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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
146/180

約束の地で




「・・・送りましょう。

 夜道は危ないですから」


「―――いらない」


少女は、泣くだけ泣くとよろりと立ち上がった。

グイードに対してどう行動するのか、イルミナは教えてあげられないし、知る権利もない。

でも、泣いた彼女が立ち上がれるのであればまだ大丈夫だと思える。


「アーサー」


「ですが陛下」


イルミナはアーサーベルトにルウを送るように指示をする。

しかしアーサーベルトとてそれに難色を示した。


「―――!!」


と、ルウが来た方面から微かな声が聞こえてくる。

それに聞き覚えのあったイルミナは、ルウを見た。


「・・・どうしますか」


イルミナの言葉に、ルウは肩をびくりとさせる。

きっと、今こちらに向かっているのはグイードだろう。


「会いたいですか、それとも会いたくないですか」


「っ・・・いじわるな人・・・!」


ルウは目を赤くしながらイルミナを睨む。

それに答えを得たイルミナは、アーサーベルトを見た。


「アーサー。

 私はグイードと話をしながら送ってもらいます。

 貴方は、彼女を」


「・・・出来るだけすぐ戻ります」


アーサーベルトは苦虫を嚙み潰したような表情をして、すぐにルウを抱き上げた。

幼子のように抱き上げられたルウは非難の声を上げる。


「ちょ、ちょっと!!」


「静かに。

 具合が悪いことにします。

 走るので話さないようにしてください」


すぐ戻るという言葉を実行しようとしているのか、アーサーベルトはルウの言葉を聞く前に走りだす。


「うお!?

 あれ、団長に、ルウ!?」


グイードとすれ違うが、アーサーベルトは止まることなく走り出した。

そして残されたイルミナに視線を止める。


「イルミナ?

 こんなところで何して・・・てか今のなんだよ?」


「こんばんは、グイード。

 具合が悪そうだったのでアーサーに送ってもらっているのです。

 せっかくですから、歩きながら話しませんか?」


「えー、大丈夫なのか?」


「えぇ。

 アーサーにも許可はもらっていますから。

 家に戻られるのでしょう?

 私も一緒に戻ります」


「んー、まぁお前がいいのならいいけど・・・」


グイードはいまいち理解していないようだったが、承諾するように首を縦に振った。



二人は、家々の灯す灯りに照らされながらゆっくりと歩く。

橙色の柔らかな色は、家の中の人影をゆらゆらと照らした。


「・・・とても頑張られていると、アリバルから聞きましたよ」


「あ?あぁ、

 あの人俺の前ではなんも言ってくれないどころが、怒られてばっかだぜ。

 そういえば、イルミナのこと褒めていたぞ。

 舞踏会?だっけ。

 いい出来だったってさ。

 ま、おかげでこっちの仕事もやりやすくなるだろうって言われた」


「そうですか。

 よかったです。

 ・・・ようやく、約束を守れましたね」


イルミナは橙色に照らされた道を、ゆっくりと歩く。

そういえば、夜にこの村を出歩くのは初めてだ。


「・・・守れなくても良かったんだぜ。

 忙しいの、知ってるし」


グイードは正面を向いたまま言う。

その顔を、イルミナはこそりと見上げた。

最初に会ったとき、彼は十七歳、今の自分と同じ年だった。

正直に言って、もっと幼く血気盛んな印象があったが、今の彼からは程遠い。


背はぐんと伸び、イルミナの頭一つ分以上大きいだろう。

アリバルに相当しごかれたのか、洗練された仕草が様になっている。

自分が成長したように、グイードも成長したのだということが分かった。


「・・・守れるか、わかりませんでしたがね。

 ですが何とかなりました。

 私自身来たかったですからね」


「・・・そうか。

 思えば、今のお前はあの時の俺の年か」


同じことを考え付いたのか、グイードは感慨深げにイルミナを見た。


「・・・何か?」


「いや、それを考えるとお前、変なオヒメサマだったなーって。

 俺だって今ようやく勉強して色々わかるようになったっていうのに、お前はあの時からこんなことを考えていたんだろう?

