第一王女と村の中
タジールは、案内役を自分ではなく他の人間に頼むことにした。
この王女殿下のいいところを、若い者にも知ってもらうために。
「わしの孫を呼ぼう、
そうじゃ、先ほど茶を持ってきたのはわしの妻でな。
アイリーンと言うんじゃが別嬪じゃろう?
そうじゃ、グイードが来るまでわしたちの出会いでも・・・そう、あれは三十年前のこと―――」
「じじぃ、誰も惚気なんざ聞きたくねぇよ」
なぜかいきなり奥方との出会いを話し出したタジールを止めたのは、二十歳前後に見える青年だった。
赤銅色の髪に、深い緑の瞳。
そして鋭い眼をしていた。
「で、こっちがオヒメサマ?
初めまして、俺はグイード。
そこのじじぃの孫な」
「こら!グイード!
殿下に失礼でしょう!」
アイリーンがグイードを窘める。
「いいえ、大丈夫です。
初めまして、グイード殿。
イルミナ・ヴェルムンドと申します」
グイードの、あまりにも目に余る挨拶を全く意に介さず、イルミナは普通に挨拶する。
それに戸惑ったのはグイードの方だ。
「あ、あぁ、よろしく」
「長殿、グイード殿が案内を?」
「そ、そうじゃ、しっかり案内して来い」
なぜかタジールも戸惑っている。
イルミナは何かおかしいのかと自分を見下ろすが、とくに変なところはない。
なぜ、二人そろって変な顔をしているのだろうか。
「イルミナ様は王族なのに気取らないのですね、
それに戸惑っているんですよ、うちのは」
アイリーンはころころと笑いながら言う。
「そうでしょうか、
王族など民がいて初めて名乗れるものですから。
誰もいなければ、ただの人だということを忘れてしまっているのでしょう」
「ふふ、そう言えるお貴族様はいったい何人いることやら、ってことですわ。
まぁ、そんな人ばかりではないというのがわかりましたわね」
さらりと毒を吐くアイリーンに、祖父と孫がぎょっと目をむく。
「それは言えていますね。
本当に、何をはき違えてしまったのか・・・」
祖父と孫は更に目を見開く。
これ以上はきっと目玉が落ちてしまうだろうと言うくらいに。
―――じじぃ
―――なんじゃ
―――この姫さん・・・変だ
―――それはわしもさっき知った
視線のみで会話を成す祖父と孫に、アイリーンは冷たい視線を向ける。
「さぁ、グイード。
殿下をお待たせしないでさっさといってらっしゃい」
「はい!」
その光景をみたイルミナは、これが本で読んだ女は強しなのか、と感慨深げに頷いていた。
**************
「基本雨水はここで貯水される。
ここから整備して色んな所に引っ張って、わざわざ汲みにいかなくてもいいようにしてるんだ」
「では大雨の時はどうされるのですか?」
「その場合だと、あっちにあるやつ、扉みたくなってる板を上げて水をそっちに流すんだ。
あれはそのまま別の貯水する為の溜池にいくからな」
「それが足りず、溢れることなどは?」
「俺が生まれてからは一度もないがな。
でも念のため、更に下の方にもまだあるらしい」
「なるほど、それで田畑へと灌漑するのですね」
「あぁ、そうすることで水不足を無くすんだ」
「なるほど、よくできていますね」
グイードは博識だった。
イルミナも知らないようなことを分かりやすく説明してくれる。
雨季の際の対応、逆に日照りが続いた時の対応など。
話を聞いて直のこと、実感した。
この村の治水技術は素晴らしいものであることを。
それを言うと、グイードは変な顔をしながら村の誰もが知っていることだといった。
「村の誰もが?
どうやって?」
「じいさん共が先生として村の皆に教えてんだよ、
万が一何かあったらみんなで対処できるようになって」
「教えて・・・!?」
その言葉に、イルミナは衝撃を受けた。
教育は、一定の階級の人間しか行われない。
それが当たり前だとなぜ思っていたのだろうか。
「ほかにも薬草を教えてくれるばーちゃんもいるし。
ここは医者がなかなか来ない所だからな。
自分たちでやんねーと」
イルミナは、目から鱗が落ちる思いだった。
そして自分の浅はかさを知って羞恥で顔が赤くなりそうだった。
確かに、教育が一定の階級の人間しか行われていない。
教える人間が少ないのと、それをすることのメリットやデメリットを見れば必要でないと考えられたからだ。
数字や文字を知っても、村人には何の利もないと決めていた結果、そうなっていた。
それでは国の水準を上げる事は難しいとわかっていながらも。
「私は、本当に何も知らないのですね」
今まで勉強してきたことが無駄だとは一切思わない。
それでも、知らない事が多すぎて自分に落胆した。
案外、自分も王族という枠の中に納まっていたという事実に。
凝り固まった考えを持っていた自分に。
―――こんなんで、自分の居場所など作れるのだろうか。
「普通はそうだろ。
でもオヒメサマはちげーよ」
「・・・え?」
グイードは慰めでも何でもなく本当にそう思い口にした。
「俺たちだって、貴族ってのを知ってる。
てかたまに来るしな。
あいつらは俺たちのこと何も知らない、それ以前に俺たちが下だって当然の様に思ってる。
当然のように、自分たちの都合のいいように物事が進むと思っている。
でもお前は違うだろ」
グイードはイルミナの顔しっかりと見ながら言った。
第一王女と第二王女の噂は聞いたことがあった。
だからと言っては何だが、正直なんて馬鹿なやつなんだろうと思っていた。
妹に全部取られているくせに、文句ひとつ言わない。
きっとただの引きこもりで、つまらないやつなんだろうと思っていた。
今回来ると聞いて、正直驚いた。
勝手なイメージだが引きこもりで暗いやつだと思っていたから。
そして祖父と話を勝手に聞いている時、彼女が想像と違うことを知った。
今まで自分たちが見てきたような、奴らではない。
むしろ、俺たちの方に近寄ってくるヤツだ、と。
「お前は、俺たちのこと、知ろうとしてくれてんだろ。
そんでもっと良くしようと俺たちの意見を聞こうとしてくれてるだろ。
数字なんかじゃなくて、人として見てくれてるだろ。
それだけで、俺たちは救われてんだ」
「―――――、」
その言葉に、イルミナは知らぬまま涙を零した。
「え、あぁ!?」
それに狼狽えたのはグイードだが、実際はイルミナも狼狽えていた。
初めてだった。
自分を、認めてくれるようなことを言ってくれた人が。
グイードは、イルミナがここまで来るためにどれだけの訓練を苦痛を味わったか知らない。
それでも、今の自分を見て、そう言ってくれたのだ。
それを喜ばない人は、いるのだろうか。
泣いたことなど久しくなく、勝手に零れ落ちる物をどうしていいのかわからない。
でも、これだけは、伝えたい。
「―――――ありがとう、グイード。
その言葉で、私が救われる」
ふわりと微笑むイルミナに、グイードの心臓が脈打った。




