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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
110/180

女王の葛藤




食事会後、イルミナは精力的に働き続けた。

食事をしながら書類を見、夜も遅くまで自主勉強を欠かさず行っている。

まだ女王として日も浅く、若いイルミナはそういったところから頑張らなくてはならないのだ。

お飾りではない、名実共に女王に相応しくなるため、イルミナには休んでいる暇などない。


学び舎は、大きな問題もなく稼働し始めているとの報告を受けた。

アウベールを試験的な場所にして、間違いではなかった。

子供たちはもちろん、親たちも短時間であれば学ぶ時間というのを推奨しているらしい。

レネットから届く手紙にも、さしたる問題はないと記載されているため、当分の間視察に行くことはなさそうだ。


治水の件も、ジョンからの報告ではいくつかの貴族が視察したいとの打診があり、それに向けて準備をしていると記載されていた。

考察する時間を与えたのが良かったらしく、改良したものは他の貴族の目に非常に魅力的に映ったらしい。

このままいけば、技術が金銭的価値を得るのもそう遠くはないだろう。


それらの報告にイルミナはほっと息をつく。

しかし、それでイルミナの仕事が減るわけではない。

季節ごとの報告書に目を通し、来年の税率を確認しなければならない。

不作だった土地に豊作だった税率で徴収するのは酷だからだ。

財政課のドルイッドとも話をしなければならないが、報告書に目をあらかじめ通すだけでも、話は進みやすいだろう。

そう思ったイルミナは、報告書関係を全て持ってくるように指示していた。


「失礼いたします、陛下。

 各領地からの報告書です」


「ありがとうございます。

 そこに置いてもらえますか」


隣室の政務室からリヒトが大量の書類の束を抱えながら入室してくる。

その多さに、イルミナは一瞬だけ目を細めるとそう指示した。

そんなイルミナに、リヒトは目じりをこれ以上ないくらいに下げ、そして声をかけることが憚られるような雰囲気のイルミナに声をかける。


「そ、その、恐れながら陛下・・・」


「・・・」


イルミナは集中しているのか、リヒトに一瞥もくれない。


「陛下っ」


「!

 どうかしましたか、リヒト?

 まだ何か?」


「陛下、そろそろ休憩を挟まれては?」


「?

 まだそんなに時間は経っていないはずですが」


イルミナは心底不思議そうに言ったが、リヒトはさらに情けない表情を浮かべた。


「・・・陛下、朝にいらしていただいてから、一度も休憩をお取りになられていません。

 メイドたちがずっとお声がけがないと控室で嘆いていました」


「そんなに・・・?」


イルミナの執務は、午前中に四時間、昼食を挟み、午後に四時間としている。

もちろん、午前と午後の執務中にも何度か休憩を挟み、作業効率を下げないようにヴェルナーに言われているのだ。

しかしここ最近では、イルミナが指示を出さない限り執務室には入らないようにメイドたちに伝えていたのを、すっかり忘れていた。

切りのいいところまでやってしまおうと集中すると、どうしても時間を忘れてしまう。


「あぁ・・・、

 気が付きませんでした・・・」


イルミナはそう言うと、机上にあるベルを鳴らした。

チリン、と一回鳴った途端に、控室からメイドのメリルローズがすぐさま姿を現す。


「お呼びですか、陛下っ」


扉の前で待機していたとしか思えない早さで入ったメリルローズに、イルミナは心配をかけてしまったのだと気付く。

これからは砂時計かなにか用意すべきだろうかと考え、きっとまた気付かないだろうと思い直す。


「あぁ、もう昼食の時間なので食事をお願いしてもいいですか?

