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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
131/180

【閑話】美の追求者たち



ガタゴトと馬車が揺れる。

城から手配されたそれは、質の良いものなのだろう。

シンプルな造りではあるが、使用されている物の質は良い。

細かい細工は、人の目を楽しませるだろう。


馬車の中には、一組の男女がいた。

ビアンカ・ロッソ、呉服店店主その人と、その店のデザイナー、ルミエール・アランゾだ。


「今日はお疲れ様、

 大丈夫だった?」


「えぇ、まぁまぁね」


ビアンカは苦い顔をしているルミエールに苦笑を零した。

彼がこんな表情をするなんて、とも思う。


ビアンカは、生まれは商家だ。

王都でも名だたる商家の一つで、彼女の父はその三代目だった。

彼女の兄は商才に溢れ、父の跡を継ぐことが決まっていた。

だが、女性であるビアンカは誰かに嫁ぐか、兄の補佐をするしかなかった。

それを嫌がったビアンカは、自身で店を立ち上げることを決意する。


唯一良かったのは、ロッソ家は商才さえあれば男女問わず、というところだった。

母は反対したが、父と兄はやりたいのであればやるといいと言った。

だからビアンカは家を出た。

家名を使うことの許可をもらい、呉服店ロッソを立ち上げた。

もちろん、家名を使うことでそれなりの金銭は発生しているが。


ビアンカは兄ほどの才能はなかったが、全く無いわけでもなかった。

どちらかと言えば、ビアンカには人を見る才能があった。

彼女が気に入った人物は、少なからず才能が有り、そのおかげで少しずつ呉服店の名は広まっていった。

ビアンカ自身、ドレスは好きだったので何度かデザインしたものの、そっちの才能はからきしだったようで早々に諦め、人材に力を入れることにした。

それも一種の才能だろう。

そうして呉服店ロッソは着実にその名を上げて行った。


ある日、店を他の子に任せてビアンカは町を歩いていた。

王都の表通りは治安が良く、女性が一人で歩いてもそこまで大きな問題ではない。

裏道はもちろん危険もあるだろうが、それを知って一人で歩くほどビアンカは世慣れしていないわけではなかった。

新しいデザイナーがいてくれればと思いながら歩いていると、店先で昼間から飲んだくれている人がビアンカの目にとまった。

机に突っ伏した彼は、身形は良いのたまに変なことを叫んでいるのがビアンカの目には面白く映った。

しかもその言葉遣い。

それのせいで周りから距離を置かれているのもすぐにわかった。

誰もが彼を避けるようにしている。

ビアンカは面白ついでに彼に声をかける事にした。

それが、ビアンカとルミエールの出会いだ。



「でも、初めて会った時から考えれば凄いわね。

 女王陛下のドレスをデザインするようになるなんて思ってもみなかったわよ」


「それは私の台詞よ。

 貴女に拾ってもらわなかったらどうなっていたのか今でもぞっとするわ」


「あはは!

 それは言えてるわね。

 だって、ルミエールってばあたしにも絡んできたものねェ」


「ちょ、もう!

 あの時のことは謝ったでしょ!

 もう忘れてよ!」



面白半分に話しかけたビアンカに、ルミエールは変に甲高い声で絡んだ。

どうして私がドレス好きで悪いの、男だって好きだっていいじゃない、そもそもなんなの、どうしてセンスのないドレスが流行るの、意味わかんない、など。

支離滅裂なそれを、ビアンカは笑いながら聞いた。

そして問うたのだ。


―――そんなにドレスが好きなら、ウチで働くかい?



「―――でも、ビアンカも良くあんな状態の私を雇おうなんて思ったわね。

 正直ドン引かれても可笑しくなかったと思うわ」


ルミエールは当時の自分を思い出しながらしみじみと言う。

大の男が、昼間から飲んだくれて女言葉で叫ぶ。

そんな人に声をかけようなんて良く思ったものだ。

自分ならしないだろうとすら思う。


「あっはっは!

 あたしは新しいこと、面白いことが大好きだからね!

 それにアンタを見つけた時、ビビっときたんだよ。

 知ってるでしょ?

