0-10 三男坊 王都に帰る
ウエルフェルト村から王都に帰る途中、魔獣と戦う兵隊に遭遇します。
序章が終了して次回より中等部(1)が始まります。
魔獣に襲われて全滅したアンナの故郷を訪れた三人だが、アンナが精霊?に憑依された。
精霊?がアンナに憑いていて良いかを尋ねて来たので俺は困った。
「アンナの両親とまた話せるのか?」
それだったら、アンナは離さないだろう。
『うんにゃ、残った力を使いきったから無理じゃろう』
精霊?は頭の中に話しかけてくる。
「じゃあ、おまえいらないじゃん」
俺は冷たく言い放つ。
『そんなことはないぞ。わしがこの子に憑いておれば、この子の能力が上がる』
「今のままで良いかな」
『待て、見捨てられるとわしは動けないから寂しいのじゃ。ここにはもう誰もいないし』
「そんなこと言われても、アンナの負担になっても困るからなあ」
『負担にはならぬし、わしにはお前達に分からぬことも解る。例えばそこの猫獣人はとてつもない力を持って居る』
コトネがこちらを見る。
「どういうことだ!」
『そいつは恐らく猫獣人ではない。もっと神獣人に近い者じゃと思う』
「神獣人ってなんだ!」
『この世に十二人居ると言う獣人じゃ、凄まじい力を持つと言われて居る。この娘を見るまではただの伝説じゃと思って居った』
コトネはアヤメさんに鍛えられたから強いんだと思っていたけど。
「でもコトネにそんな力があるようには思えない」
『まだ、幼いから能力が眠っておるのじゃろう』
「危ないことはないのか」
『お前さんが従属させておるから、力が発現してもコントロール出来るじゃろう』
「俺が従属?」
『気付いておらなんだか。お前さんはアンナも従属させておるぞ』
どういうことだ。従属ってなんだ。
「従属ってなんだ?」
『わしも良くは知らんが、自身が絶対の信頼を置いて、従者であることを望むと言う事かな』
良い働き口って所かな。コトネやアンナを見てるとそう思う。
まあ、強い束縛じゃなさそうだし、いいか。
「アンナ、お前がどうするか決めなさい」
「私、能力が上がるならいいかな」
「お前、名前は」
『あるわけなかろう。付けてくれ』
「アンナ、どうだ?」
「レオン様、お願い」
「お前は男か女か、どっちだ?」
『性別は無い』
「じゃあ、ロキでどうだ」
『良いぞ。由来は何だ』
「いたずら好きな神様の名前だ」
『気に入った』
その後、アンナの家の荷物を少し収納に入れ、犠牲者を埋葬した塚にお祈りした。
そして、日のあるうちに川を渡ることにした。
川を渡って馬車を収納庫から出して馬に繋いだ。
「帰りは余裕があるから薬草を採りながら行くぞ。アンナ、探索の具合を確認してくれ」
「はい・・・探索範囲が倍くらい広くなりました」
ロキは嘘は言っていなかった。
その日の夜、いつものように夕食と次の日の朝食と昼食を作る。
コトネとアンナは湯で体を拭いた後、洗濯をしてから奥の部屋に寝に行った。
俺はアンナの家で手に入れた物を整理していた。
コトネが起き出してきた。ロキに神獣に近いと言われてから元気が無かったので、そのことだろう。
「レオン様、コトネをそばに置いてくれますか?」
俺を見上げる目はうるんでいる。きっと自分が自分でないような恐怖を味わっているのだろう。
「コトネが嫌だって言うまで、居て良いよ」
「私はレオン様をお慕いしています。でも化け物かもしれません」
「コトネはコトネだろう。心が変わらなければそれでいい」
コトネは抱き着いて来た。俺はコトネを抱きしめた。
小一時間そのままで居た。
「ありがとうございます。落ち着きました」
コトネは寝室に戻った。悩みが無くなったわけではないだろうが仕方ない。
この部屋にベッドを追加して置いて良かった。このままコトネと一緒には眠れないよね。
次の日昼過ぎに街道との合流点まで来た。
さっきまで通って来た道を眺め、この道も通るものが居なくなるから、すぐに消えてしまうな。
そんな感傷を抱いた。
街道沿いの薬草はほぼ摘み取られていて、残念ながら小遣い稼ぎは終了だ。
街道は道も良いので、俺と荷台に居るアンナがウトウトと船を漕ぎだした。
俺に寄りかかり、寝てしまった。
俺は狐人の大きな耳をまさぐりながら、学校を卒業したら何をすればよいのかを考えていた。
まあ、それを考えるために学校に行くのだから、結論は出ないけどね。
アンナの耳がピンと立った。何かあったのか?
