高校生、空き巣の道に舞い戻る
帰る家の場所はわかっていた。
帰る気にはなれない。
だからあてどなく歩き回った。
傍目からみれば夜道を徘徊している不良学生に見えるだろう。
だがそんなことはどうでもいい。
参太は夜十時を回ったころ、見知らぬ街に赴いていた。そして名も知らなかったアパートの前に立っている。
「俺は空き巣高校生なんだよ」
呟き、アパートの裏手に回って電気のついていない部屋の位置を確かめると、そのなかでも気配の感じられない部屋に忍び込もうとする。
いつもはドアノブのネジを盗むだけだが、今日は一泊するつもりだった。もっとも眠っている最中に家主が戻ってくる可能性もあるので、寝ずに夜を明かすだけだが。
満点の星空のもと、参太はピッキングして解錠する。もう慣れ親しんだ違法行為だ。
ドアをそっと開け、
「おじゃましまーす」
いつもの挨拶をすると部屋に侵入した。
月の光も入らない闇のなかを一歩、一歩、慎重に進んでいく。
この時間に空き巣を働いたのは初めてで、いつもなら自宅にこもって宿題をやっているかスマホゲームをやっている時間だ。
(捜索願いとか、出してないよな)
唯一の懸案事項がそれだったが、直後にそれはないと思うことにしてドアをそっと閉めた。
親はそれほど心配性ではない。少なくとも参太はそう思っている。
忍び込んだアパートはメゾン・アストロのようにセキュリティの甘すぎるボロアパートだった。ただあそことは違って通路にゴミが落ちているようなことはない。
侵入した部屋はごくありふれたワンルームで、トイレと風呂は別になっており、水場が通路と同じになっている。リビングはベッドルームを兼ねる造りになっており、本棚の向かい側にベッドが置かれてあった。
床には漫画本が乱雑に置かれており、脚のたためるミニテーブルの上には飲み残したウーロン茶らしい臭いのする液体が注がれたままにしてあるグラスがあった。さすがに食事は済ませてあるらしく、使用済みの皿が水場に放置されていた。水のためたボウルに入れたままにしてあるあたり、漬け置きしているつもりなのだろう。
「はあっ」
家主がいないことを確かめ、参太はメゾン・アストロを出てから初めて安堵のため息をはき出した。
ぐったりと全身の力を抜いて、床にへたりと座り込む。
あぐらをかいて後ろ頭をかくと、ぐう、と腹の虫が鳴った。
(コンビニでも寄ればよかった)
電気はつけなかった。光のない闇のなか、参太は今日の出来事を整理する。
管理人、宇宙人、ロボット。戦闘に超能力。知りもしなかった知識がいつの間にか頭に入っていて、自分もあの不思議な住人たちの仲間入りだ。
管理人はいった。自分はすでに人を超えてしまったのだと。その力を手にしたのだと。
「やってらんねえよ」
ため息とともに本音を吐けば。
「まったく。その通りだな」
闇の中から声がした。
「ほんとやってらんねえ。なんで俺が、そんな特別な力なんか」
「そうだな。まったくもってやってられんな」
参太の独り言に、闇が答えてくれる。
「そもそも俺は偶然。ほんと偶然なんだよ。たまたまあのボロアパートに空き巣に入っただけだ。それなのにさ。運、悪すぎだよな」
「それは自業自得という奴だろう、お前さん」
「やっぱそうかなあ、そうだよなあ……って、え?」
誰もいないはずの闇の中。
なぜ、声がするのか。
「えええええええ!」
思わず叫んだ。空き巣としてあるまじき行為ではあるが、しかし叫ばずにはいられない。
声のする方に人の気配はなかった。
だがリビングの窓の近く、ひときわ闇が深い場所をみつけた。
闇が凝集して漆黒となり、小さな人の輪郭をつくっていた。いやそれは人というには背が低すぎる。三〇センチくらいしかない。その上、シルエットが丸まりすぎている。
そう、それはクマのぬいぐるみの形だ。
ぬいぐるみのシルエットをした暗闇が、参太にゆっくりと近づいてきた。
「偶然にしては出来過ぎている気がするが……しかし、本当に偶然なのだろうな」
シルエットが参太の目の前でぴたりと止まる。
光のない場所だが、目が慣れてくればわずかな光をつかんでかすかな視界を確保できるようになる。
参太は目の前のシルエットが、ピンク色のぬいぐるみであることを知る。
人語を解するぬいぐるみなど、参太はひとつしか知らなかった。
皇女と呼ばれた女の部屋にあった熊型スマートスピーカーだ。
それは“ようっ”とばかりに片手を上げると、いま一度挨拶する。
「奇遇だな、お前さん。また懲りずに空き巣かい」
「ああ。悪かったな。でもどうしてこんなところに?」
「メゾン・アストロとはある程度距離を置かねばならなかったからな。なにせ、秘密の計画を水面下で進めている」
ぬいぐるみはやれやれ、と言うように肩をすくめてみせた。
「しかしそこにお前さんが現れた。これでは秘密にならん」
ぬいぐるみはひとりでに歩き出した。
リビングを出て通路を行き、水場の前を通り過ぎて玄関の手前――バスルームのドアの前に辿り着いた。
ぬいぐるみにしてみれば一〇歩程度だが、参太はたったの五歩程度。
それくらいの近距離で、参太は衝撃的な光景を目の当たりにする。
