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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
134/180

春への準備



ヴェルムンドには”春の祭り”というものがある。

雪解けを待ち、春の訪れとも呼ばれる花が咲き綻び始めるころを目安に開催される祭りだ。

城下では三日三晩に渡り行われ、各領地の商人たちがこぞって集う期間でもある。

そして同様に、各領地の貴族が登城し、議会を行うための期間でもあった。


貴族達の滞在期間はそれぞれだが、それと同様に各貴族が夜会を開く期間でもあるため、長期滞在になる事が多い。

王家主催の夜会は、その年に成人となる若者たちの初の社交界デビューともなるのだ。

その夜会は王家の威信を見せる場の一つでもあるため、年明け一番に忙しい時期ともいえる。

冬の間にいくら準備したとしても、その忙しさが減るわけではなかった。




「陛下、こちらが夜会に参加される方のリストになります。ご確認を」


「陛下、こちらが挨拶に来る貴族のリストです。

 順番はこちらであらかた決めておりますがご確認をお願いします」


「陛下、春の祭りに来る行商と商人たちのリストです。

 ほぼ確認はしておりますがお目通しを」


一度目を通したとはいえ、最終確認を頼まれるイルミナの忙しさは凄まじきものだった。

春の祭りでは参加する行商や商人たちの扱う商品の確認をしなければならないし、面会にくる貴族たちの順番を決めなくてはならない。

順番自体は大きな変動はなくとも、向こうがあらかじめ送ってきている書状の確認、それに対する返答も用意せねばならない。

夜会では、新たにデビューする若者たちにとっては一生に一度きりの事だから、失敗することもおざなりにするわけにもいかない。

いくら準備期間があれども、もっと時間が欲しいと思ってしまうのは仕方のない事だった。


「わかりました。

 グランは来る貴族のリストを確認し、その後に面会する貴族の順番に間違いがないかの確認を。

 ヴェルナーは書状に対する返答の用意を・・・、マルベール団長は一週間にわたる警備体制の確認をお願いします。

 アーサーは衛生課に連絡して、今回の祭りに出される食品リストをあとで渡すので確認するよう手配して下さい。

 あぁ、それとジョアンナを。

 夜会の進行状況を確認したいと伝えて下さい。

 それに何かあったように城にいる医師を、期間中待機したいのでその手配も」


イルミナは渡される書類をさばいていく。

だが、さばいてもさばいても一向に減っていないような気がする。

気のせいだと思いたいところだが。


指示されたそれぞれは、慌ただしく執務室を後にする。

華々しい舞台裏は、まるで戦争のようだとイルミナは考えながら次に渡される書類に目を走らせた。


「陛下、ナンシーです。

 ロッソ様がいらっしゃっておりますが・・・」


集中して執務を行っていると、ビアンカの来訪を告げる声がした。

祭り用のドレスを作ってくれるとの事だったが、正直なところいまはそれどころではないというのが本音だった。

しかしそれを言えば、今まで作らずにいたイルミナが悪いと言われてしまうので何も言えない。

今までに作っていれば、手直して良かったのかもしれないがイルミナはそれ用のドレスをあまり持っていない。

持っていても、質素すぎるがためにビアンカ及びメイドたちから猛反対を喰らったのだ。


「そうですね・・・、隣の部屋にお願いします。

 リヒト、すぐに戻りますので少しの間頼みます」


「わかりました。

 少しとは言わず、休憩をお取りください、陛下。

 朝からずっとですとさすがにお疲れでしょう」


「それは私だけではありませんから。

 でも・・・そうですね、少しだけ」


イルミナは休憩になるだろうかと少しだけ不安に思いながら、席を立つ。

ビアンカが来てくれるのは素直に嬉しい。

同様に、ルミエールが来てくれることにも。

だが、良くも悪くもあの二人はパワフルすぎるのだ。


「ご機嫌麗しゅう、女王陛下!

 ちゃんと休憩取られている?」


「ルミエール・・・。

 お目通り、感謝しますわ、陛下。

 今日はデザイン画をいくつかお持ちしましたの。

 確認して頂こうと思って」


「ビアンカ、ルミエール・・・。

 お二人に任せると言ったはずですが・・・」


「あら、あれ本気!?

 もう、信じられないわ、陛下!」


「いえ、そういうつもりで言ったのではなく・・・!!」


「わかっていますわ、陛下。

 あたしたちの目を信じて仰ってくれていることは・・・。

 でもね!!

 陛下も女の子なんですのよ!?

