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梔子のなみだ  作者: 水無月
女王時代
106/180

食事会

アリバルの妻の名を変更いたしました




その日のヴェルムンドの王城は、戴冠式ほどではないまでも荘厳な雰囲気と隠しきれていない高揚した空気があった。

寒い季節な為、いつの日かのリリアナの誕生会のように至る所に生花は飾られていないが、その分工夫の凝らされた装飾が施されていた。

蝋燭の光が反射するシャンデリアは綿密に計算された配置に置かれ、大広間をいつになく明るくしている。卓上には綺麗に磨かれたシルバーが並び、温室で育てられていた花々の香りが控えめに香った。

どちらかと言えば豪華絢爛ではないが、その分質の良い物を使うことによって荘厳な雰囲気を醸し出していた。


それを見た近隣諸国の外交官、そして貴族たちは余りの美しさに息を飲む。

以前、第二王女の誕生会に来た際はただひたすらきらびやかという印象を感じた。

しかし今ほど、言葉を失う美しさというものではなかった。

確かに、以前の第二王女の誕生会は、美しい彼女に相応しく、美しく豪華絢爛という言葉そのものだった。


だが、今回の食事会はそれ以上に記憶に残るものであった。

質素という言葉ではなく、だからといって派手でもない。

質素ながらも重厚さがあり、ただただ、王家とはかくあるべきと思わせる洗練されたものだった。


出席者のほとんどは、現女王の噂で持ち切りだった。

若くして女王となった、イルミナ・ヴェルムンド。

前王と王妃の色を受け継がず、影に隠れていた元・第一王女。

戴冠式の際は、挨拶を一言二言のみで実際の彼女の人となりというのはヴェールの向こう側。

初めは妹であるリリアナ・ヴェルムンドが女王になると聞いていたが、色々とあったらしい。

情勢を確認し、理解する前には第一王女であった彼女が女王となっていた。


国内の一部貴族が更迭されたり、現女王を残して王族が王都を離れたり。

酷く荒れたわけではないようだが、ある意味歴史の変わり目というものであったのだろう。

近隣諸国は、この変化によって自国にどういう利益が生まれるのか、それとも害が生まれるのかを見極める必要があった。


それは自国のほかの貴族も同じこと。

今までの王と同じなのか、それとも違うのか。

一部の主要貴族たちは彼女を認めているようだが、実際に彼女を知っているわけでもないその他はそう簡単に信じるわけにはいかない。

彼らにだって守るべきものがあるのだから。

だから、この食事会で出来る限り女王陛下の情報を得る必要があった。


それぞれの思惑が渦巻く中、ゴォン、と鐘が鳴った。

そして、正面玄関の扉が騎士たちによって開かれる。

現れたのは、ヴェルムンド国女王、イルミナ・ヴェルムンド。

御年十七の彼女は、若いながらも毅然とした態度でその場に立っていた。


すらりとした女性にしては高い背に、ほっそりとした面立ち。

濃い紫のドレスは、色白の彼女に似合っていた。

縁にある真っ白なレースは、いいコントラストだ。

エスコートしているのは、元ライゼルト当主であったグラン・ライゼルト。

その後ろには、ヴェルムンド最強と名高いアーサーベルト騎士団長だ。


そしてイルミナが席につくと、用意されていたグラスにメイドが葡萄酒を注いだ。

それを持ったイルミナは、グラスを掲げると、大広間は水を打ったかのように静まり返る。


「―――本日は、食事会にご参加をありがとう。

 どうぞ、楽しんでいってください。

 ―――――今日、この良き日に、乾杯」


「「「「乾杯」」」」


そして音楽隊が演奏を始めた。





コースの料理が粗方が終わったころ、ヴェルナーが前に立った。

彼の存在を認めた者たちは、徐々に話し声を小さくし、そして会場は静かな音楽のみが流れた。


「お食事はいかがでしたでしょうか。

 デザートは立食式でご用意いたしました、どうぞこちらへ」


ざわざわとしながら、皆が大広間に用意されていたダンスホールへと移動した。

そこは、以前戴冠式を行った場所だ。

そこでイルミナは玉座の前に立った。


「―――本日お集まりいただきました皆様に、ご報告があります」


誰もがイルミナに注視した。

ざわざわと熱気が渦巻いている。

イルミナはそれを確認すると、グランへと目配せをした。

グランは一つ頷くと、イルミナの隣へと立った。


「私の婚約者を紹介いたします。

 グラン・ライゼルトです。

 結婚式は本日より一年後。

 その日を機に、グラン・ライゼルトは王室に入ります」


知っていたものは反応を見せず、知らなかったものはざわりとざわめき立った。


「グラン・ライゼルトです。

 王配として、女王陛下及びヴェルムンドに尽くす所存です」


そして深く頭を下げた。

それを見たブランを始める貴族、そして招かれていたハーヴェイとアルマが拍手を始める。

それは徐々に広がり、大広間は拍手の音で包まれた。


その大広間の様子に、イルミナは少しだけ安心したように息を吐く。

それに気づいたのは隣に立っていたグランだけだった。






「ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下。

 素晴らしい食事会にお招きいただき、ありがとうございます。

 そしてこの度はおめでとうございます」


「ハルバートの。

 こちらこそ、遠いところをいらしていただきありがとうございます。

 何も不自由はありませんか?」


「えぇ!

 やはり我が国よりも寒さは厳しくないようですね」


「ハルバートではもっと寒いのでしたね。

 雪も降り始めるのですか?」


「いえ、まだですが近いうちには」


ダンスホールでは、色とりどりのドレスが音楽に合わせて揺らめいていた。

そんな中、イルミナは玉座に座り挨拶に来る人ににこやかに挨拶する。


「ライゼルト殿、

 この度はおめでとうございます。

 ・・・恐れ入りますが、当主は・・・」


「ありがとうございます。

 私の弟、ヴァン・ライゼルトが当主です」


「左様でしたか!

