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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
145/180

約束の地 3



イルミナは、グランとの明日からの日程を確認したのち、護衛してくれた騎士たちに一言労いの言葉をと思い、日の落ちた村を出歩いていた。

出来るだけ一人で歩きたいとアーサーベルトに言うと、少し離れたところから護衛しますねと返してくれたことに、感謝する。

グランもついてくると言っていたが、そんなに時間はかからないからと言って説き伏せてきた。


どうして、一人で歩きたくなるのか、イルミナにはなんとなくだが理由はわかっていた。

もう、一人でどこかへ出歩くということはなくなるだろう。

これから先、どこに行ったとしても誰かしらが傍にいることになる。

その人たちの前で、イルミナは個人のイルミナとして在れるはずもない。

ただひたすら、一挙一動全てに女王たる意思を以て選択をしなければならない。


・・・もう、一人でここに来ることも、歩くことも出来なくなるのだ。


イルミナからすれば、始まりの場所と言っても等しい場所。

ここで、初めて自分の意志で色々なことを考え、実行しようとした。

たくさんの人と触れ合い、自分の考える未来というものを朧げながらにもかたどりはじめた。

―――そして、初めて、自分という個人を認めてもらった場所でもある。


ふわり、と夜風がイルミナの髪を撫でた。

空を見上げれば、夜空を星々が彩っている。

こんな風に、空を見上げられる日が来るとは、思っていなかった。


城ではいつも執務室に籠り切り、蝋燭の灯りばかり見ている気がする。

そういえば、アーサーベルトに稽古をつけてもらうことも、ほとんどない。

ヴェルナーに無知さで怒られることもだいぶ減った。

舞踏会で一人居た堪れなくなり、一人早々に会場を出ることもない。

・・・もう、昔のように一人ではなくなったのだ。


「・・・もう、一人じゃ、ない」


居場所が欲しいと泣いた、幼いイルミナは、笑ってくれるだろうか。

初めは、独りだった。

何もなく、あの大きな城でたくさんの人がいるのにいつも孤独を感じていた。

リリアナを見れば見るほど、それを痛感させられた。

もし、あれでリリアナが少しでも性格が悪ければ、きっと嫌っていただろう。

でも、リリアナは悪い子ではなかった。

―――いい子でも、なかったと今なら理解できるが。


ただ、居場所が欲しくて。

その為に、アーサーベルトに声をかけた。

リリアナを守れるようになる、それは、愛されているリリアナの傍にいる言い訳にもなったから。

それでもし守れたら、両親に、よくやったと。

城のみんなに、さすがお二人の子だと、褒めてもらえると思って。

でも、どうしてもリリアナの傍にいることは出来なくて。


なら、女王になって国の為に頑張ればいいと考えた。

長女である以上、きっと自分がヴェルムンドの女王になるのだと。

その為には、たくさんのことを知らなければならない、と。

ヴェルナーの申し出は、あの頃のイルミナには必要なことだった。

そのおかげで、国に必要なことを知ることが出来たのだから。

アウベールに来て、グイードという友人が出来て。


―――そして、生きることを諦めたくなるような絶望を知った。

自分が頑張った全てを、奪われる恐怖を、悲しみを知った。


あの日のことを、イルミナは今でも覚えている。

寒い、日だった。

四阿で、絶望に噎び泣いた。

どうして、自分だけなのだと。

どうして、認めてくれないのだと。

言葉に出来ないほどの想いが、息が出来なくなるほどの感情が、溢れ出た。


そのあとも、本当に色々あったのと思い出した。

自分の醜さを見たくないために、リリアナの補佐に回ろうとした。

そして他国に嫁いで、国の為に頑張ろうと思ったことすらあった。

それを壊したのも、両親だったが。


ティンバー・ウォーカー元宰相は、未だに牢に繋がれている。

