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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
138/180

舞踏会



装飾された大広間は、社交界を初めて経験する若者たちの目を奪った。

頭上高くにあるシャンデリアは燦然と輝き、広間を明るく照らしていた。

壁際に飾られている燭台は、繊細な造りでありながらその存在を主張している。

至る所に飾られた生花は、淡い色のものばかりな上に、あまり香りのしないものを選んでいるのか。

ただ、近づけば仄かに香る優しいそれに、癒される。

天井から垂れ下がった布は深い深紅で金色の細い縁取りがされている。

数ある小さめの卓の上には、同じような色のクロスに、磨き上げられた銀色の燭台、そしてシルバーがシャンデリアの光を反射させている。


物凄く豪華、というわけではない。

だからといって、質素、というわけでもない。

そう、まさしくデビュタントに相応しい、その一言に尽きる場だった。

新たに大人として迎えられる若者たちに、言葉を、目を奪うというのはどういうことなのかを、言葉でなく教えている。

それを彼らが気付くのは今ではないのかもしれないが、少なくとも一緒に参加している親や祝いに来た貴族たちはそれを正しく理解していた。




「・・・素晴らしい」


「同感ですよ、正直、ここまでとは思いませんでした」


祝いに来た貴族、ジェフェリー・ブランとリチャード・アリバルは、想像以上の出来に感嘆の言葉を漏らしていた。

あの今にも壊れそうだと感じていた彼女が、ここまで素晴らしいものを作り上げられるようになったことに、確かな成長を感じる。

統一された装飾は、イルミナの指示が末端までしっかりと届いているということ。

そして下手に飾りすぎず、メインを目立たせるということをしっかりと理解しているということは、とても大切なことだ。


総じて、デビュタントの令嬢たちは香水をかけすぎることが多い。

それに変に香り高い花など選べば、悪臭しか生まないだろう。

色とりどりのドレスのことも考え、淡い色のものばかりを選ぶことも正しい選択だ。

好きなものを好きなように選んで飾ることは誰にでも出来る。

だが、主役たちを際立たせるために選ぶことの大変さを、ここにデビューした若者のどれだけが理解できるだろうか。


「少しずつでも成長しているのが見られるのはいいことですね、ジェフ」


「あぁ。これなら他の貴族たちは下手なことを言わないだろう」


いくらイルミナが女王として即位したとしても、いまだに彼女への疑心の声はある。

それはどうしたって、直ぐに消せるものではない。

長い時間をかけ、実績を出さなければならないものだ。

いくら貴族の中でも有名なグランを王配としたとしても、そう簡単に話が済むわけではない。


しかし今回、女王たるイルミナの主催する舞踏会は一言で言わせれば素晴らしいものだった。

少なくとも、自分よがりの考えをする女王ではないということを言葉にするよりも明確に公言した。

まだ幼い子たちには分からずとも、親やそのほかの貴族はそれに気づいただろう。


「・・・これなら、治水の技術の件も話が早く進みそうです」


「そうだな。同様に学び舎に関しても、将来性をちゃんと見るようになるだろう」


以前、リチャードが手伝って行った治水技術のプレゼンの反応は良かった。

だがそれだけだ。

実際にやるとなると、人や資材がどうしても必要となる。

それらの工面を国が補助したとしても、全額ではない。

女王がそこそこ考えているのは理解できても、本人の実際の手腕は不明だ。

となると、おいそれとやろうとは言えないのだ。

もし失敗でもすれば、自分の領地がどうなるかわからないのだ。

成功例もろくにないものに手を出す領主はいない。


だが、今回のことで、それも少しは緩和されるだろうとリチャードは考えている。

全幅とまではいかずとも、とっかかりは出来るだろうと。


と、ふぁあん、と女王の入室を告げる喇叭が鳴る。

それに、ざわついていた大広間が一気に静まり返った。


「イルミナ女王陛下のご入室です!!」


扉の兵が良く通る声で言うと、ギィィイ、と重厚な扉がゆっくりと開かれた。





「―――」


少女は、その姿を視界に収めた瞬間、唇を噛み締めた。

国で一番偉い立場にいるその人は、はっきり言って美しい装いをしていた。

ダークレッドのドレスに、クリーム色のレースが体の正面部分と袖にあしらわれ、重苦しい印象を与えない。

ドレスの裾の部分は、刺繍だろうか、光に当たると薔薇の模様が浮かび上がっている。