ぬいぐるみがバスルームのドアを開いて電気をつけた。
参太はドアが開いたその先の光景の、あまりの残虐性に一度、目を背けた。
「ちょっと、何だよこれ!」
意を決して視線を戻しても、混乱の悲鳴をあげた。参太はすでに泣きそうだった。
バスルームには人の体が漬け込まれていた。
浴槽はライトグリーンの怪しげな液体で満ちており、そこに人間の死骸とおぼしきぐったりとした何者かが肩まで漬かっている。頭部だけが液体の上に出ていて、さながら生首の展示場だ。
「お前、いったい何してんだよ! これ、死体だろ……お前はいったい誰を殺したんだ」
混乱しすぎて絶句する参太の横でぬいぐるみは淡々と説明する。
「殺したというよりも、殺されたのだ。誰よりも大切な、我が主を」
ぬいぐるみはぱっちりとしたガラス製の瞳を細めた。
「だから俺は再生しているのさ。我が主、我らが皇女をな」
「皇、女?」
参太は首をかしげて死体を見やる。おそるおそる顔をのぞき見れば、それは金髪の女性だった。容貌は美しく、そして日本人ではない。
それはシャルロット・カイゼルその人だった。
ハルとの戦闘で敗北し、ブラックホールに吸い込まれ跡形もなくこの世から去って行った、メゾン・アストロの住人。
なぜそれがいま、こんなへんぴなボロアパートのバスルームに漬け込まれているのか。
理解できないし、そもそも参太の脳は現実認識を拒否している。
ぬいぐるみは構わず、むしろ口もとをにやけさせて説明を再開した。
「お前さんも能力に目覚めたというから、もう明かしてやろう。皇女さまの能力は“天啓”だ。人智を超えた知識をお持ちなのだ」
「てん、けい?」
「天より知恵を授けられたとしか言いようのないほど、この世界の文明とはかけ離れた知識をお持ちだ。その証拠に、皇女さまはご自身のお体をバイオマシン化している」
「は? バイオマシン??」
「人間と同じ体組織をもつ機械だ。有機物質で構成された機械だよ。アンドロイドといってもいい」
「いやいやいや……そんなさらっと言われて、理解できることじゃねえからそれ!」
参太はいま一度、目の前の死体にしか見えないシャルロットを見る。
「じゃあこれは死体じゃなくて、つくってる途中のアンドロイドってわけか?」
「ご名答。理解が早くて助かるよ」
「だから理解してねえって!」
参太はまじまじと全裸のシャルロットを見るが、どこからどうみても女体だ。機械的な要素はどこにもない。
「マジかよ。これが機械だって? 疑問しかわかないんだけど」
「信じられないのも無理はない。バイオマシンによるアンドロイド製造技術はここ地球文明では実用化の見通しすら立っていないからな」
ぬいぐるみはあくまで淡々と説明しており、そこに嘘も冗談も入り込む余地はない。けして先ほどの事すべてが妄想でも何でもない現実のことなのだと暗に示していた。
目の前の死体が製造中のアンドロイドということも、それが誰もいないボロアパートの風呂場で造られているということも理解したくないことではあったが、しかし参太はメゾン・アストロと関わってからこっち、超常現象を無理矢理理解させられる経験を積みすぎていた。
「まあ百歩譲ってそうだとして……復活させてどうするんだよ。一応、死んだことになってるんだろ」
「死んでも復活するのが皇女さまの特徴だ。何も皇女さまが敗北して死んだのはこれが初めてのことではない。もう十数回ほど繰り返してきたいわば“いつものこと”なのだ。何食わぬ顔でいつのまにか戻ってきても、もう誰も不審には思わなくなっている」
「怖えなそれ!」
殺しても殺しても復活する化け物を誰も不審に思わない人間の集まりが、メゾン・アストロということになる。
(やべえ……俺の想像以上にやばいとこだったよあそこ!)
ますます住みたくないと思う一方、自分もまたそのやばい奴らの一員になりつつある現実に気づいて、参太は盛大にため息を吐き出した。
「説明は以上だ。さて、ここでお前さんに提案があるんだが……これを聞いてくれないと、秘密を知ったままここから出すわけにもいかなくなる」
「俺は別に見たくてみたわけじゃない。むしろを声をかけてきたのはそっちだろ」
「侵入者を殺すつもりだったんだが。お前さんとわかったからこうして生かしてやっているのだ。いまここで殺してやろうか」
ぬいぐるみは迷いもなく言い放つ。まるで人ひとり殺すくらい容易いとでもいうような態度だった。
参太は舌打ちすると、
「また戦いになるってんなら、仕方ない。どういう提案なんだよじゃあ!」
やけくそになって聞く。ぬいぐるみも何らかの能力をもっているなら、戦った場合面倒なことになりかねない。
力をもったとはいえ、参太はまだそれを完璧に制御できるというわけでもない。
絶対に勝てる保証のない戦いは避けるのがベターだ。
「よくぞ言った。これは皇女さまの提案になるんだが……そろそろメゾン・アストロに立ち向かおう、という話だ」
「立ち向かう? あの管理人にか」
「ああ。エイリアンにとらわれた人間たちを、解放する作戦だ」
「そうかい。奇遇だな……俺も、同じことを考えていたのかも知れない」
参太とぬいぐるみは目を合わせ、互いにうなずきあった。




