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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
122/180

家族




「―――ち、ちうえ・・・?」


ウィリアムは、久しぶりに見るその姿を、信じられない気持ちで見た。

以前よりも、若々しく見えるのは気のせいだろうか。

どうしてここに、と言葉にならない思いで父を見る。


「―――久しいな、ウィリアム。

 息災の様で何よりだ」


言葉だけを取れば、何ら不可思議なものはない。

だが、自身の父から発せられる威圧感に、ウィリアムは唾をのみ込んだ。







「グイード」


「あ、来てたんですか、伯」


以前と変わらない態度のグイードに、グランは零しそうになる苦笑を隠した。


「私は既に辺境伯ではないぞ」


「存じ上げております、

 でもなんてお呼びすればいいのか分からないので」


いや、以前に比べて言葉遣いが格段に良くなったと考え直す。

前はもっと荒かったと記憶しているから。


「名で良いだろう。

 ライゼルトでも構わないが」


「それもそうですね・・・。

 ヴァン様が辺境伯ですしね。

 ではこれからはグラン様とお呼びします」



あの後、グランは屋敷へと正面から訪問した。

憔悴しきったリリアナは先王たちに任せ、自分は事の次第をアリバルに話そうとしていたのだ。

そして久方ぶりに見るグイードに声をかけた。


「それにしてもあか抜けたな。

 お前の事はよく聞いている。

 頑張っているようだな」


「ありがとうございます」


アリバルから聞いた限りでは、まだまだだが以前に比べれば天と地ほどの差があるだろう。

これであれば、ある程度の貴族とも渡り合う事が出来る。

彼の祖父ほどの頭の回転の良さはまだなくとも、それも経験と共に成長するであろうとグランは思った。


「あ・・・、

 そういえばご子息に会いましたよ」


「・・・ウィリアムとか」


グイードは表情を変えないまま頷く。

彼がこんな表情をするという事は、ウィリアムは未熟だと彼が判断した為だろう。

自分の息子が、彼と同い年ぐらいの青年にそのような評価を下されることに少しだけ落胆する。


「グラン様のご子息であることはさぞかし大変だろうなぁ、と僭越ながら思いました」


不敬にすら聞こえるそれは、グイードの本心をオブラートに包んだものなのだろう。

だが、結果としてグランの息子とは思えないと言っているようなものだ。

そしてその本心こそが、グランの欲しているものだった。


「・・・どう駄目だ?」


「ほとんど」


ばっさりと切り捨てるグイードに、グランは今度こそ苦笑を浮かべた。

自分が相手だからまだしも、他の貴族であれば即刻打ち首でもおかしくない。

それをしないと分かっているからこそ、グイードもそう言うのだろう。


「―――そもそも、好きな女のことを理解しなさすぎるし、経験も全然。

 優しさと愛情をはき違えている感スゴイ。

 頭は良いのかもしれないですけど、それ以上にアホですね!」


・・・ズタボロだ。

良い笑顔で言うあたり、そこらへんもアリバルに教育されているのだろうと思える。

その対象が自分の息子であることにグランは失笑を禁じ得ない。


「・・・言ってくれるな」


グランの諦めを孕んだ言葉に、グイードは不思議そうに首を傾げた。


「だってそうでしょう?

 真綿に包んで守ったとして、その真綿がなくなったらどうするつもりだったんですか?

 オヒメサマ、生きていけるんですかね?

 愛しているからこそ、怒り、そしてその心に寄り添おうとする、間違えた道を進もうとすれば止めるし、悲しい思いをしていればそれを話してほしい。

 優しくするだけなら人形でも愛でていればいいとすら思います。

 一人の人を愛するっていうのは、簡単なことじゃないって何で気づけないんですかね」


俺でもわかるのに、とぼそりと言うグイードに、グランは笑う。

グランからすれば、グイードが成長し過ぎなのだと思う。


「我が息子ながら、成長の無さに驚きだった・・・色々と騎士から聞いている。

 面倒をかけたな」


「そんなつもりではないです。

 ただ、オヒメサマがあんまりにも夢の住人なんでね。

 旦那になるつもりがあんなら現実に引き戻すのも愛情ってゆーもんでしょう」


グランの言葉にグイードは唇を尖らせながら、苛立たしげに言った。

それでも、グランの手前優しく言っているつもりなのだろう。

全く持って意味を成していないが。


「私も、息子でありながら何もしなさ過ぎた。

 私にも咎はあるだろう」


グランの言葉に、グイードは眦を上げた。


「そもそも貴族ってのは親子でも難儀すぎませんか?

