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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
123/180

【閑話】 間違えた道




手首に付けられた手錠が、ジャラジャラと不快な音をたてる。

武骨なそれのせいで、手首は擦り切れ所々に血が滲んでいる。

こんなことをして許されると思っているのかと叫んでも、誰一人相手にしてくれない。

いつもであれば追随してくるメイド仲間は、憔悴しきった顔で黙り込んでいる。

馬車に押し込められ、休みを挟むことなくずっと揺られ続ける。

固い板が節々にあたり、酷く傷んだ。


そうしてようやく速度が落ち、王都に着いたのだと知るや否や、すぐさま冷たい牢屋に入れられた。

全員別々に入れられているらしく、大声を出しても知った声は聞こえてこない。

食事は一日に二回、味の薄いスープに柔らかさという概念を捨てたパン。

余りにも惨めだった。


どうして、自分がこんな目に。

わたしは、第二王女殿下の専属メイドだというのに、なんたる仕打ちか。

あぁ、それに姫さまは一体どうされているのだろうか。

自分たちがお傍にいなくて、心細さで涙を流されていないだろうか。




どうして、


―――どうして、こうなったのだろうか。








第二王女専属。

それは、城に務める者であれば誰もが憧れるものだった。

第二王女専用のメイドと騎士。

先王自ら選ぶそれは、国内でも一・二を争う名誉ある仕事だ。


先王陛下の愛娘、ヴェルムンドの至宝、妖精姫と名高いそのお方。

そんな至高のお方の傍で、守り、そしてお世話をする。

それは誰もが夢見るものだった。


わたし、カリーナも第二王女殿下に仕えたいと思い、必死になった一人だ。

リリアナ殿下に仕える為、沢山の勉強をした。

美味しい紅茶の淹れ方、装飾品への知識。

どれをとっても一流でなければならないと必死になった。


第二王女殿下の専属を決める選考会の開催は、当時の陛下がお決めになられていた。

年に一回のときもあれば、ない時もある。

まさに運というわけだ。

それに、万が一それで選ばれたとしても、第二王女殿下がお気に召さなければその役を下ろされることだってある。

下ろされた者たちの末路は悲惨だ。

他の屋敷で雇ってもらえるはずもなく、市井に下らざるを得なかった人がいたというのも聞く。


しかしわたしから言わせれば、気にいられなかったのが悪い、だ。

第二王女殿下のお心を安らげることが出来ないものが、お傍に居て良いはずがない。

あのお方の周りには、常に超一流の者しか(はべ)ってはならないのだ。


下ろされた者たちのお蔭というのだろうか。

その年、専属の選考会が行なわれた。

応募人数は二十人はいただろう。

それでも、一人も残らない事もあると聞き、わたしはそれから更に必死になって勉強をした。


そもそも、なぜわたしがこうまでして第二王女殿下のお傍にいたいのか。

第二王女殿下はご存知になられないだろうが、わたしは初めて殿下をお見かけした日を、今でも鮮明に覚えている。

殿下がまだとても幼なかったとき、わたしはメイドとして城に上がりたてだった。

しがない男爵令嬢ではあったがそれでも大切に育てられていたわたしは、したことのない仕事に疲れ果て、さらに運悪くその日はメイド長に怒られて心が折れていた。

だが、誰かに泣きつくなんて出来ず、庭の片隅で泣いていたのだ。

出来るなら帰りたかった、だが、それを父は許してくれない事も心の片隅で理解していた。

どうしようもない思いに、ただ泣くしかわたしには出来なかった。


そんなときでした。

王妃様に連れられた殿下を見たのは。

散歩をしていらしたのでしょう。

小さな足をちょこちょこと動かしながら歩くあのお方は、まさに天使でした。

そして、王妃様に向けられた笑顔を見て、わたしはさきほどとは別の意味で涙を流したのです。


あの、全幅の信頼を寄せた笑顔は、今でも忘れられません。

わたしは、あの笑顔をどうしても向けて欲しくなってしまったのです。

王妃様に向けるほどでなくとも構わない、でも、少しでもいいから信頼を含んだ笑みを向けて欲しい、と。


それからわたしは死に物狂いで勉学に励んだ。

寝る間も惜しんだ甲斐もあって、その年のメイドはわたしだけが選ばれた。

天にも昇る気持ちというのは、今の為にあるのだろうと思うほどの歓喜が、わたしの体を包んだ。


初めて言葉を交わしたとき、第二王女殿下、リリアナ様は十歳だった。

既に何人か、先輩の専属メイドがいたが、わたしは絶対に一番に頼られるようになろうと心に誓う。

だって。


「新しい、メイド?

 わたしはリリアナ!

 これからよろしくね!」


輝かんばかりのその笑みに、わたしはつい言葉を失う。

姫さまが目の前にいなければ、わたしは感涙していた。

一生、このお方を守ろう。

何一つ傷をつけられないよう、全ての悪意からお守りしよう。

―――そう、誓ったのに。





リリアナ様、わたしの、大切な姫さま。

どうして、どうしてこんなことになったのでしょうか。

どうして、姫さまではなくあの暗い第一王女殿下が女王になったのでしょうか。


わたしは、今でもあの時の姉姫を忘れていない。

冷たい表情で、別れの言葉一つ言わなかった薄情者。

あの人さえいなければ、わたしの姫さまがエルムストなんて送られることもなかった。

あの人が、姫さまの人生を台無しにしたのだ。


「―――お前は、そう思うのだな」


当たり前でしょう。

リリアナ様以上に、この国の女王に相応しいお方などいるはずがない。

少し早く生まれたというだけで女王になった、あの姉姫なんかより、ずっと。


「だが、リリアナ様は女王になりたくないと言っていた」


そんなの、あの姉姫に唆されたに決まっている!!

