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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
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芽吹く春




イルミナ十七、そして戴冠してからの初めての冬は、穏やかに過ぎていった。

先王が退位してからの戴冠までの期間、怒涛の様に過ぎたのがまるで嘘のようですらあった。

昼の日差しが暖かく感じられ、溶けてゆく雪の下には新たな芽吹きが感じられるようになった。


イルミナが不意に執務室の窓から外を見ると、木々にふくりとした芽が映る。

あともう少し経てば、そこから鮮やかな緑が見えるだろう。

そして花々がその美しさを競うように咲く季節となるのだ。


雪が解け、道が乾き始めれば、祭りが開催され、貴族たちの為の議会が開かれる。

各領地から新年の挨拶を兼ての会議だ。

冬の間に決めた税率を発表し、それに対する意見を聞く期間。

それはとても重要なものであり、これからの国の行く末を決めるものの一つと言っても過言ではない。

そのために、イルミナ達城に務める者はたくさんの資料と格闘してきたのだ。


先王の時代が悪かったわけではない。

だが、最良だったわけでもなかった。

そのことにより、一部の貴族は王家に対して不信感を持っている。

それは仕方のないことだろう。

誰だって、良くも悪くもならない王など信用できるものか。

国に住まうものは、いつだって良くなることを望んでいるのだから。

それを、いかに回復するのかが今回の肝だと、イルミナは考えている。


「陛下、ロッソ殿とアランゾ殿が登城されています。

 ドレスのデザインが出来たので確認してほしいとの事です」


「わかりました、

 ではいつも通り瑠璃の間に」


「かしこまりました」


イルミナ付きとなったヘンリーが一礼して、その場をあとにする。

グランの懐刀としていたヘンリーは、そのまま近衛としてイルミナ付きとなった。

イルミナには専属騎士は騎士の誓いを行ったアーサーベルトだけだった為、さしたる問題もなくそのまま意見は通ったのだ。


「・・・春が近いな」


不意に掛けられた声に、イルミナは心を温かくさせながら頷いた。


「そうですね。

 昨年は、色々とありましたね」


イルミナのしみじみとした声に、グランは微笑みを浮かべていた。

婚約者として、グランは着々と城の中で居場所を確立していた。

それだけだとイルミナを傀儡にしようとしているのではないかと邪推を呼びそうだったが、グランはうまく立ち回り、そういった考えを徐々に消していった。

更にいうのであれば、城の中でイルミナとグランの仲睦まじさを知らぬものはいない。

グランは自身の時間があれば、必ずイルミナの傍にいるよう徹底していたのだ。


それだけであれば、何とも思われなかったのかもしれない。

だが、問題は二人の空気だった。

一緒に休憩を取れば、隣同士に座り甘い空気を漂わせ。

ふとした時に見れば、指先を絡めている時すらある。

ある意味、独身泣かせの場でもあった。

―――もちろんグランは故意的に。


それを知る何人かは、グランの独占欲の強さにため息を吐いた。

城に務めるものであれば、元辺境伯、グラン・ライゼルトの恐ろしさは耳にしている。

いったい誰が、グランという人を相手にしようとするだろうか。

しかもたちが悪いのが、グラン自身それを知っておきながらも抑えないあたりだろう。

何も知らないだろう女王陛下が羨ましいと思った人は、いったい何人いるだろうか。

だが、それも一つの幸せなのだろうと考える。


イルミナ女王陛下に、不遇の時代があったことはあまりにも有名な話だ。

しかもそれを知ってなお、誰一人として手を差し伸べなかった事実は、城勤めのものの心に暗い影を落としている。

本人は気にしていないようだが、女王陛下の傍にいるメイドたちなどはその筆頭だった。

その為、二人の空気を率先して守っている節がある。


初めのころは、誰もが不安に感じていた。

第一王女が女王になると思いきや、なぜか先王は第二王女を指名した。

第二王女の周りの者や、彼女のほうが傀儡にしやすいと考えていた一部の貴族は賛成していたが、ほとんどの者は胸の内に不安を抱えていた。

そんななか、先王の病が発覚し、そして第一王女が女王として擁立された。

その裏に、黒い噂があったのは仕方のないことだろう。


だが、結果として良かったのだと誰もが思った。

これが、本来あるべき姿だったのだと。

だからこそ、願うのだ。

女王陛下が、健やかであらせられることを。

そして、彼女が幸せであれば、きっとこの国は平穏を取るだろうと。







「はぁい、陛下。

 これが新作です!

 どう?どう?」


「とても綺麗です、でもいいのですか?

 いろいろと頼んでしまって、忙しいのでは?」


「なに言っているの!

 陛下がドレスをウチで仕立ててくれれば、店は大繁盛よ!

