EP 10
孤児院の厨房に、ジュウウウウッという暴力的なまでに食欲をそそる音が響き渡っていた。
「す、すごいですリュウさん! キノコなのに、本物の高級なお肉みたいな匂いがします……っ!」
コンロの前でフライパンを振る俺の隣で、セーラさんが身を乗り出し、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせている。
今日のメインディッシュは、森で採取してきた特級品の【肉椎茸】だ。
俺は【武器使い】のスキルが乗った包丁で、分厚い傘に隠し包丁を入れ、絶妙な火加減で焼き上げていた。表面にはこんがりと焼き色がつき、切れ目からは松阪牛もかくやという極上の脂(肉汁)が溢れ出している。
「仕上げに、この辺で摘んでおいた『醤油草』の絞り汁を少し焦がして……よし、完成だ。特級・肉椎茸の焦がし醤油ステーキ」
熱々の鉄板代わりの平皿に乗せてテーブルに運ぶと、セーラさんと子供たちの歓声が上がった。
「い、いただきますっ!」
セーラさんが待ちきれない様子でナイフとフォークを手に取り、肉椎茸を切り分ける。その断面は、見事な霜降り肉そのものだった。
パクリ、と口に運んだ瞬間。
「〜〜〜〜っ!?」
セーラさんの動きがピタリと止まり、その美しい顔がとろけるような至福の表情へと変わった。
「お、美味しいですぅ……っ! 噛んだ瞬間に濃厚なお肉の旨味が爆発して、後からキノコの芳醇な香りが鼻を抜けて……お醤油草の香ばしさが最高に合います! 私、こんな贅沢な味、生まれて初めてですっ!」
顔を真っ赤にして両手で頬を抑えるセーラさん。修道服の清楚なシスターが、完全に俺の飯で「胃袋を掴まれた」顔をしている。
(……ふふっ、作り甲斐があるなぁ)
過労死するまでコンビニ弁当ばかりだった俺にとって、誰かと食卓を囲み、美味いと言ってもらえるのは何よりの報酬だった。
「リュウさん……私、リュウさんと出会えて本当に良かったです」
食後、お茶を飲みながらくつろいでいると、セーラさんがふと真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「大げさですよ。俺の方こそ、セーラさんがギルドで助けてくれたおかげですから」
「いえ。リュウさんは強くて、優しくて、お料理も上手で……本当に、物語の騎士様みたいで」
照れくさそうに微笑む彼女の笑顔に、俺の胸はまたしても大きく高鳴ってしまった。異世界生活初日、最高の夜だった。
◆
そして、翌朝。
俺たちはさっそく次の依頼を探すため、意気揚々と帝都の冒険者ギルドへと向かった。
「今日はどんな依頼を受けましょうか。リュウさんの目利きがあれば、また珍しい素材がたくさん見つかるかもしれませんね!」
「そうですね。少し遠出してみるのもアリかも――」
ギルドの重厚な扉を押し開けた瞬間、俺は言葉を失った。
昨日のような、昼間から酒を飲んで騒ぐのんきな喧騒はない。
ギルド内にはピリピリとした殺気と、怒号のような声が飛び交い、完全武装の冒険者たちが慌ただしく走り回っていた。
「おい、ポポロ村からの救援要請は本物か!?」
「あぁ! オークの群れだ! しかもただの群れじゃねぇ、異常な規模らしい!」
いつもは冷静なエルフの受付嬢、ミリアさんも、額に汗を浮かべて書類の束と格闘している。
「セーラさん、これって……」
「はい……緊急クエストです。どこかで大きな被害が出ているんだと思います」
その時、ギルドの奥の階段から、これ見よがしに派手な装飾の鎧を着た、小太りの男が踏ん反り返りながら降りてきた。
その腰には、鞘に収められた物々しい機械仕掛けの剣――15万円は下らないという高級兵器【銃口剣】が吊るされている。
「ええい、平民の冒険者ども! 慌てるな! この『ボボッツ男爵』が討伐隊の指揮をとってやる! 貴様らは私の盾となって、ポポロ村のオークどもを駆逐するのだ!」
男の傲慢な声が、ギルド内に響き渡った。
不穏な影と、鼻持ちならない貴族の登場。
俺の異世界生活二日目は、波乱の幕開けとなりそうだった。




