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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
144/180

約束の地 2




「お前の話はよく聞く。

 アリバル侯爵様の覚えがめでたいそうだな」


「まぁ、そうかもな。

 あの人、すげー厳しいけど」


「その分期待されているのだろう。

 貴族の養子になることも夢じゃないんじゃないか?」


「やだね。

 俺はこの村の一人として生きてくほうが性に合ってる。

 第一、貴族様のおべっか使いとかいまだにわけわかんねーし」


「そんな貴族ばかりじゃないだろう」


「それでも、だ。

 俺は村が好きなんだよ」


二人は、馬小屋から少し離れた場所で座って話をしていた。

あまり人目につかないが、そのほうが正直ハザにとっては有難くもあった。

男二人きりで話しているのが見られれば、他の団員になんとからかわれるか、分かったものではない。


ハザは、思ったよりも素直に話せている状況に安心していた。

初対面では喧嘩腰で話し、一度は取っ組み合いもした。

取っ組み合いのおかげで、少しはましになった関係だろうと思っていたが、それが自分だけではないようで安心したのだ。


「お前こそ、頑張ってるみたいじゃねーの」


「あぁ・・・、

 お前に言われたことは効いたよ」


初めて会った時、グイードに言われた言葉は今でも覚えている。

自分よりも王女たちのことを知らない、そういわれたとき酷い侮辱だと思った。

城に来たことも、ましてや両王女たちのことをろくに見たこともないくせに何を言うんだ、と。

そして、そんなことを騎士である自分が言われたことへの苛立ちも酷かった。

しかし今となっては、ありがたい言葉だったと思う。


あの頃、自分は傲慢だったのだろう。

アーサーベルトに認めてもらえれば、リリアナの専属になれると、そのことばかりを考えていた。

それに見合うだけの実力もあると、そう本気で思っていた。

だが、グイードの言葉はそれを目指す自分を否定してきたものに等しかったのだ。


「・・・陛下は、本当に素晴らしい御方だな。

 あの御方に誓いを捧げられたアーサーベルト様が、今では羨ましいくらいだ」


「なんだそれ」


「あぁ・・・、今騎士団の団長はキリク・マルベール様なんだ。

 アーサーベルト様は、騎士の誓いというものを陛下にたてられたから陛下の専属騎士となられている」


「ふーん」


あまり興味のなさそうなグイードに、騎士でない者にはわからないかとハザは思った。


「・・・城でのイルミナって、どんな感じ?」


「お前・・・」


「いいだろ?

 俺はトモダチなの。

 ちゃんとした場ではそう呼んでる」


「はぁ・・・。

 陛下は毎日お忙しそうだ。

 学び舎の件や治水案件、それに各貴族たちとの会談やらなんやらでな」


「エルムストは?」


「エルムスト・・・?

 あまり連絡を取られていないようだな。

 俺は知らないが、城であちらのことは一切話題には上がっていない。

 そういうお前こそ、どうなんだ?」


「まーぼちぼち。

 リチャード様いわく、舞踏会?のおかげでイルミナの手腕が見えた貴族たちが本腰入れてくるだろうってさ」


「あぁ、確かに素晴らしいものだったようだからな」


舞踏会の日、ハザは別の場所の警護だったためその内容を詳しくは知らないが、他の騎士団の人たちからは少しばかり聞いていた。

つつがなく終了したと言ってしまえば終わりだが、とても洗練されたものだったと。


「俺も村にはたまにしか戻ってないけど、学び舎のほうも順調らしいぜ。

 ガキどもは早くも好き嫌いはっきりしてるみてーだがな」


「子供のうちはそんなものだろう」


ハザは遠くの山に視線を向ける。

すでに夕暮れ時となっており、一面真っ赤に燃えているようだ。

初めて来たときは夏だったような気がするが、正直そこまで覚えていない。

あの頃は、空を見る余裕すらなかった。

どれだけ早く城に戻るか、そればかりを考えていたような気がする。


まだ五年も経過していないはずなのに、ずっと昔のような記憶だ。

しかしあれがなければ、きっと自分はこうはならなかっただろうとも思う。

ハザは、今の自分がそこまで嫌いではない。

まだ、きっと甘いと言われる部分はあるだろう。

だが、少なくとも初めてアウベールに来た時よりはマシになっていると思いたい。


「グイード・・・」


「ん?なんだよ」


「その・・・昔は悪かった。

 お前のおかげで、俺は陛下のことを知ることができたし、何より色々と勉強させられた。

 ・・・ありがとう」


ハザは心から言った。

恥ずかしいのはもちろんある。

自分より年下の彼に気づかされたのは、年上としてもやはり言葉に出来ぬ羞恥はある。

だがそれでも伝えねばと思って言葉にした。

それに対するグイードの返しは。


「・・・きっも」


「きも・・・!?」


心底いやそうな表情で言うグイードは、本気でそう思っているのだろう。

ハザからすれば、酷く心外だった。


「その言い草はなんだ!!