 少しも見ないなんて、そんな悲しい事仰らないで!?」


ビアンカの言葉に、ルミエールもそーよそーよと追随する。


「気を遣ってもらって嬉しいのですが・・・今は忙しくてそれどころでは・・・」


「あら!!

 またそんなこと言って睡眠時間とお食事を減らすおつもり!?

 陛下は一臣下のつもりでいる私たちのオネガイを聞いて下さらないの!?」


「・・・さ・・・三十分だけ、ですよ・・・」


「短い!!

 でもいいわ!!

 ルミエール!!」


「わかったわ!!」





***************





「・・・大丈夫か、イルミナ・・・?」


「・・・何とか・・・」


結果、三十分が一時間となり、イルミナはロッソ店の二人に拘束された。

想像でデザインするよりも、本人がいる方が沸き上がるらしく、その場でどんどん新たなデザイン画が出来れば致し方ない、というのは二人の言葉だ。


「グランも、大丈夫そうですか?」


「あぁ。

 書類はこちらへ持って来てもらっているからな。

 それに私も貴族のことであれば理解している」


「そうですか、ありがとうございます」


イルミナがロッソの二人に捕まっている間に、グランは書類を持って執務室に戻って来ていた。

それならばこちらにも顔を出せばと思わなくないが、捕まったら長いと知っているグランはあえて顔を出さなかったようだった。


「・・・それでも、酷いです・・・」


少しだけ膨れるイルミナに、グランは目尻を下げながら謝った。


「すまんな。

 だがその分出来る限りの仕事は終わらせておくつもりだった。

 それにあの二人と会っていると、少しだが肩の力が抜けているだろう?」


「―――それは、そうですけど・・・」


あの二人を相手にしていると疲れるのもある。

だが、あの二人は言いたいことをそのまま口にするので、深く考えずに対応することができて比較的に楽なのだ。

ばれていないと思っていたが、どうやらグランにはお見通しだったらしい。


「食事もまだだろう?

 来るときに料理長に軽食を頼んでいるから、一緒に食べよう」


「助かります、グラン」



―――ちなみにこの時、空気と化していたリヒトは思った。

  自分も彼女が欲しい、と。



「失礼します、陛下。

 頼まれていたものをお持ちしました」


二人の空気となりそうになった瞬間、外からヴェルナーの声が聞こえてきた。

イルミナはそれに対して少しだけ残念に思い、そしてリヒトの存在を思い出した。


「・・・ごめんなさい・・・」


「・・・イエ、ナカガヨロシイノハイイコトデス」


グランは最初から知ってそうしていたのか、リヒトをちらりとみて少しだけ薄く笑った。

それを見ていなかったイルミナは知らないが、リヒトは絶対に八つ当たりだと思った。

自分がいつも同じ執務室にいる事への。


「入って、ヴェルナー」


「失礼いたします」


そして入ってきたヴェルナーは、イルミナとグラン、そしてリヒトの顔を見て何かを察したのか、一瞬だけ顔を歪めたがすぐさまいつもの無表情へと戻っていった。


「陛下、

 こちらが今回面会を求めている貴族のリストです。

 順番はグラン殿が用意しているのでその通りに並べていただければ結構。

 書状の内容はこちらに簡素化したもの、それに対する返答はこちらにまとめています」


「ありがとう、ヴェルナー。

 今日の夕食前に詳細をお願い出来ますか?

 それまでに一通り目を通しておきます」


「かしこまりました。

 では私は次のものに取り掛からせていただきます」


「待って!」


ヴェルナーはすべきことは終えたと言わんばかりにすぐさま退室しようとする。

イルミナはそれを止めた。


「?

 どうかなさいましたか?

 私に何かありますか?」


「ヴェルナー、今日の夕食まで休んでください。

 今のところ、手配は終わっていますので、少しだけですが時間はあります」


「・・・ですが」


「クライス、顔色が悪い。

 寝る間も惜しんでいるのは分かるが、それで倒れたら元も子もないだろう」


「・・・」


イルミナとグランの言葉に、ヴェルナーは沈黙した。

そしてじっとイルミナを見つめる。


「・・・駄目ですよ、休んでください」


イルミナはヴェルナーの青灰の瞳に気圧されそうになりながらも重ねて言う。

彼が頑張ってくれているのは知っている、事実それに助けられている部分は多い。

だが、休ませるほどの余裕が無いわけではないのだ。


「・・・はぁ、分かりました。

 では仮眠を取らせていただきますが、何かあればすぐに起こして下さい」


「!

