第329話 小競り合いはお好きですか? 1
「花波ちゃん」
「はい」
昼食時、赤石と平田、八谷は教室を出た。
花波はいつものように、同じクラスになった女子生徒に昼食を誘われていた。
「今日もご飯食べ行こ?」
女子生徒はにこ、と笑いかける。
「えっと……」
「今日は何食べる? 何の気分?」
女子生徒たちが続々と集まって来る。
「ごめんなさい、今日は大丈夫ですわ」
花波は手を合わせた。
「え、なんで?」
「なんで一緒に食べないの?」
「ダイエット?」
女子生徒たちは花波を不思議そうに見る。
「ちょっと……今度から違う所で食べてこようかと思ってますわ」
「違う所?」
「食堂以外で食べるところあるの?」
「あ、あはは……」
花波は空笑いをする。
「え、どこどこ?」
「赤石さんのところに……行こうかと思っていますわ」
「……」
「……」
無言。
「なんで?」
女子生徒は一歩、花波に詰め寄った。
「赤石さんが最近寂しそうにしてるからですわ」
「なんで寂しかったら駄目なの?」
「可哀想じゃありませんか」
「なんで可哀想だったら駄目なの?」
「可哀想なのは放っておけませんわ。私、お腹を空かせた子供にはお菓子を上げたくなりますの」
「それ花波ちゃんがやる必要ある? なんで花波ちゃんじゃないと駄目なの? 他の人じゃ駄目なの?」
「そうと言えばそうですけれど……」
花波は引きつった笑いを浮かべる。
「花波ちゃん、前も赤石と絡んでたけど止めときなよ、あんなの。最近なんて平田さんとつるんでるじゃん? 絶対悪いことしてるよ。女の子に滅茶苦茶してるとかいう噂あるし……」
「……」
「悪いこと言わないからもう赤石と絡むの止めとこうよ? ほら、皆良い顔してないよ」
周りの女子生徒たちは困惑した顔で花波を見ている。
「そんな……そんなことはありませんわ!」
花波はピシ、と言った。
「赤石さんはそんな人じゃありません。私が証明して見せます。赤石さんがそんな人じゃないってことを、私が証明しますわ」
「……うん」
女子生徒たちは顔を見合わせた。
「じゃあもういいや。行こ」
「そだね」
「じゃあね」
女子生徒たちは花波を置いて、食堂へと向かった。
「……ふう」
花波は胸を撫で下ろした。
そして赤石たちのいる別棟の教室へと、向かった。
「八谷、これいらね? 本当、うちの母さんまずそうな料理作るわ~」
平田は八谷の弁当にミートボールを入れた。
「あ、代わりにこれもらうね」
平田は八谷の弁当から唐揚げをつまみ、頬張る。
「う~ん、冷凍食!」
平田はご飯を頬張った。
平田と八谷が向かい合って座り、食事を楽しんでいた。
赤石は窓の近くで、中庭で弁当を楽しむ同級生たちを遠目に見ながら食事を楽しんでいた。
「赤石、そっちどう?」
「そろそろこっちもバブルが崩壊しそうだ」
「どういう暮らしぶり?」
八谷、平田と離れて赤石は窓の近くで一人食事している。
「ねぇ、なんでそんな遠くで一人で食べてるわけ?」
「俺が先にいただろ。お前らが俺から離れて食べてるんだろ」
「いや、私らがこっちで食べてるんだからお前が合わせてこっち来いよ。二人が動くより一人が動いた方が合理的じゃん?」
「なら最初から二人とも近くに来た方が合理的だっただろ」
「いや、いきなりお前の近く行ったらなんか友達みたいじゃん」
「友達じゃない」
「は? 別に私らもそうだから。死ねブス」
平田は赤石に中指を立て、べ、と舌を出す。
赤石は平田を一瞥し、再び窓に目を向けた。
「おもんない男。モテない男って面白くないんだよね。人間的な面白さとか、知ろうという気にならない。ミステリアスとか格好良いとか面白いとか、男としての魅力がこいつには一切ないんだよね。知りたいと思えない男だから面白くないんだよね。ね、八谷?」
「…………そうね」
「だってさ、赤石。八谷もお前のことキモいから嫌いだって。近寄らないでブス、って言ってた」
「フェイクニュース止めろ」
平田は足を振り、赤石の席の近くに上履きを放った。
「取って~」
平田は足をぷらんぷらんとさせ、赤石を見る。
「はあ……」
連日のように続く平田の意味のないやり取りに、赤石はため息を吐いた。
ポケットからスマホを取り出し、平田の上履きを撮る。
「女子高生の上履きって書いて出品すればいいか?」
「殺すぞお前。撮ってじゃなくて取って」
「言葉じゃ伝わらないだろ。英語で言えよ」
「いや、私英語とか苦手だから分かんないし。何、取るって? テイク? テイク! テイクアシューズ!」
「はい」
赤石は平田の上履きを撮った。
「だ、か、ら! テイク! テイクだから!」
「どっちもテイクなんだよ」
「殺す! さっさと手で掴んで私のところまで持って来いって言ってるわけ!」
「はぁ……」
赤石は上履きの端っこを親指と人差し指で持ち、上履きをプラプラとさせながら平田の下へと持って行った。
「汚い物みたいな持ち方しないでくれる?」
「綺麗な物ではないだろ」
「女の子の自尊心傷つけるつもり? 女の子が身に着けてるものは全部綺麗だから。お前らと違って。普通に持って。お前らの着てる服とかってなんであんなに汚くて臭いわけ?」