 間違ったら怒られるなんて普通だっていうのに、貴族はそういったことしないんですね。

 俺なんて何度オヤジに殴られたか・・・、いや、ジジィにも殴られた・・・まて、ばーちゃんにも・・・」


だんだんと遠い目をし始めるグイードに、グランは笑みを零しながらも心の内で謝罪した。

自分の息子より下の子に、気づかされるなんて。

ウィリアムは貴族の息子として、満点に近い点数を常に叩き出していた。

それを誇りにすら思っていた。

しかし、ただの親子としてはどうであっただろうか。


先王に言っておきながら、グランはウィリアムを引っ叩いたことなど小さいころに数度あっただろうか。

間違えたときには冷静に淡々と説明だけをしていたような気もする。

大人同士であれば、それは有効であっただろう。

だが、ウィリアムはグランの息子だ。

間違えたときには怒鳴ってでも理解させるべきだったのかもしれない。

自分があまりにも感情的な部分を見せてこなかったせいか、ウィリアムも感情的な一面を自分に見せることなく成長してしまった。


「本当に、お前には驚かされてばかりだ。

 私もまだまだ成長の余地はあるということだな」


グランの言葉に嫌そうな表情を浮かべた。


「やめて下さいよ。

 これ以上何を成長されるつもりですか。

 ―――高すぎる目標は叶えづらいんですよ・・・」


「ん?

 何か言ったか?」


「いいえ」


とりあえず、グランの目的はほぼ果たした。

リリアナの意識改革も終わり、先王たちも立場をいうものを理解してくれただろう。

これで当分の間、こちらに気をやらないで済むかもしれない。

そうすればイルミナの心も少しは軽くなるだろう。

それにグイードとの話はとても為になった。

あとは。


「・・・グラン様」


グイードはグランをまっすぐに見る。

いつだって、彼はグランをまっすぐに見ていた。


「―――部屋にいると、聞いていますよ」


それは、グイードなりの応援だったのだろうか。






****************






頼んだ紅茶は、不思議といつもと違ったような味がした。

リリアナの趣味に合わせたそれは、果物のような甘い香りをさせることが多い。

もしかしたら、父の好みに合わせているかもしれないとウィリアムは考えながらそれを口にする。


「・・・こちらでの生活はどうだ」


ぽつりと零されたそれに、ウィリアムは一瞬反応が遅れた。


「え・・・あ、不便なく、しております」


ウィリアムは、今までどのようにして父と話していたのか分からなくなった。

傍を離れて早数か月。

今までも長期的に会わないことはあったが、ここまでの気まずさはなかった。

そんなウィリアムの心情に気付いたのか、グランは息を漏らすように笑った。


「―――お前の、母の話でもしようか」


「・・・母上、の・・・?」


グランは少しだけ寂しげに微笑んだ。


「お前の中で、母はどのような印象がある?」


父のいきなりの問いに、ウィリアムはしどろもどろになりながらも答えた。


「その、とても儚く・・・優しい人だったと・・・」


グランはウィリアムの言葉に笑った。


「お前の母だがな、ロゼリアはとても気の強い人だった」


「母上が・・・?」


ウィリアムの脳裏には、ベッドの住人となり、いつでも優しく微笑んでいる母の姿だ。

気の強いという言葉からもっともかけ離れた人だと思っていたのに。


「基本は物静かだったのだがな・・・一度怒らせたら烈火のごとく怒る人だった。

 喧嘩こそしなかったが、アレに口喧嘩で勝てたことなど一度もなかったよ」


そういう父は、懐かしいものを見るかのような目で、ウィリアムを見た。


「・・・逝く前に、あれほどお前のことを頼まれたというのにな・・・。

 結局、私もお前をちゃんと見ていなかった」


そう言って、グランは目を伏せながら後悔を滲ませた。

ウィリアムは、自分が見ているものが信じられずにただ瞠目している。

自分の知る父は、このようなことを言う人だっただろうか。

戸惑いを隠せずにいると、父は強い視線を向けてきた。


「前回の件に関して、私はいまだに許してはいない」


「!!」


「だが、お前がもっと私に話しやすい環境を作っていれば、どうにかなったのかもしれないとも考えなおした」


「それは!!」


グランは疲れたように椅子に深く座り込むと、天を仰いだ。


「私は、常に貴族たれと教えられてきた。

 いついかなる時でも、感情を押し殺し、全ては民の為たれ、と」


ウィリアムには、その言葉に聞き覚えがあった。

幼いころより、ずっと父に言われていた言葉。

それは、父も言われていたのだと知る。


「―――だが、それを子に押し付けるのは違ったのだな」


ふ、とグランが諦めたように笑うと。


「―――違います!!」


ウィリアムは大きな声でそれを否定した。

その大声に、グランは驚きから微かに目を見張る。


「ち、父上は、確かに僕を愛してくれておりました!!