 わかりました、フェルベールのところで薬湯を貰ってから休んで下さいね。

 私もたまにお願いするのですが、疲れが良く取れるような気がするのです。

 私が飲む、疲れが取れる薬湯で分かると思います。

 あとで確認しますから、ちゃんと飲んでくださいね」


「そうですか。

 ありがとうございます、陛下。

 では後ほど」


ヴェルナーはそういって一礼すると、雑談することなく執務室を出て行く。

その背に、リヒトが恨みがましそうな視線を向けていることを知っているのは、グランだけだろう。


「イルミナ、どうしてフェルベール医師に?」


不思議そうな表情のグランが聞いて来たので、イルミナは内緒話をするかのように声を潜めた。


「簡単にいうと、睡眠を深くするための薬湯です。

 導入剤ほどの効力はありませんが、今のヴェルナーであれば直ぐに効くでしょう。

 まだまだ忙しい期間は続きますからね。

 今のうちに回復してもらおうと思いまして」


イルミナ自身、疲れて鈍った思考では良い仕事はできないと身をもって知っている。

それを教えてくれた一人が、ヴェルナーなのだから。

だがその本人が休まずに仕事をしているとなれば、止めなくてはならない。

しかし、ヴェルナーの性格上休めと言われて簡単に休む人ではないのは長い付き合いから知っている。

だとすれば、無理やりにでも休ませればいいのだ。


「・・・まぁ、無理しているのは見ていてわかるからな。

 だがイルミナ、それは君自身にも言える事だということを、忘れてはいけないよ」


「ありがとう、グラン」


そんな甘々な空気を、リヒトは書類に視線を落とすことでやり過ごした。






「陛下、ジョアンナです。

 ご報告に参りましたわ」


「入って下さい」


入室を許可されたジョアンナは、警護している近衛兵に一礼してその扉を開いた。

重厚な扉は、この国で一番大切なものを守っているといっても間違いではない。


「経過はどうですか?」


「順調に。

 食材、飲み物、生花の手配は滞りなく終えております」


「そう、リストに変更はありませんが、万が一に備えた分もお願いしますね」


「かしこまりました」


麗しの女王は、ジョアンナの手渡した書類に目を走らせる。


「・・・すぐに確認します。

 ジョアンナも疲れているでしょう、紅茶は?」


「いいえ、陛下。

 私どもはまだまだ大丈夫です。

 メイドたち総出で行なっておりますので、ちゃんと休息も取れておりますわ」


ジョアンナは、イルミナが確認したかったであろうことを交えて報告する。

自国の女王は、しっかりとした休息を取らせることに余念がない。

働きづめではいい仕事は出来ないと言い切るその人こそ、休まれた方が良いと思っているのに。

アーサーベルトやグランが確認しているといっても、四六時中一緒なわけではない。

その為、ジョアンナは任された仕事は完璧にしておこうと思うのだ。


実際、イルミナが女王になってからというもの、城の雰囲気は格段に良くなっている。

以前が悪いというわけではない。

だが、前は外見だけが華やかで内情は結構なものだった。

ドレスを作りつづけ、心を折られるお針子に、第二王女専属のメイドとの確執。

そして基本的に働く者たちへ無関心な先王陛下。

そんな状況で働き続けることが出来る人は、そうそういなかった。


時代の一つではあるのだろうが、ジョアンナは今のイルミナの治世が一番だと思っている。

メイドの名を、個人で呼んでくださる。

忙しくさせたことを申し訳なく思い、差し入れを入れるよう手配して下さる。

そしてなにより、国の未来を考えて悪を悪だと言って下さる。


きっと、女王陛下が鍛錬をしていたことを知らない者の方が多い。

女王陛下が、毒に伏していたことを知らない人がほとんどだろう。

イルミナという女王は、自身が頑張ったことをひけらかしたりしない。

それを当然のように行う。

だからこそ、その姿についていこうとするものは着実に増えていっている。


―――陛下、ご存知ですか?

  陛下の婚礼衣装を、誰が一番多く縫うのかでお針子たちが腕を上げるべく切磋琢磨をしていることを。

  陛下のお茶を準備し、そのことに礼を言われあまつさえお茶菓子のおこぼれを貰うメイドたちが、競って陛下付きになりたがっていることを。

  陛下を守る近衛兵は、いつも礼を言い、時には温かいお茶を差し入れる陛下に心酔していることを。


きっと、陛下を嫌っている人もいるだろう。

それは仕方ない。

だが、そういった悪意から出来るだけ守りたい。

悪意のせいで、あの月明かりのような笑みが消えないように。

一人涙を流さなくてもいいように。

もう二度と、孤独にさせないように。


―――女王陛下、あなたはもうお一人ではありませんわ。


ジョアンナは心の中でそう呟き、熱心に資料を見るイルミナを優しく見つめた。


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