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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
143/180

約束の地




がたごとと、馬車が揺れる。

初めてアウベールに行った時よりも、良い馬車を使っているらしく、振動は気づこうと思わなければ気づかないほどだ。

華美な装飾を好まないことを理解してくれているのか、質素ながらも見ればいい細工がされている馬車にイルミナは落ち着いた気持ちになる。


初めて行ったとき、一緒に来てくれる人は誰もおらず。

ついてきてくれた騎士たちも渋々だった。

メイドも一人もおらず、誰も傍にいない。

あの時は、それが普通だった。


だが今は。


イルミナは、目を閉じて休んでいるグランを盗み見る。

扉の向こうには、たくさんの人がいる。

前と違って、渋々ではない、はずだ。

一緒に行きたいと言っていたアーサーベルトも、今回はいる。

ヴェルナーは流石に宰相である以上連れてくるわけにはいかなかったが、それでもいい。


(・・・ようやく、約束を果たせそう)


あの時。

グイードにもう一度来るかと言われたとき、守れない約束だろうと思っていた。

自分の身の振り方一つ決まっていない自分が、そうそう簡単に城を出ることは叶わないし、未来がどうなるかなんて何一つ分からなかったから。

きっと、自分がアウベールの土地を踏むのはこれから先、ないかもしれない。


それを悲しいとは、思わない。

自分は女王である以上、民が望む行動をとるべきなのだから。

自分が鳥籠に籠ることでみんなが安心できるのであれば、自分は喜んで籠の中の鳥となろう。

それが、この身に流れる血の義務だ。


―――だから、きっと、これが最後。


二回目に行ったときは、彼の望むような形ではなかった。

薬に侵され、療養という形で訪れたあの地はイルミナにとって特別な場所だ。

前もって通達しているので、王都にいたグイードも村に戻っている。

アリバルは一瞬だけ渋ったようだが、今までの休みない頑張りを考慮してくれたのか一時の里帰りを許されたようだ。


イルミナは懐かしい面々の顔を思い出す。

最初はキツイ物言いをしてきたタジール、優しい笑みを浮かべるアイリーン。

薬草に詳しいリタ、子供たち。

誰もが、孤独なイルミナに優しくしてくれた。


籠るなら、せめて最後にあの地にだけは足を運びたい。

城のみんなが危惧しているのも理解している。

出来れば行かせたくないと思っていることも。

それを否定しないで了承の言葉を吐いて、なおかつ裏で奔走してくれたアーサーベルトとヴェルナーには、頭が下がる思いだ。

彼らが許可してくれなければ、きっとイルミナの視察は実現しなかっただろうから。


「―――もう少し、ですね」


ぽつりと零したイルミナの一言に、グランが目を覚ます。


「―――ん、すまない、少し寝ていたようだ・・・

 何か言ったか?」


「―――何も」


イルミナはふわりと微笑んでグランの少し乱れた髪を直した。






***************






「あーーー!!

 お姫様だーー!!」


「違うわよ!

 今は陛下ってお呼びしなきゃ!!」


「へーかぁ?」


イルミナたちの一行は、予定よりも早くにアウベールの村へと到着した。


「・・・だ、大丈夫ですか?」


「だ、だいじょ、ぶで・・・」


騎士団たちは慣れているので、そう大きな問題はなかった。

だが、強行軍に慣れていないメイド三人は完全にやられていた。

いくらいい馬車を使用したとしても、揺れなどが完全になくなるわけではなく満足には休めなかった三人の顔色は悪い。


「あらあらあら、

 これでもどうぞ」


村長宅に運ばれた三人はリリンのお茶をアイリーンに渡される。


「も、もうしわけ・・・ありません・・・、陛下・・・、

 なんたる、失態、を・・・」


「仕方ありません、慣れていないのによく頑張ってくれましたね。

 今日は休んでください」


ジョアンナは顔色を悪くしながらも必死に謝るが、イルミナからすれば三人は頑張ったほうだと素直に思った。

そんなに馬車に乗ることも、ましてやそんなに長期的に移動したことのないにも関わらず、予定より早く到着できたのは気分を悪くしても頑張ってくれた三人のおかげだ。


「そ、それでは・・・陛下の、お世話が・・・」


ぐったりとしたまま、それでも仕事をしようとする三人をイルミナは抑える。


「あぁ、すみませんタジール殿。

 三人を休ませたいのですが、お部屋をお借りしても?」


「もちろんじゃ」


挨拶もそこそこに、イルミナはタジールに願う。

タジールはそれを快く受け入れてくれた。


「アーサー、騎士の方に三人を運んでもらえますか?

