第9話
チュイン、チュインと機体の駆動音を鳴らしながらルドゥへ向けて歩き続ける。
目の前には荒涼とした風景が続いていた。廃墟を脱出した辺りはまだ草木が生えていたが、1日も進むと辺りはすっかり荒野になっていた。
空は高く良く晴れており、絶好の散歩日和だ……全身を覆う装甲服を着込んだ状態でなければ。
「……疲れた」
魔騎兵を着込んでの長距離移動はもの凄く辛かった。動力アシストなので歩くのに余計な筋力は必要無くむしろ普通に歩くより楽なのだが、全身が密閉されている状態が長く続いているため精神的に辛い。フルフェイスな装備が恨めしい。
「なぁ……エイダ、ジェットローラー使っちゃ駄目?」
「駄目です。今日の移動に使える分はもう使い切りましたので」
節電中だけどエアコン使っても良い?という感じでエイダに尋ねてみたら即答で却下されてしまった。
廃墟からルドゥまでは徒歩だと約1週間掛かるらしい。ジェットローラーの速度ならルドゥに到着するのも1週間かからないだろうと思っていたが甘かった。
エイダ曰くジェットローラーは物凄く燃費が悪いらしい。スラスターとブースターから噴射してたのは推進剤でなくジェットローラー専用のSCSに蓄えられた魔素で、それが尽きると機体駆動用の魔素を使わなければならず、無理に使い続けると最悪機体が止まるとの事。
なにその文字通り鉄の棺桶。
機体を停止すれば大気中の魔素を取り込んである程度は自然に補給する事ができるが、それも限度があるため、緊急用の燃料も考えるとずっとジェットローラーで移動する訳にもいかず、1日に移動に使える分を使いきった後は徒歩での移動を強いられているのだった。顔に集中線つけて叫びたくなりそう。
「はぁ……はぁ……」
そんなエイダの説明を思い出しながら、某No.40さんみたく荒い息をつきながら荒野を歩き続ける。地球では見ることの出来なかった荒野の風景も初めは物珍しかったが、歩き続けて3日過ぎた今となっては代わり映えしない風景に意識が曖昧になってきそうだった。
最初は無言で歩く事に耐え切れずエイダにこの世界の事で色々と教えて貰いながら歩いていたが、今はそんな元気は無く、時折独り言を呟くくらいだった。
「冬真、そろそろ休憩を取りましょう。前方の岩陰まで頑張って下さい」
「あ……あぁ」
俺の様子を見かねたのかエイダが休憩を提案してくる。実際に休憩の頻度は増して来ていた。
岩陰に辿り着いた途端俺は座り込み、装甲を展開してベルガから抜け出すと大きく伸びをする。
「んん~~~~~~っ!」
密閉状態から抜け出せた開放感から声が漏れ出る。生活箱から水を取り出して一気に飲み干すとベルガの横で岩に寄りかかる。
「はぁ……エイダ、ルドゥまでは後どのくらいかなぁ……」
「そうですね、このペースなら後2日も進めば到着できると思います」
「そっかぁ……」
ずるりと岩にもたれかかっていた体を地面に横たえて大の字に仰向けになる。
空の色は地球と変わりない様に見えるが、どこか違うようにも見えた。
「……異世界なんだなぁ」
蒼い空をぼんやり眺めながら呟く。吹き抜けていく風が疲れた身体に心地よい。
「正直、魔騎兵さえ手に入れればどうにかなると思ってたけど甘かったなぁ……長距離移動するなら車とか移動用のものを用意するんだった」
「あの状況なら仕方ありませんよ。それに、廃棄場には車両のスクラップなんてありませんでしたからね」
「まぁ……仕方ないっちゃ仕方ないのは確かだけどね、でも野宿と徒歩移動がこんなにしんどいとは……」
野宿で寝ている間の警戒はエイダがしてくれるため、見張りの事は気にせずに寝てられるのはいいのだが、テントが生活箱に入っていたものの、魔騎兵着込んだまま寝なければならず、疲れから眠る事ができても浅くしか眠れず疲労はじわじわ溜まっていくばかりだった。
鉄の棺桶に包まれて安堵して熟睡できる異能生存体さんが羨ましい。
そんな訳でたった3日で俺はかなり消耗していた。
「……すぅ」
ビーッ!ビーッ!
「っうわっ!?」
「起きて下さい冬真、魔獣です」
休憩のつもりが疲れから少し眠ってしまったらしい、あわてて飛び起きるとベルガを着込む。
「っ……数は!?もう囲まれてるのっ!?」
「いえ、目標は私達ではありません、前方で魔獣の群れと戦闘している者が居る様です」
レーダーに目を向けると確かに進路上で魔獣を表す赤点の群れと魔騎兵を表す白点が……2つ?
「2人でこの数と戦ってるのか?エイダっ!!」
「了解、記憶をロード。高速移動装備の構築化開始」
赤点の数は30程。廃墟を脱出する際に蹴散らした数と同じだが、あれは先制ミサイルで数を減らしたおかげで真正面から戦うとなると厳しかったと思う。
「急ごう!」
「了解」
両腰のブースターを噴かすと前方の戦闘へ介入すべく全速力で進むのだった。