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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
148/180

結婚とは



「お久しぶり、陛下!」


「・・・こんにちは、ルミエール、ビアンカ」


「もう!

 お疲れのご様子じゃない!

 ちゃんとお休みは取られているの!?」


「そうですよ、陛下!

 見て、ルミエール!

 陛下の目の下、隈よ!」


「やだ!!

 もう、今度私の使っている化粧品をお持ちするわ!」


イルミナは、久々に登城したロッソの二人を見る。

疲れている、というのはあながち間違えではない。

城での仕事など、終わりがあるわけがない。

毎日上がってくる書類に目を通し、許可を出すか出さないかを確認。

他国への結婚式の招待状の確認に、当日の予定の確認など、やることは山のようにあるのだ。

良かったことと言えば、学び舎がある程度安定したということで教育関係の人にほぼ任せられるようになったことと、治水に関しても着々と工事が進んでいることくらいだろうか。


試験に関しても、ヴェルナーと骨組みの話し合いをし、その後は講師たちに任せている。

それが出来たら確認する必要はあるが、内容が内容なだけにすぐに出来ることはないだろう。

段階としては、どのような形態、時期、試験費、試験内容などを話し合い、その都度確認しながら進めるというものだ。

アウベールから戻ってきた講師たちは熱意があるのか、毎日のように話し合いをしているらしい。


「それは、ありがたいです。

 でも前よりは休んでいますよ」


「本当に!?

 だとしても睡眠が足りていないわ!

 まだお若いのに、今お肌がぼろぼろになったら取り返しがつかないことになるわよ」


ルミエールはぶちぶちと文句を言いながら、自分の持ってきた鞄のなかから色々と出し始めている。


「・・・それで、今日はどのようなご用件でしょう?」


イルミナはとりあえず話を聞かなくてはと先を促す。

しかしその言葉に、ビアンカが驚きの声を上げた。


「何を仰られておりますの、陛下!?

 婚礼ご衣裳の確認に決まっておりますわ!!」


「そうよ!

 一回話そうと来たとき、陛下ってば視察でお城を不在にされていたでしょう!!

 まぁ、あの後さらに良いものが出来たからいいのだけど!」


「そ、それは申し訳ないことをしましたね・・・」


イルミナがたじたじになっていると、助けと言わんばかりにナンシーが紅茶を持って入室してきた。


「皆様、どうぞ紅茶をお持ちしましたので、お座りになってお話をされたらいかがでしょう?」


にこりと微笑むナンシーが、今のイルミナには女神のように見えた。

そんなナンシーの毒気を抜く笑みに、ルミエールとビアンカも落ち着いたのか一つ咳ばらいをし、椅子に座る。


「婚約者様はどちらに?

 一緒にご確認いただきたいのだけど」


「先ほど連絡したので、もうそろそろ着くと思いますよ」


と、ちょうどその時扉がノックされる。


「お待たせして済まない」


「いいえ、ちょうど良かったです」


そうして四人はイルミナとグランの婚礼衣装について話し合った。

女王の結婚式だ、金に糸目をつけるつもりのないグランはイルミナよりもデザインにあれこれ言葉を出していた。


「―――わかりましたわ、ではもう一度デザイン画をお持ちしますので」


「あぁ、色々と無茶を言って悪いな」


「そんなことありませんわぁ!

 陛下はなんでも良いとしか仰ってくれない分、言って頂けるとこちらも大助かり!

 良かったわね、陛下!

 こうも一生懸命ドレスのことを考えてくださる旦那様、なかなかいないわよ~」


ルミエールの言葉に、イルミナは素直に頷いた。

華美にすることがあまり得意でないイルミナは、未だに自分の好むドレスというものが良く理解できていない。

もちろん、露出などは好きではなく、どちらかと言えば質素なのを好む傾向はあるが。

でも以前ロッソの二人に言われたとおりに、女王が質素で表に出るのは好ましくないこともようやく理解し始めた。


「じゃ、私たちはここで!

 ビアンカ!さっそく帰って色々やるわよ~!」


ルミエールは書き出した紙を全部まとめ、鞄の中にしまうと颯爽と立ち上がった。

それにビアンカも続く。

そして二人が部屋を出るその瞬間に、ビアンカがイルミナを振り返った。


「いいお式にしましょうね、陛下」


ばちんとウィンクをして、ビアンカはそのまま扉の向こうへと消えていく。

そしてイルミナとグランの二人きりになった。

ナンシーの用意してくれた紅茶は、すでに冷めてしまっている。


「・・・相変わらずだな、あの二人は」


「えぇ。

 でも、あの二人だからこそ、任せられます」


「そういえば、ヴェルナーから聞いたが、各領地に葡萄酒と菓子を差し入れると聞いたが?」


「あぁ、ドルイッドから財政の相談を受けまして。

 城下の人たちであれば当日、城を開放するのでその飲食をこちらで負担することで決定しているのですが、やはり領地を離れられない人もいるでしょう?

