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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
112/180

グイード




「・・・はっ!?」


グイードは今しがたされた話の半分も理解できなかった。

ぽかんと口を開けて、呆けたような表情をするグイードにアリバルは一度だけため息をつくともう一度同じ話をする。


「五日後、エルムストへと発つ。

 先王と先王妃、そしてリリアナ第二王女殿下に拝謁に行きます。

 お前にはそれに随行してもらうので、心しておくように」


「な、なんで俺が!?」


「グイード、口調」


「!

 な、なぜ、わたしが、行くの、でしょう・・・!?」


目を剥いて驚きのまま言葉を発するグイードに、アリバルは無表情のまま答える。


「私の決定です。

 ナタリーとお前、そして私で行き、護衛は十人ほど雇う予定です。

 馬車を使用しての移動となり、最低でも一カ月は王都に戻ることはないでしょう」


「ま、待ってください、リチャード様!

 何で俺まで行くことになるんですか!」


言いたいことは終えたと言わんばかりに背を向けるアリバルに、グイードは必死になって説明を求める。

どう考えたっておかしい。

どうして、王族に会いに行くのに自分が必要なのだ。


「グイード、これは女王陛下の許可も下りています。

 決定事項で変わることはないと心得てください。

 それまでに準備をしておくように」


アリバルはグイードの質問に答えることをせず、ただそれだけ言うとさっさとグイードに用意した部屋を出て行った。


「・・・なんなんだよ・・・」


一人残されたグイードは、それだけを口にした。

そしてアリバルの言い方に憤りすら覚えた。

確かに、村人でしかない自分に随分と目をかけてもらっているのはわかる。

そうでなければ、自分がこんな王都近郊の屋敷でマナーの勉強などしているはずがない。

どうして彼がここまで自分を気に入ってくれたのか、よくわからない。

だが祖父であるタジールも、せっかくの機会だから学んで来いと後押しをしたため、今ここにいる。


だが、それとこれとは話が違うだろうとグイードは思った。

確かに、アリバルのことは尊敬している。

しかし、こう頭ごなしにされたのであっては、自分だって納得できないというのに。


「・・・リリアナ、第二王女・・・」


そして、なにより。

グイードはその名の人を嫌っていた。

いや、それだけではない。

先王、先王妃、言い換えれば、イルミナの家族。

グイードは、彼らを好きではなかった。


イルミナがあんな風にならざるを得なかった原因を作った、張本人たち。

痛々しい瞳をしながら頑張るのだと言った、彼女の儚い笑み。

頑張れば褒めてもらえるのだと信じていた小さな背中。

その彼女を裏切ったことを、グイードは一度として忘れることが出来ない。

たとえイルミナがそれを乗り越えていたとしてもだ。


グイードはエルムストへ行ったという王族が嫌いだった。

一度も言葉を交わしたことも、見たことがなくとも、嫌いだった。

とりわけ、妹を。


グイードには妹はいない。

しかし、村には小さい子供はたくさんいて、そういった子たちの面倒だって見てきた。

妹のような子、弟のような子。

憎たらしくも、慕ってくる彼らを可愛がっていた。

良いことも、悪いことも、村のみんなで教えた。

一緒に怒られて、一緒に笑って、一緒に遊んだ。


本当の兄弟でなくても、それ以上の絆があった。


―――だからこそ、妹姫が嫌いだった。

周りから与えられているのが当然、その裏で姉が苦しんでいることに気付きもしない。

姉の苦労も知らないで、甘えることだけをした彼女を。

自分の村とは違うのは理解している。

もしイルミナも同じようであれば、王族の方針なのだろうと納得したのかもしれない。

しかし、イルミナと妹姫は驚くほど違った。

それ故に、グイードはリリアナという妹姫を好きになれなかった。


「・・・なんで、俺が」


妹姫が、嫌いだ。

いくら美しく、愛らしいと言われていても。

グイードはそう思う。


出来ることであれば、会いたくない。

エルムストなんかに行きたくない。

しかし、アリバルが決定したのであれば、覆ることはないだろう。

イルミナもそれに許可を出しているとすれば、なおさらのことだ。


グイードは赤銅色の髪を思いっきり掻き毟った。


「―――あぁぁっ!!」


どうしようもない、やりきれない思いはグイードの胸中を、ただひたすらのたうち回った。






***************






「ナタリー」


「あなた」


グイードの部屋から出たリチャード・アリバルは、すぐさまその足で愛する妻と子のいる部屋へと足を向けた。

迎えてくれる愛しい妻の存在に、リチャードの顔を柔らかく綻んだ。


「思ったより早いお帰りですね。

 どうかなさったの?」


黒い髪、明るい紫がかった瞳は、女王であるイルミナとは似ても似つかないとリチャードは心の中で思う。

絶対に、自分の妻の方が美しいと。

きっと妻は惚れた欲目だと言うだろうが、リチャードにとってはそれが真実だった。


「あぁ、悪いが、私と共にエルムストへ行ってほしいんだ」


「まぁ、いきなり。

 どうしたのです?」


アメジストのような瞳を見開きながら問う妻に、リチャードは話し始めた。


「先王と先王妃、そしてリリアナ第二王女殿下に拝謁しに行く。

 君と私、そしてグイードを連れて行く」


「まぁ、グイードも?

