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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
139/180

舞踏会 2




ふわりと、ドレスの裾が弧を描く。

教えられたとおりに踏めているステップに、心の中で安堵のため息を零す。

踊るまでは緊張で強張っていた頬も、少しだけ余裕が生まれて笑みを浮かべられるようになる。

そしてイルミナは自分の手を取るグランを見上げた。


「―――、」


その蕩けるような笑みに、イルミナは改めて恋に落ちたような、そんな気がした。








「―――デビューをした若き息吹たち、今日よりあなたたちは一人前の貴族の一人として、国の為に、ひいては住まう民の為に尽力してくれることを願います。

 今宵は私からあなたたちへの贈り物です。

 どうぞ、楽しんでいってください。

 ―――本当に、おめでとう」


イルミナは開会の言葉を言い、その後無事にファーストダンスを終え玉座へと戻った。

付け焼刃に等しいダンスだったが、とりあえずはうまくいったと一人胸を撫でおろす。


「ご機嫌麗しゅう、女王陛下」


「・・・、ブランにアリバル・・・。

 来てくださってありがとうございます」


「久しいな、ジェフ、リチャード」


「えぇ、といっても、そんなに変わりませんがね」


四人は久々の顔合わせに和やかに短い談笑をする。


「そちらはどうだ、グラン」


「問題ない、今のところはうまくいっている」


「陛下、本日の舞踏会、素晴らしいものでした。

 陛下の成長が目に見えるようでしたよ」


「ありがとう、アリバル」


簡単な近況を報告し終えたブランとアリバルは、他の貴族にも挨拶があるとのことですぐにその場を立ち去る。

その二人の後姿を見ながら、イルミナは感慨深くなった。

初めてあの二人と話をしたとき、自分はいったいいつ認めてもらえるようになるのだろうと不安に思ったことがあった。

そして、認めてもらえる未来が想像つかず、一人悶々とした日もあったというのに。

今では、二人は自分を認めてくれる発言をするようになった。


「・・・大丈夫か、イルミナ」


遠い目をしているイルミナを心配したグランが、ひそりと声をかけてくる。

自分の些細な状態にも、こうして声をかけて心配してくれる人がいる。


「大丈夫です、少し、昔のことを思い出していました」


「そうか。あの二人とのことか?」


「はい。最初のころ、あの二人に認めてもらう為にヴェルナーと必死になって対策を練った日々があったな、と」


「そうか。よかったな」


グランは優しい笑みを浮かべる。

その笑みに、イルミナの心は穏やかになる。

今までのことすべてが、消化しきれているわけではない。

それでも、辛い過去がなければいまこうして自分がこの場にいることもなかっただろう。


「あ、あの、女王陛下っ・・・!」


と、不意に広間のほうから声がかかる。

そちらに顔を向けると、今日デビューした子息令嬢が何人かこちらを見ている。


「ほ、本日は、我々の為にこのような素晴らしき舞踏会を開いていただき、誠にありがとうございます!!」

「陛下の御代が素晴らしいものであられるよう、我々一同国の為に尽力いたします!」


「ありがとう。

 その気持ちだけで、あなた方は良い統治者となれるでしょう。

 あなたたちの後ろには、守るべきもの(たみ)がいることを忘れないで、ともに国をより良くしていきましょう」


「はい!!」


「そ、その、女王陛下・・・」


一人の令嬢が顔を赤くしながら恐る恐るといったようにイルミナに声をかけてくる。


「どうかしましたか?」


「あ、あの、失礼でなければ、なのですが・・・一つお伺いしたいことがございまして・・・」


「何でしょう?」


緊張した面持ちの彼女は、イルミナの優しい声に意を決したのか、顔をばっと上げるとイルミナに質問をした。


「そのっドレスは!どなたさまの意匠なのでしょうっ!!」


「ドレス、ですか?

 ロッソのルミエールにお願いしていますよ」


「ロッソの!!

