第330話 小競り合いはお好きですか? 2
「そもそも私、前からこういう方気に入らなかったんですのよ。盗人猛々しいとでも言いますか。今まで赤石さんにさんざ悪さして来たのに、友達と仲違いしたからと、突然赤石さんにすり寄って。そういう生き方が好きではありませんの」
「お前も一緒だろ。櫻井の腰巾着。一生櫻井に付きまとっとけよ」
「違いますけれど?」
「転校初日に櫻井にデレデレデレデレ気持ち悪い。吐き気するわ」
「私を守ってくれたのは聡助様しかいなかったんだから当たり前でしょ!」
花波は声を荒らげる。
「ほら、やっぱお前も人に依存してんじゃん」
「私は変わりましたの。私は私の信じる人と一緒に生きていきますわ」
「じゃあ私と同じじゃん。なに? 同族嫌悪ってわけ?」
ふ、と平田が鼻を鳴らす。
「あなたと一緒にしないでくださいまし」
「何が違うっていうわけ?」
「あなたは以前にもさんざ色々な人を従えて、交際してきましたわよね。あなたはあなたを信じてくれる人がいたのに、自分自身の落ち度で人が離れていったのではありませんくて? 元来、私には誰も手を尽くしてはくれませんでしたわ。環境も生き方も、全然違うじゃありませんか?」
「自分がそんな性格だから誰も寄って来なかったわけじゃない? なんでもかんでも人のせいにして、他人が持ってるものに口を出してる方がよっぽど悪質だと思うけど?」
「私は! 私は……」
花波が俯く。
「ほら、図星じゃん。だから顔伏せてんじゃん」
平田がけらけらと笑う。
花波が赤石を見た。
「俺は知らん」
赤石は我関せずと箸を進める。
「赤石さん……」
花波ががっくりと肩を落とす。
「ほら、愛しの赤石君にも突き放されてやんの。だっさ~」
平田が花波を指さす。
「別に愛しいという感情は持ち合わせていませんわ。お友達ですもの」
「はいはい、そう言って櫻井にも取り入ったんでしょ。セコい女」
「…………」
花波は拳を握りしめる。
「見てられんな」
廊下から、声がした。
「……誰?」
「誰?」
「?」
教室の中にいた全員が視線を向ける。
廊下には、ピシ、と髪を整えた細身の男がいた。
釣り目に眼鏡をかけた男は詰襟をグイ、と上にあげ、教室に入って来る。
「え……誰?」
平田が赤石を見る。
「俺は知らん」
「私も知りませんわ」
「……」
八谷が頭を振る。
男は眼鏡のブリッジを中指で持ち上げ、教室の中に入って来た。
花波と平田を押しのけ、赤石の前にやって来る。
「貴様が赤石か?」
「……」
赤石はきょろきょろと辺りを見渡す。
「いや、岡田」
「……」
男は平田と花波を交互に見る。
「そいつ赤石」
「くだらん」
男は再び赤石に向き直る。
「俺のことは知っているか?」
「どちら様ですか?」
「学校の生徒会長の顔すら知らんとは……。嘆かわしい」
はぁ、と男は目を指で覆う。
「普通生徒会長の顔とか知らないと思いますけど」
「俺は三年、現生徒会長の西園寺拓未だ」
「はあ」
三年の四月にあった生徒会長選挙で当選した男なのだろう、と思う。
赤石自身は投票していない生徒だった。
「何故俺がここにいるのか分かるか?」
「そいつらがうるさかったから?」
赤石は平田と花波を見る。
「違うな。貴様に用があってやって来た」
「はあ」
「前生徒会長が推薦していた男がこんな小物の無粋な男だったとは……嘆かわしい」
西園寺は再び目を指で覆う。
「全生徒会長? そんなに人気だったんですねえ」
「一代前の生徒会長と言えば分かるだろう。未市生徒会長だ」
「ああ」
一年前も未市と同様に生徒会長にいたのか、と得心がいく。
「未市生徒会長が頼りにしていたのがこんな男だったと知って俺は今、ひどく失望している」
「はあ」
「こんなジメジメとした教室で、こんな品のない汚らわしい女に囲まれ昼食とは」
西園寺は平田と花波を見る。
「下品で汚らしい女」
「復唱するな」
平田が赤石を睨む。
「卑しく浅ましい女……」
「そこまでは言っておりませんでしたわ」
花波が赤石を睨む。
「昼休みに昼食を取ることもせず、わあわあぎゃあぎゃあとお互いに口汚く罵ることしか出来ん、こんなカスの女共に囲まれて満足か、貴様は?」
「あぁ⁉」
平田が西園寺の胸ぐらを掴む。
「これだから馬鹿は嫌いなんだ。頭が悪いから言葉が話せない。言葉で解決するという方法を持っていない。感情的で自分を律することが出来ないからすぐに暴力に走る。言葉を得た人間なのだから、言葉で解決すればいいものの。いつまで痛みと暴力でこの世界を生きていくつもりだ、嘆かわしい」
西園寺は平田の手を払いのける。
「マジでこいつぶっ殺そうかな」
平田が額に青筋を立てる。
「脅迫か? 出る所出た方が良いかな?」