 まぁ、忙しいには忙しいけどね!

 その分人を雇えるからいいわ!」


ルミエールとビアンカは、イルミナの私用と公用のドレスを数点持ってきた。

私用だろうが、公用だろうが、綺麗なドレスを着るべきだと主張した二人は、さらにそのデザインから裁縫までをやると言った。

人手が足りないのは城のお針子たちで賄うとまで言って。


「あぁ、良い色だ。

 イルミナにとてもよく似合う」


グランも反対ではないのか、率先して自分の色の好みを伝えていたようで、グランの瞳の色を使ったドレスを数点仕立てさせていた。


「あら、ライゼルト様。

 確かに、良い色のセンスだったわ!

 それとこれ、気持ちながらのものだけどどうぞ」


ルミエールはそう言って小さな箱をグランに渡す。

不思議そうにしながらも、グランはその箱を開けた。


「これは・・・」


「何を貰ったんですか?」


箱の中には、イルミナのドレスと共布のスカーフと、イルミナの瞳の色をしたスカーフが入っていた。

それを見たイルミナは、一瞬で頬を赤くする。

そして、グランは嬉しそうにほほ笑んだ。


「ありがとう、ロッソ嬢。

 それにアランゾ殿も。

 素晴らしい贈り物だ」


グランはそれらを箱に戻すと、そのまま大切そうにポケットへとしまい込んだ。


「失礼します、陛下。

 そろそろお時間です」


不意に外から聞こえてきた声に、イルミナはもうそんな時間なのかと思った。

視線をやれば、そこにはリヒトとアーサーベルトが待っている。


「・・・、ごめんなさい、ビアンカ。

 時間だから行かなければ」


「相変わらずお忙しいのね、陛下。

 大丈夫よ!

 今日はドレスを持ってきただけだから、私たちもそろそろお暇するわ」


ルミエールがそういいながら片づけ始める。


「本当にごめんなさい、ルミエール。

 わざわざ来てもらったのに・・・、グラン、二人をお願いします」


「わかった」


「いいのよ、お忙しいのを承知でこちらもやっているから。

 でも陛下、ちゃんと休まないと駄目よ?

 ライゼルト様にはお話ししているけれど、睡眠不足はお肌の敵よ!