 想像つかねーや」


グイードは心底不思議そうにイルミナを見る。

しかしイルミナからすれば当然のことだった。


「生まれた場所が違いますからね。

 私は、ああしなければならなかった。

 ただ、それだけのことです」


「・・・その当たり前ができる貴族が少ないってのも、昔言っただろう。

 与えられて当たり前ってやつが、多いんだよな、貴族って」


「それはあるかもしれませんね。

 そうしてしまった、国がいけないのでしょう。

 もっと、ちゃんと目を配っていれば、そうならなかったのかもしれない。

 でも、王族も全てを当然としてしまった。

 成長しようとする気持ちを、忘れてしまった。

 ・・・起こるべくして、起こったのかもしれませんね」


そう、ある意味なるべくしてなったのかもしれない。

成長を忘れ、緩慢に生きることを選んだ人たち。

しかしいつだって時は流れる。

一日の気候は変わり、同じ一日は二度と来ない。

それを忘れてしまっていたのだろう。


「だからこそ、成長の伸びしろがあるのでしょう」


「そうだな。

 みんな、やることがいっぱいだって忙しそうにしている。

 その分、楽しそうにもしてるがな」


グイードの言葉に、イルミナは笑った。


「アリバルは休みがないと文句を言うでしょう?」


その一言に、グイードはうっと言葉に詰まる。

アリバルが愛妻家なのは知っている。

その彼が休みなく仕事をすることに、文句を言わないわけがない。

きっとぶちぶち文句を言いながら仕事をしているのだろう。

そろそろ休みを上げないと、いきなり屋敷に帰りそうだ。


「あーー、まぁ、奥様が仕事させるんじゃねーか・・・?」


自信なさそうに言うグイードは、きっとその場を目撃しているのだろう。

イルミナはくすくすと笑った。

思えば、グイードとこのような話をするとは思わなかった。

彼は一村人で、自分は王族だ。

共通の話題が出来るような未来がくるなんて、思いもしなかった。


「・・・グイードは、村の外に出て後悔はしていませんか?」


「あ?

