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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
129/180

ロッソの主



「ではドルイッド、そのように進めて下さい。

 年明けの貴族会議でそれを発表するのでそれまでに書類作成を」


「かしこまりました」


「レネット、学び舎に関しての書類を全てまとめて下さい。

 それも同様に話し、各地にその魅力が伝わるようにお願いします」


「はっ」


「ヴェルナー、

 来年の結婚式についてのことを話し合いたいです。

 あとでグランが来ますのでそのように」


「かしこまりました」


イルミナは次々に書類をさばきながら指示を出す。

その姿は、以前よりもしっかりとしていて自信が溢れているようにも見えた。

今までは全てにおいてヴェルナーたちに確認を取らねば安心できなかったが、今では確認せずともことを進めるようにまでイルミナは成長した。

そのおかげで作業効率は上がり、今までよりもずっとこなせる執務量が増えたのだ。


「陛下、午後にはデザイナーの方が登城されます。

 どちらに案内を?」


「あぁ・・・、そうですね、瑠璃の間に案内をしておいてください」


「かしこまりました」


凡そ一年後の結婚式に向けて、全ては稼働し始めていた。

既に各国の主賓たちへの招待状は準備出来ている。

同様に国内の貴族の分もだ。

ラグゼンファード国王夫妻にその弟、ハルバート国王夫妻、そしてそれらの国の主要貴族。

来るか来ないかは不明だが、同盟を組んでいる以上送らないわけにはいかない。

国内の貴族はブランたちを始め、年明けに行う貴族会議に参加するものすべてに送っている。


イルミナの、というより王族の結婚式はお披露目のほうが長い。

神に誓う、などの行為を行わない為、国王あるいは女王がその結婚式に立ち合うだけのものだ。

今はイルミナが女王の為、それも担うことになる。

大広間でそれを行い、イルミナとグランはバルコニーから国民への挨拶を行う。

一昔前までは馬車で城下を周っていたようだったが、一度襲撃にあって以来それもなくなった。

その代わりに城下は三日三晩、お祭り騒ぎとなる。

沢山の商人たちが出店を開き、いろんな場所から人が王都に流れ込むのだ。


王族の結婚式は、金回りの流れをよくする行事の一つだ。

いくらイルミナ自身が質素に行いたいとしても、それを許可するものはいないだろう。

先王たちは、浪費家ではなかった。

その為、潤沢とまでは行かずとも余裕はあるのだ。

それに、今までイルミナの誕生会が質素であったことを気にする者たちは、今こそやるべき時だと漲らせている節もあることを、イルミナは知らない。


「では陛下、我々はこちらで。

 書類に関しては五日ほど頂ければ完成させます」


「ありがとう、お願いしますね」


そう言ってドルイッドとレネットは執務室を後にした。


「陛下、昼までにこちらの書類の確認をお願いします。

 食事後、卿と話し合いをし、デザイナーの方がいらっしゃったらそちらに移動という形で問題はありませんか?」


「大丈夫です。

 よほどのことが無い限り、その予定でお願いします」


「かしこまりました。

 アーサー、陛下がちゃんと休憩を取られているか、確認お願いしますよ」


「わかった」


「・・・、ヴェルナー、アーサー・・・」


イルミナの情けない声に、ヴェルナーは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

以前よりも休憩を取るようになったとは聞いているが、また倒れられたら困るのだ。

アーサーベルトもそのことを痛いほどに理解したのだろう。

ヴェルナーの言葉に神妙になって頷いていた。


「陛下、以前よりも休憩を取られるようになられたのは成長でしょう。

 で・す・が!

 まだまだ偶に取り忘れているとの報告も受けておりますからね!

 これからはアーサーがしっかりと管理しますから、ちゃんという事を聞くようになさってください」


「・・・はい・・・」


そこまで信用がないのか、それよりも情報が漏えいしている事に驚けばいいのか。

イルミナは肩をしゅん、と落とした。


「ヴェルナー、そこまで言わなくてもいいだろう?