 ちゃんと寝て、食事をなさってね」


まるで母親のような物言いのルミエールに、イルミナは苦笑を零す。

そして気持ちを暖かくさせながら、瑠璃の間を出た瞬間、その表情は凍てつく。

先程までの柔和な表情は欠片も消え失せ、紫紺の瞳が冴え冴えとしていた。


「申し訳ありません、陛下・・・、

 クライス宰相でも無理だったようです・・・」


「いいえ、予測はしていましたから、大丈夫です。

 あまり待たせると面倒でしょうから、急ぎましょう」


その日、イルミナの面会者リストに問題視する人物がいた。

反逆の罪で牢獄に今もなおいる、カリーナの親である男爵が来ているのだ。

内容は、娘は唆されただけであり、罪はない。

大事な一人娘ゆえに、返してほしいという内容だった。


「・・・全く、舐められたものですね」


イルミナはそうぼやきながらも足を素早く動かす。


「それにしてもヴェルナーが抑えきれなかったのか・・・。

 面倒ですな、陛下」


「クライス宰相も話しているのですが、男爵が陛下でなければ話す価値などないと一蹴されていまして・・・」


「馬鹿なのか・・・?」


アーサーベルトの驚きの声に、リヒトも頷いた。

ヴェルナーは名実ともにイルミナの右腕だ。

彼なくして、今のヴェルムンドは成り立たないだろうと言われるくらいには。

元から才能のあったヴェルナーは、グランに鼻を折られてからというもの、一度も慢心することなく自分を磨き上げることに専念してきた。

未熟な部分もあっただろうが、それも日々成長している。

そのヴェルナーを、価値がないと評した男爵には何も言えない。


「ヴェルナーは?」


「はい、今はまだ落ち着いていらっしゃいますが・・・」


今はまだ。


「なおのこと急がないとなりませんね」


イルミナは気が滅入りそうな心地になりながらも、まっすぐに前を見た。






「ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下」


「男爵、こちらこそわざわざ来てもらい、感謝します。

 それで、今回はどのようなご用件で?」


その瞬間、男爵の目に殺意が宿ったのをイルミナは分かった。

あらかじめ内容を書状にて送られていて、それに対する返答も既にしているのだ。

それに対して異を唱えに来た以外何があると言わんばかりの視線に、イルミナはうっすらとほほ笑む。


「・・・女王陛下、前に書状でお伝えした通りです。

 我が娘、カリーナは騙されただけにすぎません。

 私の大事な一人娘です、何卒温情賜れませんか」


「・・・男爵、貴方は、宰相と話をしていなかったのでしょうか」


「は?」


イルミナの突然の返しに、男爵はぽかんとした表情をする。


「貴方は、宰相と話をしていないのか、と問うたのです」


再度言われ、馬鹿にされていると感じたのだろうか、男爵は顔をわずかに紅潮させながらも鼻を鳴らした。


「恐れ入りますが、陛下。

 なぜこのような大事に宰相の話を聞かねばならんのでしょう。

 私は、私の娘を返してほしくて来たというのに」


その答えに、イルミナはヴェルナーの今までの苦労を悟った。

そして内心で謝罪する。

正直、ここまで話を聞かない人だとは思わなかった。


「・・・男爵、貴方は、貴方の娘の罪状を知っていますか」


「はい?

 何を仰られているのですか、陛下。

 我が娘は騙されただけと言っていましょう?

 そんな娘に、陛下は罪状を与えるおつもりですか?」


「男爵、口を慎んでください」


「っ・・・、

 陛下、どうかご再考ください。

 カリーナは第二王女様の世話係として一緒に行ったのではないのですか?

 どうしてあの子に、そのような仕打ちをなさるのですか・・・!」


怒りを抑えきれない男爵は、目元を赤く染めながら静かに激高した。

それをイルミナは、冷徹な目で見つめる。


「・・・男爵、貴方は、ご自身の娘が陛下に対して何をしたのか、ご存知ないのですか?」


ヴェルナーが、静かな声で問うた。


「もちろん!

 もちろん存じ上げております!

 陛下の妹様で在らせられる第二王女様の世話係として、陛下直々に頼まれてエルムストへと行ったのでしょう!

 あの子が反逆罪で捕らえられるなど、あるはずもありません!!

 あの子は、小さいころから優しく、他人を思いやれるいい子です。

 だからこそ、陛下も第二王女様の世話係としてあの子を送ったのではないのですか!!」


男爵の一方的な言葉に、イルミナとヴェルナー、そしてアーサーベルトはため息をつきそうになった。

娘を愛する気持ちはわかるが、それにしても盲目的すぎる。


「・・・では、彼女を唆したというのは誰でしょう?」


イルミナは静かに聞く。

どうせ答えは分かっているが。


「そんなの!

 あの子と一緒に行った奴らでしょう!!

 きっとカリーナを妬んだのです!」


「その全員が、投獄されたと知っても、同じように言うのでしょうね、男爵」


イルミナは大きくため息を吐いた。


「では、男爵。

 一度だけ、面会を許しましょう。

 マルベールには手間をかけさせますが、彼を同伴させるよう指示して下さい」


「陛下・・・!」


イルミナの考えを読めない男爵は、喜びを顕わにした。

彼のその様子を、イルミナは冷めた目で見ていた。





「・・・陛下、よろしいのですか?」


「何がでしょう?」


男爵が、キリクに連れられ謁見室を出た後、ヴェルナーは聞いた。

イルミナの判断が間違えているか否か、その答えをヴェルナーは持ち合わせていない。

だが、少なくともあの男爵はイルミナに対して申し訳ないという気持ちを持つことはないだろうという事だけはわかった。

きっと、娘があのような状態になったとしても彼女のせいだとは認めないのだろう。

そして腹いせのようにイルミナや、場合によってはリリアナに憎しみを抱くのだ。


「あれでは、あの男爵が陛下を憎むきっかけを与えたようにしか感じられませんでしたが。

 そうなれば、今後彼とのやりとりは面倒になるでしょう。

 ・・・まぁ、そこまでの領地を管轄してはいませんが」


「そうですね。

 それで私に爪を立ててくれれば、失脚させる理由にはなります。

 よほど娘の命が大切らしいので、そのためであれば何でもしてくれるかもしれません」


まぁ、上手くいくとは思っていませんが、とイルミナは続ける。


「正直に言って、彼の存在自体興味はありません。

 ですが、この国の女王たる私に意見具申するほど、娘が大切だとすればそれを蔑ろにするのはあまりいい印象を他に与えないでしょう。

 ―――彼女からすれば温情ではなく、罰になるかもしれませんが」


カリーナは、一生あの牢から出ることはないだろう。

それでも、まだいい方なのだということを、彼女は知っているのだろうか。

既に、彼女の仲間の内の何人かは処刑された。

改心せず、女王に対する罵詈雑言しか吐かない口であれば、塞いでしまった方が国の為だ。

国の為にならないものを養っていくなど、無駄遣いに他ならない。

血税は国をよくするために使うものであって、罪人を生かすためのものではない。



綺麗ごとだけでは生きていけるわけがないのだ。

イルミナの細い肩には、国に住まう全ての人の生活がかかっているのだから。


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