腰に巻かれたベルトのような細い布は、女性ではほとんどしないような形をしているが、不思議とそのドレスと良く似合っていた。

結上げられた黒髪には、真っ赤な薔薇があり、さらに簡易化された王冠が輝いている。


その隣で手を引くのが、かの有名な元辺境伯であったグラン・ライゼルト様だろうか。

四十ほどの男性とは思えないほど若々しく、甘いマスクをしている。

栗色の髪は緩く後ろで結われ、女王と同じ色のリボンを使用しているのが何とかわかった。

その瞳は彼女にだけ注がれており、見ているこちらが恥ずかしくなりそうなくらいに甘い。

胸には、女王と同じ赤い薔薇が一輪飾ってあった。


二人の後ろを、先ほど見かけた二人が続いて歩いてくる。

そのうちの一人、キリク・マルベールの表情を見て、少女は更に強く唇を噛み締めた。

自信に溢れ、とても嬉しそうに微笑む彼は、自分が見たかったもののはずだった。

自分がその笑みを、浮かべさせることが出来ればいいと思っている顔だった。


少女―――スージーはわけも分からない感情に支配されそうになる。

どうして、彼女はあんなにも幸せそうなのだろうか。

どうして誰からも、愛されているのだろうか。

私は、こんなに頑張っているのに、自分の好きなように生きることすら、許されない。

どうして。


スージーは、酷く悲しい気持ちになった。

自分は、いったい何をしにここに来たのだろうか。

何のために、誰もが認める淑女になろうとしたのか。

彼女と自分の違いなんて、生まれた年と場所くらいなのに。

スージーが一人、鬱々と考え込んでいると、近くにいた同じデビューの男女の声が聞こえてきた。


「見て、陛下よ」

「あぁ、話に聞いていたが、お美しいな」

「お父さまが言っていたわ、陛下はとても素晴らしい方なのだって」

「わたくしも聞いたわ、なんでも国の発展の為にご尽力されているとか」

「それは俺も父上から聞いたな。なんでもご自身で視察に回られるとか」

「それに、ライゼルト様とは恋愛婚なのですって!年上の方でもあの方でしたら私も・・・」

「陛下の傍には宰相殿と元騎士団長殿がいらっしゃるそうよ。わたしくはクライス様とお近づきになりたいわ」


スージーには、中身のない話に聞こえた。

美しい?

それなら、リリアナ様のほうが美しかった。

国の為に尽力されている?

王族なのだから当たり前だろう。


でも何より、恋愛婚だということがスージーの気に障った。

自分は、絶対に出来ないのに。

どうして、自分より位の高い人が自分より幸せそうなのだ。

もっと、もっと苦労して国を発展させるべきではないのか。

そんな黒い感情が胸中を占める。


「あ、陛下たちのファーストダンスよ。そしたらわたくしたちの番ね」


苛々としていて気づかなかったが、どうやら演奏がすでに始まっていたらしい。

二人を中心に、人々が輪になって囲む。

スージーはそれを見たくはなかったが、下手に離れれば他人がどう思うかを考えて大人しくその場に残った。


「―――」


曲に合わせてふわりと膨らむドレス。

幸せそうに微笑む二人。

まるで、完成された一枚の絵画のようなそれに、スージーは何故か泣きたくなった。


そんな時。


「失礼、ご令嬢」


「・・・?

 っ!!ま、マルベール様・・・!?」


不意に声をかけられ、渋々そちらを見ると、先ほど分かれたキリクがそこにいた。


「レディ、先ほどは失礼いたしました。

 良ければ、ファーストダンス後にご予定がなければ、一曲お願いできませんか?」


それは、夢にまで見た言葉だった。

出来ることなら、ファーストダンスをキリクにお願いしたいくらいだ。

だが、スージーのファーストダンスの相手はすでに決まっている。


「・・・、勿論ですわ。

 是非、終わった後に」


スージーがそう返すと、キリクはにこりと微笑んだ。


「光栄です。

 本日はデビュー、おめでとうございます。

 では、後程」


それは、先ほどまでの鬱々とした気分を一瞬で吹き飛ばすほどの出来事だった。

まさか、恋い慕う相手から申し込まれるなんて。

まるで、市井に流行っているような恋物語のようではないか。


ファーストダンスは、スージーにとって長く耐えがたいものにすら感じられた。

だが、これさえ終わればキリクと踊れるのだ。

もしかしたら、そこから何かが生まれるかもしれない。

そう思うだけで、スージーの心は熱くなる。

諦めていたものが、まさか向こうから来てくれるなんて。


ようやくダンスが終わり、それから歓談の時間となった。

少ししたら、また曲が流れたくさんの人が踊り始める。

スージーは、頬を紅潮させながら目当ての人を視線だけで探した。

すると。


「レディ、約束通り来てしまったのですが、大丈夫ですか?」


「!!