 それに簡単に来れない民もいますから、その方たちに向けてですね」


「大丈夫なのか?」


「すでにヴェルナーが料金を算出して、ドルイッドに確認してもらっています。

 葡萄酒は飲めないものもいますから、その代わりに菓子か代わりの飲み物を手配する予定です」


「そうか。

 まぁあの二人が何も言わないのであれば問題ないのだろう。

 他国への招待状の返信具合は?」


「ラグゼンファードからはハーヴェイ殿が。

 やはり時期的にサイモン殿たちが国を空けるわけにはいかないそうです。

 ハルバートは王太子が来るそうです。

 セビリアには一応送るだけ送りましたが、欠席のようです」


「ハルバートか・・・。

 親戚筋に当たるのだろう?」


「初めてお会いすることになりますが・・・そうですね」


ハルバート先代王妃、マリーネアはイルミナの祖母だ。

しかし暗殺され、その直後に亡くなった王の座はその弟が継いだと聞いている。

しかし年も年で、近々その座を王太子に譲るような動きがあると聞いている。


「・・・王太子とは・・・、大丈夫なのか?」


「同盟は組んでいるので、絆の強さを示す行為もあるのでしょう。

 第二継承権をもつ第二王子とは不仲のようで、下手に国内に残すよりかは安全だと思われているようですね」


ハルバートは、現在不安定な情勢にある。

マリーネアが亡くなり、そして相次ぐように王が亡くなった。

亡くなった王の弟が王位を継いだが、彼には三人の息子がいる。

王本人は実直な人らしく、国はある程度安定したようだが、次代が問題だった。

通常であれば、第一王子が継ぐ予定だが、第二王子を押す派閥がきな臭いらしい。

第一王子に問題はなく、第二王子が王になる可能性などよっぽどのことがない限りあり得ないのだが、第二王子を推す貴族が第一王子の継承に不満を漏らしているようだ。


「あの国はいつまでたっても騒がしいな・・・」


グランの言葉に、イルミナは頷いた。

グランの言う通り、ハルバートは何故か王室がいつも騒がしい。

古い体制を保ったままの所為か、貴族が力をつけすぎているきらいがある。

しかし、それは少し前のヴェルムンドでも言えたことだった。


ベナン達に手を下さなければ、ヴェルムンドはあのまま国内から腐敗を始めていただろう。

一度甘い思いをしてしまったものが、初心に戻るのには非常に難しいものがある。

だからこそ、イルミナは自身の身を使ってでも切り捨てることにしたのだ。


「国内の膿は、簡単に出し切ることはできませんからね」


ヴェルムンドでも、膿が全くないかと問われれば否、とイルミナは答える。

今は、イルミナを肯定的に見る風潮な為、無言を貫き通しているようだが、きっと虎視眈々と何かしらを画策しているだろう。

ベナン達は証拠があったために簡単に更迭することが出来たが、もっと質の悪いものはどの国、どの時代でも必ずいるものだ。

それらに足を掬われないようにするため、イルミナは貴族や民たちとの繋がりを強固にしなければならない。


「王太子が来ることによって、なにか問題が生じなければいいのだがな」


「やめてください、

 もうハーヴェイ殿の件でお腹いっぱいです。

 国境までは騎士団に迎えに行かせます。

 こちらに来られてから襲われでもしたら国家間の問題になりますからね」


「そうだな」


そうして二人の間に沈黙が下りる。

だが気まずいものではなく、ただただ穏やかなものであった。


「・・・あと、半年ほどだな」


「そうですね・・・」


あと数か月で、イルミナは十八となる。

その二か月後には、結婚式だ。

正直なところ、イルミナにはいまだに実感が沸かない。

グランと一生を共に出来ることはもちろん嬉しい。

でも、なぜか結婚式という言葉に現実味が帯びないのだ。

まるで、夢のよう、とでも言おうか。

不安なわけではない。

たくさんの人が、自分の結婚を心待ちにし、祝おうとしてくれている。

ただ、地に足がついていないような、そんな気がしてしまうだ。




少しだけ瞳を曇らせたイルミナを、グランは目ざとく気づいた。


「―――何か、不安でもあるのか?」


グランが優しく問うと、イルミナはばっと顔を上げた。

何故気付いたのと言わんばかりの表情に、グランは笑みを零す。

グランは、イルミナが幼いころに何回か見かけている。

その時はろくに表情が動かず、全てを諦めたような、冷めているような、そんな表情をしていた。

ちゃんと対面して話したときは、それしか知らないというように薄い笑みだけを浮かべていた彼女が。


ヴェルナーから、イルミナとの付き合いのことはある程度聞いている。

アーサーベルトとヴェルナーがどのように稽古や、講義をしたのか。

そして、毒耐性をつけたのか。

その時の記録は、今もどちらかが保管しているだろう。