 ここでとるので、簡単なものを料理長にお願いできますか」


「かしこまりました、

 すぐに用意いたします」


メリルローズはそう言って一礼すると、執務室を退室した。


「それでは、私はここで失礼します、陛下」


「気を使わせて申し訳なかったですね、リヒト。

 他の人たちにも休憩をとるように伝えてください」


「はい」


リヒトは少しだけ柔らかな笑みを浮かべると、隣室へと戻る。

イルミナはそれを見送ると、目元を軽く揉んだ。

頭が鈍く痛むと思ったら、どうやら仕事のし過ぎだったようだ。

集中しているときは全然気づかなかったそれは、一度気づいてしまうと不快なほど酷いものだった。

じんじんと脈とともに痛むような気すらし、目元がじんわりと熱くなってくる。


イルミナはため息をつくと、執務室に用意してあるソファに移動した。

柔らかめの素材でできたそれは、イルミナの体を優しく包み込み、強張った体の緊張が少しだけ解れたような気がした。

軽く目を閉じながら、今後の予定を思い出す。


アーサーベルトが騎士団長を辞任することが、近々公表される。

今日もそのための準備を騎士団にて行っているはずだ。

次の団長はキリク・マルベール。

当初の予定通りに話が進んでいると聞いている。


騎士団の団長の交代の話は、既に水面下で囁かれているが、大きな反発の声を聴かないことから、問題無く済むだろう。

交代の際には、女王であるイルミナの前で新旧団長が宣誓をするのだ。

式典というほどではないが、騎士団全員の前で行われるそれは、熱気に溢れたものとなるだろう。

それの日取りも決めなくてはならない。


ヴェルムンドでは、そろそろ本格的な冬へと入る。

そうすれば、一部の地域は雪のせいで封じられるようになる。

王都と南部を除いたほとんどの地域は、静かに冬が終わるのを待つことになるだろう。

それまでに、出来るものは早いうちに片を付けてしまいたい。


ぼんやりと考えていると、扉のノックされる音が響いた。


「陛下、

 お待たせいたしました」


「入って下さい」


メリルローズが昼食を持ってきたのだろう。

そう考えて目を閉じていると。


「陛下」


「!!」


聞きなれた低い声に、イルミナは瞬時に目を見開いた。

そしてそこには、青筋をたてているヴェルナーが仁王立ちをしている。

その背後には、申し訳なさそうに肩をすぼめたメリルローズが見えた。

その瞬間、イルミナはヴェルナーが知ったことを知る。


「ヴェ、ヴェルナー・・・」


「陛下、メイドから聞きました。

 ここ最近、休憩を取られていないと。

 以前私がお話ししたことをお忘れですか?」


「い、いえ、そんなことは・・・!」


「本当ですか?

