◆お悩み相談そのに、お忍びで街に出かける高貴な身分の方を護衛して!
シオン様とお出かけの約束をした週末の、土曜日。
私とシオン様、それからスケイスとカークスは、お悩み相談よろづギルドに来ていた。
シオン様は黒い簡素な法衣を身に纏っている。
艶々の銀の髪は法衣のフードで隠していて、口元から下を竜骨マスクで覆っている。
前髪と、赤い瞳と目尻の黒子と、綺麗な鼻筋だけ見えるお姿だけれど、ものすごく綺麗な顔立ちだということは分かる。
けれどあやしい。
あやしいにはあやしいのだけれど、冒険者の方々にはこういったいでたちをした魔導士の方もいなくはないので、恐らく許容範囲内だろう。
カークスもスケイスもいつも通りの執事服だ。
私は冒険者初期装備風茶色いローブではなく、オシャレ冒険が良く着ている初期装備の春風の礼服姿である。
春風の礼服は、薄手の、薄桃色と薄緑の花のようなワンピースで、結構可愛い。
重たいものを持つ必要がない魔導士や、ヒーラーの女の子用の装備で、シオン様とのお出かけに着てきてもそんなに問題なさそうだから、選んできたものだ。
正義の味方に憧れる私でも、一応婚約者とのお出かけには服装をちゃんと選ぶ。
今日の朝、服装をちゃんと選んで、(もしかしてこれは初デートなのかしら)などとやや浮ついた気持ちで、髪もきちんと整えて待っていたら、お迎えに来たシオン様の姿がそれはもうあやしかった。
けれどどんなにあやしくても、似合ってしまうのがシオン様だ。
麗しい方と言うのは、魔術師と言うか、暗黒呪術師スタイルも着こなしてしまうのだろう。
シオン様は「私も、アーチェにあわせて、冒険者の姿を真似てみたよ」と少し照れたように言っていた。
それはもう愛らしく、どこまでも愛らしく、いじらしいお姿だった。
そんなわけで、今日のシオン様は百億点だ。世界中探してもこれほど愛らしい冒険者の方はいないだろう。
私がこの可愛く儚い方を守らなければと、硬く決意した。
そして私たちは、シオン様が行きたいというので、よろづギルドに来たわけである。
「シオン様、冒険者ギルドの見学がしたかったのですか?」
私はギルドの受付カウンターの前で、依頼内容の文字がいくつか浮き上がっている掲示板を眺めているシオン様に話しかけた。
スケイスとカークスは、私達から一歩引いた場所にいる。
私一人でもシオン様を守ることはできるけれど、二人とも一応私たちの護衛をしてくれている。
別に今日は「世直し奉仕活動をするわけではないので、お留守番をしていて良い」と言ったのだけれど、私とシオン様、二人で出かけるなんて絶対に駄目だと言われてしまった。
メリサンドはカークスの肩に乗っている。私の傍にいて良いのに「神龍たるもの、お若い二人の邪魔をしてはいけませんので」とかなんとか言っていた。
「見学、というかね。依頼をしたから、アーチェに受けてもらおうと思って」
「シオン様が依頼を?」
「そう。昨日、依頼を出しておいたんだけれど」
そう言って、シオン様はカウンターの前まで進む。
受付のお姉さんが顔を上げて、一瞬シオン様の姿を見て吃驚したように目を見開いたあと、にっこりと営業スマイルを浮かべた。
「お悩み相談よろづギルドにようこそ。ご依頼ですか? それとも、お仕事ですか?」
「こんにちは。昨日、依頼をしたシオンです。護衛を頼みたいという内容の……」
「はい、承っております。こちらですね」
「あぁ、そう。これ」
受付のお姉さんは、シオン様に言われて、手元のファイルから一枚の紙を差し出した。
そこには『お忍びで街に出かける、高貴な身分の貴人の護衛をお願いしたい』と書かれている。
――高貴な身分の貴人。
これは、間違いなくシオン様のことだろう。
高貴な身分というか、高貴過ぎて余りあるというか。
王太子殿下がお悩み相談よろづギルドにする依頼内容ではないと思う。
「せっかく出かけるのだし、アーチェは私の護衛をしてくれると言っていたから、依頼をしておいたよ。契約期間は、今日の夕方まで。内容は、私の護衛」
「シオン様、その、あの……」
てっきりデートだと思っていたのに、私は護衛。
というか、多分シオン様は、私の冒険者ポイントを加算するために、きっと良かれと思って依頼をかけてくれている。
純粋な好意に、私は「果たしてこれはデートと言えるのですか」という疑問を喉の奥に引っ込めた。
「こちらの依頼、私がお受けします。冒険者カードはここに」
「依頼人の方はよろしいのですか?」
「ええ、もちろん」
お姉さんに確認されて、シオン様は頷く。
私が冒険者カードをお姉さんに渡すと、お姉さんはカードを依頼状の上に乗せた。
私の名前が依頼状に、焼き印のように刻印される。
それから私に依頼状を、綺麗に折り畳んで渡してくれた。
「それでは、契約成立です。契約終了は今日の夕方。護衛、頑張ってください」
にこやかに、定型文を言ってくれるお姉さんにお礼を言うと、私は冒険者カードと依頼状を腰に下げた鞄に入れる。
それからシオン様に軽く礼をした。
「依頼、お受けしました。アーチェです、よろしくお願いしますね」
「依頼者のシオンです。よろしくお願いします」
まるではじめて会ったみたいな挨拶をする私たちを遠巻きに見ながら、何故かスケイスがにやにやしていた。
カークスとメリサンドは孫を見守る老夫婦みたいな視線を私に送っていた。
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