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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
149/180

宰相殿の悩み事




光陰矢の如し、イルミナはその言葉を痛感していた。

つい年が明け、春の祭りをしたばかりだと思ったのに、もう自分の誕生日が近付いている。

生誕祭は、結婚式があることからしないことになった。

確かに経済のことを考えればしたほうが良いのかもしれないのが、正直人手が足りないという現実的なものがある。


なので、イルミナの誕生日は城の中で簡単に行うということになった。

だが、その代わりといってはなんだが、その日は決められた休日ということにした。

城下にある大広場で、簡単な出店をやることを許可し、酒だけは城から出す。

いうなれば簡単な祭りのようなものだ。


城下は、イルミナの誕生日よりも結婚式への意識が高く、既に賑わいを見せている。

町のいたるところに、イルミナを祝福するかのように綺麗に装飾されたリースが飾られている。

イルミナは実際に目にしていないが、それを目にした人たちがイルミナに教えてくれた。

そのことに、イルミナはくすぐったいような、そんな気分を味わった。


リリアナのように、盛大なパーティーを開いたわけではない。

それでも、パーティーを開かれるよりも嬉しいと思った。


ロッソの二人は、一番お勧めだというデザイン画を持ってきた。

二人の目の下には隈が鎮座しており、目は血走っていた。

その様子に、イルミナは恐れながらも見せられたデザイン画にほう、とため息をついた。

色はただ一色、白だけだ。

だが、それ以上に細やかな刺繍や装飾が目立つのだろうと思われた。

グランは自分の意見が取り入れられ、尚且つ納得がゆく出来だったのが何回も頷きながらいい、と零していた。


「じゃあ、これでいくわね・・・、

 これからお針子たちと打ち合わせだから、今日はもう行くわ・・・」


いつになく静かなルミエールにイルミナは心配になる。

もっとちゃんと休んだほうがいいのではないか、と言おうとするとそれを遮るようにグランが頷いた。


「あぁ、この素晴らしいドレスが一日も早く見れるのを楽しみしている」


「・・・簡単に言ってくれるわねぇ・・・。

 でも、ここからが正念場よ・・・楽しみに待っていなさい・・・。

 ビアンカ、行きましょう」


「―――っは!

 ごめんなさい、意識が・・・、そうね、行きましょ・・・」


「あ、あの、何か差し入れを・・・!」


「あらぁ、いいの?

 なら眠気覚ましのお茶と、お菓子、お願い・・・、

 片手で食べられると助かるわぁ」


「わ、わかりました!!

 出来るだけ早くに手配しますので・・・!」


ルミエールとビアンカは、まるで幽鬼のようにふらふらと部屋を後にする。

その様子を、イルミナは不安そうに見つめた。


「だ、大丈夫でしょうか・・・?」


「彼らもプロだ。

 休む時にはちゃんと休むさ」


グランはなんて事のないように言う。

グランからすれば、倒れるのはプロ失格だ。

それを考えて行動し、結果を見せられる二人だと信じているからこその言葉だが。


「あぁ、誕生日当日なんだが、夜に私に時間をくれるか?」


「夜、ですか?

