第一王女とその村
アウベール村は、活気に溢れたいい村だというのが、すぐにわかった。
男たちは鉱山に登るために体を鍛え、女たちは子供の面倒を見ながら家を守る。
事故で登れなくなったものは、ミスリルの加工やそのほかの仕事をしている。
誰もが毎日を一生懸命に生きている、それが見て取れた。
「殿下、どうぞこちらへ」
タジールはそういいながらイルミナを先導する。
連れていかれたのは、村の中でも比較的大きな家だった。
中は広いが、見れば色々なところに長く住んでいる形跡が見て取れる。
壁には歴代の長だろうか、肖像画が飾ってあった。
イルミナは、いい家だと素直にそう感じた。
綺麗なだけが、いい家というわけではない。
それが肌に感じ取れる素晴らしい家だと思える。
「どうぞ、この土地特有のお茶です」
そう言ってお茶を出してくれたのは長の妻だろうか。
笑うと目じりに走る皺が、愛嬌をだしている。
「ありがとうございます、いただきます」
イルミナはそう言ってお茶に口を付けた。
「第一王女殿下!!」
それを見て目をむいたのは護衛の一人だ。
彼女のような立場にある人間が、毒味もなしに何かを口に入れるなど、あり得ないと言わんばかりの表情で。
「・・・とてもいい香りのするお茶ですね、
どのような葉を使用しているのですか?」
イルミナは彼の一言に返さず、持って来てくれた女性に礼を言った。
「え、あぁ、それはリリンの葉からとれるお茶にございますわ。
この地では群生しているので」
「そうですか、とても美味しいお茶をありがとうございます」
タジールはやはりそこでも驚いた。
イルミナは毒を盛られるという概念を持ち合わせていないのだろうか。
護衛の一人は、何かを言いたそうにしながらも、渋々引き下がっている。
「さて、王女殿下様、わしらの村に何をお探しですかな?」
一服ついて落ち着くと、タジールは切り出した。
王族の者が、わざわざ何を知りにここに来たのか。
それは村の中でも議題になっている。
「長殿、単刀直入に伺いましょう。
ミスリルの発掘状況はいかがですか」
その言葉に、それが目的かと思った。
「それをあなた様のような方が知って、どうするおつもりじゃ。
献上した分に問題でもありましたかな?
領主殿はとくになにも仰ってはおられんかったがのぅ」
そう険を含ませた声音で返す。
しかしイルミナは怯むことなくそのまま続けた。
「それ以外にも聞きたいことはあります。
治水に詳しい者はおりますか?
ミスリル以外にこの村で何かを育てていますか?
何かこの村の特徴は?」
「・・・んん!?」
矢継ぎ早に告げられる言葉は、予想していたものではなかった。
ミスリルのことだけを知りたいのではなかったのか。
そんなタジールに、イルミナは言った。
「長殿、
私は、国を豊かにしたい」
真摯な目が、タジールを貫く。
「城の研究者たちも同意見なのですか、ミスリルはいずれ採掘が難しくなるでしょう。
国の収入源の一つである、鉱石が、です。
鉱石は出来るのに、長い時間を要します。
今ある分を取りつくしてしまえば、今後なにを収入としていかれるのか。
私は、その収入となる何か探しに、ここに来ました」
それは、タジールの痛いところを突いた。
正直、ミスリルは全盛期の八割以下へと落ち込んでいる。
このままいけば、確実に採れなくなるだろうとというのは既に村の中でも出ている話しだ。
今はまだいい。
しかし子、孫の時代にどうなるのか考えるだけでも恐ろしい。
蓄えだっていつかは尽きてしまう。
それは村の大人たちの頭を悩ませている問題の一つだった。
「・・・それで、殿下はどうするおつもりで」
「わかりません」
「な、」
イルミナはきっぱりと言った。
その予想外の答えに、タジールは驚きのあまりに絶句してしまうほどだった。
「私は、この村のことは勿論、他の村のこともろくに知りません。
今仮に私が何かを言ったとして、何も知らない私が言うことなど信憑性などかけらとてないでしょう。 夢物語と笑っていただければ御の字かもしれませんね」
イルミナの言った事は事実だった。
正直、タジール自身、ここでイルミナが下手な提案を出せばそれで終わらせようと思っていた。
いいですね、考慮します、検討しますと言って終わらせようと。
言っては何だが、イルミナは村の生活や何一つとして紙面では勉強していても実際は知らないだろう。
そういった人たちが言う言葉は、ほとんどが夢物語のことが多い。
簡単に言ってくれるが、実際に行うとなると非常に難しいものが多いのだ。
しかし、彼女はそれを理解していた。
「だから、私は知りたいのです。
治水に関してはこの村の技術は非常に高い。
それがもし、売れるものとなれば、一時でも収入になりましょう。
それにこの国は他国に比べてそういった部分が遅れている。
なら、いいところからその技術を買い、国を豊かにする。
そうすることでこの国のさらなる発展を望むのは、上に生まれたものとして当然のことだと私は考えます」
「・・・殿下は、わしらのの技術を簡単に売り渡せと、そういうんじゃな?
今までの村の者の苦労を、それらを金に変えろと」
「言い方は悪いかもしれませんが、そうです。
でもそうでもしなければ、この先あなた方はどのように生きられるおつもりですか?
もし、ミスリルが発掘できなくなったら、その時の子孫に任せればいいと?
今、長殿だって気付いているというのに?」
タジールはぐぅと唸った。
イルミナの言いたいことは理解できる。
理解どころか、同意すらしかねない。
自分の代で気づいておきながら、のちの者に任せればいいなんて安易なことはしたくないし、考えたくもない。
しかし、タジールにだって村長としての矜持がある。
祖先の技術を金銭に簡単に変えたと言われたくはない。
「今すぐになくなるわけではないだろう、そう言った貴族がいます。
では、いつなくなるのでしょう?
明日?明後日?一年後?
いったいどなたに聞けば、正確な答えを得られるのでしょう?」
目の前の彼女は、それを言う事でタジールの選択肢を少しずつ奪っていっていることにタジールは気付いた。
そんなこと、分かるはずがない。
でも、可能性としてあり得るのだと。
「・・・面白い姫様じゃの」
タジールの言葉に、イルミナは少しだけ口角を上げた。
「ありがとうございます、可能であれば、村を視察したいのですが」
タジールは諦めたようにため息を吐いた。
そして少しだけ清々しい気持ちもあった。
正直、年端もいかぬ娘に丸め込まれるなど思ってもみなかった。
しかし、話した感触では、自分の利益だけを求める王女ではないだろうとも思えた。
タジールとて長年生きており、その分色々な経験もしている。
だからと言っては何だが、自分の勘を信じていた。
彼女は、きっと歴史に残る一人となるだろうと。