最終話 ホタルの光
最終話になります。
何故彼等が消えたのか、その謎が明らかになります。
これはハッピーエンドなのか、バッドエンドなのか。
読んだあなたに決めて頂きたいと思います。
野上順一はスナック・フォギーレインの事が忘れられずにいた。あの二人には悪意はまるで感じられなかった。それよりも自分を必要としている感じが伝わってきていた。それに最後に見たホタルの寂しそうな顔が忘れられなかった。
・・・あのまま、あそこに居たらどうなっていたのだろう? ・・・
順一は考える。あれからネットで霧の夜に現れる謎のスナックの噂も見つけた。そのスナックに入ってしまうと、そのままその人間は消えてしまうという話だが、自分は無事に帰ってきた。その噂の店とは違うのかとも思うが、所詮噂である。本当の事は誰も分からない。あれから、帰り道に霧が出るとあの店がまた現れないかと期待していたが、スナック・フォギーレインは再び現われる事はなかった。順一は寂しさを抱えたまま日々を過ごしていた。
* * *
一年が経ち順一の中でスナック・フォギーレインの記憶も薄れてきた頃だった。スマートフォンがメッセージを受信した。何気なく画面を見た順一は驚愕し、何度も画面を確認してしまった。あのホタルからのメッセージだった。
・・・どうして僕のスマホの番号知っているんだろう ・・・
順一は不思議に思ったが、そもそもホタルが普通の人間ではないと思っているので、深く追及しても無意味だと考えメッセージを読んでみる。
《こんにちは、久しぶりに今夜お店に来ませんか 一緒にジャックダニエルを飲みましょう 再会を楽しみにしています ホタル》
簡単なメッセージだった。まさか、ホタルからメッセージがくるとは思っていなかった順一は動揺していた。もしホタルが悪霊ならば順一はすでに取り憑かれており、一度取り逃がしてしまった順一を再度閉じ込め殺してしまおうとしている、と考えるのが妥当だったが、順一はホタルの笑顔を思い浮かべ、ホタルが悪霊であるとはどうしても思えなかった。
就業時間が過ぎ、順一は机の上に今進めている仕事の資料や見積もりを解るように並べていった。こうしておけば、もし自分に何かあっても業務に支障が出る事は少ないだろうと思い、それから会社を出て愛車スタンザに乗った。時間はまだ少し早いようだ。順一は少し回り道をしながら時間を調節し、前とほぼ同じ時間にあのカーブに入っていった。うっすらと霧が漂い、それはだんだんと濃くなっていく。そして、その看板はあった。群青に白い文字でスナック・フォギーレインと書いてある。順一はその看板の指示通りに車を駐車場に入れ停めた。今まで探しても見つけられなかったスナック・フォギーレインが目の前に佇んでいる。
順一は唾を飲み込む。引き返すなら今しかない。どうするか?順一はしばらく車の中で悩んでいたが、トントンと窓を叩く音に気付き外を見るとホタルが笑顔で立っていた。黒いボディコンシャスな超ミニから伸びる黒いストッキングに包まれたスラリとした脚に黒く輝くハイヒール。間違いなくホタルだ。順一は途端に胸が高鳴り車のドアを開けていた。すると、ホタルも嬉しそうに腕を組んでくる。そして、2人はまるで恋人のように寄り添いながらフォギーレインの中に入っていった。
「いらっしゃいませ 」
カウンターの中からマスターが穏やかな笑顔で声をかけてくる。順一も微笑んでホタルと並んでカウンター席に腰を降ろした。それと同時に順一の前にビールとグラスが置かれる。どうやら前回、最初はビールといっていたのをマスターが憶えていてくれたようだ。順一はホタルと乾杯しグラスのビールを飲み干す。やはり、ここで飲むビールは格別に美味しく感じる。ホタルも調子よくビールを飲み、あっという間にビールは空になった。そこで、メッセージにあったジャックダニエルを飲むことにする。ジャックダニエルはバーボンの中でも、自らをテネシーウヰスキーと呼んでいる最高級のバーボンと云えた。ホタルと二人でロックグラスに注いで飲み始める。元々美味しいバーボンであるが、今夜のジャックダニエルは特に美味しく感じられた。
多少、酔いがまわってきたところで順一は思い切ってホタルに訊いてみた。
「君って一体何者なんだい? 」
もちろん答えなんて期待していなかったが、ホタルは順一の膝に手を置き答えてくれた。
「私は、ホタルですよ あなたが見ている通りです そして、その問いが人間ですかという事なら答は”NO”です 」
順一は驚愕した。よもや本人が自分は人間ではないと告白するとは思っていなかった。
「分かりやすくいうなら”思念体”とでも云えばいいかもしれません 私もマスターもこのお店も現実には存在しない物なのです 」
「そ、そんな事を僕に言ってしまって良いのですか? 」
あまりにも簡単に話してくるので順一は、やはりここで僕は殺されてしまうのかと怯えたが、それにしてはホタルにもマスターにも殺意のような感情は感じられなかった。
「もちろん その為にあなたをここに呼んだのですから あなたにお話しして一緒に来てもらうために 」
もう順一はホタルの言うことの意味が分からず混乱していた。