 この子はどうするの?」


ナタリーは手をかけて揺らしていた揺りかごの中をのぞき込むながら問う。

そこには小さな女の子が眠っていた。

リチャードはその姿を瞳に収めると、一気に相貌を崩す。


「母上を呼んでいる。

 少し長期になってしまうが、頼んでおいた」


「リチャード、私は聞いていないわ。

 どうしてそんないきなり?」


ナタリーの問いはもっともだった。

愛する娘といきなり一か月も引き離されるのだ。

不満に思わないわけがない。


「私だって出来るだけ離れたくない。

 しかし、リリアナ様が問題を起こしそうなんだ。

 そしてそれを解決できるのが、君とグイードだと私の勘が告げている」


「あなたの勘?

 珍しいわね、あなたがそんな不確定な言葉を口にするなんて・・・あの時以来だわ」


ナタリーはころころと笑う。

その可愛らしい笑みに、リチャードは心を熱くする。

きっと、何度見ても同じように感じるのだろうと思いながら。


ナタリー・アリバル。

ヴェルムンドの辺鄙な土地で生まれ、たまたま視察に来ていたアリバルが見初めたことによりアリバル侯爵家へと嫁ぐ。

それが表の彼女の経歴だ。


実際は全く異なる。

ナタリア・ランゲル。

それが、彼女の本当の名だった。

先王妃の母、マリーネアのメイドであり、ある貴族のご落胤として生を受けたのが彼女だった。


隠匿された彼女は、その存在を誰にも知られることなくハルバートとヴェルムンドの国境にある山奥で独りの乳母と暮らしていた。

なぜそこにいなくてはならないのか、彼女は小さいころから教え込まれたらしく、一度としてその山から出ることはなかったそうだ。

―――リチャードが視察という名の暇つぶしをしにいくまでは。


リチャードは、一目惚れしたナタリアをなんとか口説き落とし、自身の持てる力全てを使って架空の人物、ナタリーを作り上げた。

彼女の父は既に逝去しており、誰も彼女の存在をそこまで覚えていないだろうと思ってのことだった。


結果、ナタリアはナタリーという名に改め、リチャードの妻になることを了承してくれた。

婚姻する際、いくつかの誓約はあったがそのすべてをリチャードは飲んだ。

そんな最中、ハルバート女王であったマリーネアから送られてきたのがあの日記である。

自分の存在など覚えていないと思っていたその人からの手紙とそれに、ナタリーは咽び泣いたのを、リチャードは今でも覚えている。


それから、リチャードは危ない橋を渡ることをやめた。

愛する妻の為に。

そして今は、愛する娘の為に。



「・・・あなたからの滅多にないお願いですもの。

 わかりましたわ、お義母さまには面倒をおかけしてしまうけれど、お願いしますね」


「っナタリー!」


聖母のような笑みを浮かべるナタリーに、リチャードは胸を熱くする。

その姿をもしブランが見たら、きっと見なかったことにするだろうほどに歓喜に満ち溢れた笑顔に、ナタリーは微笑む。


「リア、お父様はしっかりと頑張ってくるからな。

 いい子で待っていてくれ」


ふにゃふにゃと眠る我が娘に、リチャードはキスを送る。

愛する人が生んでくれた自分の娘が、こんなにも愛おしくてどうしようもない存在だとは知らなかった。

妻と、我が子が幸せになるためであればどんな事でもしようとリチャードは思える。

今回は、そのための物なのだ。


「愛している、ナタリー」


「私もです、リチャード」






***************






「グイード」


「・・・はい」


グイードがリチャードから準備をするよう指示されて、時は矢のように過ぎた。

追われるように準備をし、気付けばすでに当日になっていたことに、グイードは驚きを隠せない。

リチャードは準備だけをさせてくれるはずもなく、王族に面会するということで更に厳しいマナーレッスンがグイードを待ち受けていた。


「グイード、よろしくお願いしますね」


「はい、ナタリー様」


イルミナの色を彷彿させるようなその人は、たおやかにほほ笑んだ。

とても若々しく、リチャードよりも年上だということが信じられないほどだ。


「準備は出来ているのか、グイード」


「リチャード様、はい、出来ております」


グイードは既に馬車の確認をし、警護に当たる人たちとも挨拶と道中の警護体制の確認をしている。

アリバル家当主とその奥方の警護だ。

万が一があってはならない。


当初は雇うつもりだった警護のものも、王族に面会しに行くという関係で騎士団から来てもらっている。