 歩くことも辛そうなので」


「かしこまりました、

 おい!誰か手を貸してくれないか!」


「へ、へいか・・・!」


メイド二人は取り繕う余裕もないのかぐったりとしたままだが、ジョアンナは何とか起き上がろうとした。


「ジョアンナ、付き合わせたのは私です。

 今日一日くらいであればどうとでもなりますから、休んでください。

 明日からお願いしますね」


起き上がろうとするジョアンナの肩を押し、背後から来た騎士に三人を任せる。


「おぅい、アイリーン、頼めるか?」


「はい、

 騎士様方、こちらに」


「かたじけない」


三人は騎士たちに付き添われながらアイリーンの後ろをよろよろとついて行く。


「・・・久しいですね、タジール殿。

 挨拶が遅れて申し訳ありません」


「いえいえ、御久しゅうございますな、陛下。

 息災のようでなによりじゃ」


騎士たちが荷解きをしている傍ら、二人はようやく挨拶を交わした。


「タジール殿、以前は大変世話になった」


「おぉ、ライゼルト様。

 いえいえ、場所を提供しただけじゃ」


グランもイルミナの隣から挨拶を交わす。

和やかに挨拶をする三人の周りに、村人たちが殺到し始めた。


「久々だねぇ!

 元気にしてたのかい!」

「へーかぁ、あそぼーー!」

「こら!そんな言葉づかいは駄目でしょう!」

「おお、辺境伯様もいらっしゃっているのか!

 今夜は宴だなぁ!」

「あんた!

 陛下たちはお疲れなのよ!」

「そうそう、宴は明日にしましょう!!」


その活気溢れるみんなの姿に、イルミナは笑みをこぼす。


「皆さん、お久しぶりですね。

 息災のようで何よりです」







***************






「最近はどうですか?」


「そうじゃなぁ、以前に比べて活気に溢れておるよ!」


村人たちに簡単な挨拶をした後、イルミナはタジールと村を見回っていた。

グランは今後の予定を話すため、村長宅で騎士たちと話をしている。

その間のイルミナの護衛はアーサーベルトとアレンだ。


「学び舎を視察したいと言って何人か貴族の御方がいらっしゃったがの、特に問題はなかったようじゃ。

 治水もグイードたちが頑張っておるよ」


「そうですか、

 学び舎の子供たちはどうでしょう?」


「まぁ、勉強が好きなものとそうでないものはおるがの。

 陛下が派遣してくださった先生方がやる気のない子をいかにやる気を出させて楽しんでもらえるか考えるのが楽しいそうじゃ。

 リタのおばばも一緒になって勉強しておるぞ」


「それは!