 もちろん大丈夫ですよ」


いつもであれば特に約束なんてしない。

だが、珍しく必ず時間が欲しいのだろうか。

誕生日で簡易的なパーティーをするといっても、夜遅くまで参加する予定ではなかった。

ならば、もう少し早めに切り上げてグランと会ってもいいだろう。


イルミナがすぐさま了承すると、グランは目を細めながら微笑んだ。

彼がどうして時間をわざわざ欲するのか分からないが、折角誘ってくれたのだ。

イルミナは浮足立ちそうになる気持ちをなんとか抑え込む。

まだ、今日分の仕事が終わったわけではない。

でも、頑張れそうだと思いイルミナは紅茶を口にした。






***************





「―――どうだ?」


イルミナと別れたグランは一人、温室へと足を運んでいた。

彼女に内緒にして通うそこは、先代王妃が好んでいた場所であり、先日イルミナが訪れたのを知っている。

待ち合わせをしているわけではないが、グランは彼がそこにいることを知っていた。


「グラン様」


そこには老いた庭師が如雨露を片手に朗らかに笑っていた。

顔にはたくさんの皺があり、目が開いているのかどうかはパッと見ただけでは判断つかない。

だが、彼以上に腕の立つ庭師はいないだろう。


「少し難しかったですが、何とかなりましょう」


「そうか、手間をかけさせて悪いな」


「いえいえ、

 わしに出来ることであればなんなりと」


グランは、そう言って頼んでいるものを確認する。


「やはり、貴方に頼んで正解だったな」


「いえいえ、

 前もって仰っていただければ、誰でも出来ることでしょう」


そう謙遜する庭師だが、言葉にする以上に難しいことだとグランは知っている。

それでも、どうしても必要だったのだ。


「相変わらず、見事な腕だな」


「年と同じくらいには長い付き合いですからね、この子たちとも」


庭師はそう言って温室に咲く花に手をやる。

その手も皺ばかりで、お世辞にも綺麗だとは言えないが、それが彼の仕事の証なのだろうとグランは思う。


「―――予定通り、出来そうか?」


「はい、問題ありませんよ」


「助かる。

 今度何か差し入れを持ってくる。

 欲しいものはないだろうか?」


「いえいえ、これがわしの仕事ですからね。

 グラン様のお手伝いが出来ただけでも十分です」


「そういうな。

 ではご家族で食べられるような何かを持ってくる」


「お気になさらんでくださいね」


グランは、頼んだことが順調に進んでいることを確認すると温室を颯爽と後にした。

ここにはまだ通っていることを、他の人にバレたくはないためだった。

そして自室へと戻る途中、ヴェルナーと出会った。


「クライスか、

 休むのか?」


「ライゼルト卿・・・、

 今晩は、そうですね、もう休むところですね」


ふらふらと歩いている様子から、きっと遅くまで仕事をしていたのだろう。

イルミナから休むよう言われているようだが、たまに隠れて仕事をしているのをグランは知っている。


「・・・ちゃんと休まないと、体を壊すぞ」


「えぇ・・・、以前よりかはとっておりますよ。

 仕事の分担も割り振れるようになりましたから、前に比べて大分楽になりました」


「ならいいが・・・」


そうして二人は城の回廊を歩く。


「・・・?」


その時、グランはいつになくそわそわとした様子のヴェルナーに疑問を持った。

冷静沈着という言葉を体現したような男が、いったいどうしたというのだろうか。


「クライス?」


「!」


グランは思い切って聞くことにした。

正直に言って今の彼のその浮ついた空気は変だと思うし、きっと仕事以外のことだろうということは気づいている。

もし仕事関係であれば、すぐさま言ってくるだろうから。


「何かあったのか?

 いつものお前らしくない」


「・・・その、卿は・・・」


ヴェルナーはいつになく歯切れが悪い。


「?

 どうした、言い辛いのであれば聞かないが」


「!!

 その!!

 陛下へのっ、贈り物は・・・!」


「・・・なに?」


ヴェルナーは一旦言葉にすると、一気に話し始めた。


「その!!

 以前から陛下へ誕生日のたびに贈り物をしているのですが!どうもあの年頃の女性が好むものがいまいちわからなくてですね!アーサーと一緒に探すことが多いのですが、あれも女性の好みというものを理解しない男でして・・・!だからとって他のものに聞くのも・・・、卿であればそういったものに詳しいような気がしましてね!それに被らないようにしたほうがいいのでしょう!?」


