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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
109/180

別れの日





「この度は遠いところをいらして下さり、感謝しています。

 道中お気をつけてください」


「こちらこそ素晴らしい食事会にお招きいただきありがとうございました、女王陛下、ライゼルト殿。

 次は結婚式で是非ともお会いしたいと思います」


「そう言って頂けてとても嬉しいです。

 是非、いらっしゃってください」


外交官たちは、イルミナという女王にいい意味で期待を裏切られ、良い報告を国に出来そうだと笑みを浮かべる。

年若い彼女は、それだけでも足元を掬われそうなものだが、意外としっかりとした応対が出来ることから、これからの成長も見込めるだろう。

妹姫から王位を奪ったことから、好戦的、あるいは野心的な人物かと思いきや、意外と冷静に物事を見る慧眼がある。

だとすれば、すぐさま開戦を選ぶということはないだろう。


一緒にいる宰相や、伴侶、それらの名もとても大きい。

しかしそれを引き寄せる星周りが彼女にはあるのだろう。

王たるもの、能力が高いだけでは駄目だと知る者たちは、イルミナの周りにいる人に対しても冷静な目で判断し、大きな問題が無いことに胸を撫で下ろした。


「女王陛下、

 以前に話を聞きました治水に関しての知識、脱帽いたしました。

 我が領地にも活用できれば、いいと思います。

 陛下の御世に、さらなる発展があらんことを」


「ありがとう。

 ヴェルムンドはまだまだ成長できます。

 より良い国に共にしましょう」


国内の貴族は、女王の人となりを氷山の一角でしかないが、少しでも知ることが出来て心の中で安心していた。

暗いだけの、ぱっとしない王女として噂を聞いていたが、実際に見た彼女は噂とはだいぶ異なっているようだと考える。

戴冠式では大した話もしなかったが、彼女主導の治水の話は聞いている。

国を良くするために物事を考えられる彼女であれば、ヴェルムンドを私物化することはないだろう。

さらなる発展を望む限り、彼女を支えることは間違いではないだろう。


それぞれの思惑を潜め、食事会は成功の名のもと、無事に終えたのであった。





何組目かの出立を見送り、城はいつもの静けさへと戻りつつあった。

イルミナが城の玄関口で対応をしていると、背後から聞きなれた声が聞こえた。


「ラグゼン公、それにアルマ殿。

 この度は色々とありましたがいらしていただきありがとうございます。

 結婚式にはどうぞ、サイモン王もいらしてください」


「ありがとうございます、イルミナ女王陛下、そしてライゼルト卿。

 この度は色々とご迷惑をおかけしました。

 結婚式には必ず参加させていただきます」


「ぜひ、そうして下さい」


「女王陛下、色々とお世話になりました。

 一言一句、サイモン王に伝えさせていただきます」


ハーヴェイがそう言い、そしてアルマがイルミナに一礼しながらそう言った。

グランはいつもの穏やかな表情でいるが、目があまり笑っていない気がするのはイルミナの気のせいだろうか。

イルミナとハーヴェイの間には、以前よりかは穏やかな空気が流れるようになった。

それはアルマにとっても良いことのようで、その眼には穏やかな光が宿っている。


「私も、自分というものを振り返ろうと思う。

 ・・・それで、だな、その・・・」


歯切れの悪いハーヴェイに、イルミナは首を傾げた。

何か言いづらいことでもあるのだろうか。


「ハーヴィー」


何故か後押しするようにアルマがハーヴェイの名を読んだ。


「その、イルミナ、女王・・・、

 こんなことを言うのも、身勝手かもしれないが、私と友人になってくれないか?」


「・・・ゆう、じん・・・?」


「そう、その、そこまで年は離れていないだろう?それに俺と貴女では境遇が似ているというのもある、正直自分を振り返ろうにもどうしていいのかわからないんだ、出来ればその助言も欲しい、あと・・・」


「ハーヴィー、落ち着け」


ハーヴェイは顔を真っ赤にしながら、息継ぎをいつしているのかわからない速度で話し出した。

それを苦笑を浮かべたアルマが止める。


「女王陛下、

 見てのとおり、ハーヴィーにとっての友とは打算などによって作られていました。

 しかし女王陛下とはそういった打算とは離れた友人でいたいようなのです。

 ですが作り方を知らないのでこういった言い方しか出来ません。

 ただ、ハーヴィーの貴女と友人関係になりたいという思いは本当です。

 ・・・よろしければ、ハーヴィーと友になってはくれませんか?」


「とも、に・・・」


鸚鵡返しに言いながら、イルミナの脳裏には一人の人物が思い浮かんだ。

アウベールの、唯一の友と呼んでもいいかもしれないその人。

イルミナはグイードのことを今では大切な人の一人となっている。

グイードは、イルミナに対して恋愛感情を持っていたが。

だからと言って二人の関係が切れたわけではない。


確かに、イルミナとハーヴェイであれば身分的にも釣り合う。

さらに国家同士の繋がりとしてもいいものとなるだろう。

年齢的にもそこまで離れているわけではなく、一度腹を割った同志だ。

きっと悪い関係にはならないだろう。


「・・・わかりました、私で良ければ、友人になりましょう」


「!!

