表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
116/180

村人の怒り




「お久しぶりです、先王妃様」


「アリバル侯爵夫人・・・、そうですわね。

 とても久しぶりな気がするわ」


グイードは、目の前で交わされる挨拶に内心でどうしたらいいのかわからず、ただ戸惑っていた。

そして、目の前の女性が、イルミナの母親だということに、少なからず衝撃を受けていた。

柔らかそうな金色の髪、濃いめの青い瞳のその女性は、多分四十くらいだろうか。


パッと見、確かに色のせいでイルミナとは似ていないと思うかもしれない。

しかしグイードは何となしにイルミナの母親だと納得した。

面立ちが、なんとなくだが似ているのだ。


「グイード、そんなに女性を見るものではないわ。

 失礼になるわよ」


「!

 しつれいしました・・・」


確かにあまりじろじろ見るのは良くない行為だ。

それは村でも同じこと。

しかしつい、見てしまった。

気を害したかと恐る恐る伺うが、柔らかく笑みを浮かべるその人はそう怒ってはいないらしい。


「いいのよ、夫人。

 グイード、といったかしら・・・」


「はい」


「陛下から話を聞いていたわ。

 とても優秀だそうね、よければ、ウィリアムと話をしてあげてもらえるかしら。

 ここは、あまり人の訪れがないから・・・」


「陛下・・・って、イルミナ陛下が、ですか・・・?」


その瞬間、先王妃の隣にいたメイドの体が強張る。

グイードは何か失言したかと考えていると。


「あぁ、あなたはあの子と、知り合いなのね・・・。

 そう・・・」


先王妃はそれだけ言うと、黙り込んでしまった。


「グイード、ウィリアム殿のところへ」


ナンシーはそれだけ言うと、グイードを部屋から追い出す。

その時、グイードはようやく先王妃の言う”陛下”が誰の事を指しているのか理解した。

先王妃にとっての陛下は、イルミナの父親でしかないのだ。

そしてグイードは先程会った先王を思い出す。


先王の方が、イルミナによく似ていると、そう思った。

切れ長の涼やかな目に、薄めの唇。

どちらかと言えば冷たそうな印象を受けるが、微かな笑みを浮かべればその印象も和らぐ。

なるほど親子だと思ってしまった。

そして、彼らがイルミナを苦しめたのだと考えて、言葉に出来ない何かが胸中を渦巻いた。


「グイード殿、こちらです」


待機していた騎士が、グイードに声をかける。

どうやらウィリアムという人のところまで案内してくれるようだ。


ウィリアム・ライゼルト。

元辺境伯、グラン・ライゼルトの息子。

そして、イルミナの婚約者候補だった、男。


グイードはきゅ、と唇を引き結ぶと、騎士の後をついていった。










「初めまして、私はウィリアム。

 よろしく」


「・・・初めまして、グイードです」


引き合わされたのは、ウィリアムの私室だろうか。

柔和な笑みを浮かべたその男を見て、グイードは一瞬でグランの息子だと思った。

栗色の髪に、緑色の瞳。

だが、グラン程の威圧感はない。


「すまない、私は貴方の事を良く知らないんだ。

 アリバル侯爵の養子、だと聞いているのだが・・・」


「まだ、正式には決まっていませんが。

 色々なことがあって、リチャード様に目をかけてもらっているんです。

 もうしわけありませんが、まだ勉強中の身でして、もし不快に思われたら申し訳ありません。

 大目に見ていただけると幸いです」


「そうは感じないが・・・」


「村出身なので、まだマナーが甘いと言われるんです」


「村・・・、どこの村の出身か、聞いても?」


「アウベールです」


そのグイードの言葉に、ウィリアムは一瞬だけ泣きそうな表情を浮かべた。


「そう、か・・・、イルミナ陛下の・・・」


「・・・ご存知でしたか」


グイードは皮肉るように言った。

元はと言えば、目の前の男がイルミナを裏切りさえしなかったら、あんなことにはならなかったのだ。

結婚しなかったことを喜ばしくも思うが、それとこれとは話が別だとグイードは考える。


「あぁ・・・よく、知っているよ」


ウィリアムは深い思いを言葉にのせるように目を閉じた。


「辺境伯の事も、良く知っていますよ」


「!」


「今は()ですけどね」


「・・・ちちうえは、お元気に、されているのか・・・?」


「詳しくは・・・ですが幸せそうなのは聞いています。

 陛下とは仲睦まじい様子と聞きます」


「っ、ほんとう、だったのか・・・」


ウィリアムの呆然とした態度に、グイードはなぜか腹立たしく思った。

どうして、お前がそんな表情を浮かべることができるのだろうか。

出来るのであれば、一発殴ってやりたい。

―――どうして、あんな酷いことができたのか、聞きたかった。


「口が悪くなるが、了承してくれよ、お貴族サマ。

 ・・・イルミナは、幸せになる」