 いつだって厳しくも優しく、それでいて僕のことを思ってくれているのが感じられました!!」


ウィリアムは荒ぶる感情のせいか、涙がこぼれてきた。

父に、そんなことを言わせたいのではない。

いつだって、父はウィリアムにとって目標であり、越えられない壁だった。


―――だからこそ、怖かった。


自分よりも何もかも出来た人。

常に人を導き、助け、強きを挫く。

常に弱き人の為たれと。


それをいつも言われていた。

しかし、本当にそれが出来るのだろうか。

父のように、誰からも敬われるような人になれるのだろうか。


時として、人は大きすぎる壁に委縮する。

越えられない、ではない。

超えることが出来ない、と諦めてしまうのだ。

ウィリアムはそうならないよう自分を鼓舞していた。

必死になって、必死になって。

それでも、自分が父を超えられる想像は少しも出来なかった。


だから、怖かった。


失笑される自分を。


幻滅される自分を。


何より・・・。


―――失望される自分を。


そんな時に、彼女に出会ってしまった。

美しくも、愛らしい人。

大好きな姉の為に頑張りたいと、好きなものを知りたいと言っていた。

純粋に、姉を慕うその姿が、羨ましかった。

花のような香りをまとわせ、その笑顔で人を幸せにする彼女。

自分とは全く違う世界に住んでいるような彼女に、心奪われた。

それはある意味、ないもの強請りだったのかもしれない。

自分にないものを、他人に求めてしまうこともあるのだろう。


「申し訳ありません―――!!

 父上、僕は、父上のようには、なれません―――!!」


それは、言いたくて、言えない言葉だった。

父の期待を裏切る行為、それだけはしたくなかった。

でも、もう無理なのだ。

頑張っても頑張っても。

父を超えられる気がしない。

それは、リリアナとの婚姻の件で痛いほど思い知らされた。


常に父と比べられる毎日。

父ほどの才能が有ればと、何度言われたことか。

案の全てが、それ程度かと。

それであれば我々でも思いつくと言われたあの日々。

ただひたすら、絶望のなか耐えた。

それでも、耐えられなかった。


そして手伝ってくれと縋った彼女は、何も返してくれなかった。

それで失望し、嫌えていれば楽になったのかもしれない。

それでも、嫌えなかった。

―――本当に、愛しているのだ。

今でも。


「申し訳ありません、父上・・・!!

 父上を超えたい・・・それ以上に、リリーを愛しているのです・・・!!

 わかっています!!

 彼女が、あまりにも足りないことなど・・・!!

 それでも、彼女は、僕にとっての光なんです・・・!!」


ウィリアムは、ぼろぼろと涙を零した。

父の期待に応えられない自分が、嫌だった。

それでも、リリアナと一緒にいる未来が欲しかった。


他人から見れば、なんて馬鹿な道を選んだのだろうと言うだろう。

もっと、賢い道があっただろうと。

それでも、無理なのだ。

愛してしまったのだ。

彼女のその愚かさですら、自分には愛おしいのだ。


「・・・ウィル」


久しぶりに父の口から聞く愛称に、ウィリアムは顔を上げた。

怒られるだろうと思ったが、それに反して声音は優しくウィリアムの耳に届いた。


「ウィル、お前ももう大人だ。

 そこまでして愛し、守りたい存在が出来たことを父として、そして同じ男としてとても喜ばしく思う。

 だが、それでもお前たちはやってはならないことをしたという意識は持たなければならない、わかるな?」


ウィリアムはこくりと頷いた。


「大切なものを守るために、私は力を欲し、そして手に入れた。

 それでも、お前のように守り切れずに取りこぼしたものなど数えきれない。

 その度に苦悩し、そして成長してきたと思っている」


父のその告白に、ウィリアムは息をする事すらも忘れて聞き入った。

完全無欠のように見えた父にも、自分と同じように苦悩した日々があるというのが信じられなかった。


「だが、私とお前は親子でこそあれ、同じ感性をもつものではなかったことを、気づけなかったな。

 ・・・ウィル、ここで平和に暮らせ。

 女王陛下のお達しの通り、ここでお前の愛する人の楔となれ」


「ち、父上・・・」


「いずれ、お前たちの罪が許される日も来るだろう。

 それまでの贖罪の日々、辛いと思うがそれも試練だ」


そしてグランは席を立った。

そのまま呆然とするウィリアムの傍によると、そのまま軽く抱きしめる。

そのいきなりの抱擁に、ウィリアムは狼狽えた。


「―――ずっと言っていなかったな。

 大切なわが子よ、愛している」


「~~~~!!

 ち、ちちうえ!!」


涙が、止まらなかった。

ずっとずっと、不安で仕方なかった。

嫌われたと、そう思っていた。

貴族の息子として不出来な自分は、もう二度と息子と名乗れないのだろうと漠然とした不安と共にそう思っていた。


でも。


「ごめんなさいっ、ごめんなさい!!

 父上の、期待に応えられなくて・・・!!」


「・・・もういい、いいんだ」










ヴェルムンド国先王とその妻、そして第二子リリアナ・ヴェルムンドはそれ以降表舞台に立つことはなかった。

賢君として名高いイルミナ・ヴェルムンドが、その身柄をエルムストに封じたとされているが、その後一度も領地から出ていない事から何かしらの密約があったものだと想像されている。


リリアナ・ヴェルムンドは若くしてその命を散らす。

病に倒れたとも、毒杯を呷ったともいわれる彼女の死の真相は、誰も知らない。

ただ、その一報を聞いた女王陛下は一滴だけ涙を零したと言われている。

彼女の亡骸は王家の廟に入る事は無く、エルムストの地に埋められた。


夫、ウィリアムは妻亡き後も、先代たちと共にエルムストの地に籠る。

後妻を娶ることなく、その人生に幕を閉じる。




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