 陛下はロッソ呉服店の方とお知り合いなのでしょうか!!」


「えぇ、私のドレスは全てあちらでお願いしていますので」


「!!

 わたくしたち、陛下のドレスがあまりにもお美しくて・・・どうしても気になってしまいましたの・・・、不躾な質問をして申し訳ありませんわ・・・」


「いいえ、構いませんよ。

 ロッソのデザイナーのルミエールは、男性ですがとても素晴らしい腕の持ち主です。

 一着、仕立ててもらってもいいかと思いますよ。

 ロッソには私からも話しておきます」


「!!

 ありがとうございます!!」


令嬢たちは嬉しそうに笑みを浮かべながらイルミナに一礼をして、その場を立ち去る。

イルミナはうまく対応できたことにほっとしながら笑みを浮かべた。

と、イルミナの視線が大広間へと向く。

そこには、色とりどりのドレスが優雅に弧を描いている。

誰もが笑顔の中、ある男が目についた。


「・・・マルベール?」


「どうした、イルミナ」


イルミナの様子にいち早く気づいたグランがイルミナの見ている方向へと視線をやる。

そこには少しだけ険しい表情のキリクと、その彼の後をついて行っている令嬢の姿があった。


「何かあったのでしょうか・・・?」


キリクは、今日は参加者という体で警護をしている。

もちろん他の騎士たちも制服でいるが、何人かは念のためを考えて正装で参加しているのだ。

帯剣はしておらずとも、騎士団の人間ならばたいていの人は素手で事を済ませることが出来るためだ。


「ふむ・・・。

 少し気になるな。

 念のため頼めるか?」


グランは背後にいるヘンリーに声をかける。


「様子見だけで頼む。

 何かあれば報告してくれ」


「かしこまりました」


その様子を、イルミナは少しだけ不安そうにみる。


「何もなければいいのですが」


「キリクとて理解しているだろう。

 だが、念のためということだ」






************






スージーは、キリクに導かれるまま大広間を抜ける。

一度も振り向いてくれない彼に、少しだけ不満と怯えを感じた。


「キリク、さま・・・?」


キリクはスージーの問いかけには返さず、そのままバルコニーへと出る。

せっかく二人きりになれたというのに、キリクは自分に背を向けたまま言葉を発さない。

そのことに、ようやくスージーは違和感を覚えた。

夜風に当たりたいといったのは、自分と二人きりになりたいわけではなかったのだろうか。

そんな悪い考えすら浮かんでくる。

そしてようやく、キリクが言葉を発した。


「レディは、女王陛下がお好きではないのですか?」


「え?」


いきなりの問いかけに、スージーは困惑する。


「ど、どうしてそのようなことを・・・?」


戸惑いを見せるスージーに、キリクはようやく振り向き、笑みを浮かべる。

そのことに、スージーは安心して胸をときめかせた。

怒っていらっしゃるように見えたけれど、実はそうではなかったのかもしれない。


「いいえ、確かに、第二王女殿下がお美しいのは本当ですからね。

 レディは第二王女様と面識がおありで?」


「は、はい。

 あちらに向かわれるまでのことでしたが、何度かお茶会に招いていただいたことが・・・」


「左様でしたか。

 では、第二王女様が女王となられないことに不満が?」


スージーは、キリクが何を聞きたいのかわからなかった。

でも、今この場でそのような話をするだなんて不敬だ。

女王が初めて主催する舞踏会で話していい内容ではない。

だが、もしかしたら、キリクは自分が女王を好んでいないという確証が欲しいのかもしれない。

専属騎士のことだって、もしかしたらただの形だけのことなのかもしれない。

彼は、本当は(・・・)女王陛下があまりお好きではないのかもしれない、そんな考えがスージーの脳裏に閃いた。


「そ・・・そういうわけではないのですが・・・。

 ただ、皆さんがおっしゃるほど、陛下が素晴らしいかどうか、私には判断できませんの・・・、先王陛下様が療養されているのに、一度も見舞われたことがございませんもの。

 私には、少し冷たく思えてしまいますわ。

 ご家族だというのに」


「そうですか。

 確かに、ご家族を見舞わないのは少し冷たく映ってしまわれるかもしれませんね・・・、まぁ陛下もお忙しい身の上ですから、致し方のない部分もありましょうが・・・。

 ・・・失礼ですが、レディはご自身の人生をどのようにされるのが一番だとお考えでしょう?」


「私、のですか?

