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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
130/180

美しさとは



「はーい、じゃあここからは男子だけの密会~」


ルミエール・アランゾの言葉に、ヴェルナー・クライスとグラン・ライゼルトはぞわりと鳥肌を立てた。


「そ、その、アランゾ殿・・・」


「いやだ、そんな他人行儀な呼び方なんてよして。

 これからな・が・い(・・・)付き合いになるんだから」


バチンと音でもしそうなほどのウィンクが送られる。


「そ・・・その、アランゾ殿は・・・好意を、も、もたれるのは・・・?」


ヴェルナーは決死の思いで尋ねる。

グランはイルミナの婚約者である以上、手出しされる事は無いだろう。

だが、ヴェルナーは残念なことに未だに婚約者の一人もいない。

万が一、ルミエールの対象が男性であるとすれば―――。


「なに、そんなちっさいこと気にしているの?

 私は女性が好きよ、馬鹿ね」


その瞬間、ヴェルナーとグランの間にほっとした空気が流れた。

それに気を悪くしたのか、ルミエールの眦が吊り上がる。


「あんたたち、まさかそんなことで怖がっていたわけ?

 大の大人が!?

 しんっじられないわ!!」


「も、申し訳ありません・・・!

 で、ですがこちらにも・・・!」


「お黙り!

 ったくもう、これだから頭の固いオトコは嫌いよ!

 ・・・そんなんじゃ、陛下を守り切れないわよ、アンタたち」


ルミエールが視線を鋭くした。

先程までの浮ついた空気など一切なく、切るような視線で二人を睨んだ。

ルミエールは一度頭を掻きむしるようにすると、一瞬で雰囲気を変えた。


「あーー、私もあまりこの口調は好まないんだがな、この方がいいだろう・・・。

 陛下だが、周りに女性がいなさすぎというか・・・、彼女の魅力を殺し過ぎじゃないか?」


ヴェルナーとグランは、言われた内容よりも先に、ルミエールが女性言葉でない言葉を話せる事に驚いた。

あまりにも失礼な話だが、彼はそういった言葉遣いをしないと勝手に思い込んでいたのだ。

そのことに気付いたルミエールは、更に眉間に皺を寄せる。


「私とて、自分の考えに苦悩したことぐらいある。

 そのために言葉遣いだって直した。

 何だ、お前たちは人を見た目などで判断する種類の人だったのか」


「!

 失礼した、アランゾ殿。

 我々の周りでは見た事がない感じの人だったというのは言い訳にしかならないかもしれないが・・・、だが、貴方のデザインは素晴らしいものだった。

 戴冠式のイルミナのドレス、彼女の魅力を最大限に引き出していたと思う

 感謝申し上げる」


「ふん。

 私がデザインしたのだから当たり前だろう。

 ・・・だが、陛下の婚約者だけのことはある。

 これで下手に言い訳でもされたら切れていた」


ルミエールはそう言って、ようやくソファに腰かけた。


「アランゾ殿、私も大変失礼な真似をしました・・・。

 貴方があの色で作って下さった方だと、すっかり忘れていました」


「あぁ、宰相殿が選んだのだな、あの色。

 悪くなかった」


ようやく先程よりましな空気が流れるようになり、三人は向かい合ってソファに座った。


「・・・それで、イルミナの魅力を殺しているというのはどういった意味だろうか」


グランは先ほどから気にしていたのか、すぐさまそれを問う。


「そのままだ。

 何だあの格好は?

 女王たる陛下が来ているドレス!

 全く持って美しさの欠片もない!

 確かに執務をするだけであればいいかもしれないが、いつ誰が面会に来るかわからないだろう。

 それに不摂生が祟っていないか?

 前にもらった採寸よりも細くなっていた。

 確かに多少かもしれないがな、だがドレスっていうのはその多少でも左右される。

 顔色は良くなったとしても、それでもまだ悪い。

 あのままいったら蝋人形だぞ、陛下は」


「・・・そこまで、ですか・・・?」


果たしてそこまで酷いのだろうかとヴェルナーが不思議そうに首を傾げていると、ルミエールは舌打ちせんばかりにヴェルナーを睨んだ。


「だから男は駄目なんだ。

 さっきも言っただろう?

 美容ってのは一朝一夕で出来るものではない。

 陛下は今は若いからいいがな、このままの生活を続けていればいずれ肌はボロボロになり、みすぼらしい事になる」


「!