 だというのに、休憩をろくに挟まないで仕事をされていたということですか?」


ヴェルナーの的確な物言いに、イルミナはぐぅと唸る。

確かに、今となってみればちゃんと休憩を取っていればよかったと後悔している。

耐えきれないわけではないが、ずきずきとした痛みが頭の中をかき乱す。

ずきり、と痛むたびに眉間に皺が寄ってしまう。

そんなイルミナの様子に、ヴェルナーはため息を吐いた。


「頭痛がしているようですね。

 だから言ったのです、適度に休まなければいけませんと。

 ただでさえ陛下は根を詰めすぎるのですから。

 ・・・メリルローズ」


「はい、宰相様」


「すまないが、フェルベール老の所に使いに出てくれないか。

 陛下の頭痛を止める薬と言えば出してくれるはずだ」


「かしこまりました」


ヴェルナーは自身の持ってきた書類をテーブルの上に置いて、ソファに腰かけた。

その様子をイルミナは黙って見た。




「・・・ごめんなさい・・・、

 迷惑をかけました」


イルミナの声に、ヴェルナーは再度ため息を吐いた。

小さくなるその姿に、ヴェルナーはいったい何度目の光景だろうと自問する。

もう片手では足りないのではないだろうか。

メイドたちはイルミナの命には忠実だ。

そのイルミナが入室するなと言えば、どんなに心配して休息をとって欲しくとも言うことすらできないのだ。

だからだろう、イルミナの執務室に出入りするリヒトに泣きついたのは。


「陛下、貴女は頑張られています。

 それは城の皆が知っていることです。

 ですが、それと同時に非常に心配もしています。

 貴女は、あまりにも頼らなさすぎる、と」


心当たりがあるのか、イルミナは俯いたままだ。

せっかくメリルローズが用意してくれた食事も冷えてしまう。

いくら言っても聞かない自分たちの女王は、きっと常に見張るようにしていないと駄目なのだろうとヴェルナーは考える。

これからはアーサーベルトが護衛をするようになるので、しっかりと伝えておかなければならないなと頭の中で計算する。

グランも傍にいて気に掛けるだろうが、一人より二人だ。

今、イルミナを失うわけにはいかないのだから。


「とりあえず、陛下。

 食事になさってください。

 薬を服用するにしても、食事をしてからです」



そう言ったヴェルナーは、ワゴンに乗っていた軽食を準備し始めた。

パンに野菜や肉を挟んだもの、トマト風味のスープ。

簡単に口にできて、出来るだけ栄養が取れるように料理長が配慮したものだと一目でわかった。


「・・・いただきます」


イルミナは頭痛がするものの、食事をしないと薬も飲めないのでスープを手に取る。

トマトの香りが鼻孔を擽る。

少し口にすると、思っていたよりも空腹だったらしく、するりと喉を通った。


「陛下、食事をしながらで結構です。

 今後の予定をお伝えします」


イルミナは行儀が悪いと知りながらもこくりと頷く。


「まず、各領地の報告書が間もなく揃いますので、それを基に来年の税率などを冬の間に決定して頂きます。

 学び舎に関しては、アウベールも雪に覆われますので冬の間は教員たちの春に向けた準備期間にします。

 治水技術に関しても同様、来年からの始動を。

 直近でアーサーの退任の件ですかね。

 一週間後、中庭にて行います。

 予定通り、団員と我々、それと一部の貴族で行う予定ですが、ここまでで質問は?」


すらすらと予定を話すヴェルナーに、イルミナは首を横に振った。


「かしこまりました。

 ではアーサーとキリクにはそのように準備するよう伝えておきます」


ヴェルナーは持ってきた書類にさらさらと何かを書き込んだ。


「・・・それと、以前伺った手紙の件ですが」


「!」


イルミナは一瞬で体を強張らせた。

忙しくすることで考えないようにしていたそれは、イルミナが今一番逃げたいものだった。

しかし、ヴェルナーはそんなイルミナに気づいていてなのか、話を続ける。


「・・・一度、話をしたほうがよろしいかと思います」


「・・・誰と、するというのです?」


リリアナに話しても無意味だとイルミナは考えている。

以前、ヴェルナーもそう言っていたのだ。

それに今更話したとして、変わることなど望めるはずもない。

だからといって、先王や王妃に?

イルミナは一瞬で嫌だと答えられる。


「―――リリアナ様とです」


「―――!!

 ヴェルナー、前回貴方本人が言ったことを忘れたのですか」


イルミナは拳を握りながらそう言った。

話して成長しているのであれば、きっと既に成長しているだろう。

しかし結果として成長の気配すら見せないリリアナと話すだけ無駄だ。

そのようなことを言っていたと記憶していたのだが、自分の思い違いだろうか。


「陛下、先王と先王妃だけでは、不十分です。

 リリアナ様には第三者の言葉を聞かせませんと、変わることはないでしょう。

 来れないような状況にするのは、その後でも問題ないと」


ヴェルナーの淡々とした物言いに、イルミナは何を考えているのかと訝しがる。


「・・・貴方が意見を変えるなんて珍しいですね。

 いったい誰と話したというのですか。

 それに、貴方も言った通りあの子は変わることはないでしょう。

 もし変わるのであればもっと早くに変わっていたことでしょうから」


イルミナの疑心に満ちた視線を受けながら、ヴェルナーは静かに返した。


「そうですね・・・。

 陛下がリリアナ様を妹として大切に想われているのを思い出したから、ではいけませんか?

 確かに、私個人の意見としてはリリアナ様にはエルムストから出られないくらいの病になっていただくほうが一番の近道だと思っております。

 ですが、貴女はそれをお望みではないのでしょう、陛下。

 貴女は仰られた、話では駄目なのか、と。

 はっきりと言わせていただきますと、変わらないと思います。

 ですが、それをすることで貴女が納得して下さるのであればやる価値はあります」


ヴェルナーはそこで一つ区切ると続けた。


「もし、話をしても変わらないようであれば、考えを改めて頂きたい」


ぐ、とイルミナは唇を噛んだ。

確かに、ヴェルナーの言う通りだ。

もし、リリアナが利用されてイルミナに仇なすようなことをすれば、リリアナの命は保証できない。

よくて王族から除名されるか、一生を幽閉されての生活だ。

しかし、女王に手を出したとなればほとんどの確率で死刑となりえるだろう。


同じ親から生まれ、自分よりも恵まれた環境にいた彼女は、それをただ受け取るだけで成長しようとはしなかった。

どんなにイルミナが欲しても、手に入らないそれをリリアナは当然のように受け取っていた。

それを彼女が気づいてくれれば、変われるはずだというのに。


「・・・だとしても、誰が話をしに行くというのですか」


イルミナの言葉に、ヴェルナーは一つ頷く。


「そうですね・・・。

 陛下は勿論、私アーサーも城を外せません。

 グラン殿もウィリアム殿の親ですから、誰かと一緒に行くのであれば、でしょう。

 そうですね・・・」


「お話し中失礼します」


イルミナとヴェルナーが二人で悩んでいるところ、来訪の声が聞こえた。


「・・・アリバル?」


扉を開けた先には、予想外の人物、リチャード・アリバルが優雅に立っていた。


「ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下。

 そしてクライス宰相。

 少し相談したい件があったのですが、ちょうどよかった」




そう言って眼鏡をかけた優男は、にこりと微笑んだ。



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