「”2n=46” 私たちは23人ずつの男女を揃える為に思念を送り続けました その思念の波長に同調できる人間がまず第一条件 次は最低限マニュアルの車を運転出来る運転技術 そして、名前です 名前と云うのは非常に重要なもので言霊が宿ります 安易に名付けられた人はその人生も、安易な物になるでしょう その中で”一”の字を含む人 この世界で広く信じられている宗教では”一”は”唯一の神”の意味を持ちます そこで名前に”一”が含まれている方を選ばせて頂きました そして、お酒が飲める方であること、これはある事情があるのです 最後に普通の方である事も重要な条件でした 一芸に秀でている方はゆくゆくは必要になってきますが、最初の段階では必要でありません むしろ、その排他的な自己中心的な言動は邪魔になります 」
まだよく理解出来ない順一だったが、何らかのものに自分が選抜されたという事実は理解出来た。
「あなたは、この世界を卒業して私たちと共に来てくれますか? 」
・・・あなたはそのたった一人になれますか、なってくれますか ・・・
順一は何故かここで漱石の“こころ“の一節が唐突に頭に浮かんだ。それだけホタルのこの言葉には想いが籠っているように感じられた。そして、それはつまり今いる世界を捨ててくださいという意味だろう。順一は返答に詰まっていた。それに、ここまで知ってしまった自分をこのまま帰してくれるのかという不安もある。
「不安になるのは尤もですが、衣食住は全て提供しますし、必要な物は何でもあります 不自由な暮らしになる事はありません 」
「僕が断ったらどうなるんです? 」
順一は思い切ってホタルに訊いてみた。
「それは、このままお帰しするだけですよ 」
「それで僕が今の話を周りに話してしまったら? 」
「別に心配していません 誰も信じてくれませんよ 逆にあなたの頭が心配されてしまうと思いますので黙っている方が良いと思いますよ 」
もっともだと順一は思った。こうして目の前のホタルと話している順一でも、まだ信じられずにいるのだから。
「僕が了承したら、あなたも一緒にいてくれるのですか? 」
「私は思念体ですので一緒に来て下さって、あなたが望めば常にいる事が出来ますよ でも、あなたにはパートナーを見つけていただく必要があります 」
「僕はあなたがいればパートナーなんて要りませんよ 」
ここで初めてホタルは悲しそうな顔になる。
「所詮私は思念体 現実の人間ではありません 霧の中に浮かんだ幻です あなたには現実のパートナーが必要なのです でも、心配要りませんよ あなたはきっと驚くでしょう 弥勒様は全て計算されていますから 」
「弥勒様? それは? 」
「この私をお造りになっている方です あなたには新しい世界のリーダーになって頂きたい 私たちの思念に捕らわれながら、その中から抜け出した強い意思を持つあなたに 」
「僕がリーダー? 新しい世界? 」
「もう一人 あなた同様、強い意思で抜け出した女性がいます あなたとその女性でネオアダムとネオイブになってもらう事が私たちの願いなのです 」
まったく信じられない話だが順一は、ホタルの言葉に嘘はないと感じていた。ホタルの頭がおかしくて妄想を語っているようにも見えない。順一は決心した。元々覚悟を決めてここにやって来たのだ。
「うん、君の言葉を信じるよ 一緒に行こう 」
ホタルの顔が明るくなり、マスターがジャックダニエルのオールドボトルをとんと置いた。
「私からの餞別です これを、みんなで飲みましょう 」
「こ、これは何万もするバーボンじゃないですか 」
それから、順一たち3人はジャックダニエルをしみじみと味わいながら時間を過ごしていた。そのうちにボトルが空になる。するとマスターが、それでは私は一足お先にと順一の目の前で消えていった。驚く順一にホタルが、ドンと抱きついてきた。そして、順一に口付けするとホタルの体が光り始める。
・・・ホタルの光 卒業か…… ・・・
卒業、何故かほろ苦い感情が湧いてくる。そして、全てが白くなり順一は何も見えなくなっていた。
* * *
56億7千万年後の地球。灰色の岩ばかりが転がり動くものが何もない世界。空気中にはアルコールが含まれ、耐性のない者は歩くことも出来ない環境になっていた。この殺伐とした風景の中、一つの頑丈で巨大な建物が残っている。その中では永久機関”弥勒”と呼ばれる複雑な機械が動作していた。遠い未来に降臨し人類を救済するといわれている”弥勒”。それが人類を再び栄えさせる為に動き出していた。
「1人の確保に成功 転送します 」
”弥勒”の前には広大な広さのクリーンルームがあり、そこには過去から転送してきた人間がカプセルの中に冷凍保存されていた。そのカプセルの1つ、峰岸一子と書かれた中に一人の女性がじょじょに姿を現していた。
・・・これは ・・・
野上順一はその光景に絶句していた。その時、背後に人の気配を感じて振り返る。
「ホ、ホタル 」
そこには一人の女性が立っていた。黒いボディコンシャスな服に黒いストッキング。驚いたような顔をしているが、その可愛い顔は、つい先程まで順一と一緒にいたホタルだと思ったが、その女性は首を振る。
「い、いえ、私は一美 本城一美です それより、あなたは”カブト”さん? 」
「いや、僕は野上順一といいます 」
二人は顔を見合わせると、ハッと何かに気付いたように顔を赤らめた。そして、同時に声を上げる。
「あなたが私の…… 」
「君が僕の…… 」
「「パートナー 」」
お読みくださりありがとうございます。
この後、二人がどの様に過ごしていくのか。それは皆さんのご想像にお任せします。
感想いただけると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