 待ってください、メイドたちとて気を遣っているはずです。

 何を根拠にそこまで・・・」


ヴェルナーの反論にルミエールはため息をついた。


「はぁー・・・、

 前から改善していないのが、問題なのだ」


「改善していない?」


そこで初めて、ルミエールは少しだけ言い澱んだ。

言っていいのかどうかわからない、というよりかは、憶測で物を言っていいだろうかと迷っているようにすら見えた。


「メイドたちが気を遣っているのにも関わらず、大きな改善が見られないということは、今やっていることは付け焼刃でしかなく、長くは維持できないということだ。

 ・・・私もそっち方面は詳しいわけではないから、憶測でしかないが・・・陛下のアレは、多分ストレスによるものだ。

 ストレスによる不摂生、睡眠不足、それが陛下の内側から少しずつ壊していると思う」


「す、とれす・・・」


ルミエールの言葉に、二人の男は心当たりがあり過ぎた。

むしろないという方が困難なほどに、イルミナはストレスの種を抱え込んでいる。


「・・・心当たりがあるようだな。

 そしてそれは簡単に解決出来ない事か・・・。

 だとしても、そのストレスを発散する方法ってのはないのか?

 このままじゃ胃を壊すこともあり得る」


ヴェルナーはその言葉に、先代宰相の部下を思い出した。

一時行方不明となった元宰相・ティンバー・ウォーカーの尻拭いは言葉に表せないほどに多忙を極めた。

ヴェルナー自身、出来ることをしていたが決定権を持たなかった彼に出来たことは少ない。

そんな中、部下の一人が血を吐いて倒れたのだ。

騒然となった執務室に、慌てて誰かが医師を呼びに走った。

そうして担がれるように連れてきた医師の下した診断は、過労とストレスによるものだったのだ。


「・・・陛下が、あのように血を吐く事になる・・・と・・・?」


それは、ヴェルナーのトラウマといってもいい光景だ。

自分の指示により、服毒した彼女が血を吐いて倒れた。

それも何度も。

今でも後悔しそうになるそれを、また見る事になるというのだろうか。


一瞬で顔色を悪くしたヴェルナーに、ルミエールは畳みかけるように続けた。


「あの若さでそれになったら、癖になる。

 それ以前にそこまでのストレスを抱えながら頑張っているのが問題なんだ」


「・・・どうして、そこまで」


ヴェルナーの記憶違いでなければ、ルミエールとイルミナはそこまで親しい仲ではないはずだ。

たった数回会っただけの人間に、そこまで親身になれるものなのだろうか。

ロッソ呉服店は、イルミナが懇意にせずとも成功している。

確かにイルミナが利用するようになればもっと名は高まるだろうが、そうまでして名を上げたいのだろうか。


「・・・私は、アランゾ家長男よ。

 それなのに、何故ロッソにいると思う?」


「!」


アランゾ家とは、元イルバニア男爵が治めていた貴族の内の一つだ。

長く続く名家の一つだが、現当主は厳格な人物と聞く。

イルバニアの地を、結果としてセバーグ男爵が治めることとなったがアランゾでも問題はなかった。


「わかるでしょう?

