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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
140/180

舞踏会 3




「団長」


「・・・ヘンリーか。

 どうした、何かあったのか」


大広間に戻ったキリクは、むしゃくしゃする気持ちを何とか堪えて背後から声をかけてきた部下に目をやった。

ヘンリーは、陛下たちの傍に配置されていたはず。

なのにどうしてここにいるのだろうか。


「陛下に頼まれたんです。

 それにしても、結構優しい言い方するんですね」


「見てたのか」


「頼まれたと言ったでしょう?」


キリクは心の中で一人反省する。

自分なんかをわざわざ気にかけさせてしまった失態にも、やってしまったと思った。


「・・・まだ若いからな。

 修正はきくだろう」


「どうですかね。

 俺なら引きこもってきたほうが良いって言ってしまいますけど」


実際にそれを言ったとは言わない。


「兄のヘンドリクスは言っていた。

 妹は悪い子ではない、と。

 自分のせいもあって、ああなってしまったのだと」


「あれ、ヘンドリクスは妹さんのこと知ってたんですか」


「あぁ、定期的に様子見に行っていたようだ」


「そうですか。

 だからさっき・・・」


「ん?なんだ?」


キリクはヘンリーの一人納得した様子に、怪訝そうな表情を浮かべる。


「いや、あの場にいたのは俺だけじゃないんですよ。

 きっと、ヘンドリクスでしょうね」


「・・・そうか。

 アイツには悪いが、フォローを頼むしかあるまい」


「そうですね。

 とりあえず、どうしますか?」


「なにがだ?」


「陛下たちに団長の様子を見てくるよう言われていたんですけど、今の報告しますか?」


ヘンリーの言葉に、キリクは呆れたような視線を向けた。


「馬鹿か。

 一体どこの誰が、こんな些細なことをわざわざ報告するんだ。

 何もなかったとだけお伝えしてくれ」


「了解です。

 では戻ります」


「あぁ頼んだ」








スージーは、何が悪かったのだろうと自問した。

自分は、立派な淑女たれと誰よりも努力してきたはずだ。

だから、リリアナ様のご友人の一人として城に招かれたはず。

なのに、どうしてこんなにも惨めな気持ちにならなければならないのだろうか。


「どうして、私が・・・こんな気持ちにならなければならないの・・・?」


ひゅう、と冷たい夜風が剥き出た肩を撫でた。

寒い、だが、戻りたくない。

戻って、どんな顔をすればいいのだろう。

こんな時、話す相手がいてくれたらと考え、気づいた。


スージーは、基本的に他人を見下しがちで、同世代の友人を積極的に作ろうとはしていなかった。

作っても、コネの為だったりと個人の為のものではなかった。

今、スージーには話せる相手はいない。

見下されるとわかった相手が、仲良くなろうとするはずもなく、スージーは当たり障りのない知り合いしかいないのだ。


「・・・スージー」


不意に掛けられた声に、スージーは目じりに滲んでいた涙を拭った。


「どちらさま・・・?」


振り返ってみたその姿に、既視感を覚える。

騎士の制服をきたその男性は、スージーよりも五歳以上は上だろう。


「忘れちゃったか・・・、別れたのはお前が幼い頃だったからな」


「・・・お、にい、さま・・・?」


そこには、スージーが十のころに家を出た兄、ヘンドリクスがいた。





*************





「お待たせしました、グラン様。

 確認したところ、とくに問題はありませんでした」


「そうか。

 ならいい」


グランは戻ってきたヘンリーの報告に一度頷く。

何もないというわけではなさそうだが、ヘンリーが報告の必要無しとみたのであればそうなのだろう。

それにいちいち深入りするつもりはない。


「そういえば、クライスはどこにいるんだ?」


アーサーベルトはいつも通りイルミナの背後に控えている。

その隣には定位置と言わんばかりにヴェルナーがいたはずだが、その姿はない。


「あぁ、ヴェルナーならあそこに」


イルミナはホールに視線をやる。

そこには。


「く、クライス様!わたくしと一曲・・・!」

「クライス様!私もお願いしたいのですが・・・!」

「私が先よ!」

「何を仰っているの、私よ!」


そこには、蝶に群がられるヴェルナーが、死んだ魚の目をしていた。


「こういう場でないと、ヴェルナーとは踊れませんからね。

 昔からこのような場は得意でないようで、いつも逃げ回っていましたから」


「宰相となってからは陛下のお傍にいるのが当然と言って押し切ってきたようですがな、流石にご令嬢たちに捕まったようですね」


アーサーベルトはふむと頷きながら言っているが、その口元が笑っている。


「氷の貴公子と言われるくらいには、ヴェルナーの見目はいいですからね。