 それはもちろん、トレドールの家を繁栄に導くために、縁のある殿方をお迎えして後継者を授かることですわ」


「兄君が騎士団にいらっしゃるはずでは?」


「あぁ、キリク様は兄のことをご存じなのですね。

 兄は父の言いつけを破って騎士団に入団されましたから・・・、父は私をトレドールに残すおつもりなのです」


「レディは、兄君と話をしたことがないのですね」


キリクの言葉に、スージーは違和感を覚える。


「どうしてそのようなことを?

 確かに、兄ではございますが私が幼いころに家を出てしまわれたのですもの。

 私は、あまり王都に来ませんし、兄も帰ってきません。

 話すほうが不思議では?」


スージーの言葉に、キリクは苦笑を浮かべた。


「・・・レディ、貴女の先ほどの言葉は、聞かなかったことにしておきます。

 ですが、ひとつだけ。

 我らが女王陛下は、ご自身の幸せをこの国の繁栄と民の幸せとしております。

 第二王女殿下は確かに美しくあらせられましたが、女王としての器がないと判断されての措置です」


「っ、キリク様!

 それは不敬にございますわ!」


スージーの言葉に、キリクは酷薄な笑みを浮かべた。

そんな表情をされるとは思ってもみなかったスージーの体は、一瞬で強張る。


「不敬とおっしゃるのであれば、さきほどのレディの言葉のほうがよっぽどですよ。

 ・・・どうやらレディは、少し思い違いをしておいでのようだ」


スージーは、いきなり態度の変わったキリクを見て、恐ろし気に身を後ろに引いた。

自分の知っているキリク様ではない。

キリク様は、お優しくて・・・こんな、こんなことを言う人ではない。


「昔に一度だけ、会ったことがありましたね・・・。

 その後、兄君が教えてくれたのですよ。

 貴女の兄君は、貴女のことを心配してらっしゃった。

 ・・・レディ、貴女は確かに貴女のおっしゃる人生を歩むことが出来るでしょう。

 それが幸せかどうか、私にはわかりませんが」


「そ・・・そんな、なぜ、そんな酷いことをおっしゃるの・・・?