その息をいつしているのか分からないほどの言葉に、グランは一瞬ぽかんとした。

そして内容を理解するとふっと笑ってしまった。

仕事の能力がどんなに高くても、意外とこういったことには疎いらしい。

冷静沈着からは程遠いその姿に、グランは微笑ましく思ってしまった。


「!!

 ~~~に、似合っていないのは理解しておりますよっ・・・!」


恥ずかし気に頬を染めるその姿を、令嬢たちが見ればさらにすごいことになりそうだな、とグランは思いながらも謝る。


「すまん、そんなことはないぞ?

 ちなみに今までどのようなものを送っているんだ?」


「・・・菓子、細工物、玩具・・・などでしょうか」


「?

 特に問題ないと思うが・・・?」


「っ・・・我々だけで探したのではなく、知り合いから助言をもらったのです・・・。

 アーサーは変な玩具を買おうとしますし・・・わ、私もダメ出しを食らいまして」


ダメ出しを食らうほどのセンスとは一体どんなものだろうかと逆に気になってしまう。

というより、男二人揃って、そこまで壊滅的なのだろうか。

暇だったら今度確認してみようとすら思ってしまうグランだった。


「・・・そうか。

 まぁイルミナであればなんでも喜ぶとは思うがな」


「それはそうですが・・・!

 一度メイドたちが話をしているのを聞いてしまったのです・・・。

 陛下のお部屋に飾ってある人形や玩具のセンスがすごい面白い、と・・・」


どういうことか聞きだすと、話はこうだった。

たまたまヴェルナーがイルミナのところに確認事項があったので部屋で待っていると、メイドたちが話をしているのをたまたま聞いてしまった。

陛下の部屋に飾ってある謎の玩具や、ボードゲーム、それらを送ったのは誰だろうと。

小さい子にあげるような感じね、と苦笑いをしているような空気があったという。


「正直に申しまして、私は女性というものがいまだに苦手ですし、どういったものを好むのかなんて欠片もわかりません・・・。

 アーサーは何故か自信満々に選びますが・・・、差し上げるのであれば気に入られるものを贈りたいのです」


その言葉に、グランは笑みを深めた。

きっと一生懸命に選んでいるのだろう、その姿が簡単に脳裏に思い浮かぶ。

だからこそ、イルミナが飾っているのだろう。

そうでなければ、彼女が部屋に飾る意味がわからない。


「・・・お前たちが選んだものに、良いも悪いもないんじゃないか?

 イルミナは、お前たちが選んだものがいいんだろう?

 そこにセンスの良さ悪さは関係ないと、私は思うがな」


「で、ですが・・・」


「クライス」


「はい?」


グランは立ち止まり、ヴェルナーを見た。


「イルミナは、お前たちが一生懸命選んだものが、一番嬉しいと思うぞ。

 たとえどんなに他人が笑おうとも、イルミナは飾るのを止めないのがその証拠だ。

 きっと、とても嬉しかったんだろう」


机の上にある花のガラス細工。

人形、ボードゲーム。

ガラス細工はきっと聞いたものだろう。

その他は、幼い子が喜ぶようなものばかりだ。

年や性別から見て、イルミナには合わないだろう。

それでも、イルミナはそれらを大事に飾っている。


「どんなものでも、お前たちが選べば、それだけでイルミナは喜ぶ。

 逆に、お前たちが選んだものをセンスが悪いといって捨てたりするような人だと思うのか?」


「そんなことは!!」


「なら、お前たちが考えて選べばいい。

 それが何よりの贈り物だろう」


「そう・・・でしょうか・・・」


いつになく自信のなさそうなヴェルナーに、グランは力強く頷いた。

彼をここまで自信を無くさせるのなんて、イルミナくらいだろうと思いながら。

アーサーベルトはわからないが、彼は彼なりに選んでいるのだろう。

それを止めようなどと思うはずもない。


「自信を持て、クライス。

 逆を考えろ。

 イルミナに使ってほしいのか、飾って欲しいのか。

 一緒に食べられるものがいいのか、使えるものがいいのか。

 それだけでも大分変わるだろう?」


ヴェルナーはグランの言葉に、弱弱しく頷いた。

これが氷の貴公子と呼ばれる宰相だとは、到底思えない。

だが、そういった人間らしさをみせることも悪くはないと思う。

グランの知るヴェルナーは、どちらかと言えば利益ばかりを見るような人間だったと思う。

だが、今の彼からは到底そのように思えない。

イルミナが成長したのと同じように、ヴェルナーやアーサーベルトも成長をしているのだろう。


「心配するな、クライス。

 今まで一度だって、イルミナが困っていたのか?」


「いいえ、そのようなことは」


「なら、お前が贈りたいと思うものを贈るんだ。

 その悩んだ時間も含めて、贈り物になるだろう」


「・・・ご助言、ありがとうございます。

 アーサーと相談して、自分たちで探してきます」


先ほどよりかは良い目をするヴェルナーに、グランはあぁと言った。


「お手間をおかけして申し訳ありませんでした。

 私はこれで失礼させていただきます」


「いいや、そんなことはない。

 また何かあれば聞きに来るといい。

 ゆっくり休め」


「卿も」


そう言って、グランはヴェルナーと別れた。

一人回廊を歩くグランは、人の成長を垣間見て口元を緩ませる。

女性が苦手だといいながらも、必死になって探すその姿は、他者(ひと)からすれば酷く滑稽に見えるのかもしれない。

ましてや、未だに独り身で、尚且つ令嬢たちの視線を集めるヴェルナー・クライスからは程遠い姿だろう。

面白がっている節はあるが、それでも微笑ましいと感じる。


「人の成長は、いつ見ても微笑ましく嬉しいものだな」


自分だって、まだまだ成長しなければならない。

若さでは彼らには劣る分、それ以上に頑張らなくては。


グランは一人、気合を入れなおすように深呼吸をすると、自室へとその足を向けた。






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