 本当か!」


ハーヴェイは喜色に満ちた笑みを浮かべた。

それをアルマは、子の成長を見守る親のような表情で見ている。

それに待ったをかけたのはグランだった。


「イルミナ、私は交友関係に口を出すつもりはない。

 だが、一つだけ言っておこう」


「?なんでしょう」


グランはとっておきの言葉を教えるかのように、イルミナとハーヴェイを見ながら微笑んだ。


「本当の友人というのは、友人の為を思って時に手を出すことすらもあるんだ」


「「手を出す?」」


イルミナとハーヴェイは異口同音で言った。

それにグランはイイ(・・)笑みを浮かべた。


「あぁ、間違えた時には引っぱたくくらいのことをすることもある」


「「!?」」


驚いて目を見開くイルミナとハーヴェイを、アルマも面白そうに見やる。


「・・・そうですね、真の友人であればそれくらいあり得ます。

 男同士では殴り合うことで友情を育むこともありますからね。

 ですが、女性に手をあげるのは良くありません。

 女王陛下はハーヴィーを引っ張たいても友愛の証ですが、ハーヴィーは駄目です」


「な、ならどうすれば・・・?」


アルマが口を開こうとした瞬間、グランが言った。


「デコピンですな」


「で、でこぴん?

 なんだ、それは」


不思議そうに問うハーヴェイに、グランは実践と言わんばかりにハーヴェイの額にデコピンをした。

そしてそれは想像以上にいい音がした。


「~~~!?」


バチン、といい音がハーヴェイの額とグランの指から鳴る。

それにイルミナは驚きながらも、自分があれをされるのだろうかと怖くなる。


「い、痛いぞ!?」


アルマは痛みで涙目にすらなっているハーヴェイにハンカチを渡した。

ハーヴェイはそれを受け取りながら、想像以上に痛かったであろう額を抑えている。

すでに薄っすらと赤くなっている額に、アルマは内心で苦笑をこぼした。

それがただのグランの嫉妬であると、アルマにはわかっていた。


「流石にこの強さでイルミナにするのはやめて下さいね。

 女性というのは男性よりも圧倒的にか弱いのですから。

 まぁ、小突くくらいでちょうどいいでしょう」


「私は引っぱたかれるのにか!?」


「はい」


寸劇のようなグランとハーヴェイの応酬に、イルミナはようやくそれがグランのからかいであることに気づいた。


「グラン、そこまでです。

 ラグゼン公、流石に引っぱたくなんてことはしませんよ」


イルミナがそういうと、ハーヴェイは変な表情を浮かべた。

まるで、何かを言いたくて仕方ないが、我慢して言わないでいるようだ。

それに気づいたアルマはまたも苦笑を浮かべた。


「ハーヴィー、言いたいことはしっかりと言いなさい」


「っ、そ、その、だな・・・」


「?」


「私のことはハーヴィーと呼んでくれ。

 近しい人はそう呼ぶ。

 友なんだ、そう呼んでくれてもいいだろう?」


顔を真っ赤にしながら言うハーヴェイに、イルミナは虚を食らった。

まさか、自分よりも年上の、しかも男性がそのようなことを願い出るなんて夢にも思わなかったのだ。

もう初めて会った頃のハーヴェイとは別人のようにすら感じる。

実は影武者かなんかなのだろうか。


「え、っと、その・・・」


イルミナはちらりとグランを見やる。

その表情には何も浮かんでいないが、イルミナはグランが愛称を呼ぶことに対していい感情を持っていないだろうと考えた。


「・・・ありがたい申し出ですが、愛称は流石に・・・。

 よければハーヴェイと呼んでも?」


「!構わない!

