第328話 元カレはお好きですか? 2
「危ない危ない」
カッターを振り上げた男の腕が、止まる。
「そんな危ない物振り回しちゃあ、いかんよ」
男の後ろから体躯の大きい浅黒い男が現れた。
「統」
「よ」
背後から現れた須田は、男からカッターを取り上げた。
「っ……」
男はじりじりと後退し、そのまま走り出した。
「待てー!」
須田は男を追いかける。
「……」
「……」
数分して、須田が帰ってきた。
「ごめん、逃がしたわ。ここ細い道多くて気が付いたら見失ってた」
須田は赤石の下へやって来た。
「なんでこんな所いるんだよ」
「いや、悠が女の子と一緒に帰って――」
須田は赤石の後ろにいる女子生徒に目をやった。
「あれ……」
平田を見て首をかしげる。
「確か修学旅行で服汚れてた……」
平田は赤石の背後に隠れた。
「ダレデスカ? ショタイメンデスヨ?」
「……」
平田は声音を変えて、顔を隠す。
「……そっか。じゃあやっぱ俺の気のせいかな」
あはは、と須田は笑う。
「で、なんでこんな所いるんだよ」
「いや、悠が女の子と一緒に帰ってたからこれはスクープだ! と思って」
「スクープもクレープもないんだよ」
「だから後つけてきたってわけ」
「それだけか?」
「いや、さっきの人も悠のことつけてたから、実質二重尾行」
「妙なことを……」
下校時からつけられていたことに、赤石は気が付かなかった。
「まあ助かった。ありがとう」
そう言うと赤石は踵を返した。
「おいおいおい、ちょっと最近冷てぇぜ」
須田は赤石を引き留める。
「学校での地位が著しく低くなりすぎたから、あんまり関わりたくないんだよ」
「そりゃねぇぜ。連絡してもほとんど返って来ないし」
「返しづらいんだよ」
「何があったんだよ?」
須田は赤石の目を見る。
「ちょっとこれでトラブってな」
赤石は小指を立てる。
「そんなおっさんしかやらないジェスチャーを……」
須田は失笑した。
「本当は?」
「何か変なのに巻き込まれたんだよ。でも俺も十分悪かったから全く身に覚えのないことでもない。それに、巻き込まれたのにかこつけて、あいつらにも言いたい放題言った。俺は然るべき立ち位置にいるんだよ。そしてこいつも」
赤石は背後の平田を指さす。
「マ、マアネ」
平田は甲高い声でそう言う。
「でもつまんねぇよ、俺」
「返信しづらいんだよ」
「だから無視したのか⁉」
「普段からそんなに返信してないだろ」
「じゃあもう学校で話せないわけ?」
須田はがっくりとうなだれる。
「お前の交友関係に傷をつけたくないんだよ。俺みたいなのといるとお前の地位も下がるだろ」
「いや、そう考えてんだろなぁ、ってのは分かったけどさぁ……でも俺正直学校の地位とかどうでも良いしなぁ……」
「俺はお前が俺と一緒にいることで他の誰かから止めた方が良いよ、とかそういう人じゃなかった、とか言われるのを見たくないんだよ。関わらないし、関わってもどっちも不幸になる。だから学校では勘弁してくれ」
赤石はまくしたてる。
「大学まで待ってくれ。大学でなら、また交友関係も真っ白に戻るはずだ」
「本当にお前は何をしたんだよ」
須田は額を拭うジェスチャーを行う。
「じゃあ悪いことは悪いって認めて、ちゃんと謝っといてくれよ? 人でも殺したわけじゃないんだから」
「……」
赤石は無言で地面を見つめる。
「えぇ⁉」
「分かった分かった。こっちでも出来る限りはする。罪は清算する。出所するまで待っててくれ」
「はぁ……タカシももうこんなに大きくなったのよ!」
「夫が捕まったみたいな言い方をするな」
「もう……!」
須田はそう言うとプリプリとして、帰って行った。
「……危な~」
赤石の背後から平田が出てくる。
「危ないのはどう考えても俺だった」
「いや、元カレもそうだけど、須田? にも私嫌な出会い方したことあったから。マジで顔面ぶん殴られるかと思った」
「顔面ぶん殴られるようなことをした自覚があるなら、どこかで一回ぶん殴られた方が気持ち的にも楽になるんじゃないか?」
赤石は拳を振り上げる。
「ちょちょちょ! 暴力反対!」
平田は赤石から距離を取った。
「ってか、お前あいつと仲良いんだ?」
「普通だ」
「お前みたいなゴミがあんな学校の人気者と仲良いの理解できないわ~……」
「失礼だな」
平田が赤石の隣に戻って来る。
「あ~、てかどうしよう、あいつ……」
平田は露骨に悩む。
「やっぱ警察とか行った方が良いよね?」
「当たり前だろ」
「カッターナイフ持ってるストーカーとか本当怖いんですけど……」
「俺も怖いよ」
「……」
平田は赤石の目を見る。
「これから毎日、一緒に帰ろ?」
「明日から一人で帰らせていただきます」
赤石はすたすたと歩き始めた。
「ちょっと! 本当今は! 今は絶対私のこと一人にしないでよ!」
平田は赤石の後を追った。
「うわ!」
振り返った赤石は遠くを見て驚く。
「なになになになになになになに⁉」
平田は飛び跳ね、赤石の腕にしがみついた。
「……」
背後には何もいなかった。
「気のせいか」
「殺すぞお前! 死ねよ!」
平田は胸を押さえて、赤石に叫ぶ。
「ちょっと見間違えただけで殺すとか……湯葉で出来てるのか? お前の堪忍袋」
「タイミングがあるだろうがよ! 死ねよブス!」
「…………」
赤石は無言で平田を見た。
「は、何? 怒ったフリしてるわけ?」
平田が眉を顰める。
赤石はカバンの持ち手に肩を通し、背負った。
「……っ!」
赤石は平田を置いて全速力で走り出した。
「ふざけんな!」
平田はカバンを揺らしながら、赤石を全力で追った。
「はぁ……はぁ……」
なんとか赤石に追いついた平田は、駅で電車を待っていた。
「お前、マジで、絶対許さないから」
平田が赤石の肩を掴む。
「現場からは早急に逃げるべし。暗殺稼業の赤石家、十四番目の家訓だ」
「暗殺稼業なら逃げるなし……」
平田は肩で息をする。
「タバコ止めろよ」
「だから吸ってないって!」
近くの生徒が平田を見て、こそこそと呟く。
「ほら、お前のせいでこんな誤解生まれたし! 私が今こんななのも全部お前のせい!」
「人のせいにしてるやつは成長しないぞ。そもそも時系列が違う」
「あぁ~~~! 本当殺したい!」
平田の言葉で、さらに近くの生徒たちが眉を顰め距離を取る。
「まずは言葉遣いから直していこうな? な、平田? 皆と仲良くしたいのは分かるけど、そんなじゃ、皆平田ちゃん怖いよ~、ってなっちゃうだろ? な? 先生も力になるから、一緒に直していこうな?」
赤石は平田の肩をポン、と叩いた。
「~~~~~~~~~~~!」
平田は顔を真っ赤にして、赤石を何度も殴った。
「暴力反対!」
赤石は平田と帰宅した。