 まるべーるさまっ」


緊張しすぎたせいか、声が裏返ってしまった。

失態だと思いながらなんとかして取り繕おうとする。


「、大丈夫ですわ。

 団長様にお相手いただけるんですもの」


スージーの可愛げのない返しにも、キリクは微笑みだけで何も言わない。


「先ほどは失礼いたしました。

 私は、騎士団長を任されております、キリク・マルベールです。

 どうぞお見知りおきを、レディ」


「私は、スージー・トレドールですわ。

 お会いできて光栄です、騎士団長様」


「どうぞ、キリクとお呼びください、トレドール嬢」


「なら私もスージーで結構ですわ」


ヴェルムンドの貴族で、異性に名を呼ばせるということはもっと親しくなりたいという合図の一つである。

スージーはそれを知って、敢えてそう言った。


「・・・では、スージー嬢と。

 あぁ、そろそろですね」


キリクはそう言うと、スージーに向かって手を差し出した。


「一曲、お相手願えますか、スージー嬢」


「・・・喜んで、キリク様」







くるくると、キリクのリードに任せてスージーは踊る。

一曲としか言われていないが、もっと踊ってはくれないだろうか、と淡い期待を込めてキリクを見上げる。


「・・・キリク様は」


「はい、何でしょう」


しかし、どうしても昼の騎士の言葉が忘れられなかったスージーは、ついそれを口にしてしまった。


「女王陛下の専属騎士になられたいと、伺っていましたが・・・、それは団長という座を捨ててでも、なのでしょうか」


スージーの言葉は予想外だったのだろうか。

キリクの眼が少しだけ見開かれる。

そしてスージーが見たいと思っていた笑みを浮かべた。


「ご存知でしたか・・・。

 まぁ、団長に取られてしまったのでそれも出来ませんがね。

 騎士団長が不在ということはできませんから、俺は団長の代わりに騎士団を纏めることになりますね。

 でも、団長も陛下も、俺を信じてくださっているから任せてくださったのだと思っておりますよ」


少しだけ砕けた口調に、スージーは心許されたのだと感じた。

だから、ついそれを口にしてしまった。

言ってはならない言葉を。


「っ、なぜ、陛下なんです?

 あのお方は、たいして苦労もなく女王になられたのでしょう?

 そんな方に、貴方様のような方が一生を誓われるなんて・・・」


だが、それはスージーの思い違いだということを、すぐに知る。


「・・・今、なんと?」


少し低くなった声に気づかず、スージーはここぞとばかりに続ける。


「だって、お美しいといわれているけれど、リリアナ様のほうが美しくあられましたわ。

 暗くて目立つことのないあのお方が、どのような手を使ったかは存じ上げませんが、きっとろくに苦労などされていないはずです」


「・・・スージー嬢、少し人酔いをしてしまったようです。

 少し、夜風に当たりませんか」


「え・・・?

 えぇ、もちろん構いませんわ」


出来れば、もう少し踊っていたいというのがスージーの本音だったが、ここで駄々をこねて嫌われるほうがもっと嫌だと感じたので、素直にキリクの申し出に頷く。


「助かります、どうぞこちらへ」


キリクはそう言って、スージーの手を引く。

少しだけ強引な気がしなくもないが、気分が悪いのだろう。

スージーはそう考えて大人しくついていった。




スージーは、完璧な淑女として在れと父に育てられたが、それはあくまでも女性社会の中だけの話だった。

たくさんの講師が彼女に教えている中で、一度として政策に関する話をしたものはいない。

それは不幸にも、イルミナのしていることへの理解を深めなかった。


もし彼女がそれを少しでも知ろうとしていれば、彼女はもっと違った彼女になっていたのかもしれない。

だが不幸にも、それらは全て遅かった。

彼女は、父が望むままになろうとした。

スージーは、少しでも考えるべきであった。

どうして、兄が貴族という立場を捨ててでも騎士団に残ろうとしたのか、その真意を少しでも探るべきだった。


だが、全てはあとの祭りである。





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