 せ、折角感謝の気持ちを伝えたのに!!」


頬に熱が上るのを感じながらハザは言った。

夕暮れでよかった。

これなら、赤くなっているのはわからないだろう。


「だからさぁ、それが気持ち悪いわ。

 わざわざ礼を言うことかよ?

 しかも改まってとか・・・。

 男にやられてもこっちが辛いわ」


ため息をつきながら言うグイードに、ハザは羞恥を感じたままさらに言った。


「それはこちらの台詞だ!!

 なんだ、礼を言ったというのに!!なんだお前!!」


「うるせえぇ!

 礼なんざいらねーよばーか!

 俺だって、そんなン言ったら謝んねーといけねーじゃねーか!!」


「・・・は?」


グイードがしまった、といわんばかりの表情をし、そっぽを向く。


「謝る・・・?

 なんでだ?」


「うるせー!

 言うか!」


何故だ何故だと問うても、グイードは言おうとしない。

それどころが戻ると言って走り去ってしまった。


「・・・なんなんだ・・・?」


結果として、ハザの礼は受け入れられたのかどうか不明なまま、二人は分かれた。





「ばーか」


逃げ出したグイードは、道端に転がっている石ころを蹴飛ばしながら零す。

ハザは感謝を言っていたが、そんなことはない。

そうグイードは思っている。

彼がいなければ、自分はイルミナが城でどんな扱いをされているのか知らなかった。

彼がイルミナを軽く扱っていたから、王族というものに興味を持った。


いつか、傍に行く。

グイードはかつてイルミナにそう言った。

だが、アリバルの元で勉強すればするほど、それが如何に非現実的かを思い知らされた。

イルミナの周りには、有能者しかいない。

実力も、権力も、家も。

グイードは、自分が特段優れているとは思わなかった。

実際に、アリバルにも言われたことだ。

確かに、村人の中では優れているだろう。

だが、それは貴族社会では通用しないのだ。


悔しかった。

ハザにも、イルミナにも啖呵を切ったにも関わらず、挫折しそうになったことに対しても。

それを仕方ないと一時でも思ってしまったことに対しても。

正直に言って、グイードはハザや、アリバル、グランですら羨ましい。

自分では絶対にいけない場所に、彼らはいけるのだ。

その八つ当たりに、取っ組み合いの喧嘩をしたことを、グイードは忘れていない。


だから、感謝されるいわれはないのだ。

自分は、いつだって彼らを嫉んでいるのだから。


「ばーか」


もし、自分が貴族に生まれていれば、なんてものは考えない。

もし貴族であれば、きっと今の自分ではなかっただろうから。

だが、悔しい気持ちは消えない。


グイードが不貞腐れながら歩いていると。


「グイード?」


「・・・ルウか」


道の向こうから幼いころからよく見た姿を認めた。


「おい、もう暗いんだから帰れよ。

 何してんだ?」


「アンタこそ。

 あたしはこれから帰るとこなの!」


ふくりと頬を膨らませながら憎まれ口を叩くルウに、グイードは仕方ねえなと親しみを持った感情を抱く。


「おら、送ってやるから帰るぞ」


村の中とはいえ、暗がりを女の子ひとりに歩かせるような教育をグイードは受けていない。

むしろこれで一人で帰らせようものなら、タジールとアイリーンの叱責が自分を待ち構えているだろう。


「だ、大丈夫!!

 あたし一人でも帰れるよ!

 村の中だし!!」


慌てたように言うルウの額を、グイードは小突いた。


「ばーか。

 いくら村ン中でもだよ。

 ほら、さっさと行くぞ」


「・・・ん」


グイードが歩き出すと、その後ろをルウが物静かについてくる。

三歳年下の彼女は、妹のようにかわいい。

反抗期なのか何だか知らないが、口が悪いような気がしなくもないがそういうもんなのだろうとグイードは思っている。


「・・・今、あの人来てるんでしょ?」


「あの人?」


「・・・お姫様」


「あぁ、イルミナか。

 もう姫さまじゃないぞ、陛下だ」


「・・・一緒にいなくて、いいわけ?

 す、き・・・なんでしょ」


後ろから聞こえてくる声は、低いというかなんというか、元気がないようにも聞こえる。

だがそんなときもあるだろうと思って、グイードはあえて深く聞かないようにした。


「まぁ、な。

 もう振られてんだけどな」


「はぁ!?」


「!?」


いきなり大声を出すルウに、グイードはびくりとした。

そして何かあっただろうかと慌てて背後を見る。

そこには、顔を険しくさせたルウが立ち尽くしていた。


「ふ、振られたの・・・!?

 グイードが!?」


「あ・・・あぁ。

 まぁ、仕方ねーよ。

 女王陛下だしな」


「そんなの!!」


ルウは怒ったように声を荒くした。

焦ったグイードは落ち着かせようとした。


「る、ルウ?