西園寺は澄ました顔で言う。
「赤石、私こいつ嫌いだわ」
「はあ」
赤石は呆けた顔で話を聞く。
「なんであなたは他人事みたいな顔をしてますの?」
「他人事だから……」
西園寺は平田から視線を外した。
「で、何用ですか?」
赤石は西園寺に尋ねる。
「未市生徒会長から貴様の様子を見て来てくれ、と頼まれたから見に来ただけだ。未市生徒会長が信頼を寄せる生徒だと聞いて来てみればこんな様子だったから呆れただけだ」
「あぁ……」
人知れず未市は自分を監視するように頼んでいたのかもしれない、と赤石は理解した。
「それだけですか?」
「それだけだ。貴様に少し話を通しておいてくれ、と言われたがもういいだろう。こんな外れで口喧嘩などしているような野蛮な輩に解決できる問題でもあるまい」
「俺はしてないんですが」
赤石は眉間に皺を寄せる。
「それだけだ。邪魔したな。未市生徒会長には俺から伝えておく」
そう言うと西園寺は教室から去った。
「……」
「……」
教室が静まり返る。
「何なわけ、あいつ? きっも」
「……なんですの」
平田たちは静まり返る。
「休み時間終わるから早く飯食えよ」
「あぁ」
西園寺との会話で休憩時間を取られた平田たちは再び席に着いた。
「ごめんなさい、赤石さん」
「何がだよ」
花波がバツ悪そうに言う。
「平田さんに勝てませんでしたわ」
「別に勝っても負けても俺は関係ないだろ」
「私はやっぱり下賎で卑しい女ですわ。所詮聡助様の腰巾着……。他人に依存していたのに他人には厳しい。自分に甘く、人に厳しい愚図なんですわ」
花波は手首を見る。
「そうか」
赤石は箸を進める。
「次は勝てると良いな」
「他人事ですわね……」
「他人事だからな」
「やはり私は私への信頼も自身も失ってきましたわ……」
花波は顔を伏せる。
赤石は困った顔をする。
「私は今も、赤石さんに依存して生きているだけなのかもしれませんわ」
「……」
赤石は手を止めた。
「まあ人間は一人じゃ生きていけないからな。誰かと協力して生きていけるなら、そっちの方が良いだろ。誰かと協力して生きていくようになるまでに、個人で適当に力つけていけばいいんじゃないか。知らないけど」
「……そうでしょうか」
花波は箸を持った。
「そう言えばお前、クラスの友達と一緒に食べなかったんだろ? 良いのか?」
「教室で赤石さんの悪口を言われたから、赤石さんはそんな人じゃない、と言っておきましたわ。もうあの方たちと生活を共にすることはありません」
「えぇ~……」
赤石はげんなりとした顔をする。
「それはどういう風に?」
「あの方たちが、赤石さんは悪い噂を聞くからあんなのと交流するのは止めた方が良い、とご忠告なされたのですわ。当然、私はあの方たちを叱責しましたけれど」
「それはお前……お前に非がある気がするぞ」
「……どういうことですの?」
花波が眉を寄せる。
「その友達はお前のことを思って言ってくれてたんだから、それに怒るのは違うんじゃないか? こういうのよく聞くが、友達の悪口を言われたくらいで怒る方に非があると俺は思うな」
「では私は赤石さんの悪口を言っている集団に愛想笑いをして、一緒に嗤って、赤石さんを愚図だと罵れば良かったわけですの?」
「まぁ極端に言えば」
「あなたはそれで良いんですの? それで満足ですの? あなたのことを悪く言っている人と私が共に行動するのは良く思わないのではありませんの?」
「良くは思わないかもしれないけど、今回にいたっては少なくとも、お前の友達の方が正しいんじゃないか。俺はそれだけのことをしたし、お前の友達がお前のことを思って言ってくれるのも良いことだと思う。俺のことは気にせずに、後で謝って来いよ」
「赤石さんのことを悪くは言えませんわ」
「人間は誰だって悪人なんだよ。完全な善人なんていない。駄目なところもあるし、悪いところもある。そういった悪い点に目をつむってでも、付き合いたい相手だって思えればいいんじゃないか? 悪いところがあるなら同じように嗤って、それでも良い所があるから付き合ってるんだって、言えばいいんじゃないか。俺はお前が俺と一緒にいてくれるならそれでいいよ」
「分かりませんわね……」
花波は小首をかしげる。
「まぁ、本当に嫌になったら何も言わずに離れればいいんじゃないか。自分から関係を悪くすることなんてないと思うぞ」
「そう……かもしれませんわね」
花波は食事し始めた。
「あとで話をして、どういう反応だったかを見ておきますわ」
「まあゆっくりやって行けよ。お前人付き合い初心者だから。レベル一だし」
「あなたはマイナスレベルだということをお忘れなきよう」
昼休みは、終わる。