 貴方の御高名はかねがね。

 弟君もきっと素晴らしいお方なのでしょうね」


「ありがとうございます」


外交官や、主要な貴族との挨拶を終えると、それを見計らったかのように二人はやってきた。


「陛下」


「ブラン、それにアリバルも」


「この度はおめでとうございます。

 ようやくですな」


「ありがとうございます。

 そちらの方は?」


イルミナは、アリバルの一歩後ろに立っている女性に目がいった。


「あぁ、初めてでしたね。

 私の妻のナタリーです」


「お初にお目にかかります、陛下。

 ナタリーと申します」


ナタリーの色を見たイルミナは、目を細めた。

黒い髪のそれは、ハルバートによく見る色だ。

イルミナは、胸中に生まれる何かを、敢えて気づかないふりをして笑みを浮かべた。


「ようこそ、アリバル夫人。

 楽しんでいますか?」


イルミナの言葉に、ナタリーは優し気に微笑んだ。


「もちろんにございます、陛下。

 このような素晴らしい食事会にお招きいただき、感謝しておりますわ」


ナタリーの目には、懐古の光が宿る。

その理由を、イルミナは知っていた。


「それはよかった。

 アリバルも、ブランもどうぞ楽しんでいってください」


「ありがとうございます、陛下」




代わる代わる挨拶が、数えきれないくらいになったとき。


「―――おめでとう、イルミナ女王陛下」


「・・・ラグゼン公に、アルマ殿」


少しだけ疲れた表情を隠して微笑みを浮かべると、そこにはここ数日で見慣れた二人が立っていた。

グランは、一瞬だけ眉間にしわを寄せるが、すぐににこやかに微笑んだ。

それにハーヴェイは気づきながらも、苦笑を浮かべるだけに留めた。


「楽しんでいますか?」


「もちろんです、女王陛下。

 婚約発表もおめでとうございます」


「ありがとう。

 今後とも、ラグゼンファードとはいい関係を築きたいと考えています。

 一年後の式にはぜひご参加ください」


「もちろんです。

 我々といたしましても友好関係は続けていきたいと考えております。

 ラグゼンファード王にもこのことはお伝えしておきますので」


「えぇ、是非」


イルミナは穏やかな気持ちでハーヴェイと言葉を交わした。

やはり二人で話したことは間違いではなかった。

その横で、アルマはグランに囁くように耳打ちしている。


「―――女王陛下御依頼の件ですが、既に処方箋は渡してあります。

 早ければ一か月以内に効果がみられるかと」


「・・・わかった。

 私から陛下に話しておこう」



そうして四人は歓談を終えると、ハーヴェイとアルマはホールへと戻っていった。

その後姿を見ながら、イルミナはバレないようにため息をついた。

しかしそれに目ざとく気付いた二人は、ひそりと声をかける。


「大丈夫ですか、陛下。

 水でもお持ちいたしましょうか?」


「だいぶ疲れているようだな・・・。

 必要な方々とはもう挨拶を終えている。

 そろそろ・・・」


少しだけ疲れた表情を見せるイルミナに、アーサーベルトとグランはそう言った。

それを様子を見に来ていたヴェルナーも気づき、同じように進言してくる。


「そうですね、陛下。

 無理をされて体調を崩されてるほうが問題です。

 あとは私がやっておきますから、退室なさってください」


「・・・大丈夫ですか?」


「もちろんです。

 無理されずにお休みください。

 明日からはまた帰国される方々への挨拶もあるのですから」


心配するイルミナに、ヴェルナーは重ねてそういった。

ヴェルナーが言うのであれば、問題ないだろうと判断したイルミナは、小さく一つ頷いた。


「・・・では、申し訳ありませんが、後を頼みます。

 戻ります、アーサー」


「かしこまりました」


まるで空気のようにイルミナの背後に立っていたアーサーベルトは、イルミナの声にすぐさま反応する。

アーサーベルトはすぐさまイルミナの進行方向を確認し、問題ないのがわかるとイルミナを守るように立った。