だからといっては何だが、まるで人形めいた表情だと思っていた。


だが、たくさんの人と出会い、経験をするごとにイルミナの表情が多彩になっていく。

笑い、泣き、恥ずかしがり。

そのどれもが、可愛らしく愛しいものだった。

イルミナは、自分の表情が他人に読み取りづらいと思っている。

実際にイルミナのことをあまり知らない人物はそう思うだろう。

だが、ヴェルナーやアーサーベルト、そして自分からすればイルミナの表情は分かりやすい。

瞳が、違うのだ。

楽しい時には輝き、悲しい時には暗く沈む。

だからこそ、イルミナが何か不安に思っていることが分かった。


「―――ふあん、というわけ、ではないのですが・・・」


「あぁ」


急かすことはせず、ただイルミナの言葉を待つ。

きっと、彼女の中で何とか言葉にしようとしているのが分かったから。


「なんだか・・・、実感が、わかなくて・・・」


「それは、結婚式?

 それとも私と一緒になること?」


「―――どちらも、でしょうか・・・」


無意識に出たのだろう、イルミナは言ってからはっとした。


「いえ、その!

 グランと一緒になることが嫌とかそういうわけではなくて・・・!」


「大丈夫だ、わかっているよ。

 ゆっくりでいいから、話して?」


その言葉に安心したのか、イルミナはほっとしたような表情をし、そしてぽつりぽつりと話し始めた。


「その、なんだか・・・結婚ってことに、未だに実感が沸かなくて・・・、これからグランと一緒になれるって思うと、嬉しい、のもあるんですが・・・なんて、言えばいいのか・・・」


視線をうろうろとさせながら話すイルミナを、グランは愛しい気持ちで見つめる。

必死になって言葉にしようとする、それも自分の為に。

それを可愛らしいと思わない男がいるのだろうか。


「~~~っ、い、嫌なわけがないんですっ!!

 だって、私、グランのことっ・・・す、き、ですから!!」


あぁ、なんて、なんて可愛いんだろうか。

抱きしめたくて仕方なくなる。


「―――イルミナ、家族とは何だと思う?」


「?」


きょとんとした瞳に、グランはもう一度同じことを問いかけた。


「家族、ですか・・・?

 えっと、血縁者、でしょうか?」


「それもあるな。

 でも、私とイルミナは繋がっていないだろう?」


「あ・・・、ん、と・・・」


イルミナは考え込んでしまったのか、唸りながらも答えを出そうとする。


「イルミナ、家族というのはね。

 愛で形成される繋がりもその一つだと、私は思っているよ」


「愛で、形成される?」


「私とイルミナは、愛し合って結婚をして、繋がりをつくる。

 その結晶が子供で、その子供を愛する。

 その子供が誰かを愛し、また子を持つ。

 確かに、私とイルミナの間に血縁関係はない、だが、愛がある」


「愛・・・」


イルミナの紫紺の瞳が、見開かれる。


「でもね、私とイルミナはどうあっても別の人で、全てを分かり合えるはずがない。

 でも、分かろうとする努力は出来るだろう?

 確かに、イルミナはイルミナの家族と、そういった関係を築けなかったのかもしれない。

 だから、結婚というものに実感も何もわかないのかもしれない。

 結婚なんてね、結局のところ皆に見せるだけのものなんだよ。

 皆に、自分の愛する人がこの人です、と公言する場だと、私は思っている。

 全てがそうかと聞かれると少し言いづらいがね・・・」


「公言する」


「そう。

 結婚式をやらない人だっているだろう、でもだからといってその人たちが家族じゃないわけではない。

 喧嘩をして、仲直りをして、分かり合えないところがあるというものを理解して、そして徐々に家族になっていくんだ。

 イルミナ、結婚式は、ただの式だ。

 女王の君には、そう感じないのかもしれないけど、私は皆に私のイルミナだと言いふらす場だと思って楽しみにしているんだ」


少しだけ茶目っ気を出すと、イルミナの瞳が和らいだのをグランは感じ取った。


「―――ふふっ、言いふらす、なんて・・・、

 そんなこと、思ってもみなかった・・・」


くすくすと笑いながら言うイルミナに、グランは堪えきれずに抱き寄せる。


「そう、お互いがお互いを、一番好きな人はこの人だと言いふらすんだ。

 世界で一番幸せな家族は、自分たちだとね」


グランの言葉に、イルミナは感激したのか抱きついてきた。

あぁ、愛しくて愛しくて、仕方ない。

どうしてこんな愛らしい人が、独りでいたのか、グランには信じられない。


グランは楽しそうに小さな笑い声を零すイルミナを、自分の理性が途切れるまでと決めて抱きしめた。




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