第574話 らのくんはお好きですか? 3
「何やってんだ、って言ってんだよ!」
顔を真っ赤にした鳥飼がらのくんを殴りつけ、ふうふうと鼻息荒く憤慨していた。
「あかね!?」
半裸になっていた暮石は自身の素肌を隠しながら、驚いた表情で鳥飼を見た。
「大丈夫、三葉!?」
あかねはすぐさま暮石に駆け寄り、自身の服を暮石に着せる。
「どうしてこんな所に……?」
「どうしてって、三葉の投稿見たからだよ!」
暮石はスマホでらのくんとカラオケに来た写真をネットに投稿していた。
『なんか今日襲われそうな展開でワロてるwww』
暮石はらのくんの下半身が映ったカラオケの写真をネットで投稿し、その投稿が鳥飼の目に留まった。
「三葉の位置情報見て来たんだって!」
鳥飼と暮石はお互いの位置情報が分かるアプリを使用している。
鳥飼は暮石の両肩を掴み、ゆさゆさと揺さぶる。
「大丈夫、三葉!?」
鳥飼は暮石の体をくまなくチェックする。
「う、うん……」
「早く服着て!」
鳥飼は暮石を自身の背に隠し、らのくんと対峙した。
「え……なに?」
らのくんは首筋に手を当てながら、鳥飼を見る。
「ふたばちゃん、誰、この子?」
「え、あ……」
水を向けられた暮石は鳥飼の背中からひょこ、と顔を出し、らのくんと目を合わせる。
「三葉に近寄るな!」
鳥飼はぐるる、とうなり、らのくんに敵意を見せる。
「どういうこと?」
らのくんは心底ダルそうな表情で鳥飼を見た。
「騙してたってわけ?」
らのくんは鳥飼の背中に隠れる暮石に向かって声を放つ。
「いや、そんなじゃ……」
「しっ! 三葉は喋らないで!」
「……」
鳥飼は暮石とらのくんとの会話をシャットアウトする。
「あ~、分かった分かった、あれね」
らのくんはポン、と膝を打った。
「つつもたせってやつだ」
「はぁ?」
鳥飼は額に青筋を立てながら、眉を顰めた。
「何がつつもたせだ、ボケ」
「別にふたばちゃんが誰と何してようが、君には関係なくない? それとも何? 助けて~、とかお願いされたわけ?」
らのくんは大仰にポーズを取り、鳥飼をせせら笑う。
「こんな暗い密室で女の子が抵抗できないのを良いことに服脱がしておいて、何がつつもたせ、だ。三葉が嫌がってるだろうが!」
暮石を守るように、鳥飼は腕を暮石の前に出す。
「女の子が抵抗できないのを良いことに好き勝手して、何がつつもたせだ! 三葉がこんなところで脱がせてください、って頼んだわけじゃないだろうが!」
「……」
事実、暮石は一度もらのくんとの情事を望むような言葉は発していない。
「三葉がこんな所で脱がせてください、って頼んだわけ!?」
「いや、そりゃあ女の子なんだから自分から頼むなんて出来るわけないよね。ふしだらな子だと思われちゃうだろうし。イヤイヤ言っときながら、実際は望んでるんでしょ?」
「言い訳だけは上手なんだな」
ふっ、と鳥飼がらのくんをあざ笑う。
「ここは、女の子の服を脱がしてそんな行為をして良い場所じゃない! 無料の性風俗施設じゃない!」
鳥飼が声を荒らげる。
暮石は誰とも目が合わないように、ただただうつむいていた。
「今すぐここから消えろよ、ゴミ! 今すぐに! 消えろ、ゴミ! 二度と三葉に近づくな!」
鳥飼は暮石を背にしたまま、ゆっくりとポジションを変える。
「……はぁ」
らのくんはため息を吐いた。
「あっそ」
らのくんは心底見下したような表情で暮石を見る。
暮石はらのくんに見られ、視線を外す。
「ふたばちゃんも本当は嫌だったんだ? 本当は嫌で俺と会って、本当は嫌で俺の声聞いてて、本当は嫌で妊娠する、とか言ってたんだ」
らのくんはいつもの優しげで落ち着いたトーンの声とは打って変わって、ぶっきらぼうに、吐き捨てるように、言う。
「自分で俺のこと誘っておいて、自分で俺に近づいて、自分で望んでおきながら、いざって時は急に被害者面して俺を悪者扱いですか」
らのくんはため息を吐き、カバンを持った。
「今どういう気持ち、お前?」
らのくんはカバンを担ぎ、鳥飼の背にいる暮石に声をかける。
「推しとかさんざ持ち上げておいて、妊娠だとか大好きだとか何されても良い、だとか言っておいてさぁ。いざとなったらこうやって逃げるんだ?」
「……」
「今どういう気持ち、なぁ?」
「……」
暮石は何も返せない。
「お前本当ゴミだな、ゴミ女。お前の吐いた言葉には何の責任感も何の正しさも、正義も真実もなかったってわけだ」
らのくんは大仰に両手を広げた。
「あ~あ、妊娠しただとか好きとか愛してるとか何されても良いとか、上っ面だけの好意を信じた俺が馬鹿だっ、た」
らのくんはそのままカラオケの出口を目指す。
鳥飼はらのくんと常に距離が最大になるようにポジショニングし、らのくんが出口に向かうにつれて部屋の奥に行く。
「なぁ、ふたばさんよぉ!」
らのくんがカラオケの出口で声を張り上げた。
カラオケの扉の上枠を掴み、暮石に尋ねる。
「こうやって推しを罠にかけて、一体今どんな気分?」
「……」
暮石はぷるぷると震える。
何も、言えなかった。
「もうブロックするから。ちゃんと他のリスナーにもこんなことがあった、って言いふらすから。同じ界隈で生きていけると思うなよ? 二度と俺の声聞きにくんじゃねぇぞ、ゴミ女が。さっさと消えろ、クズ。一生俺の前に現れんなよ」
バン、とらのくんは近くにあったソファーに蹴りを入れた。
「あ~、本当女ってきっしょいなぁ」
暮石に聞こえるような大きな声量でそう呟き、らのくんはそのまま部屋を出た。
「……はぁ、はぁ」
らのくんがその場を去り、一気に緊張の糸が切れた鳥飼はその場で崩れ落ち、肩で息をした。
「大丈夫、三葉?」
「う、うん……。なんとか……」
服を着なおした暮石は、鳥飼とも目を合わせることが出来ない。
「大丈夫、大丈夫だよ、三葉」
鳥飼が暮石を抱きしめる。
「何かあったら、絶対に私が守ってあげるんだからね。大丈夫、大丈夫……」
「うん……。ありがとう……」
暮石と鳥飼は二人、暗い密室で抱き合っていた。