 何怒ってるんだ?」


「だって、だってっ!!」


ルウは、一瞬で一転して、泣きそうな表情を浮かべた。

なぜそんな表情を浮かべるか分からず、グイードはさらに焦る。


「お、落ち着け、な?」


「―――っ!!

 グイードのばか!!」


ルウはそう言い捨てると、走り出した。

グイードが追いかける間もなく、その姿は遠くなっていく。


「えぇー・・・?」


グイードはわけもわからぬまま、一人置いて行かれたのだった。








グイードのばかばかばかばか!!


ルウはそれだけを思いながら家路を走っていた。

罵りながらも、涙が零れそうになる。

そして、イルミナへの怒りを募らせていた。


自分は、ずっとずっと、グイードのことが好きだった。

初恋なのだ。

始めは、同じ村に住むとても優しい兄だった。

口は悪かったけど、いつも気にかけてくれていた。

それが恋に変化するのなんて、なんら不思議ではない。


ルウは、ずっとグイードを見ていたのだ。

そっけない態度をとっていても、なんだかんだで面倒を見てくれているのを。

何回か村のことを思って、貴族に殴り掛かりそうになるところを他の村の人に止められているところを。

年下の子には、ぶっきらぼうな優しさで接していたことを。

そんな彼だから、好きになった。


女王陛下が、どれだけ大変か。

ルウは知らない。

本当のところ、女王陛下が振ってくれて助かるという気持ちもある。

振られなければ、自分に望みがないことくらい、わかっている。

でも、自分が、ずっと好きだった相手が振られるなんて、そんなひどいこと。


元から、あまり女王陛下のことは好きではなかった。

自分の想い人の、想い人なのだ。

好きになれるはずもない。

振ってくれれば、自分にも望みがあるのなんてわかっている。

でも、好きな人が悲しむのを喜ぶほど、ルウは人として駄目なわけではなかった。

それでも、許せないのだ。

それでも、悔しいのだ。


複雑な乙女心は、きっと言葉には表現しがたい。


小さな村だ。

村の中での婚姻が多い村では、きっとグイードの相手は自分になるだろうと思っていた。

実際に、父や母にも言われたことがある。

村長にだって、小さいころはグイードのお嫁さんになるのだろうなぁと言われたことだってあるのだ。

グイードは自分のことなんて、妹としてしか見ていないのは理解している。

それでも、嬉しかった。

いつかは、自分に対して愛情を持ってくれるだろうと。


それを、女王陛下が広げてしまった。

今となっては、グイードは女王陛下のやる政策のために村にいることのほうが少ない。

自分が知らないうちに、グイードは大人になってしまった。

自分の知らないところで、綺麗な人と知り合ってしまっているのかもしれない。

それを考えただけで、夜も眠れなかった。


村は、変わりつつある。

良いことなのか、悪いことなのか、ルウにはわからない。

きっと、良いことなのだろうとは思う。

村のみんなは、女王陛下に対して好印象しかない。

村のみんなが言うのであれば、きっと良い人なんだろう。

それは分かっている。

でも、どうしても許せない気持ちもあるのだ。


「なんで・・・!!」


グイードほど、良い人はいない。

なのに、なんで。


「ばかぁっ・・・」


どうして。

どうして、気づいてくれないの。

こんなに、私は好きなのに。

あんなに、良い人、いないのに。

どうして、振ったの。


辺境伯様が良い御方なのは、知っている。

とてもとても、良い人であることくらい、あの御方の領地に暮らしていればわかることだ。

でも。


なっとくいかないの


好きだと、そう言ってしまいたい。

でも、もし妹としてしか見れないと言われたら。

好きな人がいると言われたら。

今までのような関係ではいられなくなるだろう。

幼馴染に等しい場所。

それを失う覚悟が、ルウにはなかった。


村だけの世界であれば、きっとこんな恐怖にかられることもなかったのかもしれない。

村長たちは、これからの村の発展のことばかりで、自分のことなんて気にすらかけてもらえないだろう。

もし、グイードがこの村を出ていくことを決めてしまったらと思うだけで、ルウの心は締め付けられたように痛む。

走って走って、ルウは家を通り過ぎても走ることをやめられなかった。


「っはぁ、はぁっ・・・」


息も出来なくなりそうなくらい走り続け、たどり着いたのは村の広場だった。

日も落ちたそこは、人っ子一人としていない。

それが逆に、今のルウには助かった。

しゃがみ込んで、ぐちゃぐちゃになっている思考を纏めようとしたその時。


「―――大丈夫ですか?」


「!?」


聞きなれない、女の人の声が聞こえた。


「・・・じょ、おう・・・へ、か・・・?」


心配そうにこちらをのぞき込んでいるのは、グイードの想い人である女王陛下その人だった。




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