 あたしの目の確かさ」


真っ赤な口紅がひかれた唇がに、っと弧を描く。

そう、ビアンカの目に間違いはない。

それは呉服店の皆が知っていることだ。

それがただ自身で言っているだけなら流すだけだが、それは当然の事実としてロッソにあった。


「・・・そうね、

 貴女の言うことに、ほとんど間違いはないわね」


「そうそう!

 さ、早く戻ってデザインを考えてもらわないとね!

 これで成功すればもっといい生地が手に入るかもしれないから!」


「ほんと!?

 もう、私凄く頑張っちゃうわ!!」


二人は手を取り合いながらきゃいきゃいはしゃぐ。

それは、性別を超えた同志の高揚だった。







その日の夜、ルミエールは一人、作業部屋に引きこもってデザインをしていた。

確認したイルミナのサイズを脳裏に思い浮かべながら、一番美しく見えるシルエットを模索する。


「―――ふぅ・・・」


何枚ものシルエットを書いた紙を見ながら、一つため息を吐いた。


―――ほんと、言葉遣いだけで決めつけてくれるんだから・・・。


ヴェルナーに言われた言葉は、今までにも何回かあった。

特に男性から。

確かに、ルミエールは女性のような話し方をする。

アランゾにいた時は出来るだけ男らしい話し方を心掛けていたのだが、家から出された時の反動のせいか、一気にその話し方になっていた。

デザイナーといってもこの話し方はいいのだろうかと考え、ビアンカに相談したが彼女は面白がってそのままでいいと言った。

そしてそのまま、貴族の女性たちとデザインの話し合いをするようになった時に気付いた。

高圧的な男性の言葉遣いよりも女性らしい話し方の方が打ち解けやすく、彼女たちも相談しやすい事を知ったのだ。

それからはずっと、その話し方をしている。


そのせいで好意対象が男性だと思われがちだが、ルミエールの好意対象は女性だ。

というより、既に好きな人がいる。


「・・・もう、なんで気付いてくれないのかしら」


ルミエールは作業机の上にあるカフスをそっと撫でた。

それは、ルミエールがロッソに来たときにビアンカがお祝いとしてくれたものだった。

細かい彫り物が施されており、男物でありながら繊細さを醸し出していた。

そのデザインを、わざわざ本人が出向いてしたというのだから、言葉にできない。

他の従業員にも同様の事をしているのは知っているが、ルミエールは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


「ビアンカ・・・」


今のビアンカのドレスは、全てルミエールがデザインしている。

ロッソの宣伝になるのも確かだが、それ以上に自分がデザインしたもの以外を着てほしくなかったのだ。

他の従業員たちはルミエールのその独占欲を知っているが、なぜかビアンカだけは気付いてくれない。

好きよと言っても、あたしもだと返されるあの虚しさ。

その時だけは、自分の言葉遣いを失敗したと思った。


自分は在籍しかしておらず、貴族の権力などかけらも持っていないがそれでも貴族だ。

自分と結婚すれば、少なからず恩恵があると言いたいところだが、ビアンカはそのようなものに靡く女性ではない。

自分の足でしっかりと立ち、真っすぐを見つめられるその姿に、ルミエールは心底惚れきっているのだから。


「・・・陛下のドレスが完成したら、プロポーズしようかしら」


嫌われてはいない。

それは分かる。

だが、生涯を共にするパートナーとして選んでくれるかまでは、分からない。

でも、それでも言わずにはいられない。

自分以外の男が、ビアンカの隣を歩くなんて許せないのだ。


「よし、そうと決まればさくさくやるわよー!」


男も女も度胸だ。

やる時はやる、それが呉服店ロッソの信念なのだから。






**********





「―――ふふっ」


ビアンカは、扉の向こうから聞こえてきた言葉に笑みを零した。

そしてそっと扉から離れた。




「あれ、ビアンカさん、ルミエールさんにお茶を持って行ったんじゃ?」


「あぁ、なんかノッていそうだったからね。

 邪魔しちゃ悪いと思って止めたよ」


ビアンカがお針子たちの詰めている部屋に戻ると、そのうちの一人が声をかけてきた。

それに答えながら、ビアンカは持っていたトレーを置く。


「それはそうとビアンカさん!