 そうですか・・・よかった」


イルミナのほっとした表情に、タジールは目じりを緩ませた。


「・・・そういえば、グイードは?」


「あぁ、あやつなら今は学び舎じゃろう。

 アリバル様のところでコテンパンにされているそうでな、村に戻ってくるなり先生方に教えを乞うておるよ」


その姿が思い浮かんだのか、イルミナはくすくすと笑った。

そのことに、タジールはほっとする。


「・・・陛下は、良い笑い方をされるようになりましたなぁ」


「そう、ですか?」


「そうじゃ、初めてきたころなんて、人形が笑っておるようじゃった。

 なんというんじゃなぁ・・・いつも、切羽詰まったようになさっておいでじゃったよ」


「あぁ・・・その頃は」


タジールは思い出す。

初めてイルミナという王族に会った日のことを。

何も知らない小娘と侮り、適当に対応しようとした。

しかし、話すうちに彼女のことを知って、その考えを改めさせられたときのことを。


「のぉ、陛下」


「なんでしょう?」


楽しそうに、嬉しそうに村を見渡すイルミナを、タジールは見る。

前より肩の力が抜けたその姿は、以前に比べて格段に危うさがなくなっている。

次に来たときは、あんな状態でなにもできないまま、彼女は村を去った。


「・・・陛下は、幸せかの?」


自分の孫よりも若い彼女が、どれだけの重圧を背負っているのか、タジールは知らない。

知れるはずもない。

だが、今にも壊れてしまいそうなほどに自身を追い込もうとするその姿は、非常に危うく見えた。

国を良くするため、本気でそう言っているのは理解していたが、免罪符のように言う彼女があまりにも哀れだった。

城であったときは、胸を張り、他の貴族たちとも対等に話し合うその姿はまさしく女王に相応しいものだった。


だが、それと同じように心配もしていた。

グイードでは、駄目だった。

彼女の孤独な道を一緒に歩けるはずもない。

そんな彼女が見つけた、辺境伯。

ただ一人、彼女の傍に寄り添える存在。


村で療養していた時からきっといずれは、と思っていたが、婚約発表のことを聞いてひそかに安堵の息を漏らしてしまった。

グイードには悪いが、正直収まるところに収まった、とでも言おうか。

グラン・ライゼルトはその人柄ももちろん、とても賢い人だ。

そんな彼であれば、女王を一人で泣かせることもないだろうと。

タジールは、一人の人として、イルミナという女性に幸せになって欲しい。

これからも彼女の行く先には様々な困難が待ち受けているだろう。

それを共に乗り越えられる人がいれば、少なくとも独りで絶望に涙を流すこともない。


孤独で、哀れな女王陛下。


今でも、タジールは時折そう思ってしまう。

自分が思うのであれば、きっと他にもいるだろう。

彼女という人を知れば、そう思わざるを得ない。

だからこそ、かの人が笑顔でいられるように。

そう祈ってしまう。


そんなタジールの思いを他所に、イルミナは綺麗に笑った。

喜色に溢れたそれは、心からのものだということがわかる。


「―――もちろんです」


かつての、ぎこちない笑みを浮かべていた少女が、一瞬にして塗り替えられた。


「―――そうか・・・、それは、ほんとうに・・・なによりのことじゃな」


熱くなりそうになる目頭を、タジールは必死になって抑えた。

年を取ると、どうしても涙もろくなってしまうな、と一人心の中で言い訳をして。







「あ、イルミナ」


「グイード!!」


村をあらかた見終え、村長宅に戻ってきたイルミナたちを待ち構えていたのはグイードと、呼び捨てにしたグイードを叩くアイリーンだった。


「グイード!

 久々ですね、元気でしたか?」


アイリーンがグイードを叩く場面を何回か見ているイルミナは、何事もなかったかのように挨拶をする。


「いってー・・・、

 叩くことねぇじゃん!」


「あんたはいつまでたっても!!

 アリバル様のところで少しは大人しくなったと思っていたのに!」


ぷりぷりと怒るアイリーンをイルミナは宥める。


「いいんですよ、アイリーンさん。

 友達というのは、こういうものなのでしょう?」


楽しそうに笑いながらイルミナが擁護していると、別室で話していたらしいグラン達もリビングへとやってきた。


「お帰り、イルミナ」


「戻りました」


「ん?

 グイードも戻っていたのか。

 久しいな」


「・・・お久しぶりです」


その三人の様子を、タジールとアイリーンは面白そうに見ていた。

二人は、グイードがイルミナに惚れて玉砕したことを知っている。

人が悪いように聞こえるが、これも一つの試練ということでグイードがどんな態度をとるのか見ていたのだ。

グイードのその少しだけ気まずそうな態度に、グランは苦笑を浮かべる。


「イルミナ、明日からのことでいいか?」


「もちろんです」


イルミナとグランがその場から離れると、グイードはあからさまに息を吐いた。


「ちょっと、グイード。

 しっかりなさいな」


「・・・うるせー。

 わかってんだよっ、でもあんだろ!」


「アイリーン、グイードはまだまだ成長中じゃ。

 放っておいてやろう」


「じじぃ!!」


にまにまと笑う二人に耐え切れなくなったグイードは、これ以上からかわれてなるものかと思い家を出る。


「ちゃんと帰ってきなさいよー」


「わかってる!!」


勢いよく家を出たものの、グイードだって本当は理解しているのだ。

気まずくならないよう、あの二人が気を遣ってくれていることくらい。

だが、気を遣うくらいなら放っておいてほしい。

グイードの中で、イルミナへの思いはある程度整理がついている。

だがそれとこれとでは、また話が違うのだ。

むすくれながら歩いていると。


「グイード、か?」


「お前、ハザか」


なんとなしに歩いていると、ハザが馬の様子を見ているところに出くわした。


「・・・久しいな。

 少し話さないか?」


「・・・あぁ」




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