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彼ガ奏デル最後ノウタ


――あのライブから時は流れる


彼が彼女に

伝えたかったウタとは

なんだったのか…

携帯電話の着信メロディーが軽やかに鳴る。

それはそれは空が青い日だった。

あの日のライブから1年は経っているだろう。

私は音楽活動ゆ辞めていない。というか

私たちのグループはあの時と変わらず存在している。

一つ変わったことは

私の担当がキーボードではなく、歌う方になったこと。

彼はというと

まだ病気は治っていない。手術をして、声帯を取った。

たくさん薬も飲んだりしていた。だけど一向に良くならない。

そしておよそ2週間前に、彼の母親から静かに告げられた。

病院から私の家にかけられた電話によって。

"……もう…そう長くない。色んな箇所に転移が見つかって、手術しても追いつけないし、体力的にも限界で…………"


遠回しに"彼は死ぬ"のだと言った。

世界が音を無くし、体に力が入らなくなった。

嘘だ。

昨日も一昨日もその前も、彼は笑って"大丈夫"を繰り返した。

笑ってた。笑ってた…よね?

受話器を置き、夜の9時過ぎだったにもかかわらず、病院へ駆け込み病室へ向かった。ノックするのも忘れ、扉を開いた。

病院には彼の母親は居らず、彼だけが白いベッドに埋もれている。

ドアの音のせいか、彼は身を起こし、こっちを見る。

目が合うと、ふっと微笑んだみたいだった。

僅かな照明の明かりが顔を照らしている。

それがあまりにも儚げで、哀しくて 朧げで

心臓が大きく脈打つ。

―ねぇ、まだ生きてるよね?死んだりしないよね…?

思わずそんなことを口走ってしまいそうになり、必死に口をつむぐ。

ずしん、と鉛を埋め込んだみたいに胸が重くなり、苦しかった。

恐る恐る、彼のベッドへ近づく。

"どうした?"

彼は口パクで私に問い掛ける。手術のせいで声が出せないのだ。

私はそれには答えず、小さく震える手で彼の手に触れる。

生きている証を見つけるために。

彼は今ここにいるのだと、ちゃんと生きているんだと、確かめるために。

少しひやりとする感覚に脅えながらも、たしかにココにある彼の温かさを感じなければいけないと思った。いつ いなくなるか

わからないから、ただ怖かったのかもしれない。

少しでも後悔しないようにそばに居たかっただけなのかもしれない。

そんな身勝手な私に向けられた彼の目は

いつもと変わりなくて、穏やかで優しかった。

力強く握り返してくれたその手は、いつの間にかとてもとても大っきくなっていて、私の小さな手がすっぽり収まってしまう。

"………う゛ー…"

また泣いてしまった。小さい子供みたいに声を漏らす。

今更だけど、彼の歌が好きだった。

彼の歌詞が好きだった。

あのメロディー、

そして声。

何もかもが手放せなくなるくらい好きで、大好きで。

すっかり細くなった白い腕を伸ばして、私の頬を軽くつまむ。

私がどうしてこんな時間にココに来て泣いたのか、わかってしまうような気がした。

いや、もうとっくにわかってたのかもしれない。

感情に敏感な人だから。

でもね、他人の気持ちをわかってても、自分の気持ちは押し込めてしまう、そんな人。

両手で彼のほっぺをむにっとつまむ。

びっくりしたように瞳が開かれる。

"もういいよ。作り笑顔は"

一瞬まばたきを忘れるほどの沈黙の後、彼は泣き笑いみたいな顔で"敵わないなぁ"と口を動かす。

外で鈴虫がリリンと鳴くのが聞こえた。

ベッドの脇の棚から大学ノートを一冊、ペンを一本取り出してテーブルに広げると、文字を綴っていく。

"本当言うと、相当参ってる"

ちらりと私の方を見て、私が頷くのを確認して、またノートに視線を落とす。

"うたいたい"

ゆっくりとその五文字を書いて、彼は表情を歪ませた。その顔はとても苦しそうで、絶望に満ち溢れていた。

"奏を見てると、時々羨ましくなるんだ"

"………"

"ステージの照明の眩しさとか、響く音の伸びやかさとか思い出して、でも、俺はもう歌えないからどうしようもない。もっと、伝えたいことがあったのに"


私は何もできない。

だからもどかしい。

私の声をあげたいと思っていても、実際あげることはできないし。

病気を代わってあげたいと祈っても、神様はこっちを見向きもしない。


ココにいること。

それしかできないの…?


"………伝えよう二人で皆に伝えようよ"心外そうに私を見る彼に私は言った。

"私が、音葉の伝えたかったことを歌う。一生懸命歌う!!"

"なんだそりゃ"と彼は笑う。そして、私の目の前に小指を突き出した。

それに私の指を絡ませて、約束をした。

"指切りげんまん。嘘ついたら針千本のます、指切った!"


鈴虫はもう泣いていなかった。


着信メロディーが鳴る携帯電話に手を伸ばし、画面に目をやる。

そして通話ボタンを親指で押すと、電話の向こう側の人物と少ない会話を交わした。

パタンと携帯を閉じる。

"行かなくちゃ"

だれに言うでもなく呟き、ある歌い手の所に向かった。



彼の部屋はいつもより騒々しくなっていて、人はいつもより多かった。

彼のお父さんとお母さん、それからお姉さんも来ていて、皆下を向いて泣いていた。

メンバー二人も来ていた。号泣する方の肩にもう一人の方が腕を回している。

この場所だけがひどく悲しくて、空気がいつもより1.5倍以上重くなっていた。


"…奏ちゃんっ"

"奏………!"

彼のお母さんとメンバーの一人が私の所へ来た。

"今日が…最後かもしれないって…"

そう言ったのは、どちらの人物だったのかはわからない。

"会わせてください"二人の間をすり抜け、ベッドに寝ている彼に歩み寄った。

"奏だよ。音葉"

ぐっと喉に力を入れて。

泣かないように。

彼が薄く目を開けた。

"もう……やばいのかな…。悪りぃ"

"いいよ、謝んなくて。笑わないできいて?"

口を開こうとして

彼に止められた。

"待って"

口の動きが徐々ににゆっくりになっていく。

それでも彼はにっこり笑った。

"約束、絶対守ってくれよ"

"うん、絶対、絶対守る。音葉が歌えなかったこと、私が代わりに皆に伝えるからね"本当言うと自信がない。

私は彼みたいに抜けるほどの歌唱力も表現力もないから。

でも、彼は前に言っていた。"下手くそでもいい"って。

私の言葉にほっとしたように表情を緩ませた彼は

一言一言とても大事に扱うように「あ・り・が・と・う」

と口を動かした。

"最近そればっかり"って私が笑うと、少し恥ずかしそうに笑った。

それから力の限りで振り絞るように、もう一度口を動かす。





"すきだよ"



窓から優しい風が吹き、頬をそっと撫でた。

空がどこまでも澄んで青く、きらきらした日の午後。彼は 動かなくなった。

ピーーという無機質な機械音。


病中が泣き声でいっぱいになり、夏だとは思えないほど涼しい。


涙が止まらない理由なんてどうでもいい。

ただ、あの歌が、

あの声が、

もう二度ときけないこと、当たり前に言ってた「またね」が言えないこと、

名前を呼んでも笑ってくれないこと、

泣いてる時「大丈夫だよ」って言ってくれないこと、

生きてないこと。


それがこわくて、

悲しかった。

とりあえず、奏音葉―rhythmのお話は終わりです。

読んでくださった方々、ありがとうございます!!

このあと少々続きますので、お付き合いして下さると幸いです。

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