隊長クラスは流石に来ることは無かったが、それでも精鋭をイルミナは送ってくれたらしい。


「準備はできているようですね。

 ナタリー、先に入っていなさい」


「わかりました。

 お義母さま、どうかアリアのこと、よろしくお願い致します」


「任せてちょうだい、ナタリー」


「母上、何かあれば鷹を飛ばして下さい」


「わかったわ。

 何もないことを祈るばかりですけどね」


そしてナタリーはアリアの頬にキスを送ると、馬車へと乗り込んだ。

それに続くようにリチャードも乗り込む。

当初、グイードも同じ馬車内にて移動する予定だったが、それをグイードが遠慮した。

愛妻家と名高いリチャードとその奥方と三人で乗るなんて新手の嫌がらせかと思ったのだ。


幸にして、グイードは村にいたときから馬の世話をしていた事もあり、御者台に乗ることとなった。

寒いには寒いが、アウベールは積雪もある村だ。

対処法は心得ている。


「グイード、本当にいいの?

 寒くないの?」


「はい、ナタリー様。

 慣れているのでお気になさらず」


心配そうに窓から声をかけてくれるナタリーに、グイードは優しさを垣間見る。


「ナタリー、グイードは大丈夫だ。

 それよりも寒いだろう、窓を閉めよう?」


そして鬼も見た。








「今日はこの町に宿泊します、よろしいでしょうか、アリバル侯爵」


「問題ありません」


王都からエルムストへはおおよそ十日ほど要する。

休みを挟みながらの進みとなるので実際には十五日前後を要するだろう。

アリバルとグイードだけであればひたすら馬を走らせれば十日もかからないが、ナタリーがいる以上無理に進むことはできない。


「ナタリー、大丈夫ですか?

 今日はこの町で休みます」


「わかりましたわ。

 グイードもお疲れ様。

 疲れていない?」


「はい、大丈夫です」


そう言って三人は予約をしていた宿場へと歩を進める。


「では侯爵様、我等はここで」


「あぁ、頼みました」


護衛の一人が頭を下げながら馬車へと戻る。


「リチャード様?」


一緒に来ないのだろうかと不思議そうな表情を浮かべるグイードに、アリバルは説明する。


「今回護衛をしてくれているのは十人、うち三名は馬車を警護します。

 残りの七名は私達と同じ宿を取り、そのまま護衛にあたってもらうことになります。

 万が一が無いとも言いきれません。

 馬車が無くては私たちの旅路は厳しいものとなりますからね」


それを聞いて改めて、イルミナは異常だったのだとグイードは知る。

アウベールに来た時ですら、彼女の周りには少ない数の護衛しかいなかった。

それを知ると、胃の底が熱くなってくる。


「グイード、食後に一時間ほど講義をします。

 お前の部屋に行くので待っていなさい」


「・・・かしこまりました」


王都を出て既に三日。

道はまだ半分も来ていない。

日に日に寒くなっていくことから、冬が本格的に始まったのだと知る。


グイードは、用意された部屋から紺碧の空に浮かぶ真っ白な月を見上げた。

夜になれば気温は一気に下がり、吐く息は真っ白だ。

そして同時に、イルミナのことを思う。


未練が無いと言えば、嘘になるのかもしれない。

それほどまでに、彼女の存在はグイードの中に印象深く残った。

イルミナと出会わなければ、今こうして自分が貴族と共に旅をすることも無かっただろう。

それを面倒だと思ったりしたことは、ないわけではない。

やはり貴族の中でも面倒なやつらはいたし、そういった輩を煙に巻く方法を教えられた時は拒否反応すら起こしそうになった。


―――しかし、自分より年若い彼女はこれを平然と行っているのだ。


そう思えば、不思議と頑張れた。

どうしてアリバルが自分を一緒に連れて行こうと思ったのか。

理由は未だ知れない。


そもそもエルムストに大人しくしている彼らに、どうして会いに行く必要があるのか。

それすらもグイードは聞かされていないのだ。

・・・何かあったのだろうと思うのが必然だが、そもそもの情報がないグイードにはその何かすら想像がつかない。


しかし、アリバルのことは信じている。

自分をここまで成長させてくれたのは間違いなくリチャード・アリバルなのだ。

そしてその彼が、理由は教えてくれないにしろ自分を連れて行くと決めたのだ。





「・・・やるしか、ねぇよなぁ」



ぽつりと呟いたそれは、冬の空気へと溶けて消えた。




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