そうかい?
私はリタ。ここで薬草のことを暇つぶして教えているもんだ
言葉遣いは悪いがこれで失礼するよ。
おきれいな言葉ってのがどうも苦手でねぇ」
リタは立ち上がると、そのまま自己紹介をした。
彼女は背こそ低いものの、ピンと伸びており姿勢が良い。
白い髪は、まとめられ後ろに流されている。
その姿は、イルミナの目に自信あふれる女性として映った。
いつか、そんな風になりたいと思いながら、イルミナは礼をする。
「問題ありません。
改めて、今日はよろしくお願いします」
**************
夜、イルミナは一人部屋で物思いにふけっていた。
昼のリタの授業と言うものは、素晴らしいの一言に尽きた。
食べてはいけない薬草から始まり、季節ごとのもの、怪我に使えるもの、そしてその処方。
他にも育て方や、地域によって育つ植物などを口頭と絵で教えていた。
知っていれば役立つ情報が非常に多かった。
イルミナ自身、毒耐性をつける際に勉強していたが、それでも知らない薬草名があった。
それらの知識の使い方は、子供たちに任せている、そうリタは言っていた。
それを使って村を出、薬師として生きていくも良し。
新たな薬草を求めて旅出るもよし。
使わなくとも構わないのだと。
選ぶのは本人であって、先を生きたものはその知識を下に与えるのが当然なのだと。
選ぶための選択肢を与えることが、大人の仕事の一つでもあると言っていた。
そうやって、この村は生きているのだと誇らしそうに教えてくれた。
その考えは、昨日からイルミナに衝撃を与え続けていた。
その民間教育というものに。
もし、この学ぶ場を国が運営したら?
薬草だけでなく、医療、政治、発明など。
それらを国で管理すれば、才能ある子たちをそのまま引き込める。
国がその子たちを雇えば、国は更なる発展を約束される。
しかし、とも考える。
万が一国を裏切られたら、どうするか。
それを防ぐためにはどのようにしたらよいのか。
そもそも、教える役は誰が行なう?
それに対する報酬は?
沢山の案が生まれる。
イルミナは感謝した。
国の未来を考えられている今の立場に。
それを実行するだけの地位がある自分に。
もちろん、簡単に行くはずはない。
しかし、それでも。
いつかは、自分がいてくれてよかったと言う人が、できそうな気がしたから。
自分で、イルミナであってくれて良かったと言ってくれる人が、できそうな気がしたから。
だから、立ち止まらない。
立ち止まるわけにはいかない。
自分がここで頑張れば、もしかしたらいつか。
この国がもっともっと繁栄しているかもしれないから。
そうすれば、誰かがイルミナの存在に、生まれてきたことに喜びを覚えてくれるかもしれないから。
歴史書のなかでも書いてあった。
新しく始める事に、楽な方法など一つもないと。
だから、たとえこの足が血に塗れようとも、立ち止まるわけにはいかないのだ。