 たまにはいいのではないでしょうか。

 ヴェルナーもそろそろ女性に慣れた方がいいと思いますし」


と、視線を感じたのかヴェルナーがこちらを見上げているのがグランにはわかった。

その視線には、助けを求めるような色がある。

グラン自身、かつて似たような状況になったことがあったので痛いほど身に覚えがある。

だが。


「それもそうだな。

 いつまでも逃げていられるほど、優しくないからな」


グランは速攻で見捨てた。


「そうですね。

 少し可哀相ですが、ここは頑張ってもらいましょう」


イルミナが薄い笑みをヴェルナーに向ける。

それで、ヴェルナーは自分が見捨てられたことを悟ったのか、恨みがましい視線を送ってくる。


「あぁ、あんな目つきをしていてはご令嬢たちが怖がるというのに・・・。

 本当にアイツは駄目だな」


アーサーベルトも、やらかしているなぁと言わんばかりにため息をつく。

グランは、ヴェルナーが女性を苦手だということは何となく知っていたが、ここまでとは思わなかった。

だが見た感じ、嫌っているとかではなくどう接すればいいのか、分からない様にも見える。

ようは、躱しかたがなっていないのだ。


「一度ずつ踊れば、皆納得するでしょう。

 ヴェルナーもたまには体を動かした方がいいのです」


アーサーベルトは親友をあっさりと見捨て、再び警護に集中し始める。

それを見たイルミナは、苦笑を浮かべて広間を見下ろした。

それに合わせて、グランも見渡す。

不審者の影は見えず、警護はしっかりと仕事をしてくれている様だ。

ホールでは、踊る男女にコネクションを作ろうと話をしている人、純粋に楽しんでいる人の様子がよくわかる。


「・・・グランも、昔はこんな感じでした?」


不意に、イルミナが小さな声で訪ねてくる。


「・・・あぁ。

 私の時もこのような感じだった」


あの時も、初めての社交界に緊張と僅かな高揚感を抱えてこの城に来たのだ。

先々王の最後の主催だったそれは、今でも目に焼き付いている。

そこで、グランはたくさんの女性にダンスを申し込まれ、ジェフェリーは騎士団の話で盛り上がっており、リチャードは堅実にコネクション作りに奔走していた。


「・・・そういえば、イルミナはやらないのだったな」


イルミナは、ヴェルムンドの成人の年齢には達していない。

だが、既に一国の女王なため、ほぼ成人扱いをされている。

普通であれば、イルミナが成人してから世代交代が行われるのが常であるが、今回はそれを全てすっ飛ばしての交代だった。

その為、イルミナには親族による御意見番がいない。

現段階で、それを担っているのが宰相のヴェルナーと婚約者であるグランだ。


それだけだと、一部の貴族が邪推する可能性もあったため、その二人を監視しているのがジェフェリー筆頭とする貴族たちだ。

文句を言う貴族が全くいないわけではないが、それでも数を減らしたのは確かだろう。


「そうですね。

 私のを、主催してくれる人はいませんから」


苦笑を浮かべるその表情は、からりとしている。

昔であれば、先王たちの話題を出すだけで暗い雰囲気を出していたのに、今ではそのほうが稀だ。

色々な人と接する上で、彼女も確かに成長しているのだろうとグランは感じる。


「では、その時は私と二人だけで祝おう。

 結婚式も丁度君の誕生日のあたりだ。

 いい案だとは思わないか?」


こそりと耳元で話すと、イルミナは花が咲いたような笑みを浮かべる。

この笑顔の為であれば、何でもしてあげたくなる、そんな笑顔。

安心しきったそれに、グランの胸中は喜びで埋め尽くされる。


「ありがとう、グラン。

 今からその日が待ち遠しいですね」


嬉しさの滲む瞳を見て、グランは口づけを落としたくなったがなんとか我慢した。

流石にこの場ではいけないだろうと自制する。

そして、自分の理性の弱さに笑った。

まるで若い頃に戻ったかのような感覚。

しかし、それは不思議と悪い気はしなかった。






*************





「・・・どうして、お兄様は、家をお捨てになられたの」


スージーは、嫌悪感の滲む声で兄を詰る。

そもそも、兄がしっかりとさえしてくれれば、自分がこんなに苦しむことなんてなかったのかもしれないのに。

自分の好き勝手やって、なんて自分勝手な人だろうと思った。


「スージー、俺は、家を捨ててなんかいないよ」


「嘘よ!だって、お父さまは私の婚約者に跡を継がせると仰っているわ!」


そう父からずっと言われているのだ。

今更戻ってきたとして、兄に居場所はない。

そんなスージーを、ヘンドリクスは目じりを下げながら見つめた。


「・・・父上のことは、尊敬している。

 だがな、スージー、父上のやっていることは籠の中の鳥だ。

 世界はもっと広く、沢山の知識を得なければならないんだ」


「ですから、家を出たのですって?

 身勝手も程々になさってくださいまし!

 お兄さまが家を出てから、お父さまは厳しくなられたわ!

 お母さまも、私のことなんて見て下さらない!

