戦後処理、高校生の双肩に
ワームホールから出てきたのは、なんと一体のエイリアンだった。
「そんな……馬鹿な」
参太はうめく。エイリアンとの闘いはもう終わったはずだ。
「驚いたか」
人の言葉を放つ桃色のエイリアンは堂々と参太に近づいていく。
「ありえない。そう思っているのだろう、無理もない」
流暢な日本語だった。美声でさえある。
ナイフが投げられたとき聞こえてきた声と同じものだった。
「あんた、まさか……田代真、なのか」
さきほどの声の主が田代真であるならば。目の前のエイリアンの声がそれと同じであれば。導き出される結論はひとつだった。
「信じたくはないがな、いかにも。私が田代真だ」
桃色のエイリアンはワニのように大きく裂けた口を開け、人間と同じ言葉を話す。
人間がエイリアンになる。ありえない、とは参太には言えなかった。管理人もエイリアンだったが、人間の姿に擬態していた。
そして管理人の他にも人間に擬態していたエイリアンが地球にいる可能性はある。
「研究員ってのは、嘘だったのか」
「嘘ではないさ。若造、貴様は勘違いしているようだ。俺は、人間だった。つい一昨日までな」
「一昨日まで、だと?」
一昨日。つまり参太が耐え抜いた決戦が終わるまでは、ということか。
(また、俺のせいか)
正直、うんざりだった。
自分の身を護るためにスキルを使い、恩返ししたいと思った人のために戦った。それだけのために、必死になって乗り越えた。
逃げることは許されなかったし、端から戦うことしか選択肢がなかったのも事実だった。
すべての甘えを無理矢理、捨て去ることを要求された。だからやった、やりきった。
それなのに……。
「そうだ。貴様があの決闘を終えてからだ。英雄よ」
英雄。まるで嘲笑するかのような言い方だった。
参太は眉根を寄せ、それは鋭いスコープの光になって表示された。
白銀色に輝く鎧を身に纏う参太は、鋼鉄の両手を握りしめた。
「文句がありそうだな、あんた」
「文句はないが、クレームはある。貴様は管理人を殺し、以降、激闘を繰り広げたが辛くも制して見せた。貴様が敗北すればこの世界は奴らの侵略を許していたかも知れない。その点でいえば、貴様はまさに英雄。大賛辞を送るところだ」
エイリアンは両手を広げてパフォーマーのようにおどけた姿勢を見せた。
「しかし、貴様は何も理解していなかったのだよ」
両手を広げたポーズから一転、指揮者がオーケストラの演奏を完了させるように勢いよく手を回転させて上に向けた。
「メゾン・アストロはあの管理人が作り上げた実験施設だ。住民は彼の力の一部を分け与えられる。それがスキルというやつだ。しかし力の付与はかりそめのものであり、実験空間のなかでしか発現させられないようにリミッターがかけてある」
エイリアンは研究員として集めた情報を、教師のように参太に語った。両手を腰の後ろに組んで、右に左にゆっくり歩くかのような動きをする。
「だが、リミッターは管理人が死んだときどうなるのだろう。ひょっとして機能しなくなるのではないか? 私はふと、そんなことを考えてしまったのだよ」
エイリアンはぴたり、と動きをとめた。教師が生徒に質問をなげかけると同時にチョークで差すように、エイリアンは参太にその細い指の先を向けた。
「宇宙空間のなかで、ではなく、私の部屋のなかで。私はかすかな可能性を立証するべく、スキルを発現させてみた。するとどうだろう、発現してしまったのだよ! スキルが」
エイリアンはそのときニヤと口元を歪めたのだろう。大きな口が破けんばかりに裂けた。
「だが代償だったのだろう。気づけば私はこんな姿になっていたのだ」
彼の独白は終わった。
参太は睨みながら言う。
「あんたの自業自得だろ、それは」
「ハハっ、否定はできない。だが貴様が不用意に管理人を殺したりしなければ、そもそも私はスキルを現実世界で発現することはできなかっただろう。貴様への文句はない。だがクレームくらいは言わせてくれよ、なあ」
エイリアンはそこで口を閉じ、背を向けた。
「まあどうにもならない話題はここで終わりだ。貴様、私を探しにきたとか言っていたが、それは眼鏡をかけた研究員から言われたことか?」
「ああ、その通りだ。あんたの上司か」
「上司というより、上官といった方が適切だが。あるいは主人か。それくらいあの人の権限は凄まじいものでね」
「そんな雰囲気はなかったけどな」
「そう言う貴様も、いまこの瞬間はあの人の言葉に従っているだろう?」
「それは!」
「あの人の力は凄まじい。それだけは覚えておくといい」
エイリアンは背を向けたまま宇宙を漂流し、ワームホールへ向けて体を流していく。
参太は「待てよ」と叫んでいた。
「どこに行く? そのホールは、どこにつながっている?」
「ここではない、どこかだよ。私にもわからないんだ」
エイリアンは体を止めない。ワームホールへ向かって体を動かしながら淡々と言葉を残していく。
「管理人の不在は仕方がない。もう彼を殺したことは既成事実となっているからな。だが、スキルのリミッターはかける必要がある。最悪の場合、住民すべてが私のような悪知恵を考案し、私のような末路をたどることになるぞ」
「あんたはどうするんだよ」
「私は楽しむとするよ。ワームホールを自在に開く力を得たのでね。せいぜい旅をさせてもらうとしよう」
「なんだよ、それ」
クレームを言い放ってきたかと思えば、別れを言い渡してくる。その神経が理解できなかった。
参太はひとまず変身を解除すると男子高校生に戻る。
「起動キー番号、5番。パスワード」
「ま、待てよ! 何だよいきなり」
「待てないな、覚えろ。パスワード、RAINBOW」
「なんのことかわからないんだが……」
「あの方にお伝えしろ。そうすればわかるはずだ。それではな、若造。また会う日が来るならば、そのときまで」
エイリアン、いや田代真はワームホールをくぐり、現実世界から消失した。
直後、宇宙空間がドロドロと溶けていく。
星々の景色が回転して渦となり、ワームホールさえ崩れて消える。
反転した空間は現実へと回帰して、アイドルグッズで埋め尽くされた部屋へと再生した。
デスクの前に立つ参太は、託された謎の言葉を反芻していた。
「なんだってんだよ、くそが」
人がエイリアンになる。夢ではなく、まして物語でもなかった。紛れもない現実だ。
メゾン・アストロへの疑念が参太の胸に噴き出してくる。
「管理人さんよ……いったい何を隠してきた」
虚空に問い詰めてみたが、相手はもう殺してしまった。
参太は己の行動を振り返るべきかどうか迷ったが、次には部屋から出ていた。
「時間を戻すことは、できないんだよな」
あたり前で、しかし熱望して仕方のないそのことを参太は呟いた。




