第6話
目を覚ますと寝袋の中だった。眠気でもうろうとしながらも潜り込んでいたらしい。
「ふぁ……ぁ……」
「おはようございます」
「あぁ……おはよう。どのくらい眠ってた?」
「8時間程でしょうか。よほど疲れていた様ですね」
3日間熱中しすぎてロクに寝なかったからな……熱中しすぎると周りがみえなくなるのは悪い癖だ。寝起きでぼーっとしながら食料箱からカ〇リーメイトに似たものを出して水と一緒に食べるうちに頭がはっきりしてきた。
はっきりしてきたところでベルガを見ると昨日と変わらず魔騎兵専用の整備スペースで吊り下げられ直立し、整備用端末から伸びるケーブルが機体各所に接続されている。
元々のベルガは流線型のスマートな外装をしているらしいが、足りない装甲を色々な機体からツギハギしたため外装はゴツゴツとした少々角ばったものになってしまった。
頭部左目に装着されたターレットレンズを見ながら俺は3日間の結果に満足していると端末が声を掛けてくる。
「準備が良ければ起動テストを行いたいのですが、大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫だ、問題ない」
心の中でドヤ顔を決めながらベルガの前に立つ。
「では、装甲を展開させます」
「了解」
バシュッ!という音と共に装甲の前面が展開され魔装兵を受け入れる体勢になる。何というか物凄く子供心を刺激されながら機体内に体を収めると装甲が閉じられる。
(おお……なんというか凄いぞこれは……)
機体内部に収まり装甲に頭部を含む全身を包まれると何とも言えないワクワク感がこみ上げてくる。強化服だけあって機体内部に納まると閉塞感を感じるが高揚した気分がそれを上回った。
「SCS内の魔素充填量良し……起動させます」
ヒュイィィィィ……
機体各所に配置されているSCSが唸り声を上げ、真っ暗な視界に光が灯っていく。
(おおおおお……来た来た来た……キタぁっ!)
高鳴っていく駆動音にワクワク感が止まらない。今の俺の顔は恐らく色々な意味で酷い顔をしているに違いない。
ィィィィィィィ……っ
いざ起動!という時になって唐突に駆動音が途切れる。
「……あれ?」
視界内の光も消えていき、再び暗闇に包まれてしまう。
「どうなってるんだ?おーい?」
不意に装甲が再展開され、俺は整備用端末に目を向けると端末は淡々と答えを返してくる。
「どうやら起動に失敗した模様です。元々緊急機能であるSCSの機能のみで機体を起動させるのは無理があるようですね」
「な……なんだってー!?」
本当か!?キ〇ヤシ!!
「SCSの機能はそもそもCCSありきのものですから、CCSが存在しない状態で機能を発揮させる事はできない模様です……プログラムでの修正も試してみますが恐らく難しいと思われます」
「それならCCSが機能不全に陥った時に即起動停止なんじゃないの?」
「いえ、SCSが想定しているのは『CCSが突然機能停止した場合に自己を用いて一時的に機体制御を行う』ものであり、『CCSの無い機体を自己を用いて全ての機体制御を行う』事は想定されていない様です」
「それってSCSだけで機体制御できるように機能を付け加えるとかできないの?」
「通常機体よりもSCSを増設しましたが、それでもCCSの機能には及ばない様です。機能の追加が出来たとしても処理能力が足りるかどうか……」
「なんてこった……折角修理したってのに……」
思わず膝を付いてがっくりとうなだれる。
「申し訳ありません……整備用補助端末としてあるまじき失態です……」
「いや……CCSの無い状態での修理なんだから君のせいじゃないって」
「しかし……このままこの機体が起動しないという事は少々危険な事に……」
「危険?何……がっ!?」
端末の言葉に問いかけようとすると、ドズンッ!と何処かで何かがぶつかる音が聞えた。
「……今の音はなんだ!?」
「魔獣です」
「なっ……なんだってー!?」
驚きのあまり思わずキ〇ヤシネタを繰り返してしまいながら、断続する衝突音に呆然とするしかなかった。
◆◇◆◇
「魔獣ってどういう事だよ!?」
俺の叫び声に端末はケースからアンテナを伸ばして淡々と答えてくる。