「罵倒で会話を挟むなよ」
赤石は上履きの側面を普通に持った。
「置け」
平田は足で指図する。赤石は平田が足で指図した場所に上履きを置いた。
「履かせろ」
平田は足を出した。
プラプラと振る。
「履~か~せ~ろ」
「嫌だよ」
「良いから」
「俺が良くないから」
「何? 炎上させるよ、自分。立場分かってる?」
「現代的な脅迫だ……」
「私のツイグラムフォロワー五千人以上いるから」
「聞いてないんだよ」
赤石は平田の足に上履きを履かせた。
「テイクアピクチャー」
「……」
赤石はスマホを取り出し、平田を撮影した。
平田は足を上げ、ポーズを取る。
「それ後で送っといて?」
「どこのアイドルグループに送ればいい?」
「友達が勝手に応募しちゃったんですぅ、じゃないから」
赤石は平田の前でスマホを操作する。
「いつまでいるわけ?」
しっし、と平田は足で赤石を邪険に払う。
「ご飯中にこんな汚い部屋で歩かないでくれる? 埃舞うから。男なんかただでさえ汚いんだから、近寄らないで。どうせプライドとちんけな自尊心だけで動いてるんでしょ。何の実力もないのにプライドばっか肥大して、気持ち悪い。さっさと帰ってこのゴミカス」
「自尊心もプライドも同じだろ」
「反論しないでくれる? さっさと帰って、ゴミカス」
「はいはい」
赤石は自席に戻った。
「全く……ね、八谷」
「…………」
八谷は無言で床に視線を向けていた。
「随分と楽しそうですわね」
「……え?」
「?」
花波が扉に寄りかかって、そこにいた。
「赤石さん、まさかあなたが被虐的なことに興奮を覚える人だとは思ってもいませんでしたわ」
「別に俺が頼んだわけじゃない」
「被虐的なことに興奮を覚えることは否定しない、と?」
「別に覚えてないし、そもそもなんでこんな所にいるんだよ、お前」
花波はカツカツと足音を鳴らし、赤石の下へとやって来た。
「誰、これ?」
「知ってるはずですわよ、平田さん、あなた。同じクラスだったんですから。そして今も」
「はぁ? なんで来たわけ?」
「赤石さんと食事を共にしたいから来ただけですけれど? 何か問題でもありますか?」
「お前クラスのと一緒に食べてたんでしょ? いいわけ?」
「断ってきましたわ」
花波はふん、と気丈に振る舞う。
「さぁ、赤石さん、私と一緒に食べましょうか」
「もう三分の一くらい食べた」
「それは良かったですわ。私今日お弁当を作りすぎましたの。赤石さんにも分けてあげますわ」
花波はドン、と大きな弁当を置いた。
「でっか」
「一箱上げますわ」
「あげる量の単位じゃないだろ」
花波は赤石の前に一箱弁当を置いた。
「もしも~し、聞こえてますか~?」
平田が花波に話しかける。
「聞こえませんわ。失礼な方の声は耳に届かないようですわね」
「じゃあ自分の声聞こえてないんじゃないですか~? 私もブスの声聞こえないんですわ~」
「汚い声ですわね、あの方。酒焼けでもしてるんじゃないですか?」
「ばっちり聞こえてんじゃねぇか」
赤石は弁当箱を開けた。
「何も入ってないし」
赤石の開けた弁当箱には、何も入ってなかった。
「ドッキリですわ。これで時間を稼げましたわね」
「何に追い詰められてるんだよ」
赤石は花波に弁当箱を返した。
「あいつらと一緒にご飯食べに行った方が良いんじゃないですか~?」
平田が花波に声をかける。
「私の自由ではありませんくて? あなたこそ、八谷さんとお食べになってたんですから、どうぞそのまま食べててください。私は赤石さんと食べますから。赤石さんをないがしろにしてたのだから、文句を言うのは筋違いですわよ?」
「あぁ~、うっざ」
「全然対話できてる」
平田は花波を睨みつける。
「花波がこっち向いてるから間接的に俺にしか睨み顔が見えてないんだが」
「私にも見えてますわ。蛇見たいですわよね、あの方」
「なんで見えるんだよ」
平田は花波の背中に視線を送る。
「なんでそんなに仲悪いんだよ」
「だってヤンキーじゃないですか、あの人。私馬鹿とヤンキーは嫌いですの」
「本当調子乗ってるわ、こいつ」
ね、と平田は八谷に聞く。
「あぁ~、段々腹立ってきた」
平田は立ち上がり、花波の後ろに立った。
「美味しいですわね、赤石さん」
「俺にくれた弁当箱空だったから味共有できてないし、後ろの圧力が強くて味とか分からないし」
平田は上から花波を見下ろす。
「私のお弁当が欲しいんですの? あげますわよ。はい、あ~ん」
花波が唐揚げを箸でつまみ、赤石に渡そうとする。
その唐揚げを平田が手でつまみ、食べた。
「あぁ~、まっず。やっぱ料理のセンスないわ。こんな健康に悪そうな物ばっか食べてるからそんなお肌汚いんだ?」
平田が嗤う。
「お前もさっき唐揚げ食べてたじゃねぇか」
「お肌は私の方が白くて滑らかで清くて美しくてもちもちだと思いますけれど? 化粧でギリギリ誤魔化せてるようなあなたと違いまして? ファンデが地層になってますわよ?」
「あぁ?」
「それってご馳走と地層かけてる?」
「黙っててくださいません?」
「はい」
平田と花波はにらみ合った。
「二人とも全然聞こえてるし」
赤石は弁当に手を付けた。




