第一王女と視察
ごとごとと、馬車が揺れる。
イルミナは、初めて見る外の景色をじっと見つめてた。
王都から離れれば、見えるのはのどかな田園風景だ。
その風景を焼き付けるように、イルミナはじっと見つめ続けた。
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「今回、殿下が行かれるのはアウベール村です。
理由はお分かりに?」
イルミナとヴェルナーは、今回の視察前に復習をしていた。
行く村の事を予め知っておき、現地に行ったらいちいち聞いたりしなくて済むようにするためだ。
ある程度の情報を知っておけば、それを聞く時間が省ける。
「鉱石ミスリルと、治水技術ですか?」
アウベールは、高い生活基準を有し、そして高級鉱石であるミスリルの発掘もあることで、名の知れた村でもあった。
「正解です、今回殿下にはミスリルの発掘状況と治水技術を視察して頂きます」
ヴェルムンドは、長い歴史を持つ国の一つだ。
しかし、その生活水準が全てにおいて高いかと問われれば違うと答えるだろう。
ヴェルムンドは山に囲まれた国で、そのおかげが鉱石と言う恩恵にあずかっている。
しかし、その鉱石は無限ではない。
それは城お抱えの研究者も発言している。
しかし、今はまだ大丈夫だからと暢気に構えているのが今の国の現状だ。
今まで大丈夫だったのだから、すぐになくなることはないだろうと高をくくっている。
しかし、それではダメになると一部の人間とイルミナは考えている。
鉱石ばかりに頼っていては、国はいつか収入を無くし、豊かさを無くす未来しかないだろう。
そして民は飢え、消えてゆく。
直ぐに起こるわけではない。
しかし、いつか起こり得る未来なのだ。
それを、イルミナは勉強している間どうにかせねばと思った。
しかし、他の特産が何なのかを良く知らない。
というより、何が特産となれるのか誰も知らないのだ。
それを探すために、視察から始めた結果が今だ。
そしてイルミナは見つけなくてはならない。
他の国に負けないような、長期的な特産物を。
今まで視察した場所には見つからなかった。
だからこそ、このアウベールの視察はイルミナにとって期待を寄せる一つとなっているのだ。
「第一王女殿下、到着いたしました」
馬車の揺れが止まったかと思うと、外から声を掛けられる。
どうやらようやくついたようだ。
およそ二日間。
初めての遠出もあってか疲労感はあるが、それにもまして気分が高揚している。
窓の外から見える景色は、途中からほぼ変わりが無かったがそれでもイルミナを楽しませた。
開かれた扉から、今回ついてきてくれた護衛の手を借りて地面に降りる。
今回は護衛騎士が七人ついてきている。
本来、王族であればありえないほどの少なさだ。
それ以前にメイドの一人もつれていない事自体が問題だが。
それでも、今のイルミナには十分な数であった。
「第一王女殿下の、イルミナ・ヴェルムンド様ですな・・・
わしはこの村の長、タジールともうします」
出迎えてくれたのは、長と名乗った老人だった。
白とグレーの混じった髪に、髭。
しかし彼の鋭い視線と少しの動作はとてもではないが老人には見えなかった。
「初めまして、タジール殿。
私はヴェルムンド国第一王女のイルミナと言います。
この度はお時間を頂きありがとうございます」
そういって礼をするイルミナに驚いたのはタジールだった。
「ひ、ひめさま?
そのような礼など・・・」
「?わざわざ時間を頂くのです。
礼をするのは当然ではないのですか?」
イルミナはまさかアウベールには独自の礼儀作法があるのかと考えると、長は慌てて首を横に振った。
「わしらのような平民に王族が頭下げることはないですぞ」
その言葉に、イルミナはむっとする。
それを思っている人がいるのは確かだろう。
でも、イルミナはそうは思わない。
しかしそう考えているのが当然だと言わんばかりのタジールの対応に、納得は出来ない。
「タジール長殿、そのようなことを言わないで下さい。
たまたま王家に生まれただけのことでしょう、それにあなた方がいて、初めて王家や貴族が存在できるのです。
そのような大切な方々に偉ぶることを私は望みません」
正直、タジールは驚くほかなかった。
今回、第一王女が視察に来たいと言って面倒くさいの一言がまず出た。
当たり前だ。
なぜ王族がこんな辺鄙な村に来たがるのだ。
確かに、他の村に比べて名の通った村かもしれないが、それだけだ。
自分たちにとっては故郷であり、一番の場所だと思っているが、王都に住む娘にはそう思えないだろう。
それに右も左も知らないお姫様が来れば、その分誰かが対応せねばならない。
こちらはお城のお姫様と違って皆仕事があるのだ。
お茶を飲んだり踊るのが仕事なわけがない。
本音を言えば、断ってしまいたかった。
しかし、相手は王族。
平民の自分たちが少しでも間違えれば、相手は何をするのかわからない。
村にたまに来る貴族たちがそうだった。
思い出したように来ては、好き勝手にふるまう彼らの存在は、村からすればたちの悪い人災だ。
だから本当に嫌々、了承の手紙を送った。
来なければいいと思った返信は、数日もしないうちにきた。
その対応の早さにも驚いたが、来るのが王女と聞いて、更に驚いた。
心臓が止まるのではないかと思うほどの衝撃で。
第一王女の噂は聞いていた。
黒い髪に紫の瞳。
冷たく、にこりともしない可愛げのない姫。
妹姫と比べてなんと・・・と言葉を濁されていると。
見た目はその通りだった。
しかし、彼女の表情を見てどこに冷たさがあるのだろうと思った。
タジールはこの村で生まれ、そして長となった。
村はミスリルのお陰か、稀にだが取引をしようという貴族が他領からやってくることがある。
彼らは、馬鹿の一つ覚えの様に使ってやるからありがたく献上しろと馬鹿なことを言う。
自分の領主に確認してくれと断われば、無礼なと叫んで暴れる。
子供と変わらない、正直面倒な生き物だと思った。
だからと言っては何だが。
正直、国の姫ともなればもっとたちが悪いのだろうと考えていた。
しかしそれはいい意味で、裏切られた。
―――それにあなた方がいて、初めて王家は、貴族は存在できるのです。
その一言が、どれだけの民の心に響くことか。
自分たちを、人として見てくれる。
同じ人間だと扱ってくれる。
そんな貴族や王族が、どのくらいいるだろうか。
そして、それを当然のことのように言える彼女が、どれだけ貴い存在であるか。
タジールは、その瞬間彼女にちゃんとした対応をしようと思った。
自分の勘は当たる。
それをするだけの価値が、きっとあるだろうと、そういっているのだ。
「・・・嬉しいことを言って下さるのぅ、殿下。
どうぞ、なんもないですがわが家へご案内しましょう」
そういうと、彼女の目元が緩んだ。
その笑みとも呼べないそれは、とても儚いもので。
それでいて彼女の感情が一番うかがえた表情だった。