 私がちゃんと見ておくから、な?」


イルミナの消沈した姿に、アーサーベルトは慌ててフォローを入れる。

アーサーベルト自身、イルミナは休息を取らなさすぎだと思わなくもないが、少しずつ改善している。

・・・偶に集中しすぎて忘れているのも本当だが。


「・・・はぁ、頼みましたよ、アーサー。

 陛下は頑張りすぎる節があるのですから、周りの人間がちゃんと見ておかないとならないんですからね」


ヴェルナーはそれだけ最後に言うと、失礼しますと言って執務室から出て行った。


「・・・気をつけましょうね、陛下」


「・・・そうですね」


残された二人は、深いため息を吐きながら肩を落とした。






**************





「お久しぶりです、女王陛下」


「久しぶりですね、ビアンカ」


グランとの話し合いの後、瑠璃の間にはグラン、ヴェルナー、アーサーベルト、そしてイルミナの他に一組の男女がいた。

一人は、燃えるような赤毛を持ち、豊満な体にぴたりと合ったドレスを着ているビアンカ・ロッソ。

呉服店ロッソの主だ。

そしてもう一人は、ロッソお抱えのデザイナー、ルミエール・アランゾだ。


「ご機嫌麗しゅう、女王陛下。

 前よりも少し顔色がよくなっていますわね!」


「ありがとう、ルミエール」


ルミエールは、所謂女性の感性を持った男性だった。

初めて会った時、イルミナも驚いて絶句したものだ。

しかし彼のデザインは間違いなく、戴冠式の際にも彼の手によるものだった。

ルミエールの見た目は貴公子といっても良く、口さえ開かなければ令嬢たちの噂の的になったであろう。

しかし実際には別の意味で噂の的になっているが。


「陛下!

 今回は婚礼衣装ですってね!!

 私に任せて!

 この世でいっちばん綺麗なドレスを考えるわ!!」


ルミエールは頬を興奮で赤らめながらイルミナの手を取った。

それにイルミナは苦笑を浮かべながらも頷いた。


「あなたの腕は信用しています。

 またお願いしますね」


「任せて!」


その様子を、何とも言えない表情で見ているのがグランとヴェルナーだ。


「・・・聞いてはいたが、実物を見るとなると違うな」


「私も初めてお会いした時はそう思いましたよ」


若干引き気味の男二人に、ビアンカは豪快に笑う。


「何腰引いているの!

 ルミエールの腕は確かよ!

 このあたしが保証するんだから、安心なさい!」


老舗としても名高い呉服店ロッソは、ビアンカが主となってからますますその人気を博した。

彼女自身はデザインの才能があまりないようだが、人を見る目が長けていたのだ。

そんな時、自身の性別に苦悩していたルミエールを見つけ、熱烈なラブコールをし、そして彼をロッソのデザイナーとして雇った。

初めのころは、男性がデザインするという事で忌避されがちだったが、それ以上に彼のデザインの才能は素晴らしかった。

そうして実力と共に、ロッソは王都一番と言ってもいいほどの呉服店へと成長したのである。


「それにしても陛下も奇特な方よね~。

 初対面のご令嬢なんて、私を見て悲鳴を上げるっていうのに。

 陛下ってば一瞬固まっただけだったものね。

 あ、陛下、こっちにお願いします」


ルミエールは昔を懐かしむように目を細めながら、イルミナを衝立の向こうへと案内する。

それだけ見れば、貴公子が物憂げにしているようにも見えるが、その手には巻き尺や布やらが握られている。


「まぁ、初めて会った時は多少なりとも驚きましたがね。

 あの時は・・・採寸で疲れていたのもありましたし・・・」


戴冠式用のドレスの制作の際、イルミナとルミエールたちが実際に会ったのは二回しかない。

当時のイルミナは政策に追われ、採寸の時間ですらも捻出しなければならない状態だった。

なのでメイドたちに採寸させ、それを基にルミエールがデザイン、そして城のお針子たちが総動員で縫っていたのだ。


「もう、女の子なんだからドレスづくりを嫌がっては駄目よ!

 この国の女王陛下なんですもの、美しくあってナンボってものよ!

 あら!

 陛下前より腰回りが細くなっているわ!

 ビアンカ!

 記録お願い!」


「わかったわ」


ロッソの二人が衝立の向こうへと消えたことで、男二人はひっそりと息を吐く。


「大変だな」


「そうですね・・・、だからあまりドレスをお作りになられないのかもしれません」


こそこそと小声で話す。

二人に聞こえたら雷が落ちるだろうと分かっているからだった。


「ちょっとー!

 宰相殿!

 陛下少しお痩せになっているわよ!

 ちゃんとお食事されているの!?」


「る、ルミエール、ちゃんと摂っていますから・・・!」


「うっそ!

 これで!?

 駄目よ陛下!

 女性の綺麗は一日じゃ出来ないのよ!!

 顔色は前よりマシになっても隈があるじゃない!

 もう!男ばかりだと駄目ね!!」


「ルミエール、後であたしから食事のメニュー渡しておくからそこまでにおし。

 それ以上言ったら向こう側にいる男どもが再起不能になるよ」


「んもう!

 結婚式までには何とかするわ!

 だから陛下、私ちょくちょくこちらに来るからね!」


「え、あ、はい」


二人の剣幕に押されて、イルミナはたじろぎながらも頷く。

ここで下手に仕事があるから無理だなんて言えば、更なる追撃が待ち構えているに違いない。


「んー、やっぱり背が伸びているわ。

 一年近くあるから念のためぎりぎりまで調整出来る様にしましょ。

 もう伸びないとは思うけど分からないからね」


「ん、そうね。

 じゃああとはあたしに任せて、ルミエール。

 流石に下着はあたしが見るよ」


「お願いね、ビアンカ。

 下着も全部オーダーメイドで行くわ!

