転入する空き巣高校生
メゾン☆アストロVS空き巣高校生 38
起動キー番号5、パスワードはRAINBOW。
参太は廃工場の社員寮に戻り、錆びたドアを思い切り開ける。
光の街を見下ろした。天から降りる梯子のような階段を慎重に、しかし早足で駆け下りた。人工太陽の光が眩しかったが、そんなことはどうでもいい。
(止められるのは、俺だけなのか)
住民のエイリアン化を一刻も早く止めなければならない――そんな使命感が参太の胸にわき上がったのは、自分を助けてくれた人がメゾン・アストロにはいるからだ。
ハルやシャルロット、そしてあのOL風女子。
彼女たちの顔を思い浮かべて、直後にかき消した。
(俺は、バカか)
思い浮かべれば切なくなるだけだ。参太は首を振って頭を無理矢理真っ白にすると、光の街の歩道を走った。
白衣を着た研究員たちが歩く中、黒い学生服を着た参太はいやでも目立つ。
眼鏡の研究員がいる中央司令棟と呼ばれるビルに入ると、そのままエレベーターで十階まで上昇、彼の居室に辿り着く。
主任研究室。プレートにはそう書いてあるが、彼の役職は知らなかった。
(絶対的な権限、か)
田代真の言葉を反芻しつつ、扉をノックする。そのままドアを開けると、床がむき出しのコンクリートになっている部屋に入る。デスクが三つ配置されている。
三つのデスクは凹の字型に並べられていた。右には水晶の球がひとつ置かれており、まるで占い師の出店のような雰囲気だ。対する左には地球儀が置かれており、様々な国の位置にいくつものピンが刺されていた。中央のデスクには書類の束が並べられており、眼鏡の研究員が判子を押したりサインをしたりしている。
デスクの外側には書棚が置かれているらしく、壁一面にあまねく本が敷き詰められている。
「存外に早かったじゃないか。まだ一日と経っていない。おかげで仕事がたんまり残っているこの有様をさらしてしまっている」
眼鏡の研究員はぼやきながらも手を止めていない。書類に目を通し、判子を押す。その作業の繰り返しだった。
「田代真は生きていました。でも、エイリアンになっていた」
「ほう。それで」
特に驚く様子もない。想定済みだとでもいうのか。
参太はしかし言葉を継いだ。
「コード番号5、パスワードはRAINBOW。そう、言われました」
「なるほどな」
眼鏡の男は興味がないというように手を動かしたまま、参太の報告を聞いている。特に頷く様子もない。
「ところで、参太くん」
いきなり名前を呼ばれた。思わず参太は背筋を伸ばす。
「は、はあ」
「君のことを調べさせてもらったが……呆れたよ。警察から捜索願いが出ているじゃないか」
やはり手を動かしたままだ。それでもたまっている書類が減る気配はいっこうにない。
参太はかすかに息をのんだ。母親がそんなことをしてくれていたとは正直思っていなかったからだ。
(放っておくかと思ったんだけどな)
意表をついた嬉しさが胸にわき上がるが、しかし警察から追われる身というのも嫌な気がする。
「安心してほしい。警察にも、君の親御さんにも私から説明しておいたよ。貴方の息子さんの命は我々が預かった、とね」
「んだそれ!」
ほかに言い方はなかったのか。というよりこの男が異常なだけなのだが。
「我ながら面白い言い方をしたと思ってるんだけどな。まあいい。親御さんには納得してもらった上、警察からの捜索願いに関しても解決した。これで君は、路上で突然取り押さえられることもない」
「は、はあ」
「そして君には高校に行ってもらう。転入の申請はすでにしてある」
「は、はあ……は?」
眼鏡の男は言いつつ、書類の海の中から一枚の用紙を取り出すと無言で参太に突き出してきた。
「何ですか、これ」
「ホームページから地図をプリントアウトし、さらに私から通学経路も図で示しておいた。これで道に迷うから行けません、という反論はもうできないだろう?」
「いやいやいや! これどこの高校ですか? 聞いたこともない名前なんですけど」
とりあえず紙を受け取ってみれば、“汎神高等学校”というわけのわからない名称の施設が記されているではないか。いったい名付けたのは誰か。参太はそいつに小一時間問い詰めたい衝動に駆られたが、しかしそんなことはどうでもいい。
(マジかよ、転校とか)
人生初の体験である。不安がないといえば嘘だ。しかもやけに神々しい名前の高校である。いやこの研究員のことだ、本当に高校であるかどうかも怪しい。実際、廃工場の社員寮が光の街だったのだ。それと同じように、この汎神高等学校という施設も高校の形をした何かなのではないか。
「安心してほしい。この高校は普通科で、男女共学だ。普通の高校だし、くだらない進学校よりも実績はある。むしろ君のいた高校よりも優秀な教師陣がそろっているはずだ」
(あんたの口から出てくる普通ってのが一番、怖いんだよなあ)
参太はひくひくと頬を痙攣させたが、案の定選択肢はないようだ。
眼鏡の男は話は終わった、というように手を叩くと、
「メゾン・アストロへ潜入し、そしてちゃんと戻ってきてくれたことには感謝するよ。そして入学、おめでとう」
まるで父親のようなその言葉に、参太は心底反吐がでる思いだった。
そして迎えた登校初日。
光の街にある居住施設の一部屋を借りている参太は、新しい制服に身を包んで出てきた。
前までは公立高校の生徒らしく学ランだったが、いまは灰色のブレザーをまとっている。
「俺もついにブレザーのお世話になるとはな」
これまでブレザーがうらやましいとは思わなかったが、学ランが好きじゃなかったのも事実だった。
参太は光の街から出て社員寮からも出て、通学路の第一歩を踏み出そうとした。
のだが。
社員寮のすぐ前に一人の男子が立っていた。
待っていたのだろうか。その男子もまた灰色のブレザー――参太と同じ制服を着ていた。
瞬間、参太は目を背けた。
「まさか」
対する男子もまた、気まずそうな顔をしている。
「久しぶり。奥津くん」
かつての親友、青風透だった。
こちらを名前で呼ばずに名字で呼んだことに、参太は絶望する。
「透、なのか」
「ああ。そうだよ、奥津くん。青風透だ。一応、覚えてくれてたんだね」
中学生のころから、実に二年半ぶりの再会だった。
いじめを見て見ぬ振りして自己保身に走った罪悪と、いま参太は向かいあう。