「!」


「不敬とか言うなよ。

 俺とあいつは友達なんだ。

 ・・・たくさん辛い思いをしたんだ、イルミナは幸せになるべきだ。

 伯とは何回かあっているが、あの人ならイルミナを守って、幸せにしてくれると思ってる」


今も必死になって勉強をしているが、どうしてもグランという大きな壁に勝てる気がしない。

確かに生まれの差はあるだろうが、それでもあの人は大きな人だと痛感させられた。

勉強しても勉強しても学び足りないと思わされる。

きっと学び終えるなんてこと、一生かかってもないのだろうとすらグイードは思った。


そして目の前の男は、その機会を得ながらもそれを捨てた。

馬鹿だとも思うし、それほどまでに好きな人と出会えたことに対しての嫉妬もある。


「・・・不思議な気持ちだ。

 父上が、再婚をされるなんて、夢にも思わなかった。

 父上は、一生母上の事を想っていかれるのだろうと思っていた」


「伯だって男だ。

 本当に好きな奴がいたら行動に出るだろう。

 お前だって、そうだろう」


その言葉の瞬間、ウィリアムの体が強張る。

それにグイードはいぶかしんだ。

先程からそうだ、この屋敷の人はどこかしらおかしい。


「幸せなんだろう、オヒメサマと一緒になって」


「・・・それ、は」


「ウィル!」


言葉を詰まらせたウィリアムの言葉を遮るように、その扉は開かれた。

そして現れた人にグイードは一瞬で険呑な光を瞳に宿らせる。


―――ヴェルムンド国第二王女、妖精姫と名高いその人。

確かに、美しいだろうとグイードは思った。

先王妃に似た金色の巻き毛、空色の瞳。

愛くるしい笑みを浮かべれば、村の男は一瞬で落ちてしまうだろうと思うくらいには。

だからこそ、グイードは目の前のオヒメサマが嫌いだった。


「あ・・・ごめんなさい、お友達・・・?が来ていたのね・・・。

 私も呼んでもいいのかしら・・・、あ、初めまして、私は」


「知っていますよ、第二王女殿下」


グイードは遮るように言った。

そもそも来客を知らない時点で話を聞くつもりなどなかったし、不敬と取られても自分は村人だから仕方ないで終えようとしていた。

アリバル達に迷惑はかかるだろうが、そもそも礼儀がなっていないのは目の前のオヒメサマだ。

ノックもしないで入室する等、あってはならないと聞いていたというのに。


「え、あ・・・、そうなの。

 あなたは?」


グイードの険呑な空気を読み取ったウィリアムは、慌ててグイードとリリアナの間に立った。


「リリー、こちらはアリバル侯爵の養子であるグイード殿だよ。

 それにしても駄目じゃないか、ノックはしないと」


「え、でも・・・、いつもそうしているわ。

 ねぇ、私も一緒にお話ししたいわ、いいでしょう?」


甘えるようなリリアナの声に、グイードは顔を歪ませる。

同じ親から生まれたというのに、こうまで違うのか。

それは衝撃すらもグイードの中に生んだ。


「え・・・っと」


言い淀むウィリアムに、グイードは面倒になりそうだと感じた。

相手は王族、断られることなんて想像もしていないのだろう。

リリアナの、まるで珍獣を見るような視線に、グイードは更に苛立ちを募らせる。

出来るなら断りたい。

しかしグイードはぐっと息を止めた。

ここで断ればどういった問題が生まれるのか、頭の中で考える。

昔のグイードであれば、即座に断っていただろう。

それほどまでに、彼は感情型だった。

だがそれをせずに、考えるという事をしたのはアリバルの教育の賜物だ。


「―――いいですよ」


「!」


グイードが了承するとは思えなかったのか、ウィリアムは驚きからか目を見開く。

しかしそんな二人に全く気付かない様子のリリアナは花が開くようにぱっと笑った。


「最近、いつも見る人が同じだったの!

 良かったわ!

 グイードさま、いつもはどちらにいらっしゃるの?

 侯爵と一緒という事は、王都に住んでいるの?」


矢継ぎ早に問うリリアナに、グイードは仮面のような笑みを浮かべる。

むしろ笑みを浮かべられるだけ褒めてほしいとすら思う。


「基本は村に住んでいますが、今は侯爵様のところで勉強をしているので王都近くにいます」


グイードの言葉に、リリアナはきょとん、とした。


「むら?」


リリアナの様子をおかしいと思ったウィリアムが声をかけると。


「むらって、よくわからないのだけど・・・、

 それはどういった場所なの?」


「!!」


ウィリアムは絶句し、グイードの笑みが凍り付く。

そしてここまで何も知らないのかと、二人は衝撃を受けた。


「・・・イルミナ陛下がよく視察に行っていただろう?リリー、忘れたのかい?」


そう説明すると、リリアナは唸りながらも思い出そうとしていた。

だが、そうまでしなければ思い出せないほど、彼女にとってはその存在は希薄なのだろうか。


「・・・あぁ!思い出したわ!

 お姉さまがお誕生日のときに行っていたときのね!