 ささ、男たちは一度別室に行きましょ!」


「え、えぇ・・・!?」


ルミエールはグランとヴェルナーの腕を掴んで強引に隣室へと向かう。

その予想外の力強さに、二人は戸惑いながらも流されるままとなった。


「ちょーっとオハナシ(・・・・)してくるから!

 ビアンカ、時間かけちゃっていいわよ~」


「わかったわー」


ビアンカとルミエールの言葉に、不穏なものを覚えた男二人だが、逃げられるはずもなく大人しく連れていかれた。


「・・・大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。

 ルミエールだってそんなにひどいことをするわけではありませんわ。

 ただ、彼は男ばかりの城で陛下を気にする男性が少ないことを前々から気にしていたようですからね。

 宰相殿と婚約者様は一番身近と言っても過言ではございませんでしょう?

 あぁ、騎士殿は論外ですけどね!」


「・・・」


イルミナはビアンカの言葉に言い返せない自分がいる事に、心の中でアーサーベルトに謝った。

いなくて、良かった・・・もしいたら、きっと衝撃を受けているだろうから。

ビアンカは、少し遠い目をしたイルミナに苦笑を浮かべる。


「陛下、陛下は、とてもよく頑張られていると思いますわ。

 リリアナ様を蹴落としたとか言われていますけど、民は皆貴女様の今までを知っているんですよ。

 孤児院を訪ねてくれたこと、村々を見て回ってくれていたことを。

 全部が実を実らせているわけではないから、分かりづらい事もありましょうけど、それでも民は自分たちの為に頑張ってくれる人を認めないなんてことはしませんわ」


「―――・・・」


「でもね、陛下。

 陛下は女王陛下であらせられるけれど、それと同時に女性ですのよ。

 美しく着飾ることも、必要な事」


「美しく、着飾る・・・?」


ビアンカは下着のサイズを確認しながら頷く。


「誰だって、美しいものや人が好きです。

 それこそ、リリアナ様が人気だったのはそこも一つですわ。

 質素で有ろうとするのは、悪いことではありません。

 でも、陛下がこの国の象徴なのです。

 陛下がヴェルムンドという国を一番に体現しているのです。

 その陛下が質素にされていたら、国が質素だと思われることもある、ということですわ」


「・・・考えた事、ありませんでした」


「ふふ、陛下はあまり美容とかドレスに興味がございませんものね。

 でも!

 これからはあたしとルミエールが陛下をどんどん美しくしますわ。

 誰が見ても、思わずため息を吐いてしまうくらい」


パチン、とウィンクをするビアンカに、イルミナは目から鱗が落ちたような思いをした。

イルミナは、王族だからと言って豪華絢爛に在るべきではないと思っていた。

豪奢にし過ぎるほど、民からの反感を買いやすいとも。

だが、それだけでは駄目なのだ。

イルミナというヴェルムンドの女王は、ある種の宣伝と言ってもいいのかもしれない。

イルミナが美しく、そして豪華でいればその分他国はヴェルムンドという国の情報を僅かなりとも得る。

そう、女王が美しく着飾れるだけの余裕があるということが示せるのだ。


「それに陛下、

 陛下が社交界の流行の先端になれば、その分お金が回りますわ。

 呉服店が、生地が、宝飾店が、加工店が。

 ね、陛下。

 着る物一つでも動かせるものもあるんですよ」


「―――さすが、やり手と名高いロッソの主ですね。

 こうまで言われれば、贔屓にしたくなります」


ビアンカはにこりと笑う。


「確かに、私の周りには男性しかいないということの意味が理解出来ました。

 誰もそんな事、考えてもいませんでしょうからね。

 私自身、社交界なんてもの殆ど出席していませんから・・・流行なんてもの気にした事もありませんでした」


「駄目ですわ、陛下。

 女性にとって、ドレスはある意味戦装束でしてよ!

 着飾ることで他者を圧倒するのです!

 陛下は元はいいのですから、もっと頑張れば美しくなれますわ!」


力強く言うビアンカに、イルミナはくすりと笑った。

メイドたちがやたらと自分を着飾りたい理由も、きっとそこにあるのだろう。

知らなかったとはいえ、悪いことをしたなと思った。

・・・それでも採寸やらやたらと時間がかかるのは勘弁願いたいところではあったが。


「ではビアンカ、これからは貴女のところをメインにお願いします。

 ただ、メインを変える事もありますよ?」


「もちろん!

 陛下があたしたちに飽きない様、精一杯最新の、そして最高のドレスを作り上げて見せますわ!!」



ドン、と自身の胸を叩くビアンカに、イルミナはこうやって女性が強く在るのも、いい国の一つになるのかもしれないと考えた。


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