アンナの目が覚めて真剣な表情で馬車の先を睨む。
「前方、ちょっと離れた所で戦闘が起きています!」
道はほぼ真っ直ぐだが、上下にうねっているので、あまり先は見えない。
500m位先に一本の大きな木の樹冠が見える。
俺は前方を指差した。
「あの木より遠いか?!」
アンナは距離を測るのに慣れていない。目印と比較させる。
「少し遠いです」
「コトネ!速歩だ」
俺は馬の速度を上げさせる。借りている馬だどれ位走れるのかが解らない。
「はい、速度上げます」
コトネが振り向く。
「私に行かせてください。馬よりも早く着きます」
素早く考えて答えを出す。
「もう少し待て、坂の頂点まで行けば、状況が見えるはずだ」
坂の頂点へ着いた。
まだ400m程離れているので俺の目でははっきりと分からない。
「半裸の女性四人とゴブリン級の魔獣およそ20体が戦っています」
「コトネ!行けるか?」
「はい」
コトネの戦う姿は見たことが無いので判断に困るが、アヤメさんは大概の事ならできると言っていた。
「行って助けて来てくれ。無理はするなよ」
「分かりました」
俺が御者を替わるとコトネがバッとワンピースの服を脱ぐ。背中に置いてあった脇差を取って抜くと、馬車を降りて走り出す。
胸のさらしと、パンツの姿で駆けて行く。
あいつもスキンアーマーなのか。
アンナは慌てずワンピースを畳み、脇差の鞘と大事に空の箱に入れる。
俺ははっきりと見える所に来て馬車を止めた。まだコトネが駆け着けて一分と経っていないはずだが、ゴブリンは十体位まで減っている。
ゴブリンは木を尖らせた棒で攻撃するが、コトネは躱しながら斬って捨てる。また二体倒した。
半裸の女性たちは防戦に必死である。
ゴブリンの数が五体以下になると、ようやく半裸の女性が攻勢を掛ける。
女性たちはTバックと申し訳程度のブラをしている。胸や尻が揺れないのはスキンアーマーのせいか。
なぜ冷静に眺められるかと言うと、彼女らがガリガリに痩せているからあまり魅力を感じないのだ。
ゴブリンが居なくなると、彼女達はコトネを無視して魔石を拾い始めた。
「その魔石はこの子の物だろう」
俺が馬車で近寄ってそう言うと、彼女達は剣を俺に向けて構えた。
「俺はイエーガー男爵の三男で、レオンハルトと言う、怪しいものではない」
俺が名乗ると彼女達は剣を降ろして”貴族だよ、まずいよ”などと小声で相談している。
「私は、北部方面軍の街道治安維持部隊、第七小隊のハルトマン伍長であります。この獣人はレオンハルト殿のお知合いですか?」
彼女らの一人が名乗り出た。
ほう、軍人か、それにしては十代だろうし、お粗末な仕事だな。
「俺の小間使いだが、お前達が苦戦していたので応援させたまでだ」
こんな軍人には横柄な態度を取ってやると話が早い。
「苦戦などしておりません」
ハルトマン伍長はうそを吐いた。
「ゴブリン21体中17体をうちの小間使いが倒したのを見ていたが、君達は俺の目がおかしいと言うのか」
「いえ、それはその、その通りなのですが・・魔石は軍に納めないと困ります」
「応援の礼も言わなければ、私の小間使いが倒した分の魔石まで盗んで行こうとする。どういうことだ」
あまり半裸の女性を叱るのは、格好が良いとは言えないが仕方が無い。俺は貧乏なのだ。
また、四人で相談を始めた。
「取敢えず何か羽織ってきたらどう」
コトネがそう言うと四人は自分達の格好を見て小さく悲鳴を上げて、自分達の馬に掛けてあるポンチョのような物を羽織った。
コトネはすでに服を着て、馬車の御者席に居る。
「助けて頂いてありがとうございます。魔石なのですが、どうか私達に下さらないでしょうか」
ようやく下手に出たか。
「それはあまりに強欲と言うべきだろう。俺はコトネが倒した分を要求する」
「そこを何とかお願いします」
「怪しいな、幾つ持って行こうが職務中の物なら軍に没収されるだろう。後で慰労金ぐらいは出るだろうがな」
「もういいです。私達の倒した分だけ貰って行きます」
ハルトマン伍長はそう言って去って行った。
なぜ彼女たちは痩せているのか?なぜ彼女たちは魔石がいるのか?
俺は考え込んでいた。コトネが馬車に乗るように促す。
「レオン様、まいりましょう」
「ああ」
「どうされました?」
「俺はもしかして大きな勘違いをしていたかもしれん」
「何をですか?」
「魔獣に襲われるのはめったにない事だと言っていただろう」
「そうですね」
「そうでないかも知れない」
俺は王都に着くまで、このことについて話すことは無かった。
王都内の某所
五人の男がうす暗い部屋の中で話をしている。
「グリューズバルト侯爵、お怒りは解るがこの場ではお納めください」
「お前がイエーガーの名を出すからではないか!」
「私は長女が高等部の、三男が中等部の状元となったと言っただけではありませんか
「まだ言うか!」
「確かにイエーガーの奴らは目立ち過ぎですな」
「そうだ、奴らが王の周りに集まらぬうちにわしが王にならないと手遅れになる」
「おのれ、イエーガー、夫婦そろって辺境に押し込めたのに」
「計画を早めましょう。幸い軍部は骨抜きになっております。近衛は難しいですが、人数が少ないのでいざとなったら強行突破と言う手があります」
「そうか、ならば今年中にはわし即位できるか。ハッハハハ!」
次章 中等部(1)が始まります。中等部に入学したレオンが活躍します。
こうご期待。