 なんで?」


少しだけ、不安に思っていたことだった。

先ほどの少女に言われて、そのことに気づいた自分にも叱咤したい気持ちだ。

村人には村人の生活がある。

それは一番最初にタジールにも言われていたことだった。

だが、グイードが楽しそうにしていると聞いていたから、後悔していないと勝手に思っていたのだ。



黙り込んだイルミナを、グイードはため息を零しながら空を見上げる。

どうしてそう思うのか、グイードにはわからない。

やりたくなければ、自分であればすぐに言っている。

やりがいがあるからこそ。

未来を考えているからこそ、やっているというのに。


「・・・誰に何言われたか、知んねーけど、さ」


グイードが立ち止まって言うと、イルミナはそれに気付いてグイードを見上げながら佇む。

その姿に、昔の貧相なオヒメサマは重ならない。

自分のその足で立ち、女王としても素晴らしいと言われる目の前の彼女。

本来であれば、一生お目にかかることはなかっただろう。


それが覆ったのは、イルミナが自分で道を歩き出したためだ。

それがなければ、自分はおろか、ジジィですらイルミナを知ることなく終わったのかもしれない。

そうならなかったのが、今だ。


「俺は、今の村の状態も、俺の生活も・・・好きだよ」


自分の言葉に、イルミナの紫紺の瞳が見開かれる。

それに映りたいと、何度思っただろうか。

今は、前より胸は痛まない。

好きだと、今でも思う。

でも、前ほど焦がれる思いは薄れつつある


「お前の手助けになってるのか、わかんねーけど。

 でも、この国の為になることをしてるって思う。

 確かに、昔は貴族なんてって思ってたけど・・・リチャード様とかに出会って、みんながみんな、俺が知る貴族様じゃねーってことも知った。

 イルミナ、俺の世界は拡がったんだ」


そう、グイードは言葉にしてみてようやくわかった。

自分の世界は広がった。

村にいるだけでは知りえなかったことがたくさんあった。

知ってよかったと思うことも、知らなければ良かったと思うこともある。

でも、そう思えるのは自分が世界を知ったからこそだ。


「・・・そういってもらえると、助かります」


納得していないような声音のイルミナに、グイードは頑固者は変わらないな、と心の中で思う。


「俺はさ、イルミナ。

 いつか、村に戻るよ。

 確かに、リチャード様からは貴族の養子になることも夢じゃないって言われた。

 でも、俺の故郷はここで、俺はこの村が好きなんだよ。

 ここで出来ることを、俺はしたい。

 まぁ、リチャード様には呆れられたけどな」


リチャードは、とてもいい人だと思う。

こんな粗野な村人を、一から教育してくれたのだ。

しかもわざわざ本人が。

厳しいこともあった、というより怒られた記憶しかほぼない。

でも、そうしてくれたからこそ今の自分があると思うのだ。


養子の話をしたとき、グイードは一晩考えた。

貴族になれば、今まで以上にイルミナの手助けになるかもしれない、そうも考えた。

だが、そんな時に脳裏に浮かんだのは村のみんなの顔だった。

養子になったからといって、村のみんなとの繋がりが消えるわけではない、それは理解している。

それでも、グイードはアウベールのグイードでいたいのだ。


「そうですか。

 それをグイードが選んだのであれば、良いと思います」


イルミナが微笑んで言う。

引き止められないことに、少しだけ寂しさを覚えなくもないが、引き止められても意思を変えるつもりはなかったので逆に有難かった。


「イルミナ、俺は一村人として、変えてくよ。

 勉強とかまだまだだけどさ。

 でも、村人でも有能であればリチャード様は使ってくれる。

 そうすれば、俺より後の奴らがもっと有能であれば使いやすくもなるだろ」


グイードは、先陣切っていこうと思う。

自分が頑張れば、きっと他の貴族たちも生まれの貴賤なく有能なものを採用しようとするだろう。

ジョンはその有能さゆえに養子になったのだ。

なれば、養子にならずとも有能であれば採用してくれる人もいるかもしれない。


国が変わる時代なのだと、リチャードが言っていた言葉の意味も良く理解できる。

今まで貴族とその他というのは越えられない壁のようなものがあった。

国を動かすのは、王族や貴族しかできないと思う人たちが多かった。

でも、きっとこれからは違うのだ。

貴賤関係なく、国の為を思う者たちであれば発言が許される時代になる。

それは、なんて明るく希望に満ちた未来なのだろうとグイードは思った。


「そういえば、お前のほうこそどうなんだよ?」


「?何がでしょう?」


グイードは感傷を振り払うようににまりと笑った。


「結婚、すんだろ?

 最近どうなの?」


「!

 そ、そんなに変わりはありませんよ」


「へー?

 あの方でも我慢すんだなー。

 すげーや」


「が、我慢?

 我慢をさせているのでしょうか?」


「そりゃそーだろ。

 結婚は決まってるのに手を出せない状況って、結構きついと思うぜ?」


「!!ぐ、グイード!!」


顔を真っ赤にするイルミナに、グイードはからからと笑う。

本当なら、自分がそんな表情をさせたかったという気持ちは消えない。

でも、彼女が幸せそうに困るから。

それならそれでいいやと思ってしまう。


「そ、そういうグイードは・・・!」


イルミナは言ってからしまった、という顔をした。

そのことに、グイードは苦笑を浮かべる。

吹っ切れた、とは言い切れないが、あの日にある程度の整理はついている。


「どーだかなー。

 ま、村には将来的に戻るつもりでいるから、村の生活を楽しめる人だな」


「そ、そうですか」


いずれは、自分も結婚をするのだろうとグイードはぼんやりと思う。

それが誰になるかはわからない。

もしかしたら、イルミナ以上に好きになる相手が出来るのかもしれない。

出来ないのかもしれない。

でも、それはそれでいいのかもしれない。

全てを理解してくれる人との結婚が望ましいが、そんな虫のいい話はなかなかないだろう。


「ま、気長にやるさ。

 ジジィにはせっつかれているけどな・・・」


二十を超えれば、すでに結婚してもおかしくはないと祖父であるタジールは言う。

そうならなかったのは、ただ単にグイードが村に残るか決めていなかったためだ。

でも残ると決めた今、そろそろ考えなくてはならないだろう。


「イルミナ!」


そうこうしているうちに、村長宅に二人はついた。

家の前にはグランとアランが待ち構えている。

どうやらなかなか帰ってこなかったので心配していたらしい。


「グラン」


イルミナがふわりと微笑みながら駆けていく。

グイードは、その後ろをゆったりと歩いた。

彼女の背中を踊る黒髪が、そのままの心情を表しているようにも見えて。

少しだけ痛む胸と、彼女が幸せそうであることに安堵が広がっていく。


「アーサーベルトは?」


「具合の悪そうな人を家まで送ってもらっています。

 グイードとはその時ちょうどあったので、話をしながら戻ってきました」


「そうか」


ある意味親子ともいえる年の差の二人が、仲睦まじく家へと入っていく。

グイードは、その後姿を心なしか嬉しそうに見ていた。




グイードは知らない。

イルミナが戻った後、ルウから猛烈なアタックを受けることを。

そしてそのまま押し切られ、彼女と結婚する未来を。




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