 私の存じ上げているキリク様は、そのようなことをおっしゃられないわ・・・」


スージーの茫然とした言葉に、キリクから返ってきたのは失笑だった。

そのことに、スージーの柔い心が傷つく。


「申し訳ありません、レディ。

 私も、敬愛する陛下がそのように言われてしまい、少し頭に血が上ったようです。

 新たにデビューし、これから社交界に出られる貴女に私から最初で最後の助言です。

 二度と、陛下を貶めるような言葉は言われないほうがよろしいでしょう。

 陛下は、この国に必要な方で、それを徐々に誰もが認めている。

 貴女の父君もそうだと記憶しておりましたが、どうやら貴女はそうではないようです。

 人は誰しも、苦労なく生きれるわけではありませんよ、レディ。

 陛下は、そのお立場から誰よりも苦痛と苦労を味わってこられたお方です。

 貴女は憶測だけで、陛下を侮辱されたのですよ」


「そ、そんなつもりで言ったわけでは・・・!」


「えぇ、きっとそうなのでしょう。

 レディ、どうか立派な淑女となられてください。

 ・・・もう会うことはないかもしれませんが、貴女の仰る幸せが、貴女に訪れるよう祈っておりますよ」


キリクはそう言うと、スージーに背を向けた。

一度振り返られることなく去ってゆくキリクの背を、スージーはただ茫然と見つめる。


何が悪かったのだろうか。

どうして、キリクはあんなにも怒っていたのだろうか。

確かに、女王をあのように言ったのは自分がいけなかったのだろう。

でも、立派な淑女になれ、と。

それでは、今の自分はそうではないような言い方ではないか。


「な・・・んで・・・」


初恋の人から浴びせられた言葉に、スージーの心は凍り付いたかのように冷えた。

本当なら、いい雰囲気になって、もしかしたら・・・と思っていたのに。

あまりの出来事に、スージーはその場から一歩も動くことが出来ない。

そんな時。


「レディ、ここは冷えますよ」


「っ・・・どちら様かしら」


いきなりかけられた声に、スージーは我に返る。

淑女は、どんな時でも取り乱してはならないのだ。


「うちの団長がすみません。

 ですが、仕方のないことですよね」


「話を聞いていたの・・・?

 無礼でしてよ」


現れた男に、スージーはいら立ちを隠せなかった。

傷ついているとわかっているくせに、それに塩を塗るような男、最低だ。


「それはすみません、ちょっと頼まれたものでして。

 団長も言葉が足りないんですよ・・・、レディ、少しだけ教えて差し上げます」


「貴方に教わることなんて何もないわ」


「いいから」


男は宥めるような口調でスージーに話しかける。

その子供扱いにも、スージーはいら立ちを隠せない。


「レディ、貴女の知る世界は、きっとすごく狭いのでしょう。

 レディは、孤児院に訪問したことは?自分の領地に視察に出られたことは?」


「・・・あるわけありませんわ。

 淑女のすることではありませんもの」


「では、レディの言う淑女とは何をするのでしょう?」


「そんなの、完璧なマナー、ダンス、作法が出来て、男性を立てることのできる人のことですわ。

 家では屋敷の主人として、全ての采配を完璧にこなすことが出来ることです」


「そうですか・・・。

 では、その生活を成り立たせてくれているのは、誰でしょう?」


「?

 そんなの、お父さまに決まっていることでしょう?

 貴方、頭は大丈夫なのかしら?」


スージーの嫌味に、男はくく、と嗤った。


「残念、貴女の生活を成り立たせているのは民で、国ですよ。

 正確に言うのであれば、父君はその土地を任されるお家に生まれただけの話です」


「!!

 不敬よ!!

 トレドールを敵に回すおつもりでの発言でしょうね!?」


「落ち着いてくださいよ、そんな癇癪持ちでは立派な淑女とやらにはなれませんよ?

 だって、考えてもみてください、貴女の食事はどこからくるのです?ドレスは?そもそも、領地だってあなた達が開墾したわけでもないでしょう?

 それをしてくれるのは、民ですよ。

 その民に、貴女が淑女であるかどうかなんて、関係あると思います?」


「!!」


「陛下はね、レディ。

 その民がより良い暮らしをする為にたくさんのものを捨ててきた御方なんですよ。

 それを知っている人は、誰も陛下のことを悪く言うことなんてできやしない。

 だから城の皆は陛下に誠心誠意心を込めてお仕えしているんです。

 レディ、もう傷つきたくないのであれば、領地に籠っているほうがよろしいですよ?

 それが貴女にとっての最善かもしれませんからね」


男、ヘンリーは容赦ない言葉でスージーを責めた。

いや、彼からすればただの事実でしかないのだが、自分を淑女だと思い込み、一人前だと信じていたスージーにとって、信じられない、信じたくない言葉だった。


「夜は冷えますから、あまり長居はされないほうがよろしいでしょう」



ヘンリーはそれだけ言うと、スージーを一人残してその場を立ち去る。

途方に暮れたスージーは、涙を堪えるように眉間に皺を寄せながら、一人立ち尽くした。




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