 私も名で呼んでも?」


「もちろんです」


イルミナは笑みを浮かべながら了承する。

それにハーヴェイは嬉しそうに笑みを深めた。





そんなほのぼのとした空気の二人を、グランとアルマは真逆の感情で見つめていた。


「―――面白くなさそうな顔ですね」


「―――そう見えるか」


「えぇ」


アルマは薄い笑みを浮かべたままグランに話した。

イルミナとハーヴェイはそんな二人に気づかずに話し込んでいる。


「まぁ、友が出来るのはいいことだがな。

 相手が公でなければ」


「色々とご迷惑をおかけしましたからね。

 昨日の敵は今日の友ということで」


「それでもいいだろう。

 ・・・それにしても大分様変わりしたな」


「それに関しては同意します。

 若干子供っぽくなったと思いますが、まぁいいでしょう」


アルマは親のような表情でハーヴェイを見る。

それは、彼の本当の兄に代わって弟の成長を見守るそれだった。


「―――では、またいずれ」


「あぁ、息災でな」




「ハーヴェイ様、そろそろ」


「もうそんな時間か、

 ではまた会おうイルミナ」


「えぇ、今度は面倒ごとを持ち込まないでくださいね」


「うっ・・・、

 言うようになったな・・・、もちろんだ。

 次はラグゼンファードの特産の酒でも持ってこよう」


「仕事してからにしてくださいね」


ハーヴェイの言葉をばっさばっさ切り捨てながら、イルミナは笑みを浮かべる。

しかしそれが仲良くなろうとしている証だと気づいたハーヴェイは、嬉しそうに笑う。

そして用意された馬車へと向かうハーヴェイを見送っていると、背後からアルマがイルミナに声をかけた。


「女王陛下」


「・・・、アルマ殿」


「この度は色々とご迷惑をおかけいたしました、女王陛下。

 医師殿から若干ですが回復の見込み有りと承っております。

 どうぞご安心を」


彼のことを信じてはいない。

間諜として名高い彼をすぐさま信じるというほうが難題だ。

だが。


「・・・そこに関してはいいです。

 サイモン王からも手紙をいただいておりますから、虚偽を言うことはないと信じています。

 ただ、今までのようにハーヴェイを守ろうとするのはやめてくださいね」


「・・・」


イルミナの言葉に、アルマは笑みを浮かべたまま固まった。

そんなアルマに気づいているのかいないのか、イルミナは続ける。


「もうお分かりでしょう。

 今のハーヴェイをかたどったのは貴方方です。

 守り続けた結果、依存させた結果が彼です。

 今の彼にも問題はありますが、それがすべてとは言えません。

 サイモン王にも伝えて下さい。

 大切であればこそ、突き放すのもまた愛情なのだと」


「・・・ご忠告、痛み入ります、女王陛下。

 しかと、伝えさせていただきます。

 ・・・それは、貴女の経験談ですか?」


皮肉るように言うアルマに、イルミナは綺麗な笑みを浮かべた。


「それは貴方も良く知っていると思いましたが、違いましたか?」


その返しに、アルマは苦笑を浮かべる。

アルマは、イルミナにそういった人がいないことを知って言った。

少なくとも、幼少期にイルミナの周りにイルミナのことを想って発言する人はおらず、どれだけ調べても彼女はこの城で、独りきりだということのみが分かった。

わかっていながら言ったのには、年若い彼女に自分が気にしていたところを指摘されたからだ。

大人げないと言われても仕方ないが、目の前の彼女は何も言わなかった。


「失礼いたしました。

 どうかご容赦を」


「構いません。

 私も少し言い過ぎたようですから」


「アルマ!

 出立すると言ったのはお前だろう!」


既に馬車の傍にいるハーヴェイがアルマを呼んだ。

それに気づいたアルマは、直ぐに馬車へと向かおうとする。

その背中に、イルミナは一声かけた。


「・・・お元気で」


「ありがとうございます、女王陛下。

 いずれまた、お会いしましょう」


アルマはそう言い残すと、颯爽とハーヴェイの元へと歩を進めた。

イルミナはそんな二人を見送る。

ハーヴェイは一度だけイルミナを振り返り、大きく手を振った。

それにイルミナは小さくだが振り返す。


そうして二人が乗り込んだ馬車はラグゼンファードへの道を進み始める。

ラグゼンファード王家の紋章が入った馬車は、想像以上の速さで進んでいく。

小さくなるその馬車を、イルミナは穏やかな気持ちで見送った。




「・・・行ったな」


「・・・そうですね」


ぼんやりと見ていたイルミナに、グランはそう声をかけた。

寂しそうにしているのかと心配しながらその顔を見るが、別段そのような表情は浮かべていない。

しかし、イルミナは彼女にしては珍しく隙のある姿だ。


「イルミナ?」


怪訝そうに問うと、イルミナははっとしてグランを見た。


「なんでしょうか」


何もなかったかのように問うイルミナに、グランは何かあったのだろうと思う。

しかし彼女であれば、自分から話してくれるだろうとも考えた。


「・・・何かあれば、言いなさい」


グランの言葉に、イルミナは目を瞠る。

そして小さく俯くとはい、と返した。







グランは知らなかった。

自分が手渡した手紙が、どれだけイルミナの心を揺さぶったのかを。




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