 それじゃあグイードさまはお姉さまの事を知っているの?」


「・・・えぇ、イルミナ陛下のことは、よく存じ上げておりますよ。

 村ではとても良くして頂いたものですから」


慇懃無礼にすら聞こえるような声音に、リリアナは全く気付かない。

よくこれで一時は女王となろうとしたものだ。


「そうなの!

 王都ではお姉さまにお会いになられているの?

 お手紙を下さらないから、お元気なのか分からないの・・・。

 お姉さまも少しくらいこちらでお休みをとったらいいのに」


萎びた花のように気を落とすリリアナに、グイードの心は動くことはなかった。

むしろ、更なる嫌悪感が身の内を占める。

どうして、イルミナが大変だろうとは思わないのだろうか。

自分がなると一時は決めた女王をやっている姉を、どうして心配しないのだろうか。

休みを取らないのではなく、取れないとどうして考えないのだろうか。


「・・・イルミナ陛下は、お元気ですよ。

 毎日忙しくされています」


グイードは言いたいこと全てを飲み込んで、それだけを口にした。


「まぁ!

 お忙しいのね!

 ねぇ、ウィル、私も王都に戻りたいわ!いいでしょう?」


「!?」


いい考えだと言わんばかりのリリアナに、二人はまたしても言葉を失う。


「お父さまはお身体が悪いから難しいと言っていたけれど、私とウィルだけなら大丈夫よね!

 グイードさまに連れて行ってもらいましょう?」


「・・・何を、仰っているのか・・・理解されているのですか・・・?」


グイードは呆然としながらも問うた。

ここに来るまでに、イルミナとエルムストにいる王族の確執は聞いている。

ここにいる王族は、二度と王都の地を踏むことはないだろうとも聞いていた。

それだというのに、目の前の彼女は、なんと言った?


「お姉さまだって、きっと私に会いたいはずよ。

 だって、妹ですもの!」


その瞬間、グイードの脳が沸騰したかのように熱くなった。





「―――――本当に、救えないオヒメサマだな」




「っ、グイード殿っ・・・」


ウィリアムは顔色を変えてグイードに詰め寄った。

いくらなんでも、それは言ってはならない。

その先は、不敬になる。

しかしグイードは止まらなかった。


「あんたさぁ、”お姉さま”のイルミナがどんだけ必死かわかってんのかよ?」


低くどすのきいた声に、リリアナは驚きで涙目になった。


「ウィル・・・!

 この人怖いわ!!」


ウィリアムに縋りつくリリアナに、グイードは容赦しなかった。

出来るはずもなかった。

握りしめた拳が、震えているのはきっと怒りのせいだ。


「そもそも、王族のくせにお前(・・)がそんなんだから、イルミナは色んなことに傷付いたんだ、お前の、お前のせいで・・・!!

 何で、王族のくせに何も知らないんだよ、知ろうとしないんだよ・・・!

 なんで、そんなんで女王になろうとした!?

 そのせいで、どれだけお前の姉が傷付いたのか、考えもしなかったのかよ!!」


グイードはそこでいったん言葉を切る。

これほどまでに、言葉に出来ない怒りというものが、気分の悪いものだとは、知らなかった。

そしてリリアナを見て、思いの欠片も届いていない事を悟る。


「ぅ・・・ひっく、ど、して・・・そんなひどいこと、いうの・・・?

 わ、わたしは、なにもしてない、わ・・・、ひどぃ・・・」


反省の色が全く見えないリリアナに、グイードはだからここに閉じ込められているのだろうとようやく気付いた。

イルミナは知っていたのだろう。

リリアナが、何をしても変わらないという事を。

その事実に愕然としながらも、どうせならそのままでいてくれとすら思う。


「・・・失礼しました、第二王女に何を言っても、無駄でしたね。

 だから貴女はここにいる、それに気付けず申し訳ありませんでした」


「グイード殿!!」


グイードのあまりの言いように、ウィリアムが怒りを顕わに詰め寄ろうとする。

しかしグイードもそれをあっさりとかわした。


「・・・ここは、箱庭だな。

 外の事を何も知らなくとも生きていける箱庭。

 きっと生きていることすらも忘れそうになるくらい、何もないんだろ。

 ―――哀れだな、これが・・・」


グイードはその先を言葉にしなかった。

出来なかった。

イルミナが大切にしていることを知っている、だからこそ、その先を言う事を躊躇った。


グイードは居住まいを正すと、二人に向かってグイードに出来る最上の礼をした。

そして。


「お二方には、この地でご健勝で在らせられますように。

 この地こそ、貴方方には相応しいのでしょう・・・、外はいつだって痛いことや辛いことがありますから、どうぞここから出ようなどと恐ろしいことは仰られないでください。

 それが、イルミナ女王陛下のせめてもの優しさだろうと思います」






そしてグイードは何も聞かずに部屋を退室した。

残されたのは、小さく嗚咽を零すリリアナと、呆然としたウィリアムだけだった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