だから、だから王都に戻ろうとしたのに。

本来あの座にいなければならないのは、姫さまだというのに。

きっといまやあの城は姉姫の魔術にでもかかっているのです。

だから、誰もがリリアナ様を邪険に扱う。

そんなこと、許されていいのでしょうか。

いいえ!!いいえ!!

この歴史あるヴェルムンドに、そのような魔女がいるなんて許されていいはずがない!

リリアナ様が、影に追いやられていいはずなんてない!


「・・・いまや、その女王陛下こそがこの国の女王に相応しいと誰もが言ってもか」


当たり前でしょう!!

きっと、あの人は魔女です。

きっと、この国にいつか災いを呼ぶでしょう。

だから!

だからリリアナ様に!!

・・・そもそも、あの騎士共・・・。

あいつらが失敗するから、こうなったの。

あぁ、あぁ!!

脳筋など信じなければ良かった!!

わたしたちメイドだけで行っていれば、こんなことには!!


「もう、そう言っているのもお前だけだぞ」


―――は?

今、なんと?


「もう、他のメイドや騎士たちは自分たちの過ちを認めた。

 二度とリリアナ様を担ぎ上げようとしないことを誓った者もいる」


―――裏切った!!

なんて、なんて最低な真似を!!

あいつら、姫さまを裏切った!!

今すぐここから出して!!

裏切り者は、それ相応の報いを受けさせねばならない!!


「―――お前は、どうしてそこまで・・・」


どうして!?

そんなもの、決まっているでしょうが!!

姫さまこそが、この世の至高なのに・・・!

姫さまを裏切った者たちに、制裁を!!

そうでなければ、姫さまが、姫さまが・・・!

あぁ、あぁ・・・!

何てお可哀想な姫さま、大丈夫です、わたしがいます。

わたしは、姫さまの為に生きているのです。


「・・・狂っているな」


煩い!

お前になど何が分かる!!

わたしの姫さまこそが、この国の女王に相応しい事に何故気付かない!?

あぁ、分かったわ、きっと洗脳されているのね!

あの女王を語る魔女に!!


「―――メイド、カリーナ。

 お前の処罰は俺から進言しておこう。

 女王陛下への侮辱、生きて外に出られると思うな」


ふざけるな!!

わたしはっ、わたしは!!







「あぁ、そう言えば」


騎士の一人である男は、はたと思いだしたと言わんばかりに振り返る。

エルムストから不眠不休で馬車を飛ばし、罪人を牢に入れ三日。

かつての清楚な姿とは程遠くなったメイドが男を迎えた。

目は血走り髪は振り乱れ、その姿はまさしく鬼といったところだろうか。


彼がカリーナと呼んだメイドには、一つだけ嘘を言っていた。

他の者たちが素直に罪を認めた、という部分のみだが。


自分たちの想像以上に、彼らは狂信的に第二王女を崇拝していた。

誰もが第二王女こそが女王に相応しいと考え、それが天命だとすら言う者もいた。

まぁ、全員が全員、そうというわけではなかったが。

王都に着いてから、外を見た一部のメイドと騎士は、あまりにも変化のない城下を見て絶句した。

きっと彼らは、リリアナ姫がいなくなったことですべてが消沈していると思っていたのだろう。

しかし、実際は全く異なっていた。

更につい先日にはイルミナ女王陛下の婚約が発表されたのだ。

来年には結婚をすると発表もしているので全体的にそわそわしているものも多かった。

結果的に言えば、活気づいていたのだ。


耳を傾けるか分からなかったが、聞きそうな者たちには今のヴェルムンドについて話してやったのだ。

呆然としながらも受け入れる者と、そんなはずないと怒鳴り返す者。


それらを騎士の男は事細かに記録していた。

いや、屋敷にいた時からしていた。

記録すればするほど、どうして彼らがそこまで第二王女に傾倒しているのか理解できなかった。

彼らは、気付いているのだろうか。



「―――そう言えば、リリアナ様は誰一人、お前たちの名を呼ばないのだな」



そして男は地下を後にする。

数拍置いて、以前にも聞いたような絶叫が地下から響いた。


「お疲れ様です」


「あぁ、他はどうだった?」


「同じですね。

 報告書にまとめてから決定が下されると思いますが、ほとんど飛ぶ(・・)でしょう」


「ふん、

 それも当然だな。

 今や陛下を認めない者は淘汰されるだけだというのに」


男たちは深いため息を吐く。


「自分ですら不思議に思いましたよ。

 呼ばれもしないのに、どうしてあそこまで盲目的になれたのかと」


「俺にもわからん。

 あそこまで狂信的になるとただ気味が悪いだけだな」


「本当に・・・。

 でも一部の者は勿体ない事をしましたね。

 実力はあったのですから、専属にさえならなければ今頃隊長になっていてもおかしくないくらいの人もいたでしょうに」


「どうでもいいことだろう。

 あいつらはあそこにいることを望んだ。

 俺たちはそうでなかった。

 それが全てだ」


「それもそうですね」


カツカツと軍足を鳴らしながら歩く。

背後からは細くなる悲鳴が今だに聞こえてくるが、二人に気にした様子はなかった。




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