だが、もう先は長くないだろう。

王族を攫い、なおかつ毒物を摂取させた罪は重い。

全てが終わった彼は、一気に老け、今では話すこともほぼ覚束ない。


その彼のせいで、イルミナはアウベールへと再びやってくることになった。

正直、記憶はいまだに曖昧な部分がある。

きっと全てを思い出すことはないのかもしれない。


もう一度戻った城は、ざわついていて。

リリアナが如何に何も知らない女の子であるかを思い知らされた。

その時、アウベールの人たちを思い出した。

もし、リリアナが女王となればこの村の人たちはどうなってしまうのだろうか、と。


それからは目まぐるしい毎日であったとイルミナは思う。

自分が女王となるべく、その身を毒に侵させながらもこの国の膿となりそうな貴族を更迭した。

予想外だったのは、ラグゼンファードの王弟であるハーヴェイのことだろうか。

・・・もし、グランへの想いを自覚する前、あるいは彼への想いがなかったら。

きっと自分はハーヴェイと結婚をしていただろうか、と。


イルミナはわからない、と首を横に振った。

もしかすれば、そういった未来もあったのかもしれない。

だが、イルミナが選んだ未来は、グランとともにヴェルムンドに貢献することだ。

いつかそれを、後悔することがあるのかもしれない。

あるいは、一生この道で良かったのだと思うのかもしれない。

そんなのは、未来の自分に任せるしかないのだろう。


色々と考えがまとまり始めた時、イルミナは村の大広間へとたどり着いていた。

流石にそろそろ戻らないとならないだろう。

背後にいるアーサーベルトもやきもきしているかもしれない。

そう考えていると、薄闇の向こうから軽やかな足音が聞こえてきた。


「―――陛下」


アーサーベルトがすぐさま近づいてくる。

だがイルミナはそれを制した。

小さな影は、広間の中ほどに来たかと思うとしゃがみ込む。

陰からして、女の子のようだとイルミナは判断した。


「―――大丈夫ですか?」


もしかしたら、村人が慌てて帰っている最中で気分を悪くしたのかもしれない。

そこにはそばかずのある、赤毛の女の子がいた。

その大きな目から、ほろりと涙が零れ落ちたのを、イルミナは見た。


「―――っ!!

 なんで!!なんで!!」


「陛下!」


いきなり胸倉をつかんできた彼女を、イルミナは驚きながらも受け止める。

殺意があるようには見えないことから、アーサーベルトには手で静止をかけた。


「・・・なにか、ありましたか?」


イルミナは出来るだけ落ち着いた声音を出すように努める。


「どうして!!

 どうして、グイードをっ!!」


その言葉で、イルミナは彼女が何故そうなっているのかを微かに理解した。

きっと、彼女は。






声をかけてくれたその人は、自分が掴みかかっても驚いたように目を見開くだけで何も言わなかった。

それどころか、こちらの状況を心配してくれる。


「貴女は・・・」


少しだけ驚いたように、それでも落ち着いた声音で話すその人は自分が何故掴みかかっているのか、理解してしまったようだった。

その察しの良さに、さらに苛立ちを募らせる。


「なんでっ、なんで貴女は欲しいもの全部手に入れられているのに・・・!!

 どうして!!」


「君!!」


その人の背後にいる男の人が慌てて声をかける。

怖い見た目だけど、それでも言うのを止められなかった。


「アーサー」


「そうやって!!

 ずるい!!

 あたしは!!

 欲しいものなんて一個しかないのに!!」


「―――そうですか」


ぼろぼろと涙が零れる。


「貴女が来なければ!!

 グイードはずっとここにいてくれた!!

 村の外に行くことになんかなかったのに!!

 そうしたら!そうしたら・・・!!」


その人の服を握りしめる。

苦しい。

泣きすぎて、息もし辛い。

でも、言うことをやめられなかった。


「グイードはっ、村にいてくれたらあたしと結婚する予定なのにっ・・・!!