 立派な淑女になっているのに、誰も私を見てはくれないのよ!」


駄々っ子のようなスージーの言葉に、ヘンドリクスは申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「スージーに迷惑をかけたのはすまなかった。

 でも、考えてくれ、スージー。

 立派な淑女になれば、誰もが君を見てくれるというのか?良い縁の人と、巡り合えると思っているのか?そうだとすればスージー、君は世界を、社交界を何も知らない」


「勝手なことを言わないで!

 私はお父さまの言った通り、たくさんお勉強をして家庭教師にも褒められたの!」


兄の言葉に、スージーの傷付いた心はささくれ立ち、攻撃的になる。

そうだ、そもそも兄が悪いのだ。

自分が立派な淑女になれていないかもと不安に駆られるのも、キリクにあんなことを言われたのも、全て―――。


「スージー」


「!!」


ヘンドリクスの落ち着いた声に、スージーはハッとする。

そしてようやく、目の前にいる兄の姿をちゃんと見た。

少し浅黒くなった肌、自分と同じ金茶の髪は緩く癖がついている。

思い出にある兄は、もっと色白く細かったような気がしたが、目の前の兄はどちらかというと筋肉質で鍛え抜かれた感がある。


「スージー、俺は、世界が見たかった。

 良い所や悪い所をみて、それを領民に役立てたかった。

 だが父上は、そんなことをせずとも領地で勉強すればいいの一点張りだった。

 俺は、納得できなかったよ・・・、うちの領地は、雨が少ない。

 それに特産物もない。

 騎士団に入ったのは成り行きだが、それでも色々な土地に行けたおかげで領地にこもっていたら知らなかっただろうことも知った。

 ・・・今日、父上とは話をしたんだ」


「・・・え?」


「今はまだ無理だが、もう少ししたら戻る。

 そしてトレドールを継ぐんだ」


「・・・?

 そ・・・れなら、わたし・・・は?」


もしそうなれば、自分の目標としていたことは、全てがなくなるということだろうか。

父の為、家の為に良縁をと勇んでいた自分は、何も知らなかった自分は―――。


「私は、家を、追い出される、の・・・?」


その為だけに、たくさんの努力をしたのに。

どうして、あんなにもお兄さまを嫌っていたはずなのに。

どうして、どうして!!


「違う、スージー。

 だから言っただろう、お前は社交界というものを知らなさすぎるんだ。

 お前は、もう家の為に相手を探す必要なんてない。

 自分の思うままに、添い遂げたい人を探せるんだよ、スージー」


「そんなことを言われたって!!

 今更どうしろと言うの、お兄さまっ!

 私は、トレドールの為と生きてきましたわ、それを、それをいきなり取り上げて・・・!

 添い遂げたいお相手?先程辛らつな言葉を頂きましたわ!!

 もう、私には家の為になる婚姻以外、出来ることなんてないの!!」


そうでなければ、今まで自分がしてきたことなど、無駄ではないか。

親しい友人も作らず、相談できる人もおらず、共に遊んでくれる人もいない。

全ては立派な淑女にはそれらが求められないと言われていたから。

その完璧な淑女だと思っていた自分も、否定されたような気がしてスージーの心は張り裂けそうになる。


そんなスージーに、ヘンドリクスは落ち着いて話しかけた。


「スージー、君は、ずっと籠の中の鳥だった。

 外に出て、世界を、国を見るといい。

 知り合いに頼んで、城の行儀見習いを募集しているか確認した。

 今ちょうど、かけているそうなんだ・・・スージー、家から離れてみないか。

 外の世界を見るんだ、その目で」


「いやよ・・・そんな、いまさら行儀見習いなんて・・・私は、わたしは・・・」


嫌だ嫌だと頭を振るスージーに、ヘンドリクスはため息をつく。

そして厳しい声を出した。


「スージー・トレドール。

 これは父上からの命令だ。

 夏には城へ、行儀見習いとしてあがるようにとのことだ」


「そんな!!」


絶望の瞳を見せるスージーに、ヘンドリクスは近づいた。

そして優しく、真綿を包むように抱きしめた。


「お、にい・・・さま・・・?」


記憶の中でも、兄にはおろか、母や父に抱きしめられた覚えのないスージーは、慣れないそれにたじろいだ。


「スージー、君は、気づいていないと思うけど。

 俺は、ずっと妹である君を気にかけていたし、実際に様子を見にも行ったんだよ。

 ・・・小さい頃は可愛らしかったが、とても綺麗になったね」


ほろり、とスージーの目から涙がこぼれ落ちた。


「君が頑張っているのは知っていたよ。

 だから心配だった、まだ幼い君が、壊れてしまわないかと・・・。

 ずっと、すまなかった」


今更謝って何になるととスージーは詰りたかった。

今更帰ってきて、なにを虫のいいことを、と。

でも、スージーの唇から漏れたのはか細い嗚咽だった。


「お、に・・・さま・・・!!」


本当はもっと、遊びたかった。

友人を作って、他愛のない話をして、恋についても話してみたかった。

でも、兄が出てしまってから、父が厳しくなり。

やってみたいということすら憚られるようになった。


ヘンドリクスは、泣きじゃくる妹を優しく抱きしめた。



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