 私の父は、私の性格を認めなかったわ。

 男のくせにドレスが好きだなんて軟弱だ、鍛え直してやる、そういって私をしごいた。

 それでも、私はドレスが好きだったし、綺麗な物が好きなままだった。

 まぁ、結果として家を追い出されたのよ」


身分ははく奪されなかったけどね、とルミエールは続けた。


「何で自分だけ、こんなんなんだろうと思ったわ。

 ドレスのことを考えることを封印しようとした、でも出来なかった。

 社交界に出るようになって、女性のドレスを事細かに褒めれば気味悪がるし・・・本当、失礼しちゃうわ。

 ビアンカに拾ってもらって、色々と吹っ切れてこの口調になったら最悪よ。

 いくら綺麗なドレスを着てても、醜くて仕方なかったわ」


ヴェルナーとグランは何も言えなかった。

ルミエールの苦悩など、欠片も理解できるはずがなかったからだ。


「私がデザインしたって知って、いきなり要らないって言ってくる貴族のご令嬢たちはたくさんいたわ。

 そんな人たちはこっちから願い下げって気持ちだったけど、折角デザインしたドレスが着られないまま朽ちて行くのは嫌だった。

 だから、私は表に出ることなくドレスをデザインしていた。

 そんな時よ、お城から戴冠式のドレスをデザインしてくれないかって依頼が来たのは。

 始めは嫌だったわ。

 女王陛下だからなに、って思ったもの。

 どうせ、私を見たら変な顔をするに決まっているって。

 デザインするのも嫌だったし、どうせなら私が会いに行ってやろうと思ったの」


本来ならば呉服店の誰もが望むその誉を、望みたくなくなるほどに傷ついていたのだと、ルミエールは思う。

もし、これで女王も他の女性と同じような態度を取るのであれば、ルミエールは確実に失望していた。

でも、一縷の望みもあった。

女王陛下が新たな風を巻き起こそうとしているというのは聞いていた。

もし、それが本当であれば、受け入れてくれるのではないか、と。


「一回目はね、初め言ったように固まったの。

 面白いくらいにね。

 でも、頭を下げたのよ」


―――デザインをして下さる、ルミエール・アランゾですね。

  忙しくて中々時間が取れず申し訳ありませんが、宜しくお願いします。


その瞳には、侮蔑も何も浮かんではいなかった。

ただただ、真摯に願う人の目だった。


「その後、宣言された通り忙しくて全然時間が取れなかったわ。

 何回怒鳴り込もうと考えたことかしら・・・。

 それに付き合わされるお針子の気持ちも考えろって思っちゃった。

 私にとって、ドレスは片手間で作るものじゃなかったから。

 ・・・でも、そのお針子たちが嬉しそうに泣くの。

 陛下が、申し訳ないと言って差し入れをくれたって。

 先王妃さまと第二王女さまは、一度だってそんなことを言ってくださらなかった、って。

 女王陛下のドレスを縫えることが嬉しいって、泣くのよ」


その時、ルミエールは気付いた。

自分にとってドレスが最上だが、イルミナという女王は違うのだと。

彼女は、国を良くするために寝る間も惜しんでいるのだと。


「正直、お針子たちから聞かなかったら、いまだに私は陛下のことなんてどうでもよかったのかもしれないわ。

 でも、聞いたからには駄目なのよ。

 陛下は、私たちを人として見てくれる、無理をさせているって気付いている。

 その分、自分も無理をしなきゃって思っているんじゃないかって思ったら、なんて驚くほどにおバカさんなのかしらって思ったわ」


「アランゾ殿・・・」


ルミエールは驚きからか、目を見開いている二人ににこりと笑った。

自分に出来る事なんてたかが知れている。

そもそも、自分は陛下専属でもなんでもない。

だが、それでも出来る事はあるのではないかと思ってしまった。


「私に出来る事なんて、綺麗なドレスをデザインして、陛下が周りの人たちに舐められないようにするくらいよ。

 でも、アンタたちは違うでしょう?

 陛下の一番近くにいるのだもの。

 陛下は、一人で仕事は出来ても、綺麗にはなれないわ。

 ストレスを溜めすぎないように管理する人、お肌を綺麗にするためのメイド、バランスの良い食事を作る料理人、そして綺麗なドレスよ。

 ・・・全くもう、本当に男って駄目ね。

 こんなこと、貴族のご令嬢なら誰でも知っていることよ」



ルミエールの言葉に、ヴェルナーとグランは頭の下がる思いだった。

確かに、イルミナは為政者として頑張っている。

身形に気遣わず、国を良くするために机に噛り付いている。

だが、女王というのは国の象徴だ。

一体どこの誰が、自国の女王がみすぼらしく在って欲しいものか。


「陛下は、元はとてもいいのよ。

 それを活かさなくてどうするのよ。

 金髪碧眼が一番っていう人は多いけどね、私はそんなことないと思うわ」


そうだ、と二人は思う。

あの戴冠式の日、彼女以上に美しい人はいないと思った。

自分たちだけがそう思ったわけではあるまい。

そうでなければ、あの時生まれたあの空気は何だったというのか。


「・・・ありがとう、アランゾ殿。

 貴方に言われて目が覚める思いだ。

 そうだな・・・、女性なら、美しく在りたいと思うのが普通なのだろうな」


グランはしみじみと言葉を零した。


「え?

 違うわよ」


「はい?」


ルミエールはおバカさんだわ、と言わんばかりの視線で二人を見やる。


「陛下はそもそもそういったことに興味がないの。

 だから、今もあんな格好でいられて、平気で無茶ができるの。

 私たちは、そんな陛下に美しく在ることの価値と、楽しさを教えなきゃならないのよ」


「・・・ど、どうやって・・・?」


「そんなの知るわけないでしょ!

 私はドレスのデザインが専門!

 ストレスを上手く発散させたり、仕事の管理をするのはアンタたちの仕事でしょう!

 ほんっと、男って駄目!

 いちいち言わなきゃならないなんて・・・!」


「ルミエールーー?

 こっちは終わったわよ、大丈夫ー?」


「あら、ようやく終わったのね!

 今行くわ!」


ルミエールは言いたいだけ言って颯爽と立ち上がる。

そしてそのままイルミナたちがいる部屋へ続く扉のドアノブへと手を伸ばした。


「ま、待ってください、アランゾ殿・・・!

 他に助言は・・・!」


「おバカ!

 そんなこといちいち聞かないでって言ってるでしょ!

 アンタたちの大切な人なんだから、自分たちで探しなさいよ!」


ルミエールはけっと言わんばかりに吐き捨てるとそのまま扉の向こうへと姿を消す。


「・・・何というか、

 すごい、強烈な人だな・・・」


「・・・そうですね・・・」


残された二人は、肩をがっくし落としながら慰め合うように言った。






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