 そろそろルミエールさんに答えてあげたらどうなんですかー!?」


「あ!マギー!」


マギーと呼ばれた少女は、目をキラキラさせながらビアンカに詰め寄った。

そのあまりの勢いに、ビアンカは一瞬たじろぐ。


「駄目よ、マギー。

 ビアンカさんにだって考えがあるんだから、あたしたちが口を出していい事じゃないわ」


「でもでもぉ!

 だって毎日毎日、ルミエールさんのあのあまったるい視線を見てるのも痛いんですよぅ!」


マギーの一言に、何人かは同調して頷いた。


「・・・そんなにかい?」


「え!?

 気付いていないんですか!?」


周りが気付いていたのは知っていたが、ここまでとは思わなかったビアンカは僅かに頬を紅潮させる。

呉服店ロッソで、二人が相思相愛なことを知らないものはモグリだと言われるほど、二人の仲は睦まじかった。

それこそ、さっさとくっついてくれと思ってしまうほどには。

一人身の女性からすれば、ある種の拷問かも知れない。


「いっつもいっつも二人でいて、言葉を交わさなくても同調しちゃって、ルミエールさんなんてっ、何をするにもビアンカさんに確認してからって言っておきながらアレ絶対話したいだけですよ!!」


マギーが握りこぶしを作りながら断言する。

それは違うんじゃ、と言いかけたビアンカの目に、ほとんどのお針子たちが頷いているのが映った。


「・・・それは・・・、悪かったわね・・・」


「悪いんじゃないんです!

 マギーが言いすぎなだけ・・・で、す・・・」


言葉尻が小さくなったお針子の一人に、ビアンカはあーと思った。


「ごめんなさいね、

 でも、あと少しだけ待ってほしいのよ」


「え!?

 ついにですか!?」


きゃあ、と声を上げる何人かに、年嵩のお針子が窘めるようにこら、と言った。


「あんたたち、

 そこまでにおしな。

 下手に首突っ込むと馬に蹴られるよ」


「「「はぁ~~・・・い・・・」」」


流石にお針子のリーダー格に言われると、若い子たちは渋々引き下がるように黙り込んだ。


「ま、ビアンカ。

 あたしらはあんたの味方だから、好きにしな。

 ただ泣かされたらお言い?

 ルミエールの坊なんてぷち、っとやっちまうからね」


「ありがと、マーサ」


ビアンカはそれ以上その場にいると精神が削られそうだったので、自分の作業部屋に戻る。

そしてみんなが自分たちを祝福してくれ、尚且つ心配してくれていることにほっこりと心を温かくした。


「・・・はやく、言ってくれないと他を探しちゃうぞ。

 馬鹿ルミエール」


苦笑を漏らしながら、ルミエールのデザインしてくれてた最新のドレスを撫でる。

これを見て、分からないはずが無かった。

自分だけに似合うように出来たそれ。

愛情が溢れんばかりのドレスは、言葉にしなくても告白をしてくれているようなものだった。

でも、ビアンカとて夢がある。


―――好きな人に、好きだと言ってほしい。

  一生一緒にいて欲しいと、言ってほしい。


ルミエールは時折好きだと言ってくれるが、もう少しロマンチックな状況で言ってほしい。

仕事帰りの馬車の中とかではなく。

せめて、いい景色の見える場所にしてほしい。

言えば、きっと彼は探し出してくれるだろうが、出来るのであれば彼自身に気付いてそれをしてほしい。

女はいくつになっても夢を見るのだ。


女王陛下のドレスをデザインした後、彼はどうしてくれるのだろうか。

そのことを考えるだけで、ビアンカの心は弾んだ。

次こそは、ちゃんと返事をしよう。

出来るのであれば、いい雰囲気の中でしてもらいたい気持ちはあるが、それよりも彼と一緒になりたいと思う。

そのためには、陛下の婚礼衣装を最高のものにしなければ。


「―――まぁ、あたしからしてもいいんだけどねぇ」


ビアンカはそう零した。

もし、自分から告白すれば、彼はいったいどんな表情をするのだろうか。

それも悪くない、と考えつつ、ビアンカは見本にする布を選ぶべく作業机へと脚を向けた。



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