 貴女がグイードの世界を広げたせいで!!

 もし、もし・・・!!」


「―――でも、私には、彼の手助けが必要なのです」


「どうして!!

 どうしてグイードなの!!

 おじさんだって、他の人だってよかったじゃない!!

 なんで、なんでグイードなのっ」


その人は、ルウがどんなに詰っても、一言も怒ることはない。

そのことにも、苛立たしさが沸く。

言えばいいのに。

貴女の言っていることは間違えていると。


ルウとて、どれだけ理不尽なことを言っているのか、理解しているのだ。

本当にグイードのことを考えるのであれば、現状はいいものだ。

村にとっても。

きっとこの国が良くなるというのも現実的なことなのだろう。


「―――彼が、頑張ると言ったので、私はそれを尊重するだけです」


「―――!!」


その人は、俯いて涙を零すルウの腕をしっかりと掴んだ。

そして、顔を上げさせる。


「確かに、貴女の言うことも正しいのでしょう。

 ・・・彼でなくても良かった・・・でも、それは私にも同じこと」


上げた先で、その人は少しだけ悲しそうに微笑んでいた。

認めたくないが、その笑みをルウは綺麗だと思ってしまい、そしてその言葉の意味を考えた。


「・・・同じこと?」


「えぇ・・・。

 私は、王族に生まれたから、女王になることを決意し、今こうなっています。

 でも、王族に生まれなかったとしたら、どうなっていたでしょう?

 きっと、私以外の誰かが、王になっていたのです」


「陛下、それ以上は・・・」


「・・・王は、今は私です。

 でも、それが私である必要もないのです。

 たまたま私が王族に生まれたから、そしてその王族の一人として私は頑張る。

 それを、みんなが尊重してくれたのです」


「・・・」


ルウは、その人の言葉を黙って聞いた。

何かを言えるはずがなかった。

だって、今にも泣きそうなくらい、悲しそうに笑っているから。


「知ってるかどうか、知りませんが・・・。

 私は私の居場所が欲しくて、色々な人に手助けをしてもらいながらここまで来ました。

 その一人が、グイード殿です。

 その人たちに報いたい、それが私という個人であればいいと思います。

 ・・・確かに、グイード殿の好意は嬉しく思いましたが、お断りさせていただきました」


「っ、なんで・・・!」


「―――。

 私の愛する人はグランです。

 あの人の傍が、私の幸せ。

 あの人がいるから、私という個人が頑張れる」


「そんなのっ・・・」


「・・・謝ることはしません。

 それは違うと思いますので。

 でも、貴女のその想いはとても尊いものだと、思います」


「あんたに、何がわかるの・・・!!

 あたしは、あたしはっ・・・ずっとずっと、グイードを見ていた!!

 いつか、結婚すると思っていた!!

 なのに、あんたが出てきたせいで、グイードはもうあたしを見てくれないかもしれない!!」


ルウは、八つ当たりのようにその人の胸元を叩いた。

力は入れていないけど、それでも何回も叩かれていたらきっと痛いだろう。

でもその人は、ただ黙って自分を受け入れていた。


「っ・・・!!

 ずるい、ずるい・・・!!

 ぜったい、あたしのほうが、すきなのに・・・!」


「・・・えぇ」


「どうして、どうしてあんたなの・・・!!」


「・・・えぇ」


「・・・なん、で・・・、グイード・・・!!