「この施設を嗅ぎ付けたのでしょう。レーダーによると格納庫の出撃口を破ろうとしている様です」
整備用の癖に魔獣用レーダーなんて物を装備していたのに呆れながら俺の声は自然と荒くなってしまう。
「何で!?この施設は荒らされた形跡は無かった!少なくとも魔獣はこの施設のある辺りには居ないんじゃないのか!?」
「そういえば魔獣の性質を知らないのでしたね。魔獣は魔素の濃い場所や蓄えられた物質を好むのです。そしてそういった魔素の濃い場所はスポットと呼ばれ人間の居住地である事も多いのです」
「な……なんで?魔獣に襲われるならスポットとやらから外れた場所で街を作ればいいじゃないか」
「それは都市のエネルギー源とするためです。都市の動力をまかなう発動機は空気中の魔素を取り込む事で動きます。魔素が凝縮される動力施設は魔獣を自然と呼び寄せてしまうのです」
「動力施設……サブ電源!?」
端末の言葉にここで目覚めた部屋でサブ電源を起動させた事を思い出す。
「通常なら魔素を漏らさないようシールドを張るのですが、おそらくサブ電源のシールドが故障しており魔素が地上に漏れてしまったのでしょう。出力がそれほどでなく漏れ出る量が少なかったため今まで嗅ぎ付かれなかったのだと推測されます」
「……いつから気付いてた?」
「貴方が起きた頃ですよ。起動テストが無事に終わればその場で伝えて脱出を薦めるつもりでした」
「そうか……ちなみ素手で魔獣って倒せると思う?」
「それは難しいかと。遺伝子調整されて作られた強化人間ならともかく、一般には武装しなければ無理ですね」
「5秒でミンチ?」
「秒数については個人差があるとしか……というかこの状況でボケるとか結構余裕ですね貴方」
「開き直ったんだよ!」
確かに魔獣の事を聞いた時は頭がカッとなって熱くなっていたが、端末と会話するうちに冷静になってきた。これが開き直りかどうかは解らないがわめきまくって殺されるよりはいいと思う。
「それなら開き直りついでに1つ作業をお願いします」
「作業?」
「ベルガを動かします」
「動かすって……CCSは無いぞ?」
「私を端末ごと機体のバックパックユニットに取り付けて下さい。取り付けはバックパック上部にマウントラッチがありますのでとりあえずそれで固定を」
「あ、ああ……でも取り付けてどうするんだ?」
「私の端末にはCCSが使われていますので、私が代わりに機体制御を行います。端末側面からプログラム整備用のコネクタと魔素充電ケーブルを取り出して機体と接続して下さい」
「本当に大丈夫なのか……?」
「SCSで起動しないなら、現状これしか手段はありません。早く!」
ここからそれ程遠くない格納庫の出撃口を叩く音は続いており、いつ破られるかは解らない。遠くないとはいえここまで響いてくる衝突音は魔獣の破壊力の凄まじさを伝えてくる。俺は端末に急かされるまま言われた通り端末を備え付けて機体と接続し、再度機体に乗り込むとすぐさま装甲が閉じられた。
「正直、賭けになります。よろしいですか?」
「いいも悪いもこれしか手が無いんだろ?任せた!やってくれ!」
「了解。起動シークエンスを開始します……CCSを整備補助から戦闘補助へ切り替え……機体制御及び動力供給開始……」
先ほどとは違い駆動音の高鳴りが止まる事は無い。
(今度はいけるか……?というか戦えるのか?)
機体操縦の練習もしておらず、武器の扱いも全くの素人だ。魔獣とぶっつけ本番で戦うなんて……と思っていると不意に駆動音が止み、機体内が暗闇に包まれる。
「マジかよ!?これでも駄目だってのかっ!?」
「起動のためのシステムの最適化を行っています、少々時間を……」
「いけるんだな!?急いでくれ!」
衝突音が変化してきた気がする。出撃口が破られそうなのだろうか、暗闇の中じりじりと焦燥感に焼かれていると不意に一際大きな衝突音が聞えてくる。
ドガァァァァァンッ!
出撃口が破られた音と倒れた扉が地面を叩く音らしきものが聞える。
「動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「再起動」
俺の叫びと端末の報告は同時だった。