それにグランも続く。


「グラン、貴方は残っても・・・」


「婚約者が退室するのに、私だけ残っても仕方ないだろう。

 一緒に失礼する」


そうして三人は大広間を後にした。






********************






「では、本日はこちらで。

 明日、朝に伺いますね」


アーサーベルトはイルミナを部屋に送ると、びしりと敬礼をしてその場を去った。

まだ食事会は終わっていない為、会場に戻るのだ。

団長という地位についている以上、閉会するまで何も問題が起こらないように目を光らせる必要がある。

それに警護体制などの確認もあるのだろう。


「わかりました、何かあれば報告をお願いします」


イルミナは鈍く痛む頭に我慢しながら、笑みを浮かべてアーサーベルトを見送った。


「・・・それでグラン、どうして貴方がここに・・・?」


イルミナの私室には、何故かグランの姿もあった。

流れのままで一緒に来たが、まだ婚約者の身だ。

一緒に居て問題があるわけではないが、結婚する前に邪推されるような行為は控えるべきだとグランも知っているはずなのに。

ジョアンナが聞いたらすぐさま退室を願い出そうな状況だが、そのジョアンナは食事会にかかりきりでここにはいない。


「・・・渡したいものがあったんだ」


グランもイルミナの言いたいことはわかっているようだが、それでも部屋から出ていこうとはしなかった。

そして一瞬目を逸らしたが、胸ポケットから封筒を取り出した。

躊躇うように渡されたそれに、イルミナは困惑気な表情を浮かべる。


「・・・手紙、ですか?」


イルミナの言葉に、グランは頷いた。


「これを読むときに、傍にいないほうがいいのはわかっているんだがな・・・。

 どうしても心配で離れられない」


「・・・?」


イルミナはグランの言葉をよく理解しないまま、封筒を開いた。


「!!」


その瞬間、ぶわりと花の濃い香りが広がる。

それに、イルミナは心当たりがあった。


「っ・・・リ、リアナっ・・・?」


驚きで目を見開くイルミナを、グランは静かな瞳で見た。


「・・・エルムストから、先日届いた。

 中は見ていないが、ウィルからも私宛に届いていたからな。

 予想はついていた」


イルミナはカタカタと震える手で、手紙を開こうとして失敗した。

ぱさりと床に落ちたそれは、どう見ても一枚ではない。

もう立ち直ったと思っていたのだが、気のせいだったとイルミナは恐慌状態になりそうになる頭で考えた。

だって、香りを嗅いだだけで、このありさまだ。


怖いというわけではない。

怖くなんてないはずだ。

だというのに、どうしてこの体は震えるのだろうか。

まったくもって、女王としてなんと不甲斐ないのだろうか。


「・・・どうしたい、イルミナ」


「ど、う・・・?」


そんな様子を見たグランは、イルミナに言葉少なに問うた。


「・・・見るか、見ないか。

 それを決めるのは君だ」


そう、見るも見ないもイルミナの好きにしていいのだ。

イルミナは女王で、その心身を脅かすものは知る必要がない。

その最もたる彼らからの手紙なんて、見ないという選択だって選べるのだ。


―――しかし。


「・・・み、ま・・・す・・・」


表情すら抜け落ちたように見えるイルミナは、それでもしっかりとそう口にした。

それにグランは心配そうに眉根を寄せる。


「いいのか、

 見たくないのであれば見なくてもいいんだ。

 あとで見ることもできる」


それはグランなりの優しさだった。

しかし、それにイルミナは甘えようとはしない。


「だいじょうぶ、です。

 見ます・・・ですが・・・」


イルミナはちらりとグランを見上げた。

何かを訴えるようなその目に、グランは何でも言いなさいと言う。


「・・・隣に、いてください」



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