 なんで、あたし、をっ・・・みてくれ、ないのぉ・・・」


お門違いなことなんて、わかっている。

どんなに女王様を責めたって、意味がないことくらい。

でも、そうでもしないとやっていられなかった。

彼の妹分から離れることを怖がったのは自分だ。

みんなの言うままにしていれば、いつか彼と結婚できると思っていた、自分の慢心さが招いたことだ。

好きだと、言えば良かったのだ。

取られる怖さに身を震わせるのであれば、さっさと一歩踏み出せばよかったのだ。

それをしなかったのは、自分で。

そしてそれを女王様の所為にしようとした。


「~~~~うわああああああああん!!!!」


好きだと、なぜその一言が言えないのだろうか。

一緒に村に残って欲しいと、どうして言えないのだろうか。


―――わかっているのだ。

グイードが、楽しそうにしていることを。

やりがいのある仕事だと、笑っていたことを。

そんな彼に、村を出るつもりかなんて、聞けるわけがなかった。

出ると言われたら。

そんなことを言われたら、自分はどうすればいい?


ルウは、目の前の人が恋敵だとわかっていても縋りついた。

苦しくて苦しくて。

どうして、自分にとっての一番は彼が一番なのに。

どうして、彼にとっての一番が自分ではないのだろうと。

こんなに、こんなに好きなのに。

どうして、自分を見てくれないのか。

どうして、自分は一番に見てもらえないのか。


「っひっく・・・うぇ・・・」


好きだと、言いたい。

でも、言って今の関係が壊れるのも怖い。

もう、今までのように話せなくなるかもしれない。

それも怖い。


―――なんで、こわいのか。


「っひっく・・・、おい、てか・・・ないで・・・!!」


怖いのは、たった一つの理由だった。


「おいて、かないでぇ・・・!!」


おいて行かないで。

あたしを、独りにしないで。


グイードは、どんどん先に行ってしまった。

あたしを置いて。

あたしはもう、グイードの話について行けない。

彼がどれだけ頑張って、どれだけ功績を得ても、あたしには理解できない。

その誇らしい気持ちに、寄り添えない。

彼の功績がどれほど素晴らしいものなのか、本当の意味では理解できない。

だって、あたしはそこに(・・・)は行けないから。


だから、悔しいのだ。

自分では絶対にいけないその場所に、彼女がいるから。

その場にいながら、好きな人を選ばなかったその人に、少しでも感謝してしまった自分がいるから。


「う、うぅぅ・・・」


八つ当たりすぎる。

そんなの、理解している。

本当に、わかっているのだ。


「・・・だれも、置いていきませんよ」


その人の声は、酷く優しく聞こえた。

そして、残酷なくらいに。

少しでも、嫌な人であれば、嫌えた。

でも、その人はそうではなかった。


むかつくくらい、優しくて。

泣きたくなるくらい、悲しい人だった。




ルウは泣いた。

悔しくて、情けなくて、悲しくて、やりきれなくて。

悪い人であれば、責めるだけで良かった。

でも悪い人でないから、責めるのが間違いだとわかっていた。

でも、責めずにはいられなかった。

責めたことによって、罪悪感が生まれないわけではない。

その人の言葉が、その場しのぎである可能性だって考えていた。

でも、誰かに言ってほしかったのかもしれない。


置いて行かない。


たった、その一言を。

本当を言うのであれば、言ってほしい人は別だ。

だが、言ってくれる人がいるのといないのでは、こんなにも違うのだとルウは感じていた。


振られたわけではない。

でも、可能性が確実にあるわけではない。

好きだと伝えて、それを受け入れてくれる可能性なんて、今のルウにはないように思えた。

でも、好きなのだ。

それでも、好きなのだ。

今でも、自分が一番になりたいと思ってしまう。

こんな自分も受け入れてくれれば、そう夢を見てしまう。


「~~~~っ!!」


嫌いだと、憎いのだとそう言いたい。

でも、その人が嫌ったり、憎んだりする対象ではないのも、この数十分で理解してしまった。

良い人だ。

本当にむかつくほどに。

優しい人だ。

憎らしいほどに。


好きだとは、言えない。

今の自分には。

でも、嫌いだともいえない。

きっと、これから先も嫌いだとは言えないのだろう。

嫌いかと問われて、それに対する答えを、自分は持たないのだろう。


いまはそれでいいと素直に思えた。


今だけは。





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