第2話 俺の友達は“死霊術士銀髪ロリババア”(俺の住んでる街は“屍者の街”)
朝です。朝霞さん。
抱きしめてくれていた彼女を起こさないように、そっとベッドから起き上がる。
ベッドはもちろんキングサイズ。我が家は、なかなか裕福なのだ。
4歳児の俺と8歳児相当の体つきの朝霞さんだと、ちょっと広すぎるよね。
今日はどうしようかな。
朝霞さんはいつも昼ごろ起きる。
しかし、俺の寝起きは4歳児とは思えないほど早い。
いまはちょうど日が昇ったところで、現代だと午前5時くらいかな。
そしたら、まだ起きてるだろうし、
夜更かしで早朝は起きてる友達のところにでも、お邪魔しようか。
寝間着から着替えて、それなりに裕福そうなナーロッパ服(俺が命名したとき朝霞さんは笑ってくれた)を着込む。いまは春先だが、この国の明け方はそれなりに冷え込む。
それに俺の素敵なお友達は、
フォーマル(格式ばったもの全般)な服装を喜ぶのだ。
本人はぜんぜん、そういう格好をしないんだけどね。
そして必要ないけど、刃物も持っていく。
どうにも神聖ナロス王国には、刃物所持に関する法律がないらしい。
だから俺は、いつでも愛用の自家製ナイフを持ち歩いている。
最後に昨日手に入れたおみやげも忘れずにっ……と。
ひとしきり身なりを整えた俺は、とりあえず玄関を出て街中に向かうことにした。
俺が住んでいる神聖ナロス王国の城下街は、
この世界の中でもかなり、にぎやかだ。
どういう、にぎやかさかといえば。
それは……。
市井に人があふれ、路上には露店が立ち並び、
朝っぱらから商人と客が喧々囂々のやりとりを交わしている……。
わけではない。
「……」
「……」
「……」
ザッザッザッ。
ズリ、ズズッ。
道行く人々はだれもが生気を失った顔つきで歩き回り、
しかし、その道を埋め尽くすほどの人数によって、
雑踏だけが異様な音量で鳴り響いている。
それもそのはず、道を歩いているのは、ほとんどが死人だからだ。
俺は転生してから、まずこのことに驚いた。
通行人のほとんどは、死霊術士によって労働者として活用されている死体だ。
文字通り死人に鞭を打っている世界も、世界観のひとつとしてはありだろう。
だが、俺が読んでいた『異世界転生小説好きの俺がナーロッパに転生しちゃいました ~異世界のことをなんでも知ってる育ての親ロリババアのアドバイスで無双する~』に登場する神聖ナロス王国は、こんな国ではなかった。
一言でいえば神聖と名の付く通りの街。
死霊魔術を敵視する神聖魔術が広く流布された国だったのだ。
そんな記憶とは裏腹に、俺が転生したこの世界では、
神聖ナロス王国という名前のまま、
まったく違う情景が王国内に広がっていた。
さらに、神聖と冠される要因の教団も死霊魔術に深いかかわりを……。
と、そこまで思い起こしていたところで到着だ。
「ネクさん起きてますかー?」
そういって俺は、流麗な銀の装飾が施された門扉を叩く。
4歳児のノックでは音が響きそうにもない豪華な立て付けだが、
俺の素敵なお友達は耳がよく、これだけで聞きつけてくれるのだ。
「起きてますよ、何か用ですか?」
迎えてくれたのは12歳児の体つき(俺の推定だと身長は140センチくらい)をした
銀髪ショートカットの女の子だった。
「とくに用はありませんが、元気かなって」
「はあ、元気ではないですねえ……」
「あと、これ!
おみやげです」
といって俺は、ここまで抱えてきた木箱を差し出す。
正直、死人の群衆を抜けて持ってくるのは、かなり疲れた。
だから喜んでもらえないと、相当テンションが下がりそうだ。
前世の記憶とか転生してから鍛えた何かとか関係なしに、
こういう力仕事がいちばん大変なんだよね。
「おや、これは……
やっぱりロウは気が利きますね。
ちょうど切らしていたところなんです」
ロウっていうのは、俺の呼び名で成田郎也を呼びやすくしたものだ。
ちなみに、これは朝霞さんの発案。
「獣人族の頭蓋骨が必要って
このあいだ言ってたなと」
「覚えていてくれたんですか
いい子ですね」
と答えた彼女は、
俺が渡したやけに大きい頭蓋骨を持ったまま、
俺の頭をなでてくれた。
これは子どもの特権だね。
相手が油断してくれるから有利だとか
そんなことを朝霞さんは言ってたけれども。
俺はこうやって年上のお姉さん(前世+今の俺の年齢を足して)に
なでてもらえるのが……。
異世界転移じゃなくて、転生をした俺のいちばんいいところだと思ってる。
「ふふっ、それじゃ今日も見ていきますか?」
「ぜひ、ネクさんが今日寝ちゃうまで!」
そうして、この日は死霊魔術の名門であるインバース家当主にして
神聖ナロス王国名誉宮廷魔術顧問
そして俺の素敵なお友達の
ネクロシス・フォン・インバースさん(俺の見立てでは100歳越え)の
邸宅にお邪魔することになったのだった。